他の人間が引くような事
他の人間が可笑しいと思う事
他の人間が馬鹿にするような事

他の人間が嫌悪する事

それをお前は只、受け入れてくれた

只、それだけ

それだけの事が


『世界中を敵に回しても』


土日の渋谷ははっきり言って混む。
比較的静かな場所で休日を過ごしたい土方にとっては、地獄とも思える所で。
なんとか人酔いしないように改札を出ると、待ち合わせ場所へ向かった。

「あんな目立つ銀髪だから…すぐに見つかるよなぁ…」

行き交う人にぶつかり、ぶつかられながらそんな事を呟く。
お互い携帯電話などのアドレスや番号を知っているわけではないから、万が一会えなかったら連絡も取れないし帰っちまおう・・・と考えた矢先、である。

「あ、土方くーん」

陽気な声が自分を呼ぶ。そちらに視線を向けると、気だるそうに手を振る銀時が居た。
――何故かスーツ姿で。

「ちょ、おまえなんつー格好してんだよ!?」
「おっす」

悔しいが、土方から見ても銀時は端正な顔をしている。覇気のない目はかけているサングラスで隠されている為に、その姿は身長の高さも手伝ってテレビの中でしか見たことのないホストそのものだ。
明らかに高校生らしからぬオーラをかもし出す彼に驚き、土方は猛烈な突込みをくり出す。

「おっすじゃねーよ!只でさえ銀髪なくせに、余計目立ってんじゃねーか!普通の高校生らしい服装して来いよ!」
「えー?なんで。ダメ?スーツじゃ」
「いや、普通同級生と遊ぶのに、あんまスーツは着て来ねーだろ」

「…だって、同年代の男と遊んだ事ないから分からねーんだもん」
「え」

少し躊躇いがちに言う銀時に、こちらも何だか調子が狂ってしまった。
今までのように『ご主人様に逆らうの?』と自信満々に返してくるものだと思っていたのだ。

「何ボーッとしてんの?来てよ」
「あ、ああ」

同級生の男と遊んだ事がない、という言葉に少なからず動揺した。
土方は小さい頃から近藤、総悟といたし、成長するにつれて友達も増えていった。
そうしたら普通は自然と一緒に、どこか遊びに行くものではないのか…?

『本気にしてんじゃねーよ、バーカ!忘れたの?言っただろーが、昨日。お前なんか嫌いだって』

それとも、また惑わす虚言なのだろうか…

「で、何処に連れてこうとしてんだよ」
「ロフトですぅー」

土方は、怪しいクラブなどに連れて行かれるのではないかと内心焦る。が、目的地は至って普通の場所で安心した。

「ロフトぉ?東城みてぇに…なんだっけ。カーテンのシャーでも買いに来たのか?」
「は?シャー?小便したいの?膀胱破裂しそうなの?土方君。さすがに俺もそっちの趣味は」
「違ぇええ!なんでそうなる!?」
「まぁスカ趣味の土方君には悪いけど」
「だから違うって言って…」

「学祭で必要な道具、買いに来たんだ」

「じゃ、買ってくるからここに居てねー」
「・・・」

そう言って、学園祭に必要なものを持った銀時はレジに並ぶ列へと吸い込まれていく。
残された土方といえば、拍子抜け以上の思いを抱いていた。

学園祭の道具買いに、なんでわざわざ休日に俺を呼ぶんだ?
しかもまさかこれだけの為にわざわざ呼び出したのか?
いや、絶対ぇ何かある。坂田の事だからきっと何か裏がある筈だ。
上等だ。俺はこんな安い手には引っ掛からねーぞ…!

「お待たせー土方君は何か見たいモンある?」
「いや、別に…ねーけど」
「あっそ。なぁ、銀さん喉乾いたから、どっか入ろうよ」

サングラスのせいで全ての表情が見て取れるワケではないが、なんとなく銀時が楽しそうに見える。

「…お前さ」
「んー?」

可笑しい。と土方は思う。
昨日は、この数日間のように襲われるのではないかと思い、少しでも抵抗できるように腹筋や背筋を普段より多めにしたというのに、その準備を無駄にするかのような銀時の態度。
なんだかこれでは本当に休日に街に遊びに来た、同級生のようだ。

「学祭の道具買いに来るんなら…クラスの奴と来んじゃねーの?普通は」
「なんでクラスの奴?だってコレ、生徒会の出し物に使うモンだし」
「…じゃあ、生徒会の奴と来れば良いじゃねーか。それをなんで俺と…」
「?
 なんで生徒会の出し物だからって、そうしなきゃいけねーの?」

だって、生徒会の仲間だろう?
そう言いかけて土方はやめた。なんとなく銀時には通じない気がするのだ。

あながち、同世代の友達と遊んだ事がないというのは嘘ではないかも知れない。

『あのチャイナがまだ勝負の最中だってのに、総督ン所に行くモンだから』

『私の世界には、銀さんと私しかいない』

『俺から言えることはアイツを刺激しないで欲しい』

少なくとも生徒会の、神楽や猿飛あやめ、桂小太郎は銀時を仲間として慕っている筈だ。
そしてきっと、あの志村新八もそうなのだろう。
それでも銀時がそう言ってのけてしまうのは、彼が、生徒会のメンバーを仲間と思っていないからだ。

…それって、すごく哀しい事じゃないのか…?

