だって貴方はここに居て
俺の言葉を聴いてくれている
ありがとう
ここに居てくれてありがとう
ねぇ、だから
<コトノハ>
ドサリ、という倒れた音に
まるで弾かれたかのように銀時は多串に駆け寄った。
横たわる彼を抱き起こし、呼びかけても返事がない。
頬を叩いても揺すっても微動だにしない。
背中に回した腕に感じる多串の血の
ドクドクと流れ出る温かさだけが
まるで現実のものかのように赤く侵していく。
『家には妻と、娘を一人残してきています』
死んでしまった。
『自分は死ぬのを恐れていません』
覚悟が足りなくて。
『どんなに白夜叉と謳われてもまだ子供ですね』
いまや自分の敵である彼らを討つ覚悟がなくて。
そのせいで。
そのせいで。
「ご…めんな・・・さ・・・」
かつての友人と戦う覚悟も
沢山の部下を護る覚悟も背負うには、
銀時はまだ全ての感情を捨てきれずにいた。
そんな彼を知っていて
義父はこの戦に銀時を投じたのも知っていた。
「生きて帰ろうって、」
知っていて、ここに来た筈なのに
「約束、したのに・・・」
彼は銀時の義父とは違い、
己の子供を愛せる父親だったのに。
仲間を斬られた報復として直後に
幕府軍と攘夷軍は衝突。
大量に攘夷志士を名乗る浪士達を捕縛は出来たものの
首謀者である桂と高杉を逃した。
なのに、帰還した銀時はテロを鎮圧した、と称えられた。
多串も『白夜叉を護った』と周りに栄誉を与えられ
その妻も『坂田様を護って死ねたなら本望です』
と静かに泣いた。
傍に居て金魚柄の着物を着た少女は
父親の死を、理解できていなかった。
「最低だろ?護れなかったのに、貰ったのは非難じゃなくて名誉」
これまでの経緯を全て銀時は話した。
黙って全てを聴いていた土方は首を振る。
「だから十四郎。ごめんね。こんな汚ない手でお前を抱けない」
「銀時様」
「本当は会いたい人に会う資格もねー事、分かってるんだ。
だから十四郎に会いに来るのも、これで最後・・・」
「銀時様!」
堪りかねたように土方が叫ぶ。
絡めた指には力が込められた。
「俺だって、俺の手だって汚れてます。
伏せては居ますが、攘夷戦争にも仲間と共に出ました」
しゃら、と土方の髪を飾る簪が鳴って光る。
「刀を持って、こころを殺して
天人を何人も斬りました。
その天人にも家族は居たでしょう。
でも俺も大切な人を護る為に、血で掌を濡らしました」
土方の肩が震えている。
『大切な人』が彼にも居たのかと
まるで思い出したかのように銀時は聴いていた。
「俺は今も同じです。
時代が変わった今、散り散りになった友人を探して
望んでも居ない場所で、心を閉じてこうして体を売ってます。
でも」
今まで強い眼差しで話していた土方が俯く。
「銀時様に、会えたから、また十四郎になれた・・・
もう一度銀時様のお声が聴けて嬉しいです」
「俺・・・の?」
突然、自分のおかげだと言い出す土方に
銀時は驚いて聞き返す。
するとコクリと頷かれた。
「だから、資格がないとか仰らないで下さい。
多串様が護ったその命を、そんな、風に
卑下…すんなよ…っ!」
本音が出たのか、敬語でなくなってしまった
話し方にハッとして土方は己の口を塞ぐ。
「申し訳ありません。出過ぎた真似を…」
「ううん、いいよ」
銀時は苦笑しながら土方の手を握り返す。
そして顔を近づけた。
「ねぇ、十四郎に触れたい」
「え」
間近に迫ったせいか、面食らったように土方が顔を赤く染める。
花魁にそぐわない初々しい反応に
またもや銀時は笑みを零した。
「な、なんで笑うんですか」
「いいや。なんか、ホントに男娼?って態度とるから」
「…突然銀時様にそんな事言われたら、誰でもそうなります」
