「お付き…合い?」
「お妙!?ごめんなさい総督、この子最近変わった趣味に走ってて…」

唐突過ぎる妙の発言に銀時がきょと、としていると戻ってきたおりょうが彼女を抑える。

「失礼ね、変な趣味だなんて」
「あのねぇ、具合が悪い土方君を帰そうとしてんの。アンタが想像してるようなんじゃ…」
「あらぁそれは大変だわ!銀さん、土方さんをお家に送ってあげないと」

とても嬉しそうに笑んで言う。彼としてはこのまま土方を一人で帰すつもりだったので妙の案に驚く。

「イヤイヤ。俺はこれから学祭の後片付けが」
「安心して。生徒会とクラスの人達には私から上手く言っておくわ」
「え、それに土方君の友達とかにも伝えないと」
「それならおりょうちゃんも僕も居るし、心配せずに送ってやったらどうだ」

妙にいつでも味方な九兵衛も加わってくる。彼女は気付いてないが妙のオーラが放つ威圧感は只者ではなく、従わないと何をまた言われるか分からない。溜め息をつきつつ銀時は土方を家まで送り届ける事にした。

別れ際に『うちの店を盛り上げてくれてありがとうございました』やら『また女装してくださいね』と言われ、完璧だと思っていた変装は見破られていた事を知って余計に脱力する。

「ホント土方君と居るとロクな事ねーわ。お前、住んでる所どこ?」
「・・・真選、町…」

まだ騒がしい学校を裏門から抜け、二人分の鞄と土方を背負って銀時は駅までの道を歩く。

「真選町か…タクシー乗った方が早ぇな」
「タク、し…?いい、そんなの」
「うっせーな。ご主人様の言う事には口答えすんな」

幸い、通学路が大通りに面しているのですぐにタクシーを拾う事が出来た。乗り込むと、体を支えられないくらい弱っているのかぐったりとした土方が寄りかかってくる。

よっかかんな。
普段ならきっと思うであろう、そんな感情は何故か今の銀時の心には湧いてこなかった。

「さかた、この辺」
「はいよ。運転手さん、止めてもらえる?」
「はい、ええと代金は…」
「これで」

住宅街に入る所でタクシーを止める。代金を口にしようとする運転手に財布から抜き出した一万円札を渡した。

「一万円ね。おつりは…」
「いらないから。ありがとねー」
「え、ちょっとお客さん!?」

つり銭も受け取らずに銀時は土方を連れて降りる。早く彼を休ませて上げたいという気持ちが急かした。
土方と書いてある表札の前まで行く。家の中は暗く、まだ誰も帰ってきては居ないようだ。
ポケットの中にあるという家の鍵を取り出して玄関を開ける。

