「新八、このプリント、14部ずつ刷るように先生に頼んでこい」
「はーい」
「神楽は、運動部の助っ人行ってきてくれる?多分、今頃お前の助けを必要としてる奴らばっかだ」
「総督、了解であります!」

目の前に山積みにされた問題を、銀時は着々とこなし、生徒会メンバーに指示を与えていた。
とりあえず目先の学園祭の事については一年生達に任せ、修学旅行の段取りを考えるのに時間を割いていた。

「んっだよ、もー!普通、こんなん先公がする事じゃん!俺達がやる事じゃねーじゃん!」
「銀時。騒いでる暇があったら手を動かせ。先生達だって、初めての行事に戸惑っているんだ」
「はっ、ヅラちゃんは良いよなーあの化学の高杉のお気に入りみたいだしぃ?」
「ヅラじゃない。桂だ」
「銀さーん!苛々するときは甘いモノ食べると良いんだゾ!」

ガチャリと生徒会室に入ってきたさっちゃんが、嬉々として銀時の口にチョコバーを突っ込む。

「…すみません、ちょっと今、こういうボロボロこぼれるお菓子は迷惑なんですけど」
「もう、ぎっちゃんったら!そんなつれない事言ってると、さっちゃん、別の男の所に行っちゃうんだゾ!」

そんなふざけた事を言いながら、メモを銀時が持っていたプリントの束の上にヒラリと落とす。
そこに書かれている事に、銀時は気に入らないかのように眉をひそめた。

「…用事思い出した。ヅラ、さっちゃん。今日の分は、お願いね」
「銀時!?」
「任せて!放置プレイでも銀さんの分まで頑張る!」

銀時が早々に生徒会室から出て行き、その背中を見送った後に桂はさっちゃんを睨む。だが、彼女はそんな桂の視線など気にも留めない。

「さっくん。銀時に何を教えたんだ」
「さぁ?貴方に教える理由なんてないし」
「…俺が思うに、銀時はそこまで弱くもないが、強くもない。あまり引っ掻き回す行動はよせ」
「銀さんを知った風な言い方をするのね。嫌いよ、そういうの」

生徒会室で残された二人がそんなやり取りをしているのも知らず、苛立ちながら銀時は校門に向かっていた。

『土方十四郎が行動を共にしてるのは、近藤勲と沖田総悟。詳しくは不明だけど幼馴染と考えるのが妥当。
放課後は毎日彼らと一緒に、学園祭の準備をしているわ』

メモにはそう書かれていた。グシャッと掌で丸めてポケットに突っ込む。

ふざけんな、俺の性奴隷のくせに。
ご主人様ほったらかして、良い度胸じゃねーか。
ああ、この間から苛々する。
なんで。
なんでだ。
そうえいば沖田総悟ってこの間、新八が言ってたドS王子――…

そんな事を考えながら校門を出たすぐの角。嫌な声が聞こえてくる。
牽制する怒鳴り声と、許しを乞う声。チラリとそちらへ目を向ければ案の定気弱そうな銀魂学園の男子生徒が、他校の男子生徒に壁に追い詰められていた。
話し声から察するに、金でもせびられているのだろう。

今までの銀時だったら、見て見ぬフリだ。
そんな事に捕まり、抵抗もしないのが悪い。面倒事には巻き込まれたくない。

『心は、テメーには渡さなない…っ!』

でもきっと、彼はこんな時。
彼だったら。

きっと。

「テメーら、ウチの生徒に何してんの?」
「総督…!」

きっと、助けてあげるんだよね



銀時の姿を見た途端、男子生徒が『助かった』というように顔を輝かせる。
だが、逆に銀時は舌打ちをしたくなった。
『総督』とか呼ぶんじゃねーよ…

「あぁ?んだてめー」
「総督って言えば…確かこの学校の生徒会長の別称じゃなかったっけ?」
「つー事は、銀魂学園のトップじゃねーか…」

絡んでいた男達が口々にそう言い始めた。
そんな事も気にせず、銀時は涙目になっている男子生徒に言う。

「帰んな。後は俺がなんとかすっから」
「で、でも」
「いーから。早くしろよ」

我ながら馬鹿なことをしてるな。
そう思いながらも、男子生徒が逃げたのを確認して睨みつけてくる男達の方を見据えた。

「おめーら良い度胸だね。うちの生徒、こんな学校の近くで恐喝するなんて」
「恐喝?馬鹿言うんじゃねーよ。アイツ、中学の時からのお友達だぜ?」

高校も一緒に行こうなって約束したのに。
でもアイツ、逃げ出してこんな金持ち学校に入りやがって!
だから迎えに来ただけだし!
とゲラゲラ笑い出してそんな事を言ってくる。

