「土方さん、おはようございやす!今日こそ俺の嫁になってくだせェ!」
「…お断りします」
いつもと変わらない朝の光景。今日もそうして繰り返し、終わる筈でした。
「何ででさァ。こんなに愛してるのに」
ぶう、と総悟が不満そうに頬を膨らませた。…幼い頃の約束を信じて毎朝コイツは求婚してくる。更にテンションが上がると今度は『俺の子を産んでくれ』とか頼んでくるものだから、朝から俺のテンションは下がるわけで。
「そーご。だからあの時の約束は…」
「沖田ぁああ!テメッ私の上履きに画鋲入れやがったなぁああ!」
総悟に説明しようとしながら校舎に向かって歩いていると、突如背後から奇声を発して飛び蹴りが文字通り飛んできた。
「うお!?」
なんとかすんでの所でかわし(総悟はまるで予測してたかのように華麗に避けた)、その正体を見極めるとグルグル眼鏡をかけた留学生のチャイナ娘、神楽だった。
「ちっ…外したアル」
「チャイナ!朝っぱらから俺の土方さんに蹴りを喰らわすたァイイ度胸でィ」
「そこのマヨラーじゃなくてお前目掛けてやったネ!この隠顕ドS野郎が!」
とまぁこうして総悟とチャイナの喧嘩が勃発するのも日常茶飯事で。他に登校してくる生徒を無視して乱闘を始める二人をおいて、俺はゲタ箱へと向かう。
「おーう、おはよ。トシ」
「近藤さん…はよ」
この慌しい高校生活で唯一の癒しといって良い程安心できる近藤さんが登校してきた。俺と総悟と近藤さんは幼馴染で(あとは総悟の姉のミツバも)、腐れ縁なのか今も同じクラスで風紀委員。上履きを履くと『そういえば』と近藤さんが切り出した。
「さっき女子達が騒いでたけど、今日は総督が登校してくるらしいぞ」
「…ふーん、興味ねーけど」
「はは。トシも風紀委員なのにあの軍団とは馬が合わないもんなぁ」
創立したばかりの銀魂学園…通称GG(俺的にこのネーミングは最悪だと思う)の高等部は高校2年である俺達が最高学年。そんな高等部を束ねるのが滅多に登校して来ないのに、やたらと目立つあいつ…
「総督が来たってよ!」
そんな報告が入った途端、教室の奴等が窓から一斉に下を見下ろす。
思わず俺も釣られてしまうと、眩しいくらいの銀髪を揺らし、男のクセにやけに白い肌を持つGG生徒会会長――総督と呼ばれる坂田銀時の姿が沢山の取りまきと一緒に視界に入った。
俺はアイツがあまり好きじゃない。
喋った事もないのに。
ただ、あんなに周りに人が居るのに一線引いてる態度が気に入らない。
そんな事を考えながら視線を逸らそうとした瞬間、坂田が上を見上げた。
途端にあがる歓声。
だが、俺は一瞬時が止まったかのように感じた。
坂田の赤目がかった瞳が、俺を見つめているから。
「…?」
まさか、と思いつつもあの目に射抜かれた心臓が高鳴る。俺の後ろに居る誰かを見ていたのだろう、と思って辺りを見回してもそれらしい人物は居ない。
もう一度坂田に視線を戻すと彼はもうこちらを見ておらず、寄って来た女子達の応対をしていた。
「やだー!超久々に坂田君、見ちゃった!」
「白いよねー、日本人離れしてて同い年とは思えないよー」
そんな会話が何処からか聞こえ、――ホラ、やっぱりあんな事言われてるヤツが俺を見てたワケじゃない。大体、同じクラスになった事もねーのに、と自分を励ました。
…ん?お?なんで俺が俺を励まさなきゃなんねーんだ?