「お前、部屋どこ?」
「にか、い」
「オイオイよりにもよって階段登らすのかよ、コノヤロー」

文句を言いつつも薄暗い怪談をのぼり、なんとか土方の部屋まで辿り着く。そして荒く呼吸をする彼をドサッとベッドに下ろした。

「大丈夫?」
「…さむい」
「あーじゃあ布団入れ…って制服脱がねーと」

横たわろうとする土方を止め、銀時はジャケットを脱がしてやった。首元を締めるネクタイも緩めてやると吐息が手にかかりなんだか可笑しな気分になる。

「ひ、土方君。薬とかどこ置いてある?」

変な気持ちになる前に、とっとと彼の看病を終えて帰ろうと土方を布団の中に押し込んだ。僅かに動揺している銀時を知らず、ボーッとしたまま彼は答える。

「台所、の…つくえの上に、まとまって置いて、ある」
「あっそ。ちょっと待ってて」

とりあえず解熱剤と、出来れば額を冷やすものが欲しい。

「なんか半分は優しさで出来てるバッファリン的なもの…あと、冷えピタとか…」

呟きながら言われた場所を探し、水をグラスに入れて薬と冷えピタを持って土方の部屋まで戻る。

「ちょっと冷やっとするよ」
「・・・う」

熱い土方の額に冷えピタを張り、パキッと割って薬を二錠取り出す。そして土方を起き上がらせた。

「起きあがらねーと呑めないからな。ホラ、薬」
「ふ、」
「はい水」

いつもは抵抗ばかりする土方だが熱のせいか、妙に大人しく従う。なんだかそれが可笑しくて、銀時は苦笑した。
薬を呑んだのを確認して再び横たわらせる。

「風邪薬の方が良かったかもしんねーけど、風邪だかわかんな…」
「ご、め、俺・・・」

言いかけた銀時の手を、潤んだ瞳をさせた土方が弱々しく握り締めてくる。驚いて振り払えずに居ると彼は途切れ途切れに続けた。

「しあ、…せにする。ぜったい。だか、ら」
「土方君?何?何言ってんの?」
「ミ、ツ・・・」

そこまで言って瞼を閉じ、気絶したようにすうっと眠りにつく。

「みつ・・・?え、蜜?何?なにが?」

訊いても土方の答えはなく銀時の独り言になってしまう。握り締められた手は熱く、放すのが躊躇われた。
部屋を見渡すと随分と殺風景な部屋。きっちりとした性格が出ているのかやけに小奇麗で。

「エロ本とか、なさそうだね、こりゃ」

そう冗談めかせて呟く。傍らに座り込んでベッドに頭を乗せ、寝ている土方の顔を見つめた。
端正な顔だとは知っていたがこうして改めて間近で見ると、やはり造型が整っている。
漆黒の髪。濡れた睫毛。形の良い唇からは吐息が絶えず漏れている。

「・・・ねぇ、土方君。俺、本当は学祭とか、どーでも良かったんだ」

まるで懺悔のようだ。と銀時は思う。誰も聞いていないのに、何故こんな事を。

「本当はあの後輩だって助けるつもりもなかったのに。こんな怪我だらけなんて、ダセー事」

ああ、なんでこんな事を言っているんだろう。

「でも、なんでかな。お前に会ってから全部可笑しいよ」

今までこんな事なかった。
土方を良いように性処理に使って、学園祭だって適当にこなして、適当に生きて、適当に行く末は死んでいけるものだと思っていた。

なのにこのザマはなんだ。情けないくらい他人に振り回されてるこの現状は。他人に優しくしたり、助けたり、看病したり、こんな感情いらないのに。

「…会わなきゃ良かった。お前になんか。そしたら、こんな惨めな気持ちになんか」

ならなかったのに。

銀時は徐に立ち上がり、繋いでいた手を放してベッドに乗り上げ、眠る土方の上に馬乗りになる。
そして規則正しく動く胸に指を滑らせ、やがて晒されている首に両手を伸ばした。

眠っているから簡単に指を絡めることが出来た。
相手も男とはいえ、熱が出て弱っている土方を相手に負ける気はしない。
やがて銀時は少しだけその手に力を込める。親指が、彼の首に食い込んだ。

「ねぇ土方君。俺ね、別に死にたいとか思わないし、でも生きたいとも思わないんだ」

喉に違和感があるのか、土方が眉根を寄せ始める。

「別に好きで生徒会長になりたいワケじゃないし、好きでこんな風貌に生まれてきたワケじゃない。
 だからフワフワ揺れて、流れに身を任せて」

綺麗。かっこいい。強い。最高。金持ち。優秀。

今まで何度、そうした言葉を受けてきただろう。
幾度となく『坂田銀時はこうだ』と決め付けられてきただろう。

「俺ね、こんなんだから昔から欲しいものは大抵手に入ったんだ。
家も金持ちだし オモチャでも、お菓子でも、金でも、女でも、なんでも」

だが、本当に愛する人や本当に信頼できる人が見つけられない。本当に欲しいものは手に入らない。
漫画や映画や唄に出てくるような愛し、愛され、命を託せるような人なんか。

だから、世の中は理想だけ求めてる滑稽な世界なのだと。
結局は利用して上辺だけへつらっていると、そう思っていた。そう生きて、死んでいくと決めた。

「でも、土方君は違うんだよ。俺の世界を揺すって壊そうとする」

いらないのだ。そんなものは。手に入らないものはいらない。
持っていないから、持っている奴より銀時は知っているのだ。
欲しいものほど手に入らないと識った時の、あの喪失感を。

