「どうした、銀時。浮かない顔をしているではないか」
車、というものには銀時は未だに慣れていなかった。
「そりゃあ、今から追悼式典へ向かうんです。
誰でもそんなに浮き上がれませんよ」
全く関係の無い事を考えながら銀時は義父にそう返す。
リムジンと称される送迎車の後部座席に
親子は沈黙を有したまま座り、追悼式典会場へ途中だった。
「私の部下だった多串への追悼もありますし…」
「ほう、そうか。
私はてっきり、先日にトシに拒絶されたので沈んでいるのかと」
義父の皮肉交じりの言葉に銀時はギリと唇を噛む。
最後に見た、土方の泣き出しそうな顔を忘れられない。
絶対に何かあったとしか思えなかった。
だが、最近は義父に雑務を押し付けられ
土方には会えず仕舞いになっていた。
「銀時。ではお前に、良い事を教えてやろうか」
「はい?」
「今度のテロ鎮圧の遠征、何故お前が派遣されないか分かるか?」
「・・・いいえ」
将軍家を護る直轄の代表の坂田家として、
義父はこの追悼式典で演説を任されていた。
その用意をしながら義父がそんな事を言ってくる。
「は、だから貴様は愚息なのだよ」
ニヤニヤと笑いながら義父は言う。
その何もかも満足したような笑みに
銀時は戦慄を覚えた。
「このタイミングで、何故トシがお前に別れを告げたと思う?」
「え・・・?」
「トシはお前に、戦いのない場所で生きるのを望んだのだよ。
その代わりに私は、銀時との関係を断てと命じた」
『その花言葉は叶いません』
「クク、傑作さ。
卑しい男娼風情が私と約束などと」
『さようなら、”坂田様”』
「まあ随分と楽しめたから、その約束ぐらいは護ってやろうと思ってな。
銀時。貴様は私の下で一生飼い殺してやろう」
『さようなら』
「それでは次に、殉死した方々への坂田氏からの追悼の意です」
十四郎。
十四郎。
ごめんね。
いっぱい傷つけてしまったね。
ごめんね。
君を傷つけた罪は、アイツに償わせる。
「こうして我々の平和を護ってくれた
勇敢なる若者達の為に、私はこれからも…」
マイクを通して会場に響き渡る義父の声。
演説を聴いてすすり泣く人々。
それを眺めながら銀時は、
あらかじめ用意していたテープのスイッチを入れる。
それは義父の崩壊の序曲でもあった。
「皆さん、私はこれからもテロに屈せず」
「“ふん、どうせテロは収まらんのだ。形だけでも兵を送ればよい”」
「・・・ん?」
「”どうせあの愚息はいつ死んでも良い身だし、
存分にこき使ってやれ”」
突如、違う会話がスピーカーを通して流れ始め
義父は勿論、会場の人々にも動揺が現れる。
「な、なんだこれは。どこから流れている!?」
「”しかし、戦地に向かってる者達も居るのに
遊郭でこんな豪遊していて良いんですかねぇ”
”構わんさ。この遊郭は私の融資で成り立ってる”」
「止め、止めろ!誰が、こんなの・・・」
「坂田氏、一体これはどういう事ですか!?」
明らかにこの会話の声は義父のものだ。
押し寄せた人々が口々に弾劾する。
「違います、これは何かの間違い…」
なんとか追求を逃れようとしていると
どこからか不正を行った書類や
遊郭で酒を呑む写真がばら撒かれた。
「これは…将軍家を護る立場のお方が、こんな事を…?」
「これだけの数の攘夷軍にこんな僅かな幕府軍で挑んだなんて」
次々に発覚する事実に、人々は怒りを露わにし、絶望に泣き喚く者さえ出てくる。
まさかの事態に義父は混乱していた。
そんな中、黒髪に黒い着流しを羽織り、
覆面をした男が「坂田様、こちらへ」と密かに会場の外へ連れ出した。
「くそ、一体どうなっているんだ。隠蔽が全てばれているではないか」
人気のない所につき、ゼエゼエと息を切らしながら義父は男に言う。
「このまま見つかれば私は将軍家を欺いたとして切腹だ!
