「なっ、なっ、なに、それはどういう意味」

「あっ!総督と土方君、はっけーん!」

囁きかけられた体がゾクン、と反応してそれを隠す為に土方は聞き返そうとする。
だがその時、2人の姿を見つけた女生徒がそう叫んだ事で遮られた。

「あ、本当だ、先生!2人とも無事ですよ!」

どうやら銀時と土方を探していくれていたようだ。失踪し、旅館に辿り着いた2人をわらわらと生徒達が囲んだが、そこに割り込んできたのは化学教師の高杉である。
彼は学年主任でもある為、2人の無事を確認した後。

「オメーらは俺について来い。後の奴らは部屋に戻って消灯まで寝る準備しやがれ」

彼が宿泊している部屋に連行された。


「はぁ?捻挫だと」
「そうなんでぇす、で、落ちた所を土方君が救出してくれて」

勿論、突然姿を消した事に対する説教が待っているものだと土方は思っていた。
だがいかにも面倒くさがりな高杉は、状況説明を求めるだけであった。
それを気だるそうに銀時が説明したのだが。

「クク。お前ら俺を騙そうったってそうはいかねぇな。正直に言え。
 2人で抜け出そうとして失敗したんだろ?」
「「はい?」」

全く見当違いな事を言ってくる高杉に2人は声を揃えて疑問を訴える。
だが彼はクック、と笑って煙草をふかした。

「他の生徒共がみぃんな噂してたんだよ。最近、犬猿の仲の総督と風紀副委員長の仲が宜しいってなァ」
「な、な、な、どこからそんな噂が流れてるんですか!?」
「しらばっくれなくて良いぜぇ、土方。この間の保健室での喧嘩はカモフラだったのかい?」

どうなんだ、と細められた高杉の右目は興味津々だ。
なんと返せばよいか分からず、先程まで高まっていた気持ちは一気に冷める。

そんな話を、近藤さん達はともかく総悟が聴いてたら…
想像しただけで嫌な汗が背中を伝う。

「そっか…俺と土方君、皆からそんな風に見えてたんだ…」
「らしいぜ。で、どこまで進んでんだお前ら」
「ちょ、オイ待てやコラ!何を勝手に話進めてんだ!!」

何故か頬を赤く染めて話にノリノリな銀時。それに便乗しようとする高杉を必死に土方は止める。

「どこまでも進んでませんから!話はこれだけですか、高杉先生!」
「あぁ?何一人でエキサイトしてんだァ?」
「仕方ないよ。生理中なの、土方君」
「誰が生理だぁああ!!!もう俺、部屋に戻りますんで、その馬鹿の坂田の足、お願いします!」

ひとしきり叫んだ後、土方は銀時を置いてスパンと部屋の扉を閉める。

「え、なんだお前。捻挫って本当だったのかい」
「先生ぇ、俺の事何だと思ってんの?」

「あ、あ、あのクソ天パ変態男め、少し隙を見せただけで調子乗りやがって」

ブツブツ呟きながら高杉の部屋を後にした土方は、仲間の元へと戻る。

「大体、可愛いとかふざけんなよ、上等だ。何がえっちな事する…とか…」

銀時に言われ、触れられた事を思い出すと顔も体も一気に熱くなる。

彼の顔が近かった。
色素が薄い銀時の睫毛は暗闇なのに僅かな光を反射して輝いて、その奥の深紅の瞳に吸い込まれそうだった。

まるで体の全てが作り変えられてしまったかのように、銀時の事ばかり考えている自分に土方は気付く。

冷たくて惨酷な男だと思っていた銀時。
それなのに時々優しい表情を見せたり、脆い部分を見せてきたり、猿飛の事だってあんな事を言いつつ庇っていたのだろう。
だが、何よりも。

『あんまり一人で気張ろうとすんなよ』

あのたった一言が嬉しかった。
頼られるのは苦じゃない。近藤や総悟を支え、破天荒な仲間達を抑える日々を決して悪いものだなんて思っていない。
だが、その言葉は土方にとって救いと言っても過言ではなかった。

『俺を、何度も助けてくれたよ』

お前だって、俺の事を助けてくれたよ。
本当は何処かで期待してた。学園祭で助けてくれた時みたいに、不器用でも、ぶっきら棒でも。
土方十四郎らしさじゃなくてそのままの俺を求めてくれるお前を、何処かで。

だが、何処かで『そんな気持ちを持ってはいけない』と歯止めをかける自分が土方の中には居る。

そうだ。ダメだ。
だって俺まで坂田の所へ行ったら、総悟はどうなる。
坂田に俺達の日常を壊させないと誓った俺自身が壊してどうするんだ。
忘れたのか、ミツバの指に触れて約束した事。総悟の手を握った事。