ふと、土方がつむっていた瞼を開く。そんな彼にハッと銀時は笑ってやった。

「・・・なに、してんだ、おまえ」
「殺されたくないでしょ?土方君。じゃあ抵抗する?」
「意味わかんねーんだよ。とりあえずどけ。重い」

解熱剤が効いてきているのか土方は、先程よりしっかりした意識でそんな事を言ってくる。

「あのねぇ、土方君。俺、いま…」
「ああ、何か呟いてたな。俺に会ってから可笑しい、とか」
「!!!
 え、ちょっと待て!お前、寝てたんじゃないの!?」
「寝てねーよ。熱で目ぇ開けてらんなかっただけだ」

全部聴かれていた、という事に恥ずかしさが込み上げ動揺を見せる銀時に関わらず、土方が『だからどけ』と起き上がってくる。

「お前、俺をどうしてーんだよ。首締めようとまでしやがって」
「どうしたい、って。え、何?土方君、俺と友達になりたいの?友達になりたいのか?」
「ンなワケねーだろ!お前がどうしたいんだよって話だ!
 人の事性奴隷にしたり、それでいて会わなきゃ良かった、だとか勝手言ってんじゃねーよ!」

一通り叫んだ所で、まだ頭痛が残るのか土方は再びベッドに体を横たえ、馬乗りになったままの銀時を見上げて呟く。

「意味わかんねーんだよ…」


もうやだ、お前。とブツブツ言う土方を見下ろしながら、『お前はどうしたいんだ』という問いを銀時は考える。

どうしたい、なんてそんな事は初めて考えるから戸惑ってしまう。
いつも皆がついてくるし、心許せる友人も居なかったからどうしたい、なんて意見を求められるのは初めてで。

「俺、は」

銀時の視線はやがて土方の唇へと向かった。

「キスしてぇ」
「はぁ?」

唐突すぎる銀時の言葉に土方は驚きを隠せない。
今まで散々辱めを受けてきただけに、いきなりそんな初歩的な事を求められて驚愕したのだろう。そんな土方の襟元をグ、と掴む。

「さ、坂田!ちょっと待て!」
「ンだよ。なにしてーの、って訊いたから実行しようとしてるだけだろ」
「ちっ違う!俺、熱、そんなンしたらテメーにもうつる・・・」

「ちなみに、俺のファーストキスなんで」
「え」

突然の予想外の告白に土方の動きが止まる。だが、銀時は顔を近づけるのを止めない。
息を呑む土方の唇に重ねやすいよう顔を傾けて、お互いの前髪が触れる所まで来た時。

「ただいまー。十四郎、帰ってきてるのー?」

帰ってきた母親の声によってそれは遮られた。

「「・・・っ!!」」

我に返った2人は急いで体を剥がす。一瞬沈黙を置いた後、何を思ったのか銀時はベッドから降りると鞄を持ち、テーブルの上に置いてあったチョコバーを掴み。

「土方君のえっち!!」

と捨て台詞をはいて部屋から出た。
(その後、『迫ったのはテメーだろうが!』という突っ込みが扉の向こう側から聞こえた)


「あら・・・?」
「あ、お邪魔してます…ん?お邪魔しました、か」

様子を見に来たのか、階段を上ってきた母親と対面する。銀時はぺこりと頭を下げた。

「土方君の同級生の坂田銀時と申します。学園祭の途中で、土方君の体調が悪くなったので送る際に、お邪魔させて頂きました」
「まあ、わざわざどうもありがとう。体調って…」
「なんか熱的なものが出てしまって。でももう大丈夫そうですよ」