貴様、金をやるから私を逃がし…」
「…貴方に少しでも、謝罪の気持ちがあればそうしていたよ」
男はそう告げ、ズルリと黒髪を外す。現れたのは眩しいくらいの銀髪。
そして覆面を外した正体に坂田は驚愕した。
「ぎん、とき。まさかこれは全てお前が」
「いくら酷い仕打ちをされても貴方は俺を育ててくれた人だ。
多串君が死んでしまったのも、兵の数が少なかったと言えど俺の責任」
言いながら近づく銀時に坂田は『ひい』と腰を抜かす。
その顔は、戦場でしか見る事の出来ない白夜叉の表情。
「全てを暴露しても、済まないという気持ちがあるなら逃がそうと思った。
権力を剥奪され、追われても、地べたを這いずってでも生きたいならば」
「銀、時。許してくれ。許して、」
「だけど、最後まで貴方は自分の事ばかり」
「うぐう!」
「そして何よりも十四郎を愚弄して傷つけたのが、許せない」
銀時は徐に坂田の鼻と口に布を押し付けた。
衝撃に思いっきりそれを吸い込んでしまう。
「いいか。今までの坂田銀時と土方十四郎に関する全ての記憶を抹消しろ」
暗示をかけるようにゆっりと坂田の目を見つめながら言った。
吸わせたのは天人がもたらした催眠用の麻薬だ。
それを知らずに存分に吸ってしまった坂田は、
コクリと頷いた後に気を失って倒れる。
「さようなら、父上。
次に目覚める時は、俺達の情報を一切失い、捕縛されて切腹だろう」
そう銀時は去り際に小さく呟いた。
土方が働いていた遊郭は
天人が経営して、坂田が資金を出していた。
故に彼の悪事を暴いた今、
あの遊郭も粛清される可能性がある。
友人を探している土方まで巻き込ませたくはなかった。
「女将さん。坂田銀時と土方十四郎の情報は全て抹消してください」
遊郭に向かった銀時は
坂田と同じように麻薬を吸わせて催眠をかける。
そしてそのまま、銀時は土方の元へと向かった。
「十四郎。今すぐ身支度して」
「な、に」
開店前ゆえ、準備をしていたのか
男に髪を結ってもらっていた土方が
驚いたように目を見開いて銀時を見る。
久方ぶりの彼の姿に
愛しい気持ちが込み上げた。
「もう、来ないでと言ったはず…」
「全部、あのクソ野郎が吐いてくれたよ。
ごめん、十四郎」
愛しい壊れ物を扱うかのように
銀時はぎゅうと土方を抱き締めた。
「もう嘘はつかなくて、いいよ」
そういうと弱々しくだが、
土方も抱き締め返してくれた事がただただ嬉しかった。
「すみません、あの。」
「ん、なんだオメーは。邪魔すんな、ジミー君」
「何!?地味って俺の事ですか!?」
そんな感動を邪魔するかのように
土方の傍らにいた男が叫ぶ。
「あ、えと、コイツ山崎。俺の世話をしてくれてたんだ」
涙でも溢れたのか、ごしっと目尻を拭きながら
土方が言う。
「そっか。じゃあ十四郎、山崎君。
今すぐここから出る準備して」
「え?」
「俺の義父の不正が漏れた。ここもいずれ粛清される」
山崎、という男の準備は手馴れたものだった。
テキパキと何でもこなしていくし、
ここを逃げた後でも土方の世話をしてくれるだろう。
一緒には居られない銀時の代わりに。
「そうです、か。坂田様が・・・」
「うん。
もしもの時に使おうと集めてた証拠だったんだけど。
まさかこんなに早く使うとはね」
馬を二頭調達し、3人は川のほとりまで来た。
二人の恋仲を察したのか
山崎は追っ手が居ないか見てきます
と辺りを偵察しに行った。
夕陽を浴びて輝く水面がキラキラ光る。
永遠にこの時間が続けば良いとさえ、銀時は思った。
「銀時様。俺の無礼を、どうか許してください」
「十四郎」