「…坂田も今日登校だと?」
「そうよー。ほら、総督が来ると特に女子が大変な事になるでしょ?だから学祭最終日にしか来ないのよ」

おりょうにそう教えられ、土方はサッと顔が青くなる。
柳生家も銀時も今日来るとしたら、土方の心の負担は一気に増える。
否、まだ彼らがA組の店に来ると決まったワケじゃない…変な汗をかきそうな頭で考えていた直後。

「ほら、見て九ちゃん!可愛い女の子がいっぱいいるでしょ〜」
「あらお妙、九ちゃんいらっしゃ〜い」

悪夢は現実になった。
ゾロゾロと入ってきたのは妙に九兵衛、そして柳生四天王の面々だ。
なんとかバレないように土方は顔を背けるも、男の体格の人物がチャイナドレスを着ていたら目立ってしまうのは必然で。

「おや、あそこに居るのは鬼の風紀副委員長ではないか?」
「え?ホントだ。なんであんな格好してんだぁ?」

嫌味ったらしい声と、チャラついた声が明らかに自分に向けられている。ギクリとして後ろを振り向くと、案の定嫌な表情を浮かべた北大路と南戸が居た。
とりあえず、なるべく関わらないと心に決めて土方は注文されたものをテーブルへ届けに行く。

「オイ、南戸。てめぇそのジャラジャラうっせぇネックレスは校則違反だっていっつも言ってるよなぁ」

だが、風紀委員魂が土方の決意を無駄にさせた。反射的に南戸の格好を見て注意すると、フン、と鼻で笑われた。

「そんな女の格好で言われても迫力ねーなァ。オラ、隣座れよ」
「えっ、ちょ、何しやが…」

手を引っ張られて無理矢理席につかされ、北大路と南戸が土方を囲むように両隣に座る。
今は一般客も居る為、普段の乱暴な態度を取れないでいると、調子に乗ったのか二人の手がいっせいに土方の下半身に伸びる。

「テメ、ら何して…!?あっ」
「貴様がそんな脚を晒しだしてるのがいけないだろう」
「そーそー。女じゃねーんだし、触ってもOKだよなぁ?」
「そんな、わけねーだろ…ッ」

二人の強攻は激しく、抑えようとしてもまさぐってくる。抵抗しても2本の腕では二人分の手を抑えるには至らず、助けてくれそうな妙や九兵衛、東城と西野は、おりょうとの話に夢中でこちらに気付かない。

「やらしいねぇ副長さんは。男に脚触られてヒクついてさぁ」
「やめ、ろ、こんなの…っ」
「傑作だな。いつも威張り散らしてる貴様を、こういう風に追い詰められるとはな」
「あ、う…くそっ」

テーブルの下で弄られている為、他のスタッフに助けを求めようとしても忙しいのか、誰もこちらを向いてくれない。
段々頭がボーッとして、吐き気さえ込み上げてくる。

畜生、なんでこうなるんだ。
こういう時に限って総悟は来てくれねーし…近藤さんも何処に居んだよ…ッ
ここぞとばかりに、暴れられない弱みにつけこんできやがってクソ四天王共が…!

総悟、来てくれよ…そうご・・・

「はぁい、終了でぇす」

聞き覚えのある声と共に、土方を苦しめていた手が脚から離れる。驚いて見上げると、信じられない人物がそこに居た。

「お客様ぁ、スタッフへのお触りは禁止なんでぇ〜」

そう言ってウインクしてきたのは、間違いなく銀時。
ツインテールのウィッグをつけて女装しているが、彼以外何者でもなかった。何故か隣には(一瞬、女性かと見間違えたが)同じく女装した桂だ。
土方同様、驚きで北大路達も唖然として彼を見つめる。

「そ、総督…?」
「総督ぅ?誰それぇ?アタシはパー子でっす!」

やけに目をキラキラと輝かせて銀時は言った。気持ち悪いくらい彼はニッコリと笑うと、北大路達の間に座らされていた土方の腕を引っ張る。

「はーい、今からパー子とヅラ子とトシ子のミニショータイム〜♪」
「はぁ!?何言ってんだテメェ!?おい、桂!コイツ止めろよ!」
「桂じゃない、ヅラ子だ」

混乱している土方の傍らで、二人はBGMに合わせて踊りだす。
突然の二人の登場に、その場に居た人々は初めは驚いていたものの、仕舞いには笑って手拍子までし出す始末だ。
(何故か妙だけは異様に写真を撮り続けていたのだが)

