教師の自分から見てもストイック、という言葉が似合う少年だった。
大概の生徒が懐いてくるというのに、彼だけは毅然とした態度を崩さない。
だからこそ、あの高杉晋助という少年にだけ向けるあの笑顔を知った時、それをメチャクチャにしてやりたいという衝動が生まれたのだ。自分にはバイセクシャルの気はないと思っていたが、どうやら彼に向けるこの感情だけは違うようで。
硬くなさからして長期戦になる事は覚悟している。その方が落とし甲斐があるというもの。
相手はまだ酸いも甘いも知らない高校生。おまけに初心で純粋で素直な少年。
金時が助けなかったのは『タイプではなかったから』なのに、彼は『自分が気持ち良さそうだったから』だと彼は本気で思い込んでいる。
なんて浅はかで、馬鹿で、可愛らしいのだろう。
教え込んでいってやろう。刻み込んでいってやろう。
痛みでも苦しみでもなく、甘い快感で。

ズブズブにしてやったその後は、知らないけれど。


『そんな風に笑わないで』


「…晋助が?」
「ええ、朝礼が終わったらまた来るって言ってやした」

銀八の責め苦から解放され、朝からボロボロだと思いつつも教室に入った矢先、総悟に声をかけられた。
あの朝に弱い筈の高杉が朝礼前に登校し、わざわざ土方を尋ねてきたのは恐らく昨日の事についてだろう。彼がどんな質問を用意していて、それに自分はどう答えようかと考えていると、ふと総悟の目の下にクマがある事に気付く。

「総悟。お前、寝てないのか?」
「え、
 …なんででさァ」
「いや、ちょっと、そう思っただけだ」

勘違いかも知れない、と土方は言葉を濁したが相手の反応からして間違いではないと感じる。

「昨日も姉上が少し、体調が悪くて」

『いやぁ暇人土方さんと違って、俺には色々ありますんで』と、またふざけた返事が返ってくるかと思いきや、総悟が弱々しく呟くから思わず目を瞠ってしまった。
総悟には年の離れたミツバという名の姉がいるようで、彼も多くは語らないが早くに死んでしまった両親の代わりに、総悟を育ててくれたようなのだ。最近はその疲労が重なったせいか、ミツバの体調がそんなに思わしくない事を聞いた。
姉と同時に親である人間の体調が良くないのであれば、それは気が気でないだろう。
自分とて、血が繋がらないが昔から一緒に居た高杉の体調が良くなければ不安で堪らないだろう。

「俺、今日も本当は看病したかったんですけど、『学校はちゃんと行きなさい』って、言われて」

たどたどしく話している間に、ハッと気付いたように総悟が顔を上げ、そして慌てたように土方に言った。

「アンタ、今俺の事、すげぇシスコンだとか思ったでしょう」

恐らく、総悟の話を黙って聞いていたのが気になったのだろう。話しすぎてしまった、という様子の総悟にそんな事はないと土方は首を振る。すると、相手は嘘つけというような視線を向けるから、弁明した。

「本当だって。
俺、一人っ子で兄弟いねぇからさ。上手く言えねぇけど…
世界でたった一人の姉貴だろ?姉貴の願い、叶えてやれよ」

言いながら、ふと高杉が言っていた言葉を思い出す。
恐らく総悟もミツバの為ならばそうするんだろう、と思った所で銀八がホームルームの為に教室へやってきた。
ガタガタと生徒達が席に着き始めるのに土方も混じる。

『俺、お前が呼んでくれたら、何処へ居たって飛んでいくから』

巻き込みたくない。
出席をとる銀髪を眺めながら土方はそう思った。
高杉は勿論、伊東も、近藤も、総悟も、自分の傍に居てくれる全ての人達を。
まだ実害はないだろうが、土方と親しくしている伊東をああいう風に敵視しているのだ。おそらく土方と関わる者達を良い風に思わないだろう。銀八の場合、教師も生徒も問わずだろうからやっかいだ。

高杉が助けを呼ぶならば、自分は何処へだって行く。その思いは変わらない。
だが、自分はもう呼ばない。誰も呼べない。自分だけで解決するしかない。
こんな複数の男に犯され、抱かれた体の事など、知られたくはない。

途端、ズクンと下半身が疼いた。反射的に顔を上げれば、銀八と視線がぶつかる。

「・・・ッ、は」

何故、見ているのだろう。いつから見ていたのだろう。
そう考えるとドクドクと心臓が早鐘になる。
ギ、と拳を握り、急いで視線を逸らして昂る熱を抑える。歯を喰いしばり、洩れそうになる声を懸命に防いだ。

『認めろよ、淫乱』
先程自慰をさせられながら耳元で囁かれた言葉が反芻し、ざわざわとした教室内が一気に雑音と化す。
淫乱なんかではない。勝手に体を弄ばれただけだ。
そう思い込みたいのに銀八はそれを許さない。全てを否定し、壊し、新たな土方を作り出そうとする。

