初めは本当に嫌いだったから、この芽生えた感情に気付かないふりをしてたけど。
これが好きって事なんだね。

土方君。ごめん。

ごめんなさい


『世界中を敵に回しても』



土方さんの様子が可笑しいのは、総督が久々に登校して来てからだった。
最初の頃は少しソワソワしてるくらいだったけど、猿飛に生徒会室に呼び出された辺りから変だ。
疲れてたり、妙に他所他所しかったり、あんなに近づくなと言っておいた総督と会っていたり。

しかもおまけに体調を悪くして総督に家に送り届けてもらうたァ、どーいう事でィ。

可笑しい。
今まで何年も崩れなかったものが、綻びていくような気がする。
嫌だ。誰にもこの生活は壊させない。

大好きな姉上。
俺を見つけてくれた近藤さん。
そして、俺の愛しいあの人。

『そーご。おっきくなったら、おれとけっこんしよう』

ええ、土方さん。俺もアンタを愛してまさァ。
だから何処かへ行かないで。知らない誰かの所へ行かないで。

裏切ったら許さない。


「あれ、おはようごぜーます、土方さん。もう体調は宜しいんですかィ?」
「ああ。風邪っつっても軽かったしな。平気だよ」

学園祭の後は一日だけ振り替え休日で、その翌日はまた授業が始まる。
今日は休むだろうと思っていた土方が登校しているのを見、内心嬉しいけれど総悟は淡々と言った。

「まったく、土方さんが帰った後は片付けが大変だったんでしてねェ」
「…悪かったよ。まさか熱が出るたァ、俺も不覚だった」
「山崎なんざ、土方さんが運ばれたって聴いた途端、『副長ぉおおお!』とか叫びながら、心配しすぎでミントン振り始めやしたぜ」
「いや、アイツのミントンはいつもの事だろ」

的確なツッコミが返ってきた事に総悟はなんとなく安堵した。
大丈夫、と自分に言い聞かせる。

「しっかし、もう来週には修学旅行たァ、俺らの学年はハードスケジュールでさァ」
「だよなぁ。…お前、まさかあのアイマスク、持ってくんじゃないだろうな」
「当たり前ですぜィ。アレと土方さんのキスを数えるのは俺の安眠法でしてね。土方さんからのキスが一回。土方さんからのキスが2回」
「どんな安眠方法だよ」
「あ、そーいや、総督に送ってもらったあの日…」
「!」

からかおうとして出した話題の筈だった。
だが、今まで平静だった土方の顔が、『総督』と聴いた途端に赤くなり、俯いたのを見逃さない。
故に総悟は驚愕する。

・・・土方さん、あの男と何かあった・・・?

「土方さん、顔赤いですぜィ」
「えっ」
「まだ熱でもあるんじゃねェ…?」

明らかに動揺して顔を上げてくる土方の額に総そっと触れる。ビクン、と反応したその体を総悟は今すぐ引き倒してやりたかった。
クラスメイトの居る前で、脱がせて、辱めてやりたい。
土方が一体誰のモノなのか、しっかり彼自身に刻み付けてやりたい…。

「あっトシ!トシが来てるぞザキ!」
「えっあっ!本当だぁああ!副長ぉおおおお」

総悟がまつげを伏せ、土方に対してそんな感情が湧いた刹那。叫び声と共に登校してきた近藤と山崎の体が土方にぶつかった。

「痛っ!いてぇ!重い!俺は病み上がりだぞ、コラ!」
「だってだって副長ぉおお俺、もう本当に心配で心配で」
「・・・ああ、ミントンやってたんだってな」
「なんで知ってんですかぁああ!」


一方、そんな総悟の思いを知らない土方は圧し掛かってくる近藤と山崎をペイッとどかせる。勿論山崎は直後に、勝手に土方に触った罰として総悟からの制裁を受けた。

ギャーギャー騒がしいが2人が来た事によって総悟からの言及を逃れられそうだ、と何処かで安心した。

まさかキスされそうになった、なんて言えるワケねーし…っ

だがそんな土方のつかの間の安心は一瞬で終わる。

「もおおおトシ!お前は昔っからそうだな!無茶ばっかりするんだから」
「う。ごめん、近藤さん」
「しかし、お前は総督と仲悪かったんじゃないのか?一緒に踊ったり、倒れたお前を抱きかかえて助けたりしたって聞いた時は驚い…」
「何で知ってんだよ!!?」

近藤の言葉にワナワナと震えながら土方は問う。突然の相手の怒り口調に体を強張らせながら近藤は答えた。

「え、お妙さんのデジカメに写真が入ってたんだ、けど」
「あの女ぁああ!!」
「あっ、トシ!?」

病み上がりなのも忘れて土方は教室を飛び出してB組へと向かう。
そうだ、確か志村はやたらに写真、撮ってやがった!!