「それじゃ、皆さん!この後もA組のコスプレバーと学園祭、楽しんで行ってね〜v」

一しきりダンスし終えた後、ちゅぱ、と投げキスをして銀時と桂は部屋から出て行く。
もしかして助けに来てくれたのかと問い正そうとした途端、土方はおりょうに腕を掴まれる。

「土方君!総督達を助っ人に呼んでくれるなんてすごいじゃない!今のですごい盛り上がったよ〜!」
「…違う。俺じゃ、ねぇ」
「え?あ、ちょっと!?」

土方は追いかけようと廊下に出るが、もう銀時と桂の姿はなかった。
代わりに、「今の総督だよね!?」「えー、なんで女装してたの!?」「写真撮りたかったー」などという会話が耳に入る。
未だクラクラする頭を押さえながら、土方は考えた。

坂田…俺を助けるなんざ、一体どういうつもりだ…?

銀時達に女装道具を貸したスタッフによれば、『店に入ってテーブル席を見た途端、盛り上げたいからコスプレ道具を貸して欲しい』と言ってきたというのだ。
あの後、北大路達は手を出して来なかったし、結果的に土方は助けられて『総督が現れた』と話題になり、店も繁盛した。

『帰れ。お呼びじゃねーんだよ』

頑なに拒否するくせに、乱暴な事をするくせに、ならばどうして銀時は助けるような事をしたのだろう。
今までの行動から考えれば、逆に土方をもっと陥れる事をしてきただろうに。

「クソ…なんだってんだよ…」

一般客もはけ、あとは後夜祭としての花火を残すのみだ。化粧を落として制服に着替え、殆どの生徒が集ってるであろうグラウンドにモヤモヤしつつも土方は向かう。

「あっ、土方さん!ほら、花火でさァ!」
「うぉ、危ねーだろ、総悟!」

既に花火大会は始まってるらしく、土方を見つけた花火を持った総悟が、嬉しそうにこちらへ駆けてくる。花火を向けられて初めは注意するも、その無邪気な姿に自然と笑みを零れた。

「副長〜二日間、お疲れ様でした!これ、俺と原田からです」
「おお、さんきゅ」

山崎に飲み物とお菓子を渡され、花火を楽しむ人々を見渡し、やっと学園祭が終わったのかと少しだけ安堵の気持ちが広がる。
こういう時は一服してぇな…そう思った途端、生徒会長として居なければいけない人物がどこにも居ない事に気付いた。

普通、こういう場に居て学園祭を盛り上げた皆と一緒にいるものではないのだろうか。
生徒会メンバーの神楽は総悟と花火持ったまま乱闘し始めているし。

「あの、副長。提案があるんですけど、この後、打ち上げしませんかーなんて、ちょっと、思ったりして」

新八は謎の集団と一緒に歌い始め、桂に至っては何故か化学教師の高杉と親しげに話している(つーかまさか、あの噂は本当かよ?)。
あの猿飛ですら、花火が入ったダンボール箱を持って服部先生に何か話していて。
じゃあ、坂田は?アイツ何処にいるんだ?あの目立つ容貌なら絶対に見つけられるのに。

「だからその…って副長ぉおお!何処行くんですか!?っていうか俺の話聞いてました!?」
「え、悪ィ山崎。また後でな」
「そんな…副長…こんなに愛してるのにぃいいいい」

なにやら山崎の可笑しな絶叫が聴こえたような気がしなくもなかったが、無視して土方はさっちゃんの元へ走る。本当は桂に聞いた方が効率が良いのだろうが、彼が高杉といる事になんとなく躊躇ってしまった。

「ありがとな、猿飛」
「いいえ。でも先生、外のトイレの位置くらいいい加減覚えてくださいよ」
「悪かったって。痔が痛むから一刻を争うんだよ。じゃ!」
「ふう。後はこの花火を・・・」

