馬鹿みたいだ。
そう思いつつも土方は急いで洗面台の前までかけて行き、ベッドの上でごろついていたせ
いで乱れた髪を直す。
銀時と渋谷に2人で遊びに行った時だってこんなに緊張していなかった。
(いや、それは勿論襲われるのではないかと気が気ではなかったが)
なのに、馬鹿みたいだ。
会いたいと言われて完全に動揺してしまっている。
『ねぇ、土方君。だから会いに行っていい?』
『あ、会いにって、もう8時じゃねーか』
『まだ8時だよ。何、お家厳しいの?だったら、ちょっとでも良いから』
『べ、別に厳しくねーけど、だ、大体今から会ってどーすんだよ』
『どーもしないよ。あ、じゃあメット2個持ってくから、ドライブしに行こ』
『(どどどドライブだとぉおおお!!?)ほ、本気で言ってんのか』
『本気だよ。じゃっ、今から行くから。家の前着いたら電話するから、用意してて』
こんな感じで、見事に流されてしまった感が否めない。
そう思いつつも土方はズボンのポケットに財布と携帯だけ突っ込み、リビングでテレビを
見ている母親に声をかけてしまっていた。
「母さん、ちょっと出掛けてくる」
「あら、どこ行くの?」
「(どこ・・・?どこ行くんだ?)友達とど、ドライブしに…?」
「ふーん。気をつけて行ってらっしゃいよ?」
これ以上母親に突っ込まれる前に、と土方はそそくさと玄関に向かい、靴を履く。
なんだか秘密の遊びへ行くような心境に平常心が保てない。
家の中で待っていると落ち着けなさそうだから家の前で待つ事にしようとしたのだが、1
分も待たない内に待ち人が現れた。
あまりの胸の高鳴りに、狂ってしまいそうになる。
「あれーなんでもういるの」
そんな土方の心境など知らない銀時は、原チャリを止めて訊いてくる。
「お、お前、記憶力悪そうだからな。迷うんじゃねーかって、出てきてやったんだよ」
「あらっ土方君てば心配してくれたの!銀さん感激ッ」
小ばかにした筈なのに、何故か感激されて土方は二の句が継げなくなる。
すると、はい、とヘルメットを渡された。
「ソレ被ってー後ろに座って」
「…ああ」
突然、会いたいとか言うんじゃねーよ。とか
疲れてんだよこっちは。とか
言いたい文句は沢山あった筈なのだが、素直に土方は跨ってしまっていた。
そこで、ハタ、と気づく。
肩に掴るべきか、それとも腰に手を回すべきか…?
「さ、坂田。どこ掴めばいいんだ」
「どこでも良いから早くしてくんない?土方君ならどこでも大歓迎だから」
「てめぇええ気色悪い事言ってんじゃねーよ!」
「あーもううるせーな。はい、こうして」
焦っていると銀時の両手が土方の腕に伸び、そのまま背中に抱きつくような格好をとらさ
れる。
「お、オイ!てめ、ふざけ…」
「はーい、走り出すのでお気をつけくださーい」
「う、わ!」
取らされた体勢に文句をつける間もなく、銀時は原チャリを走らせ始める。
初めての体験に土方が彼にしがみつくしかなく。するとははっと笑われた。
「うわ、だって。可愛いねー土方君」
「うううううるせー!走り出すんなら3秒前に言え!」
そう叫びつつも銀時の体に腕を回している事実をいまだに信じられずに居た。
ドキドキしつつも彼の背中に耳を押し当てるように近づく。
この高鳴る心臓の音が伝われば良いのに、さえとも思った。
「…坂田」
「んー?」
「夜風、きもちいな」
「そだなー俺もこういう風、好き」
銀時は、今まで感じたことのない気持ちも味わったことのない感情も与えてくる。
総悟や近藤を護る事に精一杯だった生活では、見る事が出来なかった世界の欠片を見せてく
る。
それが良い事なのか悪いことなのか分からない。
ただ、今は風を感じながら大きな声で笑いたい衝動に駆られた。
だって好きなんだ。
どうしようもないくらい好きなんだ。
こんなの、どうしようもなくずるくて最低な感情だと知ってるけれど、止められない。
『会いたいよ、土方君』
もう、止まらないんだよ。
「はーい、ブラックで良いー?」
「あ、悪ィ、さんきゅ」
休憩として、二人は公園のベンチに座る。
銀時が買ってきた缶コーヒーを受け取りながら彼の飲み物をちらりと見やれば、いちご牛
乳で。
思わず口元が緩む。
「え、なに。なんで笑ってんですか、嫌がらせですか」
「別に。甘い飲みモンなのかなって思ったら、予想通りで可笑しかっただけだ」
「なんだよソレ」
一緒に銀時も笑う。それだけの事が、土方にはとても幸せに思えた。
「あっ、そういやさぁ、この後俺ン家来ない?