「え?お妙?まだ来てないよ」

猛ダッシュで来たものの、まだ彼女は登校していない、と言われてしまった。
ガックリ肩を落として教室に戻ろうと廊下に出ると、教室に向かう原田と会う。

「あ、おはようございます、副長。もう体調は宜しいんですか?」
「おお、はよ。もう大丈夫だ」
「あの、それで総督から伝言が」
「・・・坂田から?」


教室に行って土方が居たら、屋上に来てくれ、と伝言を頼まれたのだという。
この間キスを迫られたばかりとしては少し気が引けたが、銀時は妙と同じクラスだ。
写真の事を外に漏らさないように頼んで貰おう、と考えてそのまま屋上へ向かった。

「あれ、思ったより早かったね」
「…すぐそこで、原田と会ったから」

屋上へ行くと既に銀時は居た。
1日会っていないだけなのに、なんだか何日も会っていなかったような感覚に陥る。

「で、なんだよ。またヤらせろって話か?」

彼が自分を呼び出すなんて、それしか考えられない。少なくとも、出掛けた時以外は大抵セックスに及んでいるのだ。
だが、土方が予想していたものと返答は違った。

「ちげーよ。その、なんかお妙のせいで俺らが密かに仲良いってなっちまってるらしくて」

丁度、土方もその話をしようと思っていたから、ナイスタイミング、と思いつつも、何故かこちらを見ようとしない銀時を疑問に思う。

「お妙には変な噂を言いふらすのはよせって俺から言っておくから、お前も周りに何言われても上手くかわせよ」
「お、おう」
「じゃっそういう事なんで」
「へ?」

用は終わった、というような銀時の態度に、思わず土方は素っ頓狂な声を上げてしまう。

「え、何?なんか変な事した?俺」
「あ・・・いや・・・」

まさかこれだけの事で呼び出したのか、と思ったからだ。
たったこれだけの事、廊下ですれ違った時などにコソッと話せば良いだけの事なのに。
本当にコイツは不器用だな、と感じ、なんだか土方は可笑しくなってしまった。

「オイオイオイ、ちょっとこの子、一人で笑ってるよ。今何か、面白い要素あった?」
「悪ィ、ていうかお前さ」

笑いが込み上げた後、すぐに疑問が込み上げる。
だから土方は訊いた。今の銀時なら答えてくれそうな気がしたからだ。

「なんで俺にキスしようとした?」

問いかけた途端、気だるそうな表情をしていた銀時の顔がみるみる赤くなっていく。肌が白いから余計に分かるのだ。
予想外の反応に土方が呆けている、ハッとしたように言い返してくる。

「べっ別に大した意味ねーしー嫌がらせだしィー」
「…いや、だからなんで今更キスなんだよ。散々ヤっておいて。しかもファーストキスとか宣言してよ」

じと、と見つめると銀時が顔を引きつらせた。

「バッ、馬鹿お前!あれはアレだよ、アレ!」
「どれだよ」
「お前っ本当馬鹿なのな、馬鹿!嘘に決まってんだろーが!まーた騙されやがって。ワハハー」
「…上等だ、コラ」

あんな真摯に迫っておいて、達者な舌だ。
そう思いつつも、銀時が今まで作り上げていた壁みたいなものがなんとなく自分の前では崩れかけてきているように土方は感じていた。
初めは、ただ恐怖の対象でしかなかった彼を今は素直に視る事が出来る。

「まぁいい。とりあえず、北大路達から助けてくれたのと、看病してくれたのは感謝してる、から」

向こうがあからさまな動揺を見せてくるから、こっちまで照れてしまう。

「どうせお前、また礼なんかいらねーとか言いそうだけど、でも」
「…土方君。じゃあ助けてあげた代わりに教えて。

修学旅行、行くの?」


彼は到底、人が思いつかないような事を訊いてくる。
普通の友人なら今度暇?という所を彼は明日学校で会える?という質問をしてくるようなものだ。

本当に同世代の人間と遊んだ事がないのかも知れない。
同級生の友達がいなかったのかも知れない。
だからこんなに突拍子で、意味不明な行動をしてくるんだろう。

例えば、もう来年は3年生で進路をどうしよう、他の奴らはどうするんだろう。
そう考える時に彼の発想は違うものなのかも。

『…当たりめーだろ。行く、し』

修学旅行へ行くか、という問いに答えると、彼はやはり照れたように

『そっか。銀さんも行くけどね』

そう言った。



「副長…沖田君寝るの早すぎですよ。部屋に戻って浴衣に着替えてから1分も経ってないですよ」
「山崎。それに突っ込んじゃいけねー。ついでにコイツ寝起きも相当悪ィから、明日は起床30分前から起こし始めねーと」
「はっはっは。相変わらず総悟は睡眠優先だなー。」
「近藤さん!感心する所じゃねーからな、ソコ!」

