こんなに傍に居るのに。
こんなに名前を呼んでるのに。
分かってるフリも
分からないフリも
もうお仕舞い。
<ねぇ、こんなに.9>
土方の言葉にジン、と掌が痛む。
そこで自分が相手の言葉に
どうしようもなく動揺している事に気付かされた。
「は、銀さんは完璧だから」
こちらの様子を伺うように土方が視線を向けてくる。
対して俺は、なるべくバレないような言葉を探した。
こんなに深手を負ったにも関わらず、仕留められなかったなんて言えない。
「土方の仲間の沖田総悟だっけ?
アイツの脳天に刀振り下ろして、頭割ってやったよ」
血ィ噴出して傑作だったよ?
笑いながらそう言う筈だった。
なのにそれは叶わない。
土方が俺の言葉を遮ったからだ。
「嘘ついてんじゃねーよ。全部ネタはバレてんだよ」
「は、ぁ?」
ドクリ。
心臓が鳴る。
俺はシラを切ろうとしたのに出来ずに声に明らかな揺らぎが混じる。
「何言っちゃってんの?意味分かんねーんだけど」
「どういうつもりか知らないけどな。
お前は総悟を殺してないし、俺の仲間にも手を出せてない」
「ちが、」
何、何でバレてるの。
俺はいつもみたいに土方の体に触れただけなのに。
確かにケツ叩く手を止めてみたりしたけど、いつもと変わらない筈なのに。
なんでバレるんだ。
「挙句の果てには、近藤さんまで生きてるらしいじゃねぇか…っ」
搾り出すように出される土方の声。
彼の台詞が理解できず、俺の時間が一瞬止まった。
は?近藤が生きてる?
どういう、こと?
「答えろよ!お前の目的は何なんだよ!?
総悟を殺さなかった理由は何だ?
そもそも俺をここに閉じ込めてる理由は何なんだよ!」
土方の声が耳の奥の方でぐわんぐわん鳴り響く。
それでも俺は一つも理解出来なかった。
俺だって分からない。
邪魔な沖田総悟をどうして殺せなかったのか。
『土方さん…』
そう呼ぶ少年の声に、何故手を止めてしまったのか分からない。
俺もどうしてだか分からない。
だけどここで沖田総悟をこの世から消したら
もう二度と土方は俺に心を開いてくれない気がしたんだ。
「閉じ込めてる、理由?」
「あぐ!」
「分かんないの…?あんなに何度も言ったのに」
赤く腫れた土方の臀部からぶら下がる鞭を
俺は勢い良く引き抜くと、ぶちゅっと音を立てて出てくる。
同時に溜まっていた精液も零れ出た。
ああ、なんて意味がないんだろう。
俺の言葉も。
俺の精子も。
俺の気持ちも。
今までの日々も。
「土方が、大好きだからだよ…?」
君に何一つ伝わってないなら。
「っ!
それが、意味分からねぇって言ってんだよ!
俺達は敵同士で!
今まで言葉なんざ交わした事ねーだろうが!」
「…会話なら、何度もしたよ?」
ああ、彼の言葉一つ一つに殴られる思いだ。
ねぇ俺の何がいけないの。
ねぇ俺の何が許されないの。
ねぇ俺の何が間違っているの。
「…俺の頭の中で、何度も俺はお前と話したよ?」
「ふざ、けんなよ!
変だぞ、お前…っ!」
ねぇ、俺の何が可笑しいの。
「お前はもう良い!
それよりも近藤さんに会わせろ!近藤さんに…っ!」
ねぇ、俺の、存在が可笑しいんですか?
