「む、無理ですって副長!坂田って総督の事でしょ!?意味分かって言ってんですか?」
「…でも前にお前、情報収集得意とか言ってたじゃねーか」
「そりゃあ裏でコソコソすんのは好きですけど…だけど総督相手なんて」

「頼むよ。もうオメーしかいねーんだよ」

今まで渋っていた山崎が、俺がそう言った瞬間に表情にパァアと覇気を取り戻して『しょうがないですねー副長がそこまで言うんなら』とのたまう。…そんな機嫌取れるような事、俺言ったか?

「でも、それなりに報酬は欲しい所ですね」
「なんだよ。金取る気か?」
「んーじゃあ、副長が俺のほっぺたにキッス!なんちゃって…」

頬にキスって…そんなん山崎になんの得があんだ?と思いつつ、唇ではないので俺は躊躇いなく相手の顎を少し傾けさせ、口付けてやった。

「山崎。これで…」
「ふ、ふくちょ…!」

ワナワナと感激したように震えた後、何故か山崎は俺に抱きついてくる。
オイイイ!また皆が見てんじゃねーか!

「やぁまざきぃいい!テメ、いきなり何して…!」
「ふふふふ副長!もう我慢できません、俺、俺と…!」

「オイ、人の嫁に何セクハラしてんでィ」

興奮して俺に縋りつく山崎の首根っこを掴み、瞳孔開き気味で現れたのは総悟だ。あー…また面倒なヤツが…

「山崎。よっぽどシメられてーらしいねェ。八つ裂きにしてネチネチ殺してやろーか?それとも一発で死なせてやろうかィ」
「お、沖田君!アンタがいくら副長の幼馴染で、婚約者気取って強気でこようが俺は副長を譲れません!」
「ハッ、言ってくれるじゃねーか。悪ィがおめーがどんなに土方さんに好意を主張しても、とっくに俺はちっせぇ頃から一緒に風呂入ってこの人の皮被りチンコとかアナルとか見まくってんでィ」
「副長の皮被りチンコぉおお!?」
「羨ましいだろ?見てェだろ?」

おいおいおいちょっと待て!朝から俺使ってどんな会話繰り広げてんだテメーら!つか山崎は鼻血出すな!

「いい加減にしろやテメーらぁああ!!」

二人に快心の一撃・脳天チョップを喰らわせ(山崎には当たったが、総悟にはヒラリとかわされた)、下品極まりない会話を阻止する。…結局クラス中がこっち見てるし…信じらんねェ…。
大体、俺は坂田に今日からどんな目に合わされるか分からねーってのに、コイツらは…!

「あー苛々する。なんで朝からこんな疲れるんだ」
「まぁ落ち着いて俺の子供産みなせェ。な、土方」
「オメーのそういう言動が疲れんだよ!…つか近藤さんはまだ来てねーのか?」
「あ、多分委員長でしたら、渋滞に引っ掛かってますよ」

鼻血をティッシュで拭きながら山崎が廊下を指差す。
渋滞の意味が分からず、俺は総悟と一緒に教室から顔を出し…理解した。

学園を統べる生徒会会長、総督の坂田銀時が登校してきていて、その取りまきやら何やらで廊下が生徒で埋まっている。

『テメーは俺のご機嫌伺ってりゃいーんだよ』

昨日、冷たい目でアイツはそう言った。

あの表情では同一人物と想像もつかない程、
今の坂田は微笑みながら女子からのプレゼントを受け取ったり、挨拶を丁寧に返している。
クラスメイトらしき男子とも小突きあったりしていて。

…やっぱり、アイツの弱みでも握らねーと坂田には勝てない…その光景を見ながら思った。


『嫌いなんだよなァ…俺の事なーんも知らねーくせによぉ。寄って来て好きだとかぬかしたり、お前みたいに何も知らねぇクセに俺を嫌悪する奴もよぉ』


でも、信じられないくらいだ。


本当は夢だったんじゃねーか?
周りの慕う人間が嫌いなのに、あんな愛想笑い出来るモンなのか?

