そうして銀八が離れて別の男と話し始めた直後、背後から口枷を咥内に無理矢理装着させられる。
今、自分がどんな事態に陥っているのか土方には全く分からない。
銀八の教え子と話をしに来た筈だった。
一対一では話しづらいから、居合わせる人間が必要という事で土方はついてきた。
だからこうして待ち合わせ場所だというこの地下クラブに来て、なのに何故こうして手錠で拘束されるのだろう。
『処女嫌いなんだ』
何故、そんな言葉を囁かれたのだろう。
「うふふ。そんなに怯えないで?緊張してたら入るモノも入らなくなるわよ?」
「んんっ!んー!」
一人の男が混乱する土方の頭を撫でながらそんな言葉をかけてくる。彼の言葉の意味が分からなかったが、それでも訴えるように自由にならない声を上げた。
「急かさなくても、もう始まるわよ」
だが相手には通じない。楽しそうに笑われる。
絶望しながらも土方は最大限の思考をフル回転させて状況を整理する。そこでふと、一つだけ嫌な予感が思い当たった。
先程の小さな舞台で行われていたショー。まさか、あれと同じ事を自分もやらされるのではないかと。
『大人しくしてれば超気持ちよくしてくれるから』
銀八は確かに、そう言った。
「うぅ…」
逃げなければ。
土方は直感的にそう思った。何処に逃げれば良いかなんて分からない。
このクラブ自体が何か『異様』なのだ。
だからといってこのままステージの裾に居たら、とんでもない事になる。
「ほらぁ、何処行こうとしてるの?もしかしてトイレ?そんなん後にしなさい」
「ん、ん!」
腕を捕まれて引っ張られる。振り解こうとするも、上手く力が入らずにそのまま相手に引き摺られてしまう。
「さ、ここに座って」
力づくで車輪のついたイスに座らされ、背もたれと手錠が繋がれたと思えば両脚も開いた状態でイスの足に縛り付けられる。
未知の恐怖に絶句していると、ベロリと男の舌が土方の頬を舐める。髭の当たる感覚に鳥肌が立った。
「可愛いわぁ。このショーが終わったら抱かせて頂戴ね」
鼻息を荒くして彼は笑うと、土方を拘束したイスを移動させて紫色のスポットライトに照らされる舞台へと連れて行く。
「んん!ん!」
土方は暴れながら、死に物狂いで自分をこんな状態に陥れた銀髪教師を探したが、彼の姿は何処にも見当たらない。
「皆さん、お待ちかね!メインイベントだよ!本日のゲストは正真正銘の童貞高校生!」
マイクを通した声が響き渡り、興奮した大人数の声が応じるのが聞こえた。
首を振ってなんとか嫌がる素振りを示そうとするも、土方を運ぶ男はそれに気付かない。
「どんな痴態を見せてくれるのか!さぁ、その淫靡な姿を網膜に焼き付けてくれ!」
土方が舞台に出された瞬間、可笑しなくらいの熱気が会場を包んだ。
見渡せば男も女も土方の姿を見ようと躍起になっている。
好奇で注がれる視線に耐え切れず、思わず俯くと途端に学ランの襟ホックを外された。
「っ!!」
「おぉっとぉ、早速脱がせにかかったぞ!」
土方の制服を脱がせたのは、銀八が話しかけていた中年男性二人組だ。抵抗らしい抵抗も出来ない土方はあっという間にシャツのボタンも外されてその胸板があわらになる。
途端に歓声が上がり、一気に羞恥が込み上げた。
「んんん!!」
だがそんな暇を男達は土方に与えない。外気に晒されてツン、と立つ胸の突起を思い切りつねられる。口枷の隙間から思わず声が漏れた。
「うー…」
背中を伸ばすと、パキパキと骨が音を立てる。
窓を見れば市営の図書館の外は夜の世界と化していた。
そろそろ帰って、寝るか。
高杉は机に並べていた教科書とノートを薄っぺらい鞄に押し込む。
土方にちゃんと勉強して受験するとは誓ったものの、どうもやる気が起きない。
幼馴染に指摘された通り、本気になれば呑み込みが早い事は自覚している。
だがそこに至るまでに高杉は多くの時間が必要だった。
「おや、高杉君じゃないか」
そこまで空腹でもないし、夕飯は抜きでも良いか。などと考えながら制服のズボンのポケットに手を突っ込みながら図書館を出ると、声をかけられる。
その声の方を見ると眼鏡を掛けた短髪のスーツ姿の男…高杉の担任教師、伊東の姿があった。