「土方君、何にした?」
「あ?とりあえずコーヒーと…」

銀時の要望通り、その辺のファミレスに二人で入った。
向かい側に座る銀時がメニューを開きながら訊いてくる。

「…このサンドイッチにするわ。テメーは何にすんだよ」
「え?俺?俺はこの期間限定の苺スペシャルパフェを…」

嬉々として言いかけ、その後『ヤバイ』と言うように銀時が表情を強張らせる。
その理由が分からない土方は小首を傾げて、メニューのデザートのページを開いた。

「でかっ。こんなの喰う気かよ、ちゃんと全部胃に入るのか?」
「…笑わ、ねーの?」
「は?」

相手の意図が読み取れず、顔を上げるときょと、と放心したような顔をした銀時がいた。

「笑うって…何をだよ」

今まで、嗜虐する表情しか銀時の顔は見てこなかったせいか、なんだか今の彼が別人のように見える。
まっすぐに見つめられて問われ、土方は上げた視線を再びメニューに戻して問い返した。

「だから…男のクセに甘いモンなんかダセーとか、良い年してそんなパフェ食うのか、だとか」
「ああ、味覚の話か?
なんつーか…俺の身近に何でもタバスコかけて食いモン食う奴がいたから…」

食べ物が出たら、何にでもタバスコをかけて辛くしていた総悟の姉、ミツバ。
思えば彼女に影響されて、自分もマヨネーズに拘り始めたのかも知れないな…と心の中で苦笑しながら土方は言う。

「そんな甘いモン食うくらいどーって事ねーよ」

とりあえず、早くここでの食事を済ませて銀時と別れ、家に帰りたい土方は相手の返事を待たずに注文をし始める。
その間、何か焦がれるような瞳で銀時が見つめていた事を、土方は気付かなかった。

「土方君って」
「なに」

食べ終わり、空になったパフェグラスをスプーンで突きながら、銀時が呟く。
頼んだサンドイッチにマヨネーズが挟まれてるのに満足し、しかも最後の一切れを味わって食べている時に言われ、モグモグと噛みながら答えると、ぶふっと笑われた。

「…なに笑ってんだよ」
「いや、だってほっぺた膨らませて食べるから、なんか頬袋に食いモン溜める小動物みてーなんだもん。可愛いね」
「可愛い…!?てっ、てっ、テメーいきなり何血迷った事言ってんだよ!?」
「ギャーギャーやかましいなー発情期ですかコノヤロー」
「誰が発情期だ!?周りに誤解を与えるだろーが!」
「あのねー。そうやって大声出して、誤解を与えてるのは土方君だから」

はぁ、と銀時は溜め息をつくと、パフェグラスに残っていた生クリームを指で一すくいし、身を乗り出したと思えばそのまま土方の咥内に突っ込んだ。

「んむ!?」
「俺の指についたクリーム、舐めて?土方君の舌で」

意味不明な行動は、相変わらずのようだ。
言われた通り、恐る恐る指に舌を這わせると、溶けかかったクリームがみらいに染み込んでいく。
僅かな量だと言うのに、妙に甘ったるく感じた。

舐め取ったのを確認したのか口から抜くと、その指を銀時は己の咥内に差し入れる。
呆気に取られている土方の前でちゅぱ、と音を立てて指を吸い、にやりと笑んで見せ。

「間接キス」

と至極満足したように、てらてらと二人の唾液で光る指を見せつけながら銀時は言った。

「さて、と。土方君も食い終わったでしょ?俺この後用事あるし、そろそろ出よう」

突飛過ぎる銀時に土方はついて行けない。
とりあえず頭の中は『今日はヤらないで済みそうだし、早く帰りたい』という一心だった。




*


馬鹿みたい、だとか、くだらねー、とか。
思う事は色々あって。
知りもしないくせに、この世の全てを知ったかぶった言い方は大嫌いで。

でもだからって、死ねば良いとか世界が滅びろとか思わない。

嫌なら、自分が消えればいいだけの話。
自分を消し去ってしまえば良いだけの話。

「銀ちゃん。確かに、貴方のお父さんだってその辺のオジサンに比べたら普通にカッコいいわ」

俺の胸を滑る女の掌。その白蛇のような細長い薬指には、リングが光る。

「でも、やっぱり銀ちゃんが最高よ。引き締まった若い肉が素敵」
「…そーっすか」

しめていたシャツのボタンが外され、女はピアスが貫通した舌を俺の首筋に這わせてくる。

「ねぇ、お父さんにバレたくないでしょ?私との関係、ちゃんと秘密にしてる?」
「…話すワケないですよ。金まで貰ってるのに」
「ふふ、銀ちゃん。貴方、ロクな大人にならないわね」