一部の女子から、銀時との関係を聞かれ続け、それをかわし続けて数日。
あっという間に修学旅行の日が来た。
3年生になれば本格的に受験体勢に入り始めるし、この修学旅行が高校生活の最後のメインイベントとなる。

「まぁ、夕食も済みましたし、後は消灯まで自由時間ですしね。俺、布団の準備しますよ」
「お。じゃあ、俺枕カバーとシーツ取って来るわ。トシ、行こう」
「ああ」

寝具を取りに行こうと近藤に誘われ、土方も腰を上げる。

「なあ、トシ」
「なんだよ?」

部屋の人数分の枕カバーとシーツを受け取って部屋に戻る途中。やけに真剣な表情で近藤が呼びかけてくるから思わず土方も身構えた。

「…お妙さんの部屋、どこだと思う?」

だが、予想していたようなしてなかったような質問をされ、思わずガックリと肩を下げた。

「近藤さん。一応風紀委員だから言うが、夜に異性の部屋に行くのは」
「分かってる!分かってるんだトシ!でも、俺達が今こうして移動している間にお妙さんにもしもの事があったら」
「ねーよ。あの女は自力でなんとかするさ」

妙はB組。という事は彼女の部屋を捜すとなると、必然的に同じクラスの銀時と会ってしまう可能性がある。
…出来れば、会いたくない。
あのキス未遂以来、銀時をまともに見る事すら土方は出来なくなっていた。

「トシぃいい!そう言わずに…」

近藤の叫びを無視しながら部屋に戻ると、何故か総悟、山崎、原田以外の人間が居る。

「あら、近藤さん。土方さん。お邪魔してます」

そう言ってニッコリ微笑んで土方達を迎え入れたのは、話題に出たばかりの妙だ。
そして彼女だけでなく、おりょうに九兵衛に柳生四天王。その奥には銀時と、彼に寄り添う猿飛がいる。
とりあえず状況把握のため、震えながら土方は妙に問う。

「え、あの、なんで俺達が席を外した僅かの間に、人数が増えてるんですか」


「折角の修学旅行ですし、皆で盛り上がった方が楽しいでしょう?」

最もな意見ではあるが、風紀委員の土方としては阻止せざるを得ない。
だがそれを遮るように興奮して近藤が叫んだ。

「ですよね!さっすがお妙さん!!」

近藤がこうなると止められない事は土方自身がよく知っていた。

とりあえず土方は思考を廻らせる。妙がおりょうと九兵衛を連れてくれば、四天王がくっついてくる。
そこまでは分かるが銀時と猿飛が居るのだけが理解出来ないのだ。
土方は気配を察して逃げようとする山崎をとっ捕まえると、小声で捲くし立てた。

「山崎!てめぇ、なんでアイツらを部屋に入れたんだ!?」
「いえ、なんか姐さんと委員長が一緒の部屋に居れるっていうシチュエーションを作りたくてですね」

チッと舌打ちをしてキャイキャイ遊び始める部屋の人々を眺める。
この間の学園祭の一件があるし、銀時が居る限り北大路達は手を出してこないだろう。
問題は、土方にとってその銀時自身である。
意識しすぎて彼が今何をしているのかも見れない。
この騒ぎの中でも寝ていられる総悟が逆に羨ましいくらいだ。

「はい、みなさぁん、将軍ゲームやりましょう!」

妙がそう言うと、九兵衛が首を傾げた。

「将軍ゲーム?なんだそれは」
「いけませんぞ若!将軍の名を利用して、当てられた番号の者を下僕に変える恐ろしいゲームです!」

四天王の長、東城の激しい解説を『うっせーよ』と銀時が蹴って止めた。

「アホらし。俺部屋戻って寝るわ」
「えーじゃあ私も一緒に」
「どこへ行くの、銀さん、猿飛さん。貴方達も一緒にやるのよ」

部屋を出て行こうとする銀時とそれについていく猿飛を、笑顔で妙が引き止める。
有無を言わさない威圧感は健在のようで、その場に居た全員(総悟以外)は強制参加となった。

「はい、じゃあ5番の人、コーラ一気飲み〜」

人数が多いせいか、土方は将軍にもならないし、罰ゲームも当たらないのだ。
目の前ではしゃぐ同級生を眺めながら、ああ、煙草かマヨネーズを吸いたい。と思った時。

「あ、俺が将軍だ。えっとじゃあ、5番と10番の人がちょこっとハグ〜」

将軍になった山崎が嬉々として指令を下す。
あの野郎、調子に乗ってるな…そう考えながら土方は手元の札を見て青ざめた。

5番って俺じゃねーか…!!山崎、あの野郎ぉおおおお!!!

「はい、5と10立ってぇ〜」

恐る恐る立ち上がり、相手を見やると、事もあろうに銀時なのだ。予想外の展開に心臓が跳ね上がる。

いやいや、ビビる事はねぇ。ちょこっとハグだからちょっと密着するだけだ!


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