生きる理由がないのなら、



どうか俺の為に生きてください



生きて、帰ってきてください




*


武州に居た頃、突如やってきた天人との戦争に駆り出され
剣を心得を持っていた土方は
幼馴染の近藤、総悟と共に戦った。

だが、彼らが戦った時期は戦も終わりの頃。
天人に幕府が降伏したのはすぐ後であり、
侍は刀を奪われてしまった。

その時の混乱で近藤達と
離れ離れになってしまったのだ。


「どうした?今日は随分と上の空ではないか」

「ふ、ぁ、そんな事はないで、す、旦那様…」


情報と資金を得る為、
当時行動を共にしていた山崎と江戸に潜り込み
廻りまわってこの仕事へと辿り着いたのだ。

初めは男に脚を開くなど死んでも嫌だったが、
女将は人間でも、天人が経営するこの遊郭は
幕府にも暗黙に了解されており
金も裏情報も手に入れやすい。

故に、はぐれた友人達を探すには
山崎も動きやすく、絶好の場所だった。


「旦那様…あの、ご子息様の銀時様の事ですが…」

「んん?なんだ、トシはあの愚息にご執心か?」


銀時の父親は、着物を着せたまま土方を抱くのを好んでいた。
汚れるし皺にもなる為、本来なら脱がなければいけないのだが
将軍に仕える坂田家である。粗相は出来ないのだ。
そこは女将も了承していた。


「は、ぁ、その、攘夷派の反乱をお止めする為に
 遠征なさったと、聞いて」


くちゅくちゅと自身を舐められ、
悶えつつも土方は言う。
すると、口の周りを先走りの液で汚しながら
男はニタリと微笑んだ。


「ほう?私の腕の中にいるのに、他の男の心配か?」

そのいやらしい笑みは、あの儚げな銀時とは似てもにつかない。

他の男って…自分の息子だろう?

と土方は思い、思わず顔が引きつりそうになる。


「いけない子だなぁ、トシ。お仕置きが必要だ」

「・・・!」


お仕置き、と言った男の顔はひどく冷笑していた。
逃げ出したくても出来ない状況。
土方は唇を噛みながらも、黙って身体を四つん這いにさせた。


「ああ、よく分かってきたじゃないか」

くつくつ笑いながら、土方の尻に己の欲望を突き入れる。
そして、息を呑む彼の臀部を叩き始めた。

バシン

「…っ、ふ」


バシッバシッという音と共に走る衝撃に、拳を握る事で耐える。


「君は、尻を叩くと締まりが良くなるね。
 …そういう素質があるんじゃないのかね?」


お前がそういうのが好きなんだろ!!

と言ってやる事が出来ず、
早くこの辱めと嬲りが終わる事を願った。


「あッ、あ」


相手が満足するように適度に声を出しながら
幼馴染達の無事と銀時の生還を祈る。




また、会いたい。


あの声で名前を呼んで、
あの手で触れて欲しい。


痛みじゃなく、どこか寂しい優しさをくれる
彼に、会いたい。


会いたいよ。


坂田様のご子息、でも


白夜叉、でもなく



銀時様、と俺を証明してくれた彼に



会いたい


もう一度



触れたら壊れそうな彼に



生きて帰る事が出来たなら










「吉田松陽」


銀時の直属の部下に当たる彼は、そう呟いた。
かつての恩師の名に、ヒクリと息を呑む。


「彼の塾生ばかりですよね。今回のテロの首謀者」

「桂小太郎と、高杉晋助?」

「はい」


その名は、銀時にとって聞き慣れたもの。
剣の腕を買われて坂田家に引き取られる以前の
幼少時代を共に過ごした友の名前。

彼らが指名手配犯になってから
まだ直接顔は合わせていない。
だが、幕府に仕える家の者として
この戦場に来ている銀時を見れば、
『裏切り者』とでも罵ってくるのは
容易に想像できた。

其れ程までに、彼らは松陽を慕っていた。


「…お前、結婚してる?」

「はい。家には妻と、娘を一人残してきています」

「そう。じゃあ生きて帰ろうね」


はっきり言って、白夜叉と恐れられる銀時が居るとはいえ
父親が与えてきた隊員の数は
テロ組織の規模に比べると明らかに矮小だ。


「いえ、坂田様。自分は死ぬのを恐れていません」

「ううん。死なせないよ」


俺も、君も、誰も、と銀時は目を閉じて誓う。


「絶対に」

「トシ、急いで支度しな!」


煙管で一服ついている所に、突然女将がそう捲くし立ててくる。
今日はオフで、久々に外に出られる日の筈だ。
隣にいた山崎も驚いたように目を見開いている。


「女将さん、どなたが…」

「坂田様が来なさったんだよ!山崎、早く着物を用意!」


脅迫めいた調子で言われ、慌てて山崎は部屋を飛び出す。
土方は状況が分からず再び問う。


「え、でも坂田様は今日は俺はオフだってご存知じゃ」

「旦那様じゃなくてご子息の方さ!
 戦からお帰りして、お前に会いたいんだと!」

「ご子息って」


銀時、様?