誰のせいだ!
心はそう叫んだが、頭は妙に冷静で女の愛撫をひたすらに受けていた。
意識は別の事を考えていたからだ。

『そんな甘いモン食うくらいどーって事ねーよ』

土方君はそう言った。
どうって事ないんだって。俺が隠してきた事を、なんでもないようなものとして聞いてくれた。
可愛い土方君。
素直な土方君。
俺が大好きなものを、肯定してくれた土方君。

『クラスの奴と来んじゃねーの?普通は』

普通なんて知らない。タメのヤツらがどんな格好して、どんな遊びをするかなんて知らない。
俺の休日と言えば、こうして親父と関係を持ってる女に秘密裏に会って、金貰って、ヤって。

『土方君って、毎日学校来てるの?』

本当はソレを訊きたかった。
でも食べている最中の彼は妙に愛らしくて、訊きそびれてしまった。
ねぇ、土方君は毎日学校に来てるの?
月曜も学校に行くの?
学校に行ったら、会えるの?


そして月曜日。
大嫌いな奴ばっかり居る、大嫌いな学校に行く。
仕方ない、生徒会の仕事が立て込んでるし、ちゃんと来るって新八と約束しちゃったし。
またどーでも良いヤツらが近寄ってくるけど、それに愛想を振り撒きながら無意識に土方君を探す。

すると、黒髪を揺らして廊下の向こう側から土方君が現れた。身長が高いから見つけやすい。
低血圧なのか、やけに不機嫌そう。
この間みたいに怒らせてやろうと思った途端、土方君の顔が綻び、笑みに変わる。

「おはよう、総悟」

ミルクティ色の茶髪をした男が、土方君の表情を変えたのだ。誰だ、アイツ。近藤じゃないのは確か。
俺の事なんて気にもせずに、二人で教室に入っていく。

…なんで?探してたのに。待ってたのに。土方君の事。
なんでご主人様の方を見向きもせずに、ソイツと楽しそうに挨拶しちゃうワケ?

妙な苛立ちが俺の中に溜まっていく。
土方君を壊してしまいたい衝動に、無性に駆られた。


*


鈍感でいたい。
俺が生涯願うのは、只一人の幸せだから。


「土方くーん、廊下出てくれるー?」

学園祭まで、残り数日。特に2年生はその後に修学旅行が控えている為、放課後は準備に追われて慌しい。
渋谷に一緒に行ってから、銀時が何も仕掛けてこない事に疑問を土方は感じ始めていた。

…もう放課後…今日も坂田、何もしてこなかった。飽きたのか?

「なんだよ?」
「採寸すんのよー。ホラ、コスプレバーの衣装の為に土方君のサイズ知っておかなきゃ」

教室で指示を出していた土方。男手が必要なのかと思って廊下に出ると、クラスメイトのおりょうがメジャーを持って待っていた。

「本気で俺?やっぱり総悟にしねぇ?」
「なーに言ってんのよ。クラスの意見で決まったんだから、文句言わない!」

ほら、シャツは着てて良いからジャケット脱いで、とおりょうに急かされる。
渋々と土方が脱いでいると、遠くからキャアアと悲鳴が聞こえた。
驚いてそちらに視線を向けるとワナワナと肩を揺らした少女、志村妙が居た。
日々近藤がストーカーし続ける相手である。

「ちょっとおりょうちゃん!?貴方何してるのよ!?」
「何って…土方君の採寸を…」
「分かってるわよ、そんなの!問題はどうしておりょうちゃんがしてるのかって事よ!」
「「はぁ??」」

あまりの言い分に土方とおりょうは声を重ねて疑問を訴える。

「そこはサイズを測ると見せかけて男の子同士がさりげなく密着する場面でしょ!?例えば…」
「お妙さーん!貴方の叫び声を聞いて近藤勲、只今けんざ…」
「近藤さんは呼んでませんから。あ、沖田くーん。ちょっとこっち来てくれるかしら」
「何ですかィ?」

駆け寄ってきた近藤を軽くかわし、教室で悪戯をして準備の邪魔をしていた総悟に妙は声をかける。

「はい、このメジャーを土方さんの身体に巻きつけてください」
「へい、こうですかねェ」
「いたたた!ちょ、総悟!痛ェ!巻きつける通り越して締め付けてる!食い込んでる!」

加減せずに、思い切り総悟はメジャーで土方を締め付ける。そんな様子を眺めながら、ニコニコ微笑んで妙は言う。

「痛みを訴えて漏れる息…上気する身体…近づきあう少年達…最高だわ」
「ちょっとお妙!変なナレーション入れないでよ!というか、アンタクラス違うでしょ!?早く戻んなさい!」
「やだ、おりょう放して!私、見届けなきゃいけないのよ…生BLを!3Pをー!!!」

おりょうにズルズルと引きずられて、B組に連行される妙を土方達は見送る。

「ああ、お妙さん…今日も素敵です…!」
「3P?何だあの女。ゲームでもしてーのか?3人じゃなくて4人まで対戦可能だろ」
「土方さん。3Pと聞いて真っ先にゲームの話に持ってけるアンタに乾杯でさァ」

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