途端に聞こえてきたのは喘ぎ声に近いような、だが悲鳴にも近いような、そんな声が聞こえてきた。
はぁと溜め息をつく。双子の兄はまたもや獲物を連れ込んで痛めつけているようだ。
人がオフだというのに家で行為に及ぶとは嫌がらせか。ああ、奴の事だから嫌がらせに違いないと
酒が回った頭で考えながら先の尖った靴を脱ぐ。そこで金時は気付いた。
女物のピンヒールの靴が転がっているのかと思いきや、置いてあったのは学生が履くような革靴。
しかもサイズからして男のものであるのが分かる。
どうやら銀八が連れて来たのは男子学生だというのは予想がつき、尚更頭が痛くなる。
自分もそんなにまともな方の人間ではないが、銀八はそれを更に上回る。裏の世界を支配する父親の遺伝子を持つ自分達が普通の思考回路を持てない事は分かっていたが、とうとうトチ狂って教え子にまで手を出したか、と考えながら行為が行われているであろうリビングへと向かった。
「いっ、ぁあ、あああ」
しかし、金時の予想よりも悲惨な現場がリビングでは行われていた。銀八と背丈が同じくらいの男が、逃げられないようにソファに縛り付けられ、M字開脚に固定させられたまま泣き叫んでいた。黒髪を振り、涙を流して犯されている男は顔にまだ幼さを残し、10代で在る事を物語っている。教え子に手を出している予想は当たっていたのだが、少年の抵抗具合と、それを抑止する拘束の仕方、更に乱暴に腰を動かしている銀八の様子からして、この行為が同意の上ではない事が窺える。
兄の情事はよく目にするし、むしろ見慣れたものだったが男を連れて来たのは初めてだった。本来性器を咥える筈の器官ではない肛門がギチギチに拡げられ、引っ切り無しに銀八の牡を出し入れさせられ、その度に精液が零れて飛び跳ねる。兄が避妊具を付けないから汚すのは当たり前なのだが、後でしっかり後始末しろよと思いつつも水を飲もうと冷蔵庫を開ける。すると「あー帰ってたんだ」と気だるい調子で声をかけられる。
そこで金時は、一瞬だけ目が合った兄の顔を見てドキリとしてしまった。
自分もそうだが、眼鏡を外した銀八の顔は父親の銀時にそっくりなのである。
『銀八、金時。お前達はこの世で唯一無二の血の繋がった兄弟、っていう存在だ。
お互いが困ってる時には、何処に居ても駆けつけて助けろよ』
息子の自分から見ても、父親の銀時は老いを知らない美しい男である。癖の強いプラチナブロンド、日本人にはそぐわない白い肌、骨ばった手から伸びる指は惚れ惚れする程整った形をしており、低い声も彼の魅力の一つであった。
そんな父親が幼い双子に遠い昔、一度だけそうした父親らしい言葉をかけた。
一緒に聞いていた銀八は父親の言葉に興味がないようだったが、金時はなんとなく聞いてみた。
銀時がそうして『家族』と接してくるのが初めてのように思えたからだ。
すると滅多に笑わない銀時が、表情を柔らかくして呟いたのである。
『俺にはそうした家族がいなかったから』
「ああ、まあね」
なんとなく昔を思い出しかけて、それを遮るように金時は答える。
「ったく、俺がオフの時に連れ込んでヤるんじゃねーよ…」
「た、すけ、て、」
そういえば自分が帰ってきたのを兄は今まで気付いていなかったのかと内心考えていると、行為を中断した銀八の下から助けを求める声が上がる。今まで犯されていた少年が俺に助けを求めたのが分かった。
頬を紅潮させ、涙をボロボロと零す黒曜石の瞳を目が合う。
もうやめて帰してやれば?と言おうか金時は迷ったが自分の好みの男ではないし(それ以前に金時にとって男は性の対象外なのだが)、何より面倒くさかった。
「やだ。お前可愛くないし」
そう言ってのけると、少年の潤んだ目が絶望で見開かれる。
その表情に金時は体の奥底にゾクリとしたものが走ったのを感じた。恐らくそれが、銀八をこの強行へと駆り立てた原因なのだろう。
「金時が可愛くないって、土方。残念だったなー。
こんなに可愛く鳴くのにさぁー」
「あ、あう!」
恐らく全ては銀八の策略だ。
金時がオフの時に家に連れ込み、自分が助けない事を分かっていながら少年に助けを求めさせる。
そして更に望みを絶たれた姿を見て銀八は喜んでいるのだろう。
彼にとって犯す事よりも、そうして精神的に相手をいたぶる方が楽しいに違いない。
「ひう、ん、ん、んんっ、もう、やめてくれ、やめて、」
「もうやめて欲しいの?
じゃあさぁ『気持ちい所に当たってます、気持ちよすぎて先生にイかされちゃいます』って、言って射精して?」
「そっ、そんな、そんなの、むり、ひ、ぁあああ、ん」
じゅぽじゅぽと抜き差ししつつも、銀八は啼く土方の体をそっと抱き締める。それは傍から見れば恋人にしてやる行為のようだった。
「可愛い、可愛いよ土方、ほら言ってご覧。先生に聞かせてごらん」
「いやっ、いやだ、ぁあっ、んぁああ」
攻め続けるのではなく合間に飴を与える辺り、銀八は暫くの間この生徒をターゲットに決めたようだ。
その夜だけの相手ならば向こうがどんな抵抗をしようが構いはしない。乱暴に体を暴く。
しかし銀八の巧みな技に、いつしか相手は彼の虜になってしまうのだ。
だがそうしないのは、これからゆっくりと教え込んでいくためだろう。
「お前を可愛くないって言ってるアイツに、聞かせてやれよ」
*
「ソイツん家にちゃんと連絡入れた?」
シャワーを浴びた金時が出てくると疲れ果ててしまったのか、眠っている少年と一服している銀八がリビングにいた。
金時は銀八と違って煙草を吸わない。その紫煙のにおいがどうも好きになれなかった。
「ヤる前に入れたよ。『息子さんに分からない所を聞かれて教えるんで、少し遅くなります』って」
この少年の保護者は想像もしないだろう。
ご丁寧に帰りが遅くなると連絡を入れた教師の家で、まさか自分の息子が犯されてしまうなどと。
「なー金時。お前って俺と双子だから同じモンだと思ってたけどさ」
灰皿に煙草を押し付けて火を消すと感情のない目がこちらを見つめた。底なしの色に金時は少しだけたじろぐ。
それに気付いたのか銀八が嘲笑うような笑い方をした。
「全然違うよな。土方を可愛いと思わないなんて」
その笑みに恐怖すら感じたが彼が、紛れも無く自分の兄だというのは金時が一番知っていた。
そして彼に目をつけられた土方と言う少年が悲惨な末路を辿るのではないかと、この時既に少しだけ気付いていたが金時は知らないふりをしていた。
この世界で銀八は、この世で唯一金時に残された兄弟という存在なのだから。