服部との会話が終わってから声をかけようとしたが、それよりも先に目が合ってしまう。

「…あら。何か用かしら」
「いや、あの、坂田が今何処に居るか…知ってるかを訊きたくて」

明らかに敵対心むき出しの彼女の言い方に、思わず土方はたじろいた。

「銀さんの居場所を知ってどうするつもり?知ってても貴方になんか教えないけど」
「な、なんでだよ」
「・・・貴方と接触するようになってから銀さん、少し変わったわ。
 あんなに感情を出したり、誰かを庇ったりするような人じゃなかったのに」
「?・・・どういう意味だ?」
「言った筈よ。銀さんに変な真似したら許さないからって」

強く睨んだ後、もう用はないというように背を向けて行ってしまった。
なんだか悪者のような言い方に納得出来ずにいると、アナウンスが始まる音がグラウンドに響き渡る。

「えー。GG総督、坂田銀時でーす。学園祭、皆お疲れ様―」

その声が聞こえた途端歓声が上がる。そんな中土方は『放送室に居たのか』と校舎へと駆け出した。だがさっきから頭がボーッとして上手く走れない。

「花火楽しんでる所悪いけど、この後片付けがある事を各自忘れないように」

ローファーを下駄箱で脱ぎ捨て、靴下のまま廊下をペタペタ走る。

「皆、準備とか色々大変だったけどどーでした?楽しかった?」

階段を駆け上がり始めた所で、エレベーターを使えば良かったと後悔しつつのぼる。

「ちなみに俺は階段から転げ落ちて負傷しながらも」

そこで放送委員達の笑い声が混じる。
それを聞き、息を切らせながら、さっちゃんの言った意味がなんとなく分かった。

今までの銀時だったら、こんなジョークをアナウンスで喋ったりしなかった。

「結構、楽しかったです。以上」


「はい、我らが総督のありがたいお言葉でしたー。次は学園祭実行委員長の…」

銀時の次に、違う男が話し始めて校舎にマイクを通した響き始める。
早く放送室に向かいたいのに、足が上手く動いてくれない事をもどかしく感じた。

「あ…ッ」

思うように上がらない足が階段につまずいてしまう。受身はとったものの打撲した膝が痛んだ。
どうしてこんなに力が入らないんだ、と思いながらも銀時に会う為になんとか土方は進み続ける。
だが。

「…え?もうここにはいねーのか」
「うん。総督の言葉が終わったら、早々に放送室から居なくなったわよ」

重い体を鞭打って階段を登ってきたというのに、どうやら銀時とは入れ違いになってしまったようだ。
放送室にもう居ないというのならば、もう彼が行きそうな場所の見当がつかない。もうすぐラストの打ち上げ花火が始まるしグラウンドに向かったと思うのが妥当なのだが…否、一つだけある。

銀時に、喫煙をばれてしまった場所。

「…居るわけねーよな」

屋上の扉には『立ち入り禁止』という札。
学園祭には生徒以外の人間も来るし、さすがにいつも開いてる屋上でも施錠くらいはしてるだろう…
そう思いつつも、土方はドアノブに手をかける。

カチャ。
恐ろしいくらい簡単な音を立てて扉は開いて。


外はもう殆ど夕闇に包まれていた。グラウンドからは騒がしい声が絶え間なく聞こえてくる。

まるでそんな楽しいものとは無関係な存在かのように彼は、そこに居た。
フェンスから少し離れた所で地べたに座り、袋につめられた綿菓子を食べながら空を仰いでいた。

慕われてるのに。
土方は心からそう思う。なのにどうしてこんな、一人でここに居るのか。

普通を嫌って、自分は持っていないと主張して、俺に酷い事をするくせに。

『だから…男のクセに甘いモンなんかダセーとか、良い年してそんなパフェ食うのか、だとか』
そんな普通の事を気にする。

俺を、名前も知らない後輩を、助ける優しさがあるのに。
なんで。

「さかた」

消え入りそうな声で銀時を呼ぶ自分の声に、土方は自分でも驚いた。すると彼は少しこちらを見ただけで何も答えない。

「別にご主人様のご機嫌取りしに来た、とかそういうンじゃねーから」
「じゃ、こんな所まで何しに来たんですかコノヤロー」

興味を失ったかのように銀時は視線を空に戻す。が、土方はその背中に言った。

「北大路達に絡まれてた時のアレ…助かった」
「…すみません。何の話してんのかサッパリなんですけど」
「テメ、ふざけんなよ。あんな気色悪ィ女装しやがって。まぁ、オメーが俺助けるのなんざ意外だったが」