まさか、『貴方の息子さんをレイプして性奴隷にして、更に首絞めようとした挙句キスもしようとしました』などと言える筈もなく、営業スマイルで銀時は母親にそう伝える。

「まったくあの子ったら、お見送りもしないで…」
「いいえ、平気です。土方君にはお大事に、とお伝えください」

我ながら随分鳥肌が立つような台詞を言ってるぞ、と思いつつも『では失礼します』と玄関に向かおうとすると、背中に声をかけられた。

「あ、坂田君。また遊びに来てね。気をつけて帰るのよ」
「は、い・・・」

土方家を後にし、その後はなんだかフワフワした気分で銀時は歩く。

「いや、ナイナイ。これはアレだからナイナイ」

可笑しい。体が火照っているのだ。
自分の気持ちに戸惑いも隠せない。あんなに土方を消し去りたかったのに、キスをしたい、などと思う己の感情が理解出来ない。


「ま、まっさかぁ。銀さんに限って、そんな」

よぎる予感に言い訳をしながら気を紛らわせるために携帯を開く。
画面には大量の着信と新着メールが届いているのを知らせていた。おそらく突然姿をくらました銀時を心配した人々からのものだろう。
だが銀時はそれよりも、自分は土方の番号もアドレスも知らなかった事に気付く。

「はっ!だから、いやないない。コレはない。だってこれはアレで、これだから!」

自然と、知りたいなと気持ちが向かっているのを必死で止めた。
(ちなみに全て独り言なので、周りに歩いている人達からすれば奇妙な光景である)

「お、落ち着くんだ。そうだ。気の迷いだ、キスしてーとかだって、嫌がらせだし、うん」

なんとか自分にそう言い聞かせ、屋上で土方が『貰いモンだけど、やる』と言ったチョコバーの包みを開けて喰らいつく。ちょっとだけ溶けているそれは口の中に広がっていって。

「甘ェ」

そう呟いて、銀時は笑った。
今度また学校で会う時は、なんて事を考えながらマンションのエレベーターに乗り、自宅へと向かう。

今度あの子に会えたら、おはようって自分から言おう。
他の人間と喋ってるのを見て、どうして気付かないだって怒るんじゃなくて。
少しでももっと、土方君の事を、知りたい・・・
普通になりたくないけど、でも少しくらいは同じモノが見れるかも。

『本当ワケわかんねーケド、それがお前なんだよな』


「おかえりなさい、銀ちゃん」

少しだけ温かくなった心は、玄関を開けた瞬間に何故か居た父親の女によって全て冷えていった。
イヤだ。全身が神経を逆立てて女を拒否する。
いやだ。今日はそんな気分じゃない。まだ、この気持ちに浸かっていたい。

「なにしてるの、早くいらっしゃいよ」

逃げ出したい衝動に駆られる銀時の腕を掴み、彼女は家の中へと引き入れる。

「な、んで貴女がここに居るんですか」
「銀ちゃんのお父さんがね、今日は仕事で遅くなるから家に先に行ってなさいって」

ニコリと笑んで、そのまま銀時をフローリングへ引き倒す。女の香水とエクステが鼻を掠めて、恐怖にも似た感情が沸き起こった。

「嬉しいな。久々に銀ちゃんの熱いのとできる」

だが、女は目前の性交しか考えていない。彼女はいつもそうだ。猿のように銀時の雄を求めて腰を振る。
どちらが獣か分からない。嫌だ。嫌だ。交じりたくない。

「ねぇ生でヤっちゃう?なーんて嘘、冗談よ」


ああ、なんて自分は滑稽な生き物だろう。
女に冒されていく感覚に身を任せながら銀時は思う。

ごめんね、土方君。
君に与えた恐さは、きっとこんなモンじゃなかったよな。
脅されて、友達を脅かされて、性を弄ばれて、嫌だったよな。恐かったよな。

ごめんな。

人を思いやるとか、繋がるとか、そういうのは全部くだらないモンだと思ってたから。
それでもこんな俺を心配してくれた君を突き放して、なのにまた会いたい、なんて馬鹿げてるよな。

俺の世界を揺るがした君を焦がれるほど好きな事に気付いたなんて、今更、そんなのって。

『銀時、ごめんね。お母さん、耐えられなかった』

ごめんね。

『なんでそんなに、人を、試そうとすんだよ…?』

土方君はずっと分かってくれてたのにね。
ねぇ、なんでそんなに優しいのかな。もっと早く君に会えてたら良かった。


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