銀時は、それを随分と冷めた意識で聞いていた。
大方、中学の時にいじめていた彼を、高校までつけ回して金をせびりに来た、という所だろう。
くだらねぇ。
はぁ、とため息をつく。

「とりあえず、お前らも帰ってくんない?学祭近いし、あんまり騒ぎとか起こしたくないんだけど」
「はぁ?ざけんなよ。お前もココ通ってるって事は、金持ってんだろ?」

ズラリと囲まれ、退路を塞がれる。

相手は3人。楽勝だな、コリャ。
腕に自信がある銀時は、とりあえず一番強そうな男に狙いを定めた。

「学園祭近ぇのに、生徒会長が暴力沙汰起こして良いのかよ?」

言葉が銀時に一瞬隙を作った。直後、腹に激痛が走る。

「…ッ」

逆流しそうになる嘔吐物を懸命に飲み込む。無様な姿は見せたくない。

「はっ俺らの邪魔すんのがいけねーんだよ!」

よろける体にまともに蹴りを入れられ、意識が霞んで世界が反転する。
ぶっ殺してやる。
心はそう思うのに、拳を握れない。肩を踏まれて痛みで息が詰まる。

カッコ悪ィ。抵抗できずに居るなんて、逃がした意味ねーじゃん。
馬鹿だな、だったらやり返せよ。
…でも、出来ない。
俺が殴り返して、事が大きくなって、学園祭が潰れたりしたら。

そんな事になったら…

・・・あれ?俺、何を考えてる?


「てめーら、何してんだコラァ!」

口の中に血の味が広がり始めた頃、聞き覚えのある声が鼓膜を震わせる。
声の方に顔を上げると、土方が居た。その後ろには近藤、総悟の姿もある。

「…土方…く…」

「んっだよ、さっきからゾロゾロ湧いて出てきやがって!関係ねーだろ、失せろや!」
「そうもいかねー。俺達ゃ風紀委員でね。学園の秩序の為に、暴力は見逃せねぇなぁ」

言いながらズイ、とガタイの良い近藤が前に出る。男達は一瞬怯むも、強気に応戦してきた。

「風紀委員だろうが何だか知らねーが、うぜーんだよ!関係ねーだろがテメーらは!」
「ほお?退かねェつもりか。…総悟」
「へーい」

土方が命じた途端、総悟が携帯を取り出してパシャリとカメラで撮影する。
呆気に取られる一同に、ニタリと嫌な笑みを総悟は浮かべた。

「俺、写真を編集するのが趣味でしてねェ。この写メ使って、アンタらの屈辱的なコラ写真作って、学校にバラ撒いてやりまさァ」
「はぁ!?ざっけんな、ンなの犯罪…」
「犯罪だとバレないくらい、極限のを作れるのが俺の技術なんでィ。アンタらが二度と表に出てコレねーようなブツ作ってやりますぜィ。最も、今すぐ手を引けば許してやらねー事もねーですが」

ニヤリ、と見下すような総悟の嘲笑と態度に、何か悪寒めいたものが背中に走ったのか。
男達は顔を見合わせ、舌打ちをしてバタバタと駆けて行く。
近藤は、一蹴して見せた総悟にひどく感動したようで、頭をグリグリと撫でた。

「総悟ぉお!良くやった!でもお前、犯罪はいけないぞ、犯罪は!」
「え、あんなの全部嘘っぱちでさァ。ダセーよな、コロリと騙されて。ぷっ」
「ええええ!ちょっ、トシぃいい!総悟がいけないモンに目覚めようとしてる!含み笑いまでしてるし!」