「土方ァ。俺という婚約者が居ながら他の男に夢中かィ?」
「ひゃあ!?」
グルグル考えていると、突如首筋に息を吹きかけながら背後から総悟がケツを撫でてくる。驚いた俺は思わず変な悲鳴を上げてしまった。
「て、てめぇいきなり触んな!」
「だって、あのチャイナがまだ勝負の最中だってのに、総督ン所に行くモンだから俺も土方さんをフ●ックしに行こうと思って」
「…やめてくんねぇ、昼間からそういう言葉使うの」
「教室に戻ってきたら、土方さんもアイツの事見てるんですもん」
言いながら総悟も窓の外を見下ろした。そういえば、コイツも坂田は何か気に入らねェ、とか言ってたよーな…
「土方さんは、あの人に近づかねー方が良いでさァ」
「…なんで」
別に近づきたくねーけど。そう思いつつも、ドキ、と図星を突かれる音。
あれ?なんか坂田と目が合った、って勘違いしてから変じゃねーか?俺…
「俺と同じ匂いがする。アンタが近寄ったら即行喰われますぜィ」
そう呟いて、総悟はニコリと笑って俺を見上げてくる。なんだかその目に心を見透かされそうで、『席につくぞ』、と朝礼への準備を促した。
「総悟、小便行ってくる」
「へぇ、付き合いやしょうか。ついでに色んなモノも抜いてさしあげまさァ」
「結構です」
朝礼が終った途端、近藤さんは想い人の志村妙を探しに教室から居なくなる。いつもの事だ。
俺も『いつもの事』をする為に総悟にそう言って、教室を出て行く。
「はぁ…」
肺に吸い込んだ煙を吐き出す。
そう、俺の朝の日課は密かな喫煙。副風紀委員長にあるまじき行為だが普段品行方正な俺は疑われずに、この屋上へ来て毎朝煙草を吸う。近藤さんや総悟には内緒。マヨネーズで只でさえグダグダ言われてるのに喫煙までバレたら、余計にうるさ…
カサカサ、ぱり
風に紛れて音がした。ギクリとして俺は急いで煙草の火を消し、携帯用の吸殻入れに捻じ込む。
見られた…!?そう思って見上げると梯子を上った先の足場からポッキーを3本銜え、俺を見下ろす人物と目が合う。
「あれ…?」
一番会ってはならない人物、坂田銀時だった。
なんでアイツがポッキー3本銜えてそんな所に居るんだ、という事よりも喫煙している所を見られたのではないかという方で頭の中が真っ白になる。
「…ッ」
相手が何か言おうと口を開く前に、我に帰った俺は顔を片手で覆って急いで屋上から逃げ出した。
何で居るんだ、朝礼と一時間目の間、屋上には誰も来ないからあそこを選んでいたのに。
しかも、なんでよりにもよって坂田なんだ。
その辺の生徒だったら口止め出来るが、あんな総督とか呼ばれてるヤツにバレたらお仕舞いだ…!