あの綺麗な銀髪と、憂いを帯びた白銀の瞳。
『十四郎』と呼んでくれた優しい声。
願っていたあの人に会える。
土方は胸が高鳴った。


急いで着物を羽織り、髪を整えて身支度をする。
酒も上等なのを用意した。

戦だと聴いて心配だったが、良かった。
無事だったんだ。

銀時様が、生きていた。


しかも自分に会いに来てくれたなんて。

嬉しさで鼓動が早くなるのを感じながら
銀時が待っている部屋へと向かった。


「銀時様、お待たせしました。十四郎…」


言いかけて、土方は固まった。
久方ぶりに見る彼の姿は、殆ど精気を感じない。
あの輝く髪も、まるで白髪のようになっていた。


「銀時様、どうなさったんですか」


畳みに座っているその前に、
土方も腰を下ろす。
銀時の血の気のない手に、そっと触れた。

すると、怯えたように銀時が震える。


「十四郎、お、れ、俺…

 部下に
 
 生きて帰ろうって

 死なさないって

 約束したのに…」


「死なせた」


「殺して、しまった」



覚悟が足りなかった、ばかりに


覚悟が足りなかった

死なせないと約束したのに

一緒に帰ろうと誓ったのに



彼には帰りを待ってくれる人が、いたのに







「そんな、銀時様…どういう事ですか」


震える銀時の手を握る掌に、
土方は力を込める。

戦なのだから、人の命を奪うのは仕方がない。
土方とて、天人の体をいくつも斬った身だ。

今更、綺麗事を言う気はない。


「トシは…俺が戦出た事、知ってる?」

「はい、存じております」


坂田の旦那様に、というのはあえて伏せた。
なんとなく言わない方が良い気がしたからだ。


「その時、に死なせた。一緒に帰ろうって約束したのに」

「お言葉ですが銀時様。戦ゆえ、それは…」

「でも、アイツには奥さんも娘も居たんだ…!」


悲しみなのか、
それとも約束を守れなかった自分への怒りなのか。
銀時が拳を握るのを、悲痛な思いで土方は見ていた。

あんなに欲した銀の柔らかい髪が目の前にあるのに
それが彼の悲しい体の一部だと思うと
こちらまで哀しくなる。


「銀時様、俺を抱いてください」


土方は握っていた手に、今度は指を絡ませる。


「俺が、銀時様の哀しいものを受け止めますから」


驚いたように銀時が顔を上げた。
その瞳は静かに濡れていて。

哀しいなら分けて欲しい。
その為にここに居る。

欲も情も、受け止められる自信はある。


「だから、泣かないで、ください。
 十四郎がここに居ます」


ここは色街。
男でも、俺は花魁を名乗る男。

例えば銀時様が一時のうさ晴らしをしたいが為に
俺に会いに来たのだとしても構わない。


この時間だけでも、
彼を悲しいものから遠ざけられるのなら。

銀時は分かっていたつもりだった。
理解していたから、覚悟もある筈だった。

だが、敵陣に居る桂と高杉を見てしまったのだ。
成長してからの彼らを見るのはこれが初めてだったが
二人の姿はあの幼かった頃の面影を残していて。

目の前の彼らが、決意に迷いを生じさせる。

…父親に…幕府に命じられるがままにこの戦場にやって来た。
気持ちの整理は出来ていた筈だった。

一刻も早く部下達の元に戻り、
彼らを討つ策を再確認しなければいけないのに。


説得は出来ないだろうか。
戦いを避ける事は出来ないだろうか。

いや、むしろ逃がす事は…


「貴様、何者だ!」


勘が良い銀時の油断は、隙が多かった。
茂みから様子を見に来た彼に、
桂達の部下であろう男が斬りかかって来たのだ。


「その風貌…白夜叉!!」

「ちっ…」


転げつつもなんとかよけたが、
その拍子に刀を落としてしまった。
ここでこのまま退避しても良いが、
相手を逃がしたら幕府軍が近づいている事がバレてしまう。


「はっ、まさか名高い白夜叉様が
 自ら偵察に来るとはな!
 だが、桂さん達に手出しは…ぎゃあ!」


悲鳴を上げて、男が倒れる。
視界に入る血飛沫の向こう側には、
男を斬ったであろう侍が居た。


「隊長!!」

「あ、ありがと…えっと」

「多串ですってば。忘れないでくださいよ」


刀についていた血を払うと鞘に収め、
銀時に駆け寄ってくる。
『死なせない』と約束した直属の部下だった。


「全く、腕が立つとは言っても隊長一人で偵察は止めてください。
 無茶する辺り、どんなに白夜叉と謳われてもまだ子供ですね」

「うるさいなコノヤロー。子供扱いすんな」

「はは、すみません」


屈託のない顔で彼は笑う。
自分の父親とは大違いだ、と思いながら
銀時はなんとなく訊いた。


「…娘さんって、いくつ?」

「今年で10歳になります。隊長より7つ下ですね」

「ふーん…」

「金魚が大好きで、この間も」

「・・・?」


少し照れたように話していた口から
突然鮮血が零れたのを見、
青ざめて銀時が顔を上げると
先程斬られた筈の男が荒い息をして刀を構え直していた。


「天人を迎合した幕府の手先の貴様らなんぞに…
 この魂はやれぬ…」

「テメェ…!」


だが銀時が激昂するより早く、
男の首が刎ねられる。
背中を斬られつつも多串が放った一閃だ。

彼はそのまま力尽きたように
首を失った男の死体と同時に倒れた。

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