二人がそんな騒ぎをしている間、土方は銀時の元に駆け寄っていた。
まともに相手の顔を見れず、銀時は顔を俯かせたまま立とうとする。

「おい、大丈夫かよ。何で他校の生徒なんかに絡まれて…」
「うるせーな。オメーには関係ねーんだよ。触るなコノヤロー」

他人に、しかも土方達に助けられるとは銀時としては失態だった。
色々問いただされる前に早くこの場を去りたいが為に、土方の心配の手を振り払う。

「でも、とりあえず保健室に戻ろう。皆が心配する」
「はぁ?もうほっといてくれ、別に…う?」

グラリと視界が、そして足元が揺れる。殴られたり、蹴られすぎたせいだろうか。
貧血のような感覚に立っていられず、そのまま銀時は重力に身を任せた。

「坂田!?しっかりしろ!」


ああ、やっぱり見過ごしてほっといて、家に帰れば良かった
そしたら今頃、家の酒でも開けて、酔って、あの苛々も忘れられたかも知れないのに

なのに、本当にあほらしい
苛々の元凶の土方君に見つかって、助けられて
情けない。惨めだ

こんな俺なんか別に、心配なんか誰もしない

『銀さん。銀さんは私にとって生きる理由なの。理解ってよ』

心配なんか、いらねぇんだよ



「お」
「…高杉…?」
「てめぇ、『高杉先生』、だろーが」
「いてっ」
「おいガキ共、総督が目ぇ覚ましたぜぇ」

目を覚ますと、独特のアルコールのにおいと共に高杉の姿が視界に入った。
彼はべチッと銀時の頬を叩いた後、カーテンの向こう側に声をかける。
高杉先生つーよりは、不良教師だろうが。
ボーッとした頭でそんな事を考えていると、ドカッとした衝撃が銀時を襲った。

「ぐぇ」
「銀ちゃぁあん!大丈夫アルかぁ!あのニコチンマヨラー男から保健室に運ばれたって聴いた時は、ショックで私、魂抜けてお花畑見えたヨ!」
「ちょ、神楽ちゃん!銀さんがお花畑行っちゃうそれ!」


怪力をもって銀時に抱きつく神楽を、もっともなツッコミを入れながら新八は彼女を引き剥がす。

どうやら学校の保健室に連れてこられ、ベッドに寝かせられていたようだ。
強く抱き締められた反動で咳き込みながら辺りを見渡すと、心配そうな顔をした桂とさっちゃんも居た。
なんだか面倒な事になってる―と心の中で溜め息をつく。

「クク、保健の教諭が帰っちまったからわざわざ俺が保健室開けてやったんだぜ。ありがたく思えや」
「高杉先生。それよりもここに連れてきた彼らの事を言うべきです」

きっぱりと桂が言うと、更に後ろに控えていた土方達の方を見る。
恐らく、礼を言えと桂は言いたいのだろう。だが銀時はまっぴら御免だった。

「銀時。彼らはお前を此処まで連れてきて、俺達にも教えてくれて…」
「別に頼んでねーし。余計な世話すんじゃねーよ」

銀時の言葉に、場の空気が凍るが気にせずに続けた。しかも視線は明らかに土方に向ける。

「何ですか?恩でも売ったつもりですか?」
「総督。そういう言い方はねーんじゃねェですかィ。真っ先に助けに走ったのは土方さんですぜ」
「ハッその言い分が気に喰わねー。帰れ。お呼びじゃねーんだよ」

言い返そうとする総悟を制止し、近藤は土方の肩を掴んで『帰ろう』と静かに呟く。
うながされた土方はあまり表情も変えずに、近藤に従った。
その横で憎たらしく、高杉が口パクで『ガキが』と言ってきたが銀時は無視する。

「銀ちゃん…どうしたのヨ?あの馬鹿3人組に何かされたアルか?私、銀ちゃんの為にアイツらぶっ飛ばすアル」

神楽と新八は、いつも飄々とした銀時しか見た事がない。否、銀時は二人にはその部分しか見せていない。
明らかに敵意を剥き出しにする様子に驚いたのか、神楽が心配そうな声を出した。新八も同様の顔をしている。

「ううん、ごめんな。なーんでもないよ。お前らは心配しないで良いから」


翌日、顔に怪我をした為に学校に行った途端大騒ぎになった。
明らかに殴られた痕なのに、銀時は『階段から落ちた』と説明し通した。
真実を知っているのは生徒会メンバー、高杉、風紀委員の3人、そして標的になっていた男子生徒。
彼らが漏らさなければ、これ以上大事にはならない。