「副長ぉおお!見てください、これっ」
バレたのだろうか。いや、それ以前に見られてないかも知れないし、大体見られてたとしても俺の顔なんか覚えてるワケねーよ。なんて考えている間に、一時間目の高杉先生の化学の授業が終わってしまった。
やべ、何も聞いてなかった。授業の内容…。
そんな俺の所に、休み時間が終わった途端に両手一杯のバドミントンのラケットを持った山崎がやって来た。
「深夜番組で、オリジナルミントンを抽選で100人にプレゼント!ってヤツに応募したら、なんと100本全部当たっちゃいましてね!10本副長に差し上げます!」
…100人にプレゼントなのにどうして全部山崎が当たるんだよ。よっぽど需要なかったんだな。
「や、いらねーし」
「え!そんな事言わずに受け取ってくださいよー役に立ちますって!孫の手代わりに背中かいたり、ムカつくヤツを背後から殴ったり…」
「どれ一つとしてまともなラケットの使い方してねーじゃねーか!それよりさっきの化学のノート貸して…」
「山崎。そうやってさりげなく土方さんのアナルにそのミントンぶち込む気だろ」
どこからともなく現れた総悟が、山崎の首を片手で締め付けながら言う。つか総悟。てめーのその発想もどうかと思うぞ。
「何言ってんすか沖田君!俺は純粋に副長に…」
「副長!大変です!」
「…今度は何だ」
「廊下に大量のミントンが!数はおよそ90!」
そう言って報告してきたのはスキンヘッドにピアスをしたちょっといかつい風貌…のくせに涙もろい映画鑑賞仲間の原田だ。
「あー…処分しとけ」
「了解!」
「ええええ!何でですか副長ぉお」
こんな感じで、繰り返される俺の毎日は近藤さんも入ってもっと慌しい。――そうだ。この日常を壊すわけにいかない。
騒ぐ山崎達を眺めながら大丈夫。バレてない。と心の中で俺は自分に言い聞かせ、信じた。
「もー銀さんが休んでる間、色々仕事があって大変だったんですよ!」
「悪ィって。今日からちゃんと来るから、新八君」
GG生徒会室。久々に登校してきた生徒会長を叱る志村新八を、銀時は軽くかわしながら傍らの猿飛あやめに声をかける。
「な、さっちゃんは銀さんの事好き?」
「勿論よ。だって銀さんの恋の奴隷だもの…」
言いながらその豊満な胸を銀時の腕に押し付ける。普通の少年なら鼻の下を伸ばす所だが銀時は顔色も変えずに彼女の髪を耳にかけ、そこに溜め息混じりに囁いた。
“あのさ、調べて欲しい野郎が居るんだ…引き受けてくれる?”
「銀さん、今度はさっちゃんさんに何の隠密させる気ですか」
「ちょっとした悪巧みvそれより神楽は?」
銀時に何か頼まれ事をされ、鼻歌を歌いながら上機嫌で生徒会室を出て行ったさっちゃんを見送りながら、新八は溜め息をつく。彼の悪巧みはいつも事だが久々に登校して早々何をやらかすつもりだ、と思いながらも答える。
「多分、また沖田先輩と戦ってるんですよ。もうすぐ来ると思いますけど」
「へー…で、沖田って誰?」
「アンタ、同じ学年なのに知らないのかよっ!あんなに爽やかな外見とは裏腹に腹黒なドS王子って有名なのに!」
もー良いから修学旅行の資料に目ェ通して下さい!あんたらのイベントでしょ!と怒りながら新八が大量のプリントを手渡してくる。新設された学園の為修学旅行も始めての行事なので慌しく、生徒会には教師達から簡単な仕事は回されてきているのだ。
「銀ちゃーん!久しぶりアルー!」
「おお、久しぶり神楽」
遅れて登場してきた神楽に手招きし、銀時は彼女の頭を撫でてやる。そんな彼に擦り寄りながらふと相手が笑みを零している事に気付き、神楽は言った。
「?銀ちゃん楽しそうネ。何かあった?」
「そう見える?…そうね、ちょっと今楽しいかも」
*
「昼飯食いに行こう、トシ」
「ああ」
結局、あの朝に坂田に見られてから二日経ったが、先生にも呼ばれたりしていない。お咎めナシ。
坂田は違うクラスだし顔も合わせていない。良かった。やっぱり何もバレていないんだ。
重たかった気持ちは晴れ晴れとし、近藤さん、総悟と一緒に食堂へ昼を食いに行く、そんな途中。
「…風紀委員の土方十四郎君ね?」
廊下で、向こう側から歩いてきたのは生徒会役の猿飛だ。確か坂田の補佐的存在だったが、彼同様彼女に、俺は面識が殆ど無い。近藤さん達と一緒に横を通り過ぎようとした時、何故か呼び止められる。
「あ?」
「あ?じゃないわよ。土方十四郎君?って確かめてるの」
「…そーだけど」
応えると眼鏡の奥の目が細められ、まるで品定めされるかのように見つめられる。
な、なんだよ。と思いつつも生徒会メンバーの猿飛に呼ばれた時点で嫌な予感はした。
「今日の放課後、生徒会室に来て頂戴。銀さ…生徒会長が用事があるって。…それじゃ」
それだけ言い残して彼女は颯爽と去っていった。様子を黙って見守っていた近藤さんと総悟が、え、何!?総督と何があった!?と騒ぎ始めるが俺は心中、気が気ではなかった。変な汗が出て体に悪寒すら走る。
坂田が呼び出しって…ど、どうすりゃいいんだ…!?