言いながら土方が隣に腰をおろすと、銀時はギョッとしてこちらを見てくる。

「ちょっと。何勝手に横に座っちゃって…」
「本当ワケわかんねーケド、それがお前なんだよな」

打ち上げ花火が上がり、小さな光が二人を照らした。
土方の言葉に深紅の目を瞬きさせて銀時が動きを止めているのに気付かず、山崎に貰った菓子の一つのチョコバーを差し出す。

「貰いモンなんだけどやるよ。甘いモン好きなんだろ?俺、こういう類食えねーんだ」


「い、いらねーし」

一瞬、物凄く欲しそうにチョコバーに視線を向けた銀時だが、思い出したように視線をプイと向ける。
そんな彼にムッとしつつも土方は押し付ける。

「そんな事言わずに受け取っとけよ。山崎達に悪いだろーが」
「誰だよ山崎って!知らねーし!俺には関係ねーし!喰えないんなら鼻からでも突っ込んで食べたらどーですか?」
「おまっ、本当に素直じゃねーな。好きなんだろ?欲しいなら欲しいって…」

ぐらり。
言いかけて、また意識が揺れた。くらくらする頭を押さえてそこで土方は初めて気付く。
…ん?あれ?もしかして俺、熱ある?

「そうだよ?俺は好きだよ?でもお前に欲しいんだろ?って言われて貰うのはやだ。従ったみてーじゃねーか」
「ったく、上等だコラ…こっちはテメー探して校舎、走り回ったってのに…」

意識すると本格的に頭痛は激しくなるし体に力が入らなくなる。
ずっと気持ちが悪かったのは熱のせいか、と舌打ちしたくなった。

「…俺を探して?なんで」
「だって、おまえ・・・」

そこまで言葉にした所でふうっと意識が遠のいた。驚く銀時の姿を見たのを最後に土方は倒れる。

ゴトン

「…え、ちょっと?土方君?」

銀時はとりあえず呼びかけた。
喋っている途中でいきなり倒れ、頭を打って横たわった土方は返事をしない。
揺さぶっても反応はなく苦しそうに呼吸をするだけだ。

「うっわ、すげー熱」

抱き上げて額に手をやると触れて分かるほどの熱を持っている。まさかこんな体調で自分を探し回ったのだろうか、と銀時は思う。

「いやいや、別に俺は関係ねーし。土方君が勝手に探してただけだし」

何故か湧いた罪悪感をそう言う事で否定すると、それでも助けてやらねば、という気持ちが銀時を押す。
ボリボリと頭を掻いた後、仕方ねーなと呟いて土方を横抱きした。



「あ、おい九兵衛」
「総督じゃないか。おや…どうした、その土方は」

銀時はとりあえず土方の荷物を取ってこようと屋上を出、2年の教室が並ぶ階へと下がってきた。
腕の中で苦しそうにしている土方を見て、おりょうと一緒に廊下に居た九兵衛はそんな事を訊いてくる。

「なんか体調悪いみたいだから、帰らそうと思って。お前ってA組?」
「いや。残念ながら僕はC組だ」
「あ、総督。私、A組ですよ」
「マジでか。あのさ、土方君の鞄持ってきて貰っていい?」

A組だ、というおりょうが居た事に銀時が胸を撫で下ろすと、B組からお妙が出てくる。

「ごめんね九ちゃん、おりょう。お待たせ…って銀さん!!?」

土方を抱いている銀時を見た途端、お妙が叫びだす。何事かと一同が驚いていると持っていたカメラで二人を撮影した後、微笑んで詰め寄ってくる。

「銀さんが土方さんをお姫様抱っこだなんて!やっぱり私の目に狂いはなかったわ!」
「はい?あの、貴方は何の話をしてんですか?」
「もう、とぼけちゃって。お付き合いしてるんでしょう?銀さんと土方さん!」


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