多分、もう土方君に借りたハンカチ洗ったんだけど、乾いたと思うんだよね」
「べ、別にそんなすぐじゃなくても…学校で返してくれりゃあいいけど」
確かに銀時の家事情をあまり知らない事に焦燥感を覚えた事もあったが、まさか突然家に
呼ばれるなど冗談ではなかった。
「だって学校でまたそういうトコ目撃されたら面倒だろ?だから今のが良いかなって」
「ああ、そういう事か」
確かに、また妙のような人間に見られて変な噂が広まっても困る。なるほど。コイツなり
にしっかり考えていたのか、と土方は感心すると何故か銀時が肩に腕を回してくる。
「そういう事か…ってごめんね、土方君の期待してたような理由じゃなくて」
「は?期待?何の話だ」
「だって普通、『俺の家に来ない?』ってつまり〜俺の家でエロい事をしませんか的な
〜」
「…てめぇ、そのいかれた思考回路はどっから来るんだ。下半身か?下半身なのか?」
銀時と一緒に笑ってるなんて、絶対にありえない事だった。
土方にとって彼は好まないタイプで、むしろ相手もそう思っていただろう。
なのに惹かれてしまう感情はどうしようもなくて。
「お邪魔、します」
「どーぞー。って言っても誰もいねーけど」
タクシーで帰る、とサラリと言えるワケだ。と土方は思う。
銀時においで、と誘われた彼の自宅であるマンションのフロントには人が居る事に加え、
オートロックとセキリュティは万全、大理石の玄関からはセンスの良い家具が並んでいる
リビングが見える。
「俺の部屋、一番奥だから入ってて」
明らかに高級感溢れる部屋にどこへ行ったら良いか分からず、手持ち無沙汰にしていると
銀時にそう声をかけられる。
塵一つ落ちていないフローリングの床を歩いて部屋に向かいながら、静か過ぎる家の中に
違和感を覚えた。
(生活する音が一つも聞こえない…兄弟とかはいねぇのか…?両親とかは…?俺の家み
てぇに共働きか?)
そんな事を考えつつ、土方は銀時の部屋と思われる扉を開け、照明のスイッチに手を伸ば
す。
ベッドの上には乱暴に制服が脱ぎ捨ててあり、銀時も急いで出て来たのかと想像したらな
んだか笑えた。
とりあえずポケットに入れておいた財布などを取り出してテーブルの上に置くと、なんと
なく深呼吸してみる。
(坂田の、部屋…)
彼の部屋に来たのを実感しているとふと、視界に写真立てが置いてあるのが目に入った。
近づいて見てみると、長いプラチナブロンドをつむじの辺りで結い上げた端正な顔をした
女性が赤ん坊を抱いて微笑んでいる。
このふてぶてしい表情の赤ん坊が銀時だとして、そうしたらこの女性は日本人には見えな
いが、母親だろうか…?
『白いよねー、日本人離れしてて同い年とは思えないよー』
久々に銀時が登校して来た時、同じクラスの女子がそう言っていた事を土方は思い出す。
外国人とのハーフ?だとしたら、あの容貌にも納得がいく。
(・・・でも…)
「乾いてたよ、ハンカチ。どーもありがと」
「あ、ああ」
銀時に写真たてを見ていたのをバレないように土方は取り繕う。なんとなく見てはいけな
いものを見てしまった感覚に陥ったからだ。
「というかお前、制服ぐらいハンガーとかにかけろよな。シワになるぞ」
「え、だって土方君が会ってくれるって言うから、舞い上がっちゃったのよ、俺」
渡されたハンカチを受け取り、皮肉を込めて土方は言ったのだが銀時はそう呟きながらじ
いっと見つめてくる。
マズイ。
土方が本能的にそう思った時には手首を掴まれ、その掌を銀時の胸に押し当てさせられ
た。
「分かる?俺の胸の鼓動。土方君が俺の部屋に居るってだけで興奮してんの」
シャツの上からとはいえ、掌に感じる銀時の胸板の感触。
この薄い布の下に彼の肌や乳首があると思うと、耳が熱くなる。
どうして耳かは分からないが、どもりつつも土方は叫んだ。
「こっ、興奮とか気持ち悪い事ぬかしてんじゃねーよ!」
「気持ち悪いとかホントに失礼だね、お前。じゃあ、ここ触らせたら分かってくれる?」
「あ・・・っ」
胸の次に導かれた場所は銀時の股間部分だ。自分が触れられたわけでもないのにビクン、と勝手に身体が跳ねて声を上げてしまう。すると、その様子を見た銀時がニヤリと嫌な表情で笑んだ。
「なに、俺のちんこ触って土方君まで感じちゃった?」
「ちがう、感じるワケねーだろ…」
「そんなワケあるでしょ、知ってんだから。お前がマゾっ気ある事…」
「ン、ぁ、」
押し倒しながら、ちゅぷっと首筋を甘噛みして吸い付いてくる。
土方はなんとか抵抗しようとするも体は正直で、脚を撫でてくる銀時の手に身を任せたがっているのがよく分かった。
(ちくしょ…う、なんでこんな、こんなんで感じちまうんだよ…!)