『今なら間に合いやすから…間に合…う、から…』

そうだ。まだ間に合う。
鈍感でいろ。
俺が生涯願うのは、只一人の幸せなんだ。

総悟に真実を教えずに、幻想の中に突き落としたのは俺だ。
坂田を想って良い権利なんて何処にもない。

『だが、俺から言えることはアイツを刺激しないで欲しい、という事だ』

桂に言われた言葉を思い出す。
銀時を刺激して、結果を突きつけられたのは自分の方だった、と土方は苦笑した。


「あっトシ!戻ってくるのが遅いから、高杉先生に叱られてるのかと思って心配したんだぞぉおお」
「近藤さん…ごめんな」

部屋に戻ると、目尻に涙を浮かべた近藤が抱きついてくる。
いつもと同じ様子の幼馴染に安心しつつも、何処か感じるのは罪悪感で。
なんとなく懺悔のような意を込めて謝ってしまう。
山崎と原田も同様に心配した、怪我はありませんか、と寄ってきたので事の経緯を説明した。

総悟はアイマスクをして布団の中に居た。
彼が寝ているのか、それとも寝ているフリをしているのか土方には分からなかった。

「総悟」

近藤達が寝静まった後も土方は一人、眠れずに居た。

変な噂が流れたようだが別に銀時と失踪したワケではなく、落ちた彼を助けただけだ。
そう仲間達には弁明したが、それでも湧いてくる罪悪感は拭えなかった。隣の布団で寝ているが、起きているかも分からない総悟を呼ぶ。
だが返事はなく、寝ているのかと諦めた。そしてそっと起き上がると自分の荷物から煙草とライターを取り出してベランダに出る。

「はぁ・・・」

紫煙を吐き出しつつ、土方は溜め息をつく。
どうしたら良いかが分からないのだ。
銀時が好きな気持ちと、総悟達との生活を天秤にかけられる筈がない故に、余計に悩みは深まっていく。

『さすがは俺の将来のお嫁さんでさァ』

口に土方の精液をつけながら舌なめずりをした総悟の言葉を思い出す。

総悟、起きてこいよ。
土方はそう念じた。

今ならまだ間に合う。今、キスでも体でも奪ってくれれば、総悟の事だけ考えられるから。
お前の事だけ考えられるから。考えるから。
だから、今すぐ起きて、俺をいつもみたいに後ろから抱き締めて来いよ。
呪いのように愛の言葉を囁いて、こんな悩み吹っ飛ばしてくれよ・・・

だが、土方が期待するように総悟は起きてはこなかった。


『世界中を敵に回しても』


「土方ァ、お前、捻挫してる総督を家まで送ってやんな」
「え」

修学旅行も終わり解散場所の東京駅なのだが、帰りの新幹線の中でも総悟は寝ていて、殆ど会話が出来なかった。
それが意図的に土方を避ける為なのか本当に眠かったからなのか分からなかったが、なんとなく前者な気がした。
そんな事もあり、余計に頭を痛めている所に高杉に言われ、動揺せざるをえない。

「確かお前、学祭でぶっ倒れた時に家まで送ってもらったんだろ?その恩返ししてやんな」

名案だろ、というように高杉がニヤニヤと笑みを向けているが、土方には冗談ではなかった。
否、送り届けるのは問題ないのだが…そう考えている間にも猿飛と総悟の嫌な視線を感じる。

「そうだな、トシ。借りはしっかり返さないとな」

更に、まるで狙っていたかのように近藤に爽やかに後押しされる。
この後、自分と銀時の関係を大きく変える出来事が待っている事など知らない土方は、ただ頷くしかなかった。


「や、大丈夫だよ。タクシー乗って帰るし」

家まで送るのを銀時にあっさり断られてしまい、少しだけ安心したようなへこむような気持ちになる。
だが、これで総悟や猿飛の機嫌を損ねずに済むのなら良いのかも知れない。
というよりも、高校生の分際でタクシーを使って帰るとは彼の家はよほど金持ちなのだろうか。
そこまで考えて、土方は彼の家族構成やプライベートをあまり知らない事に気付く。

「なぁに、心配してくれたの、俺の事。土方君てば優しーい」
「ちっ違ェよ馬鹿!高杉先生に頼まれただけだ!じゃあな、俺は用済みみてーだし、あばよっ」
「あっ、待って」