…だが悔しいけど夢じゃない。
喉の奥に広がった性の匂いも、アイツに頭を掴まれた感触も残ってて―…


「副長。B組の猿飛が用があると言うんですが…」

昨日の出来事を思い出して、また下半身にジワリと熱が広がった時。
人波を押し分けてやって来た原田が俺に声をかける。彼の後ろには猿飛が居た。


そりゃあ、銀さんの傍に居るんだもの。
周りから、特に銀さんに好意を抱いてる女子から色々言われてるのだって知ってるわ。
でも私にはそんなの関係ないの。
私の世界には、私と、銀さんしか居ないから。後は判別不能の人達ばかり。

『アイツ、俺ナシじゃイけねー体にしてやろーかなって』

そんな世界に、土方君という存在が入り込んできた。
人を嫌う銀さん。憎んでるといっても過言ではない彼が私に昨日、わざわざ電話してそう告げた。

初めはいつもみたいに、私を弄ぶ焦らしプレイの一部かしら?とも思ったけど、でも銀さんの話しぶりからして違う事が分かった。

土方十四郎は、侵入者だ。
私と銀さんしか存在しない、私の世界の侵入者。




『世界中を敵に回しても』




「…で、何なんだ」

昼休みに話があるから、昼食を取る前に即行中庭に来い、と猿飛に命じられ。俺は『修学旅行に関する、風紀委員と生徒会の打ち合わせ』と総悟達に嘘をついて教室を出てきた。

「大した用はないわ」

言いながら猿飛は組んでいた腕を下ろす。
ふと昨日の露わにされた彼女の胸を思い出し、直視出来なくて俺は視線を下ろした。

「ま、また坂田の命令でも受けてきたのかよ」
「…これは、私の勝手な行動。銀さんは関係ないから」

フワリ、といい香りが漂い、顔を上げた時には、遠くにいた筈の猿飛が俺に密着していた。
驚いて退こうとするも、その前に彼女は俺の後ろに手を伸ばしてむにゅりとケツを揉んでくる。

「ひ!?テメ、何してんだよ!?」

そして、躊躇なく細長い指が臀部の割れ目をなぞり、穴の部分をクイ、と指の腹で突き上げてきた。
信じられない行動が把握出来ず、声が裏返る。

「ぅ、ぁ、やめ、やめろ!」
「男のくせに情けない声を出すのね。昨日、散々銀さんに揉まれたんじゃないの?」
「さ、されてねーよ!ざけんな!」

相手は女だ。引き剥がそうと思えば簡単に出来るが、彼女は生徒会で一番坂田に近い存在と言っても過言ではない。
下手な真似をして、それがどんな影響を及ぼすか分からない。
そうやって心の葛藤を始めた俺が叫ぶと、猿飛は意外というように目を見開いた。

「されて、ないの?」
「当たり前だろ!?なんで俺がアイツにケツ揉まれなきゃなんねーんだ!」

なんだこの女。全てを把握してるワケじゃねーのか?
つーか、坂田が俺にそんな事したとしても、コイツ平気なのかよ…?

「そう…じゃあ、失礼」

言いながらキッと猿飛は俺を睨むと、突然顔を近づけて咥内に舌を差し込んでくる。

「んう!?」

どうやら舌の上には何か固形物が乗っていたようで、驚いた拍子にそれを飲み込んでしまった。

な、何か呑まされた…というか、今、舌が…!

「さ、猿飛!何す、つか舌…!」

混乱して、俺自身も何を言っているかよく分からない。すると相手は呆れたように眼鏡をクイ、と持ち上げる。

「一々騒がしいのね。唇は触れてないんだから良いじゃない」
「だからって、好きじゃねーヤツにこんな事すんなよ!」
「(…思ったより純情君?)今、貴方が飲んだの、すぐに効かないから。多分6時間目の終わり辺りがピークだから」
「は?何言って」
「耐えられないだろうけど、放課後になってからB組に来なさいね」

意味不明な事を言い残し、猿飛は長い髪を揺らして去ろうとするのを俺は呼び止めた。

「ま、待てよ猿飛!」

不可解すぎて困る。
この女の様子を見る限り、きっとコイツは坂田が好きなのだろう。

『えっ!今からですか…!?い、ますけど…』
昨日の志村の言動からも、あの時生徒会室で坂田と猿飛がおっ始めようとしてたのも推測出来る。
てっきり俺は二人はそういう関係なのだろうと思っていた。

「お前、坂田の事好きなんだろ?なのに俺にこんな事して、なんで平気なんだよ!?」

でも違う。坂田は彼女を無視して俺を良いようにしようとしてるし、この女はそれを承知で俺に触った。
なんなんだよこいつ等は…!