ふい、と顔をそらす彼の顎を掴み
確かめるように唇を舐めた。
一瞬ピク、と揺れたものの土方は今度は
視線を外してこない。
「…俺に触れて、銀時様」
それを合図に二人は唇を重ねる。
まるで貪りあうかのように髪を撫ぜ、
互いの体を擦り、舐め、縋った。
吸う悲しみも
熱をぶつけあう哀しみも
土方が鳴く度に、銀時の中で増しては引いていった。
死んでいった人達は戻らない。
桂と高杉が敵なのも、きっと変えられない。
でも彼がこうして受け入れてくれている事は事実。
演技でもいい。
同情のふりでもいい。
自分を癒すこの時間が、花魁としての技でも構わない。
十四郎。
たった二度しか会っていないけれど
俺を俺にしてくれる君を、愛してる。
ありがとう。
全部記憶から奪われても
貴方がくれた言葉、忘れない
「土方さん!」
「山崎。ここではトシって呼べっつったろ」
「あ、すみません。ですが朗報ですよ!」
最後の客の相手をし終え、一息ついていた土方へ
山崎が世話をするフリをして囁きかける。
「まだ確定ではりませんが、
近藤さんや沖田さん達らしき連中を確認しました」
「!
本当か!?」
「はい、もう少しちゃんと調べてみますが…
でもやりましたね!これでこの生活ともオサラバですよ!」
「え・・・」
嬉しそうに手をとってくる山崎に
情けない声で土方は返してしまう。
ずっと心配だった近藤さん達。
ずっと探し続けていた近藤さん達。
離れ離れになった皆と再会する為に
この色街に潜り込んで、生活し続けてきた。
でもこの恥辱の毎日も、もう終わりになる。
とても喜ばしい事なのに
どこか落胆する自分がいる事に気付く。
この生活が終わるという事は、
つまり銀時との別れも意味するから。
「?土方さん、どうしたんですか?嬉しくなさそうですね」
「え、悪ィ。まだ実感が湧かねーっていうか」
そう、銀時と離れるなんて
今は考えられない。
「え、また遠征を?」
「うん。本当は父親が行く筈だったんだけどね」
身支度しながら銀時は苦笑する。
初めて抱き合ってから、まめに銀時は会いに来てくれた。
ただ一緒に眠ったり外の話をする事もあれば
勿論、熱をぶつけあう時もある。
もうすぐ終わるかも知れない、限られた時間。
それを思いながら土方は顔を曇らせた。
可笑しい。
この間、坂田が来た時は確か彼が赴くという話だった。
なのにどうしてまた先日帰ってきたばかりの銀時に行かせるのか。
息子が体にも心にも傷を負った事を
彼だって承知だろうに。
『ほう?私の腕の中にいるのに、他の男の心配か?』
銀時の話題を出した途端、
坂田がそう言ったのを思い出した。
嫌な予感に土方はゾクリとする。
坂田は銀時を息子、というよりは
まるで別の男という敵のような物言いをする。
まさか、抱かれている時に銀時の話をした自分のせい――
「十四郎。どうしたんだよ。大丈夫だって」
突然黙りだした土方に笑いかけながら抱き寄せ
前髪を掻き分けて口付ける。
「多串君や十四郎の為にも、絶対に生きて…」
「本当ですね?絶対、帰ってきてくださいますね?」
嫌な予感がする。
土方が真剣に問うと、どうしたの、と銀時がはにかむ。
「なに、浮気の心配?」
「違う、茶化さないでください…!」
もうすぐ会えなくなるかもしれない。
口が裂けても言いたくなかった。
ずっと願っていた事は、別れを意味するなどと。
「十四郎。俺は大丈夫だよ。安心して」
だが、何も知らない銀時は土方を抱き締める。
その温かさを感じながら
土方は祈るように呟いた。
「お願いします。絶対に帰ってきてください。俺の所に」
「うん、絶対」
出発する前にまた会いに来るよ。
そう言った銀時の義父が土方の前に現れたのは
次の日の事だった。