「…よし」
とうとう放課後。
せめて生徒会室に誰かついてきて欲しかったが近藤さんは家の剣道場の為に急いでるし、総悟はバイトとか言いやがるし(アレは絶対に嘘だ。帰って昼寝するつもりだ)、山崎と原田は部活だし、仕方がないから一人で向かわなければならない。
生徒会室は普段俺達が授業をしている校舎とは別館で、講堂と同じ建物の中にある。
ガラス張りな表向き、中は吹き抜けになっており生徒会役員以外は講堂を使う時くらいにしかこの建物は出入りしないので、普通の生徒からは神聖視されているような場所だ。、
そんな建物の前に位置する噴水を通った所辺りで黒髪、眼鏡をかけた少年が俺を見て
『土方先輩」
と口にするものだから、驚いて立ち止まる。
「…なんだ?」
「あ、いえっ、すみません!」
俺とした事が緊張でもしているのか、思わず威圧的な態度をとってしまう。それに驚いた眼鏡小僧が謝りまくるも、俺は後悔した。…こっから出てくるって事はコイツも生徒会メンバーじゃねーか…?
「退先輩がいつも土方先輩のお話してるんで…つい知り合いの気分に…」
「退って…山崎か?なんで俺の話なんて」
「あ、いや、『副長は俺の憧れなんだー』っていっつも楽しそうに…」
…山崎の野郎、俺の居ない所で恥ずかしい話すんなっつの
「…そう。なあお前、生徒会役員?」
「あ、はい。一年の志村っていいます」
「俺、生徒会室に呼ばれてんだけどおめーらの大将いんの?」
「えっ!今からですか…!?い、ますけど…」
「…そーか。さんきゅ」
やっぱり居るのか…そう思いながら建物の入り口へと歩みを進める。ふとあの志村がなんで山崎と知り合いなのか、とか疑問に思ったが明日にでも聞いてみる事にした。…っつっても、俺に明日があるかって話だが。
誰も居ない広い廊下を、俺はペタペタと歩いていく。心臓の音が耳元でドクドクと鳴る。そうこうしている間に生徒会室の扉の前まで来てしまった。ふん、総督?上等じゃねーか!
とりあえず強気を前面に出して、ノックを仕掛けた。
「…はい?」
「呼ばれた土方だが」
部屋の中から甘ったるい猿飛の声が返ってくる。…あの女も居るのか?
そう考えた直後、扉が開かれて俺はギョッとする。
「!!!?」
「遅いじゃない。銀さーん、土方君が来たゾ!」
出迎えて扉を開けた猿飛の姿に口を抑えて視線を逸らす。
なんだ今の、なんだ今のは…!?
制服のシャツのボタンが全て外されて下着も上にずり上がって…む、胸が丸見えの状態に…!
「なんか入り口で固まってるけど…お前、もしかして胸出したまんま出た?」
呆れたような、だが芯を震わす声が聞こえ、俺は思わずそちらへ赤面したままの顔を向けた。するとあの白銀のプラチナブロンドを揺らして、彼が――坂田銀時が深紅の瞳を携えて俺に近寄ってくる。
「土方君だよね?コンニチハ、坂田銀時です」