「…ッ!!」
「あ、オイ待て、坂田!」
俺を求めない土方の姿なんて見たくないし、声も聞きたくない。
叫ぶ彼に背を向けて、抜刀しながら地上への階段をのぼる。
「あのクソガキが…!」
呟いて唇を噛む。
ヅラはこんな事しない。
土方にちょっかいを出し、余計な事をするとしたら高杉しか居ない。
大体、アイツは俺が土方を閉じ込めてる事自体快く思っていなかった。
高杉の世界は松陽先生で回ってる。
先生に迷惑をかける行為を、アイツがみすみす許す筈が無かった。
「高杉ィイイ!!」
足で扉を蹴り開いて叫ぶ。
刀の手入れをしていたヅラが驚いたようにこちらを振り向いた。
が、それを無視して通り過ぎようとすると、勿論引き止められる。
「銀時、どうしたんだ。何故刀なんぞ抜いて…」
「うるせぇ、それよりもあの野郎は何処行きやがった!?」
「クク、俺を呼んだかい?銀時ィ」
煙管をふかしながら
嫌な笑みを浮かべた高杉が奥の部屋から現れる。
幼馴染だから昔から一緒に居たというのに
こんなに殺意が湧いたのは初めてだった。
「…てめぇ、自分のした事分かってんだろうなぁ…?」
「おや。土方が聞いたのか。
てめぇが浪士を斬れず、近藤も本当は生きてるってなぁ」
「高杉…!貴様、土方に喋ったのか…!?」
俺を止めようと必死なヅラが血相を変える。
コイツもグルかよ。と舌打ちしつつも高杉を睨む。
すると彼は口元を歪めて言った。
「銀時、いい加減にしたらどうだい。子供じゃねーんだからよ。
自分の立場くらい弁えろや」
「もうそろそろ、仕舞いにしようや銀時。
お前がこれ以上土方に骨抜きにされちまう前に
アイツからアジトの情報聞き出して、幕府に渡そうぜ」
高杉の言葉に身体がカアッと熱くなる。
何が子どもだ。
何が仕舞いにしようだ。
ふざけるな。ふざけるな。
俺と土方の世界を壊しておいて。
大体、お前の方が子どもだろうが。
松陽先生から乳離れ出来ねぇ
甘えん坊な餓鬼はどっちだって言うんだよ…!
「ハッ、先生の養子の俺がそんなに気に入らねーか、テメェは」
相手が俺を挑発する気なら、と
俺は逆に高杉を挑発する。
すると明らかにアイツは動揺するから鼻で笑ってやった。
やめろ、と言うようにヅラが俺の腕を掴んだような気がしたが
もはやどうでも良かった。
「大好きな松陽先生。尊敬する松陽先生。
そんな先生がいきなり俺みてぇな
どっから来たかも分からねぇ子どもを養子にすんだもんねぇ?」
「銀時、やめろ」
「…へぇ?だったら何だって言うんだい」
だが、向こうは落ち着きを取り戻したのか
冷静に返してくる。
それでも俺は高杉を攻める言葉を探した。
だって許せない。
俺の土方に、勝手に勝手な事を教えたこいつが許せない。
「只でさえテメェがムカつく存在の俺が、
浪士囲って甘やかしてんだ。
いつ幕府の耳にその情報が入って
先生の立場が悪くなるか分からねぇんじゃ
気が気じゃねぇよなァ、お前」
無言で高杉が俺を睨みつける。
昔からの癖だ。
怒りが胸中にある時には、いつもああいう顔をする。
そうして悔しげに刀の柄を握って見せるんだ。
「でもよォ、高杉。言ってやろうか」
俺は高杉の弱点を突く。
高杉が望んで望んで、一生叶えられないモノ。
そうだ。傷つけば良い。
俺の土方にちょっかい出したお前が悪い。
「テメーがどんなに先生の為に生きようが
高杉晋助は一生、松陽先生の息子にはなれねぇんだよ!!」
「・・・!!」
その隻眼を見開いたかと思えば、
高杉は瞬時に鞘から刀を抜いて俺に斬りかかって来る。
あまり身体に力が入らなかったが
なんとか俺はその刃を鞘で受け止めた。
「銀時、お前…今言葉にした事、後悔させてやろうか」
「あぁ?先に仕掛けてきたのはお前だろーが。
よくもそんなふざけた口をきけるな」
ほらやっぱり餓鬼じゃねーか!
簡単に俺の挑発に乗ってくる。
だが、それでもギリギリと押してきながらも高杉は笑みを浮かべてきた。
「…クク。そうさ。どうしたって俺は先生の息子にはなれねェよ。
どんなに身体を掻き毟っても…死んだって。
俺がどんなに頼んでも、先生にその気がねぇからだ」
そしてやけに素直に真実を受け入れる。
そこにゾクリとした所で彼の反撃が始まった事を知った。
「だがよ、ソレはお前も一緒なんだぜ?」
『俺達は敵同士で!
今まで言葉なんざ交わした事ねーだろうが!』
さっき土方に言われた言葉が脳裏に甦る。
ダメだ。
それを想像しただけで一気に心が崩れそうになる。
負ける。
壊れる。
砕け散る。
嫌。
嫌。
言わないで。
聞きたくない。
もうそんな言葉聞きたくない。
「坂田銀時と土方十四郎は、世界がひっくり返ったって一緒にはなれねーんだよ」
君と一緒になれないなんて真実、知りたくも無いのに。
「…やだ」
「は?」
自然と洩れる言葉。
そう、嫌だ。
単純に嫌なのだ。
だって、何がいけないのか分からない。
敵だからなんなの?
