高杉さんの過去と生い立ち。




冷めているわけじゃない。
ただ俺は、感情移入出来ないだけだ。
生きたいわけじゃない。
だからって死にたいわけでもない。

この世に希望があるわけじゃない。
だからって、絶望してるわけでもない。

只、今この現状をとてつもなく壊したい衝動に駆られる時がある。


俺には昔、年の離れた兄がいた。
昔、と過去形なのは彼は世界に奪われて、もうこの世に居ないからだ。
十四郎も彼の存在は知っているけど、俺の兄とは会った事はない。
あまり身体が強くない人だった。
いわゆる儚い人だった。
彼はその短い生涯の殆どを病室で過ごした。
それでもいつも優しく微笑んで、見舞いに来る俺を温かく迎えいれてくれた。

彼の傍らには、いつも一冊の薄い本が置いてあった。
読みすぎて縁が少し擦り切れ始めた、国語の教科書。
病弱な為、学校に出る事の出来ない彼が唯一手に出来る、普通の子供と変わらぬもの。

俺が来る度、その教科書を開いてその中の一つの話を彼は読んでくれた。
段々声がか細くなり、その口が呼吸器で覆われてしまうまで彼は俺に読み続けてくれた。

『晋助』

死の間際、もう喋る体力すらないと医師に言われて居た筈なのに
彼は俺の名前を呼んで言った。

『この世でたった一人の、弟』

俺は今でも忘れない。

『お前が呼べば、何処に居たって飛んで行くから。だから』

最期まで彼は俺の心配をしてくれていた事を。
彼は恐らく知っていたのだろう。

『 晋助 は いきて 』


自分が死ぬ事で、俺も両親も世界を憎むという事を。
大切な家族の命を奪う、この世界を。


それから俺の両親は、何も期待しなくなった。
どんなに愛しても期待しても、いつかは奪われるこの世の不条理さに、まるで感情を失くしたかのように二人は仕事に没頭した。

俺に対して金は惜しみなく出してくれた。
だが、俺を愛する事を諦めたようだった。
残された最後の息子に愛を注いで縋り、その先にまた死なれる事を両親は恐れたのだろう。

だから、彼らは俺に興味を失くした。
俺も同じようにというわけではないけれど、もう世界に興味を持てないようになってしまった。

だからなんだかもう、この世界を本当に壊してしまいたくなる。
もう前に進めない。
後ろに道もない。
何処にも行けない。
絶望したわけじゃない。
でもこの世に希望なんて何処にもない。

もう、家族みんなで笑ってるだとか、そんな生温い場所には帰れない。
壊れてしまったものはもう二度と返らない。
だから壊したくなる。
メチャクチャにしたくなる。

なのに
なのに

『 晋助 は いきて 』

アンタが、俺に生きろって言うから――!!!



「晋助」

でも、俺の掌に残されたたった一つのものはやけに心地よい声で俺の名前を呼ぶんだ。

「そういやさ、晋助は結局進路、どうする事にしたんだ?」

両親が…俺自身ですら興味を失った未来を、お前は聞いてくれる。

「十四郎、俺も受験する。勉強して、お前と一緒に大学行きたい」

だからせめて、お前と一緒に居る未来を選びたい。
その為にだったら何を犠牲にしたって良いよ。

「なぁ十四郎」

「あ?なんだよ」

「俺、お前が呼んでくれたら、何処に居たって飛んで行くから」

「・・・へぇ?」


なぁ、アンタの大切にしていた教科書は俺の部屋にあるよ。
アンタと一緒に燃やすべきだったか迷ったけど、どうしてもこれだけは遺して置きたかった。


「じゃあ俺も、晋助が助けを呼んだら、俺も真っ先に駆けつけてやるよ」



それは確かに、アンタが生きた証でもあるから。



fin.

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