面倒で、そのまま無視しようとも思ったが土方に『受験するんだったら、担任に少しぐらいは気に入られた方が有利だ』と言われたのを思い出す。
高杉にとっては目上の人間を敬うだとか、世間のルールなどは知った事ではなかったが土方の言う事だし素直に聞くことにした。
「…どぉも」
立ち止まり、会釈をする程度をしてみると、少しだけ驚いたように目を見開いた後に伊東は口を開いた。
「図書館から出てきたという事は…受験勉強かい?偉いじゃないか」
(偉い?何がだろう。俺は十四郎と同じ場所へ行きたいから、勉強してただけ)
教師の言葉に一瞬戸惑うも、土方ならなんと答えるだろうと考えて。
「ま、そんなとこです」
と返してみた。すると、そうかと普通に返答が戻ってくる。
「…そういえば、今日は土方君と一緒じゃないんだ」
「え?」
「あ、いや。君達、いつも一緒に帰っていたような気がしたから」
突然土方の名前を出され、思わず聞き返すと相手も焦ったように眼鏡を指で押し上げる。
何だコイツ。と高杉は思いつつも『伊東先生は意外に悪い奴じゃねぇよ』と土方が言っていたのを思い出す。
「まぁそりゃあ俺らだって、別々に帰る時もある」
「そ、そうだね」
「…じゃ、俺もう帰りますんで」
伊東の意図が読めず、もう別れたくて高杉はそう言って去ろうとすると。
「気をつけて帰るんだよ、高杉君」
そう言葉をかけられるから、思わず立ち止まって振り返る。しかし伊東ももう、こちらに背を向けて歩いて行ってしまっていた。
土方の言う事も、あながち嘘ではないと思いながら、教師の後姿を眺めた。
気をつけて、なんて高杉を心配してくれたのは、今まで生きてきてこの世で土方だけだったからだ。
そんな事を考えたらなんとなくあの優しい幼馴染に会いたい気持ちに駆られ、紛らわせるように高杉は誰も待つ事のない自宅へと一人歩みを進めた。
『そんな風に笑わないで』
「んうー!!」
土方のつねられた乳首は、指で摘まれたまま引っ張られる。
己の体の一部が見た事もないほど形を変えている事に、羞恥よりも恐怖が増した。
(嫌だ!嫌だ!!父さん、母さん…)
パニックを起こしながらも、縛られた体を懸命によじって男の手から逃れようとする。
だがその必死の抵抗も意味のないものと化し、引っ張られていた胸の突起は今度はクリクリと指の腹で押しつぶされる。
「ひぐ、う…」
涙を浮かべながら、弄られて真っ赤になった己の乳首を見下ろして土方は呻いた。そんな彼の一挙一動を楽しんでいるかのように群集は騒ぎ立てる。
そんな声に応えるかのように、一人の男の手が土方のズボンにかかるから血の気が引いた。
脱がされて、これ以上の辱めを受けさせられる。
「うー!ううー!!」
口枷をつけられつつも土方は椅子に縛り付けられた足を動かして、それ以上させまいともがく。その行動が周りを余計に煽るとも知らずに。
「はい、ちょっと大人しくしてて頂戴ね」
興奮した声が頭上から聞こえる。ガタガタと震えながら、土方は男がズボンからベルトを抜き取るのを見た。
(嫌だ、助けて、やめろ)
頭の中で、拒絶の言葉が次々と浮かんでは消える。
(先生、どうして、なんで俺をこんな目に。助けて、先生。今なら間に合うから)
そうして探しても、銀八の姿は見当たらない。
まるで発狂した動物のように、喚きながら土方を見ている連中ばかりが視界に入る。
ガチャリ、ジジィ…
ファスナーが下ろされる音に、眩暈がした。
自分ではない。こんな事をされているのは自分ではない。
何度も心の中で祈るように繰り返した。
だが。
「童貞土方君の、皆にお披露目しましょうね」
「ッ!!」
男の声が耳に注がれて鳥肌が立つ。
途端に、己の恥部が群集に露出されるのを確かに見た。
「ぎゃー!触らせて!」
「皮剥かせろやガキぃ!」
「やばいやばいやばい」
皆口々に何かを叫んでいるが、土方には聞こえない。
只、朦朧とする意識の向こう側で幼馴染が笑う。
銀八に誘われて、今日は高杉と一緒に帰らなかった事をひどく後悔した。
『まぁいい。俺、今日一緒に帰れねーから』
『なんで』
『…先生と、進路相談』
『分かった』
(晋助、晋助、助けて)
(しんすけ)