「や、だ…」

誰にも聞こえないように土方は一人、口の中で呟いた。
駄目だ。こんな心のままでは高杉に会えない。
きっと縋りついてしまう。泣いてしまう。

それだけは避けなければ。

会えない。

今は高杉に、会えない。





「なぁ、十四郎…じゃねぇや。土方呼んでくんない」

自分の目つきの悪さは知っているが、声をかけた相手があからさまに怯える様を見るとイラついてしまう。
だが、なんとかソレを表に出さずに高杉は名も知らない土方のクラスメイトの反応を窺っていると、ひょっこりと体格の良い男が現れた。

「あっ君はトシの幼馴染の高杉君!」

廊下に出ようとしたのか分からないが、高杉を見た途端にパッと笑顔になる。同い年にしては随分と毛深い…もとい老けた男だな。それ以前にコイツ誰だと考えていると、高杉に声をかけられたクラスメイトが助け舟が来たかのように言った。

「こっ、近藤君。この人、土方君を探してるみたいなんだけど」
「ん?トシを?」

近藤、という名前を聞いて高杉はああ、と思い出す。近藤と、先程伝言を頼んだ総悟は土方が高校に入ってからのトモダチだ。三年間同じクラスで腐れ縁と言っていたが、あまり面識がなく、只でさえ他人にあまり関心がない高杉には名前と顔が一致していなかったのだ。

「待っててくれな。トシは、えっと〜」
「土方さん、トイレに行ったみたいですぜ」
「えっ、そうなの」

近藤の態度や話し方は、高杉から見ても『良い奴』と呼ばれる人間のそれなのだろうと思う。
土方が惹かれるのも仕方のない事なのかも知れない、と考えていると二人の会話に気付いた総悟がそう言いながら近寄ってきた。

「アンタ、俺が後で来るって伝えてくれなかったのか?」
「そりゃ言いましたよ、勿論。あの人がトイレ行く前にも『高杉君が来ますよ』ってのも。でも、『トイレ行くから』って聞かなくて」
「そうかぁ〜トシ、腹でもくだしたのか?」
「…なぁ、昨日は土方と一緒に帰ったか?」

普段の土方ならば、トイレに行きたいにしても高杉が来るまで絶対に待っている筈だ。むしろ高杉の教室にまでやってくるくらいだと推測する。だがそうでない事に違和感を感じた。
昨晩のメールがなければそうは思わなかっただろうが、まるで避けているかのような行動に高杉には思える。

「いいや、帰ってないぞ」
「そうか、分かった。ありがとな」

しかし、近藤の返答で、土方が昨日は彼らと帰って居なかった事は分かった。
とにかく土方と話したい高杉は、礼を言って早々に教室から去り、一番近いトイレへと向かう。しかし男子トイレには誰も居なかった。こんなに空いているのに他のトイレに行ったというのも考えにくい。

何処へ行ったんだ。本当に自分を避けているのではないか。
そこまで思考を巡らせた所で、廊下の向こう側から土方がやってくるのが視界に入った。
目が合った途端、相手がギクリとした表情を見せたのを高杉は見逃さない。

「あ、晋助…」
「てめぇ、十四郎!何処に行ってた…」

高杉がそこまで言いかけて、始業を知らせるチャイムが校内に響き渡る。
それに合わせるかのように土方は悪ぃと手を合わせた。

「総悟から話は聞いてたんだけどよ。ちょっとどうしてもトイレに…」
「ちょっとこっちに来な」

このまま彼が教室に戻ろうとするのは目に見えていた。だからこそ土方の言葉を遮り、その手首を掴む。
時間が経てば立つ程、土方は頑なになっていくだろう。話をするなら早い方が良いとふんだのだ。

「なっ、何言ってんだよ。もう授業が始まるし」
「良いからこっちに来いって言ってるんだよ」
「で、でも」
「うるせぇな、俺と授業のどっちが大事なんだよ!」

自分が卑怯なのを知っていた。
土方が確実に『晋助だ』と答えるのを分かっていたからだ。
だが、そうでもしないと土方は話し合いに応じてはくれないだろう。
抵抗を見せなくなった相手を屋上に押し込み、問う。

「昨日、何があったんだよ」

何もない事を祈りながらも、そう質問する自分は何なのだろうと高杉は思う。
しかし、愛する幼馴染のいつもと違う様子を見ないフリをしたくはなかった。

「ないよ、別に」

土方は、この世界に唯一残された宝物だからだ。

「何もねぇよ。いつも通りだよ、晋助」

誰にも傷つけられたくないし、誰にも渡したくは無かった。
ただ、それだけだった。

next