茶化すように言われた土方はむきになってそう言い返し、去ろうとする。
すると銀時が呼び止めてきた。

「ばんごーとアドレス教えてよー」

ぱちん、と携帯を開きながら言う。予想外の申し出に「なんで」と問うと「だって知らないんだもん」と言われた。

「いーじゃーん。悪用しないからさー土方くーん」
「…分かったよ」

断る理由も見つからず携帯電話を取り出す。何故か手が震え、それが内心喜んでいるからだという自分の素直さに土方は嫌気が差した。

「赤外線使える?」
「お、おう」
「じゃあ先に送るからちゃんと受け止めてね、俺のデータv」
「(…なんかコイツ、本当に変わったよな…)」

お互いのデータを交換し終えるとありがと、と言って銀時は帰って行った。
すかさず彼の後を猿飛が追いかけていったのを土方は見ないフリをし、まだ東京駅構内に居るであろう近藤達に電話して一緒に帰る事にした。

「お、総督にフラれちゃったかー残念だったなートシ」
「人聞き悪い言い方はやめてくれ…って総悟は?」

合流した途端近藤に言われ心底図星をつかれたと思いつつも、山崎と原田は居るのに総悟が居ないのを疑問を感じる。

「…副長。沖田君とケンカでもしたんですか?」
「え、なんで」
「沖田君、副長が合流するって聞いた途端先に帰るって言ったんですよ」

心配そうに山崎が続けた。ケンカではなく、総悟が怒る理由なら思い当たる土方は視線を下げる。

「まあ、総悟はな…昨日の夜、お前が居なくなったって一番初めに気付いて、すごく探しまくってたんだ。
 なのにってわけでもないが…多分、最近お前が総督と仲良いから少し妬いてるんだよ」

すぐに機嫌も直るさと近藤は言うと、さあ家に帰ろうと促す。
彼の後に続きながら土方はきゅうっと、先程銀時とデータ交換したばかりの携帯を握り締めた。

総悟を傷つけ、それでも銀時との繋がりを持ってしまった。
家に帰ってもその事実に気持ちは晴れず、どうしたものかとベッドに疲れきった身を沈める。
総悟にメールでもした方が良いんだろうか…だが無視されたら意味がない。
だったら電話の方が…土方がそんな事をグルグルと考えていると、携帯電話が着信を知らせる。
思わず目を見開いた。

画面に映し出された名前は、坂田銀時。


「ええぇええ!!?」

奇声を発しながら土方は上半身を起き上がらせる。
瞬きしても、何度見直しても画面に出ているのは銀時の名前だ。
沈んでいた気持ちはどこへやら、心臓がバクバクとうるさい程鳴る。

(ど、どうするべきだ、出るべきなのか、つか何の用だよ!?)

心の中で問いを繰り返し、とりあえず土方は意を決め、ベッドの上で正座をして深呼吸をした。

「・・・あ」

だが、通話ボタンを押して電話に出ようとした途端、着信は切れてしまった。
一気に脱力感に襲われ、携帯電話を握り締めながらシーツに顔を埋める。
何の用だったんだ…かけ直した方が良いのか?コレ。
でもすぐにかけたらワザと出なかったように思われる…?
またもやグルグルとそんな事を考え始めていると、掌の中の携帯がブルッと鳴った。

「も、しもし?」

相手を確かめずに反射的に電話に出る。すると、向こう側から小さく笑い声が聞こえ。

「土方君?コンバンハ」

求めていた声が応えた。

(坂田…!)

無意識に土方が正座し直していると、銀時が続ける。

「ごめんねー突然電話しちゃって」
「…ホントだよ。で、何の用だ?くだらねー事だったらぶっ飛ばすからな。
 (オイイイ!なんでまた可愛くない言い方…?ん?お?可愛いとか何考えてるんだ俺)」
「えー?どうしよう。俺にはくだらなくなくても、土方君にはくだらないかも」

ヤベーなオイと言ってくるものだから、何事かと土方は思う。

「な、何なんだよ」
「ヤダ。だって絶対ぇ土方君怒るもん」
「そんなの言ってみねーと分かんねーだろ」

「あ、あのね。
 土方君は今頃何してんのかな、って知りたかった、だけ、デス」

カアッと土方の全身が一気に熱くなる。
そ、そんなん知ってどうするんだよ、メールで良いじゃねーかそんなの!

「つ、疲れてたから寝てた。テメーは何してたんだよ?」

なんとも面白みのない答えだな、と思いつつも相手の動向も探ってみた。

「俺―?俺はねぇ下着とか洗濯機にぶっこんでてーで、土方君に借りたハンカチ見て…そしたら土方君って今、何してんのかなーと思い。…でさ、この後暇?」
「へ、なんで」
「あー…っと疲れて寝てたんだよな。やっぱりなんでもない」
「ななななんだよ、ハッキリ言えよ」

動揺しつつも土方が問うと、僅かな沈黙の後に銀時が言う。

「会いたい」

電話口から彼の声が、鼓膜を…神経を直接刺激する。

「俺、原チャリあるから…迎えに行くから」

土方はそう感じた。

「会いたいよ、土方君」


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