坂田が来たのは、突然の事だった。
きっと今日も銀時が来るという期待する気持ちを
全て砕かれた。

いつもの倍の、金を貰ったから。

女将はそう言い訳をしたが、土方には関係の無い事だ。

また変態プレイをして満足させてやればいい。
第一、まだ銀時に別れを告げる覚悟は出来ていないし
彼が会いに来てくれても、きっと泣いてしまうだろう。

そう考えていると天人が開発したという玩具を使われる。
やけに振動するソレは妙に感じさせた。
そうしていつものように声を出していると
切羽詰った表情をした銀時が入ってきたのだ。


「銀時・・・さま・・・?」


どうして。
初めはそう思ったが、土方はすぐに理解した。
坂田は謀ったのだ。
土方がオフの日には必ずと言って良い程銀時が来るのを
彼は知っていて、今日。

鉢合わせる為に。

「ち、義父上。なんで貴方が今、トシを」


銀時の声が震えているように思えた。
だが、放ったばかりの身体は弛緩して
上手く銀時を見る事が出来ない。


「トシに頼まれたのだよ。
 『オフの日までしつこく来るから、追い払ってください』となぁ」


言ってない!
心の奥で叫ぶも、「私に合わせろ」と耳打ちされ
腕の中に抱き込まれてしまう。

「十四郎、どういう事…?なぁ」


・・・ああ、そうだ。
彼に別れを告げなければいけないのだ。

嫌だ。
何度も頭の中でそう、言葉が反芻される。

嫌だ。嫌だ。
こんな終わりは嫌だ。こんな別れは嫌だ。

・・・でも


「いや、だ。こわい…っ」


俺はずっと貴方の傍には居られない。
だからせめて、もう哀しいものを見て欲しくない。

その為に、もう一度こころを殺します。


「ああ、可哀想なトシや。
 白夜叉に脅されて、さぞや恐い思いをしただろう
 大丈夫。私が居るよ」


坂田が銀時に向ける勝ち誇った笑みが
見えなくても容易に想像できた。
そしてきっと、呆然としているであろう愛しい彼の表情も。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

俺は貴方を愛してたのは、本当です。


ぎゅ、と拳を握ると土方は襦袢だけを肩に羽織り
銀時に向き合うように立ち上がった。

「十四郎・・・」

ほっと安堵の表情を銀時は見せる。
だが土方はそれを裏切るように
皮肉めいた笑みを顔に貼り付けた。

「そういう事です、銀時様」

「え」

「もう俺に会いに来ないで下さい」

「・・・十四郎、どうしたの」

「存分に良い夢を見れましたでしょう?だから、もう」

「なんでいきなりそんな事言うんだよ、何があったんだ?」


抱きつきたい。
素直に土方はそう思う。
泣いて、力の限り銀時を抱き締めたい。
抱き締めて欲しい。

でも出来ない。
坂田の視線を背中に感じる。

ならば、やらなければ。
演じなければ。

花魁で身につけたわざ。
今使わずに、いつ使う・・・!

「・・・銀時様。まさかこのユリ、俺に?」

「え、あ、そうだよ。
 『あなたのは偽れない』って花言葉がよくて十四郎に・・・」



ぱさ


軽すぎるくらいの音を立てて


俺が銀時様の手から払い落としたユリの花は


床に落ちて



「そうですか。でも残念でしたね」



ねぇ、銀時様。



「・・・私の貴方への気持ちはいつでも偽りでした」



俺の貴方への気持ちも、言葉も

全部真実でした



「お忘れですか?私は男娼です」


でも、言葉は嘘をつけるから



「その花言葉は叶いません」



ごめんなさい



「さようなら、”坂田様”」

「さようなら」






銀時、愛してる。



ひどく傷ついた顔を銀時がする。
だが、まだ土方を信じているのか
何か言いかけようとするのを坂田によって止められた。


「さてそろそろ帰ろうか銀時。
 トシにはゆっくりする時間を与えてやらないとなぁ」


二人が話している間に帰り支度は終わらせていたようで
間に割って入り、坂田は銀時の肩を掴んで帰りを促す。

土方は、銀時の顔を見れなかった。
見たら泣いてしまう。

今のは全て嘘です。
銀時様が好きです。
俺の傍にいてください。

・・・言える筈が、ない。


「ほら、トシ。今までの無礼を詫びた分だ」


そう言って、懐から取り出したありったけの札束を
動けずにいる土方の頭にばら撒く。
そして払い落とされたユリの花を
これ見よがしに踏むと、銀時を連れて坂田は部屋を出て行った。


終わってしまった。

踏み潰された花びらを見つめながら
込み上げる感情を必死で堪えた。


いいんだ、これで。

俺と銀時の気持ちを終わらせれば
もう彼は悲しいものを見ずに済む。

幼馴染と敵対したり
大切な人を失ったり
遺された人を見たりして

哀しまずに済むんだ。


「…ふ」


なのに、どうしてこんなに涙が溢れる。


土方は気を紛らわすかのように
踏まれてメチャクチャになった花びらを拾い上げる。

銀時からの最後の贈り物。
無残な姿になっても変わらない。


「ふ、ぇ」


ばら撒かれた紙幣には目もくれず
ボロボロになったユリを全て拾うと
胸に抱き、ピシャリと障子を閉めた。


「いや、だ」


嗚咽を漏らしながら背を障子に預け
そのままペタリと畳に座り込む。

どうして泣くんだ。
これが最良の選択の筈だったのに。


『あなたのは偽れない』


「ぎん、とき」


所詮、男娼の恋心。
こんな血でも性でも汚れた体で
誰かを愛したい、なんて間違ってる。


「ぎんとき」


分かってる。
だからお願い、誰か潰して。
俺があの人に言われた
切ないほど愛しい言葉の数々を。

そして、誰かあの人を幸せにしてあげて。

俺はどうなっても良いから。


このユリの花のように

枯れれば用はない、地べたを這いずる

木の葉のように


跡形もなく、踏み潰されて構わないから

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