「ね、土方君って好きでしょ。こういうレイプ的な感じの」
「ふざけんなテメー!上等だ、ぶっ飛ばしてやる!」
「出来るならしてみれば?出来ねーだろうけど」
土方のシャツをまくりながら、銀時は器用に床と体の間に手を差し入れてズボンの上からアナルを刺激する。
久しぶりに与えられた後ろへの攻め。息を呑んでいる間にも、勃起し始めている銀時の性器が内股に押し入れられ、羞恥心でどうにかなってしまいそうだった。
「さか、坂田!変なモン押し付けんな…ぁ!」
「オイ、銀さんの何が変なモンだと、コノヤロー」
「ひっ!く、う」
「そんな事言ったって、土方君の乳首もコリコリよん?」
胸の突起をつねり、転がしてくる。はぁはぁと息を吐きながら土方は懸命に理性を保つ。
『狼さんにもれなくえっちな事されちゃうよ〜』
確かに銀時はそんな事を言っていた。
だが、こんなのは有言実行しなくて良い!と心の中で叫ぶ。
大体あの不良生徒に殴られたのも完治してねーし、捻挫だってしてるのになんでコイツはこんなに体力があるんだよ!?
「やめろって、ホント、に…!」
「なんでやめて欲しいの?嫌?」
「いや、っていうか…」
強請る子供のような目で言われ、思わず言葉を濁しながら視線を逸らす。
「親、とか帰ってきたらマズイだろーが」
物凄い考えて捻り出した理由。
そんなん関係ないもーん、と言いながら行為を再開するのは目に見えていた。ゆえにぐ、と土方は身構えていたが相手の動きはない。
「坂田?」
しかし直後に重なるように覆いかぶさってくるから、驚いて銀時を呼んだ。
「安心してよ。俺に親なんざいねーから」
返された返事に土方はドキリとする。
親がいない…?そんな筈はない。じゃあこの家は?あの写真の女性は?
「いない、なんてそんなの」
また、銀時の悪い冗談だ。心の何処かでそう思ったのが相手のあまりにも寂しい言い方に、ハッと彼の言った言葉を思い出す。
『優しかったら普通ですか?ちゃんと学校来てたら普通ですか?
お友達と仲良しこよしで、家庭円満だったら普通かよ、コノヤロー。
土方君、知らないみたいだから教えてやろーか。
本当に大事なモンってのはね。持ってる奴より持ってねー奴の方が知ってるモンなの』
持って、いないから?
だから普通なんて言い方を嫌がっていた?
当たり前の事を当たり前のように言われるのが、嫌だったのか?
「だから別に、気にしなくても」
「坂田、俺、傷つけた?」
声が震えた。
銀時の、深くにあるとんでもないようなモノを抉ってしまったような気分になる。
思わず彼の背中に腕を回して力を込める。
「お前の事…俺は傷つけてたのか?ずっと」
「え、なに。なんでそうなんの」
「だって今も…絶対ぇ、お前が触れて欲しくねー事に触れた…!」
銀時の言う、家族が居ない事の意味は分からない。
けれど決して良い事ではない筈だ。
総悟が家族を失っているから、その悲しみも痛みも分かってる。
分かってたのに。
「…土方君。多分、お前が思ってる程、俺は深刻に親の事なんか悩んでねーよ?」
後悔の念にさらされていると、顔を上げた銀時にふわりと両手で頬を触れられる。
「でも…!」
「それに、いいの。もし傷つく部分でも、土方君が触れるんなら構わないし。
言ったデショ?土方君なら、どこでも大歓迎だって」
コツ、と額を当てられ、頬が上気したのが自分でも分かった。
トクトクと、注がれるような音で心臓が血液を全身に排出しているのも分かる。
それくらい、今の土方は全身の神経が外部に張り巡らされていた。
全てが、銀時の方へ向いていた。
(どうしよう。いいのか、このまま…?)
心が張り裂けそうだ。
坂田をもっと知りたい。識って、あの深紅の瞳の向こう側を知りたい。
「土方君…」
知りたいよ、銀時。
今ならその為に、世界中を敵に回せる。
『世界中を敵に回しても』
じ、と黒曜石の瞳で土方に見つめられ、とても平常心でいられないと銀時は思う。
どんなに自分を見せても、土方は恐れずに向かってきて正面から受け止めてくれる。
それだけで銀時の心は歓喜に満ちていた。
修学旅行で帰ってきた直後だし、ちょっかいを出しまくったから学校外ではきっともう会ってくれないだろう、と銀時は思っていたのに、会いたいという願いを叶えてくれた。
会いたい人が、会ってくれる。
それだけでもう、十分だ。
「銀ちゃん、おかえりー!」
喜ぶ気持ちを抑えつつ、銀時が再び顔を近づけようとした途端、嫌な女の声が玄関の方から聞こえてくる。