そう考えながら放課後、生徒会室に入ろうとした時だった。

「あの、総督…!」

呼び止められて振り向くと、昨日助けた男子生徒だった。何故か彼の体は震えている。
面倒くさいから早くしてくんねーかな。そう思いつつも笑みを浮かべて答える。

「…なーに?」
「あ、の。助けてくれて、ありがと、う、ございました」
「お礼言う事じゃないからいいよ。俺が勝手に…」
「でも、その怪我、僕のせいですよね?」

舌打ちしたいのを懸命に堪えた。だったら何だって言うんだ。

「しかも理由も階段から落ちたって嘘ついて…僕の事、庇ってくれて」

何故か相手は泣きそうだ。
庇ったワケじゃない。説明が面倒くさいだけ。
助けたのだって土方ならどうするかって、考えただけ――


「だから、その、感謝の気持ちだけは、伝えたかったんです」
「なんで」

コイツ、馬鹿だなぁ
俺が腹の中でなに考えてるかなんざ、知らねーくせに。
だから嫌いなんだよ。
俺の気持ちなんか無視で、勘違いして、気持ち押し付けて
馬鹿で、愚かで、崇拝して

「嬉しかったから、です」

馬鹿だよ

「今まで、反抗とかアイツらに出来なかったんですけど…総督見てたら、俺も、負けたくないって思って」
「…やめときなよ。俺でこんなんなってんのに、君じゃ」
「どんなにボコボコにされても、もう気持ちでは、負けたくないんです。
 総督は、それに気付かせてくれたんです」

男子生徒はそう言い切ると、『失礼します』とペコリと頭を下げて去っていった。
言い知れない気持ちが銀時の中に広がっていく。

違う。
気持ちに気付かせた事にお礼を言いたいなら、俺じゃなくて土方君に・・・

「…坂田」

刹那。声をかけられ、銀時はボーッとしていた頭をハッと持ち上げる。

「お前、あの後輩の事庇って、そんな怪我したのか…?」

言いながら土方が廊下の角から現れた。嫌な所を見られた、と銀時は思う。

「盗み聞きたぁ、良い性格してんなぁ。何しに来たの?お説教?」
「ちょっ、待てよっ」

生徒会室にすぐさま入り、扉を閉めようとするのを土方が阻止する。

「昨日のあんな態度…っ俺にはともかく、近藤さんや総悟にまであんな事言うなんて許せなかったんだ。でも!」
「でも、なんだよ」
「お前、ちゃんと助けてたんじゃねーか。なんでソレを言わねーんだよ」

土方の瞳が切なげに揺れる。
しかし、銀時には意味が分からなかった。
散々放っておいて、そのくせに恩着せがましく助けにきやがって。

「近藤さん達も、桂達も…皆、きっと勘違いしてる。
誰かを助けて、坂田がこんな目に合ったなんて、知らない。
お前がそれを言ってたら、少しは…」

ムカつく。嫌いなんだよ。

「少しは、偽善者に見えるって?」

歪んだ笑顔を見せると、土方が驚愕で目を見開くのが分かった。
銀時は強い力で彼の腕を掴み、生徒会室に引き込むと奥に位置する部屋へと連れて行く。

「ここ、生徒会室にのみ設置されてる仮眠室なの。内緒だよ?生徒会メンバーしか知っちゃいけねーんだから」

有無を言わさず、保健室にあるような簡易ベッドに土方を突き倒し、後ろ手で扉の鍵を閉める。

「テメ、ふざけんなよ、もうすぐ仕事しに猿飛達が此処に来るんじゃ…」
「そうだよ。だからあんまり大きな声出すんじゃねーぞ」

言いながらベッドのマット下に手を伸ばし、隠してあった手錠を取り出して手際良く土方の両手首をベッドのパイプにくくる。仰向けでばんざいの格好を強いられる相手の上に、銀時は馬乗りになった。
ギシッという音が響く。

「さっちゃんが、“こういう”プレイ大好きでさ。まさか役に立つとは思わなかったけど」
「やめ、ろ、坂田!ここは嫌だ…!」
「無理。
 だってお前の事、滅茶苦茶にしないと気が済まねー。
 ねっ、土方君」

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