「…土方君の世界には誰がいる?」
「え」

またも不可解な問いに俺は首を傾げる。すると、苦笑というには至らない少女の笑みで、猿飛が言った。

「私の世界には、銀さんと私しかいない。だから銀さんが望むなら、私の世界を敵に回しても、叶えるの」


「いや、意味わかんねェから」

思わず廊下で呟いていしまうほど、彼女の答えはやはり意味不明だ。どこか別の次元で生きてるとしか思えないくらいだ。とにかく呑まされた物体の効き目が判明するまで、大人しく6時間目を迎えるしか…
そんな事を考え、早く昼飯を食おうとげっそりしながら教室へと入る。
すると、途端に上がる歓声。

「あ、No.1のお帰りだ!」
「やっぱり土方君はチャイナ…ううん、ナース服の方が…」
「土方ァ、学祭楽しみにしてるぜ!」
「は、あ?何?何だ?」

扉を開けた直後にクラスメイトに口々に言われ、俺の頭の上にはクエスチョンマークたっぷり。
が、ふと視界に入ったホワイトボードに目が行き、驚愕で俺は声を張り上げた。

「はあああああ!!?」

でかでかと『学祭:B組コスプレバー』と書いてあり、その下には女子の名前が数名…の一番下に土方十四郎と書いてある。いや、コスプレって、あ?コスプレ?俺?俺か?俺が!?
ワナワナと震えながら、とりあえずその辺に居た山崎を捕まえて胸倉を掴む。

「…おい、山崎。説明しろやコラ」
「ちょ、なんで俺ェ!?副長が昼休みになった途端居なくなるのがいけないんでしょ!」 「え…?」

山崎の言葉に、ハッとする。そういえば、今日の昼休みに学園祭の係を決めるから、
昼食は全員教室でとれ、実行委員が言っていた気が…
そして女子だけのコスプレではシャレにならないから、ギャグ要素を取り入れる為にも男子から一人選抜される、
とかなんとかだったような…

「だ、だからって何で俺なんだ!?まだ総悟とか可愛い系の奴が着た方が…!」
「何言ってんでィ、土方さん。
 うちのクラスの風紀委員は俺と近藤さんが学祭、土方さんは修学旅行中、って仕事の分担決めたでしょう?
 だから俺達は、当日はクラスの仕事には入れないんでさァ」

ご馳走様、のポーズをしながら総悟がニタリと笑う。

勿論、俺は顔面蒼白。絶対コイツだ。俺を推薦したのコイツだ…!
山崎と原田もウンウンと頷いてるし、クラス中も納得してるし
俺の唯一の助け舟…近藤さん!

「いやーしかし、トシがコスプレなんてしたら似合いそうだなー」

…も、やっぱり助けてくれそうにねーし…。
ああ…結局、俺がやるしかねーのか…
近藤さんの言葉にどこまでも弱い、自分を呪った。

土方さん、是非ウエディングドレス着てそのまま俺の嫁になってくだせェ、とか総悟は言ってくるし
ンなモン着て、ウエイターなんか出来るかってんだ…

また俺の悩みが増えた学校での一日の最後…

否、まだ俺の一日は終わらない事に、気付く。

猿飛の言ったとおり、終礼の後にそれは来た。

「…ッ」

下半身が、異様に熱いのだ。

顔も熱を持ち、変な汗が背中から噴出すのを感じる。


触りたい


その単語が駆け回り、脳裏に乱暴に俺の頭を掴んで揺さぶった坂田の手の感触がよみがえる。



触りたい?違う。



触っ、て、欲し…い?



「ん…ぁ」



何だこれ、何なんだよコレ…!?

心臓が早鐘を打ち、今すぐネクタイを緩めてシャツのボタンをむしり取りたくなる。

耐え切れず、しかしなんとか下校するクラスメイトにはばれないように俺は小さく喘いだ。

「トーシ、帰るぞー」

「ふ…っ」


だが近藤さんにいきなり背中を叩かれ、ビクンと反応して、不意に声が漏れてしまう。思わず俺は口を手で覆った。

「…?トシ…どうした?体調でも悪いのか?」
「いや…っと、俺、まだ修学旅行の打ち合わせ終わってなくて…残らなきゃいけねーんだ。だから一緒に帰れねー」
「そうか。あんまり無理するなよ」

そう言って近藤さんが笑う。
安心を与えてくれる笑顔。

…近藤さん。俺、絶対ぇにあんたに迷惑はかけさせねーから。

俺はそう意を決すると、熱い体をB組へと向ける。
今日は一日、坂田に接触していない。…故に彼が居ても可笑しくない、その場所に。

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