俺は幕府側で、あの子がその敵対する存在だから、何なの?
なんで一緒になっちゃいけないの?
なんで愛しちゃいけないの?
なんで、愛されちゃいけないの?
『ふざ、けんなよ!変だぞ、お前…っ!』
違う。
土方は俺を愛してくれない。
あの子が愛してるのは、『近藤さん』や『総悟』や『仲間』
俺じゃない。
俺じゃないんだ。
どんなにいたぶっても、殴っても、縛っても、弄んでも
俺がどんなに愛しても愛しても愛しても
愛しても
土方が愛してるのは
「嫌、だぁ…」
「銀時?」
「愛して、よ」
俺じゃない。
俺じゃない。
「愛して、くれよぉ…!」
俺じゃ、ないんだ。
涙は零さない。
が、確実に心では泣いてるんだろう。
力なく幼馴染が崩れ落ちる姿を
俺は高杉の横で呆然と眺めていた。
「なんで、だよぉ…」
小さく声を震わせて、銀時が呟く。
愛して欲しいと彼は言った。
何をそんな当たり前の事、と人は言うかも知れない。
愛して欲しい人に愛されるなんて我儘だ
と他人は言うかも知れない。
だが俺と高杉は知っている。
銀時の心が、幼いあの日から止まっている事。
愛し方も愛され方も歪んでいる事。
結局、本当は何が正しいのか
銀時の中で何一つ定まっていない事。
だから銀時は土方を監禁した。
閉じ込めて、いたぶった。
自分の言う通りに出来る事を知っていたから。
俺も高杉も、松陽先生に言わない事を知っていたから。
愛し方も愛され方も知らないから
唯一自分を愛してくれた父親と同じようにすれば
きっと土方は愛してくれるだろうと。
そしてそれまでの時間を誰にも邪魔されないだろう、と。
銀時はきっと、確信していた筈だ。
じゃあ彼を変えたのはなんだ?
人を殺すことを躊躇わずに居た彼を
こんなにも弱らせる原因は。
「ひじ、かた」
彼の根底を揺るがす、原因は。
「ひじかた。土方に会わなきゃ」
子どもまま、心が止まってしまった銀時を。
「土方に愛してって頼まなきゃ」
こんなにも。
「それで、最終的に土方がお前を愛さなかったらどうするつもりだ?」
呟き、這い蹲ってでもまたも土方の居る地下室へと
向かおうとする銀時を止めたのは高杉だった。
「どうする、って」
「どうするんだよ」
「愛して、くれないなら」
銀時がそこまで言いかけて、言葉を失う。
それを紡ぐように目を細めて高杉は言う。
「殺すのか?愛してる土方を」
高杉の台詞に一瞬、俺まで心臓を握られる想いがする。
「生きてるアイツを、愛してくれないから殺すのか?」
銀時の答えを俺と高杉は黙って待った。
そして暫くすると、銀時が弱々しく口を開く。
「愛して欲しい、けど
俺は土方に死んで欲しいわけじゃねぇ…」
ぐ、と拳を握り、銀時は銀髪を揺らして頭を垂れる。
それを見た高杉が意を決したかのように言った。
「そうかい。
じゃあ良い事を教えてやるよ。
明後日この場所に、幕府の奴らの視察が入る」
驚いて俺は高杉の方を見る。
それは銀時も同様だった。
「高杉。その話、本当なのか?」
「ああ。
松陽先生から極秘に聞いた話だから間違いねぇ。
どうやら俺達を胡散臭く思ってる奴らがいるらしくてなぁ。
だから、銀時」
すう、と高杉の瞳が真っ直ぐに銀時を射る。
「もうお前が土方と一緒に居る事はこれ以上出来ねぇ。
土方を幕府に差し出すか、それとも逃がすか。
てめぇが決めな」
俺は思わず目を見開く。
差し出す、まではともかく逃がすという選択肢を
高杉が与えるとは思わなかったのだ。
すると俺の表情に気付いたのか
『んなツラすんじゃねーよ、ヅラ』と言ってくるので
『ヅラじゃない、桂だ』と言い返す。
俺はてっきり、銀時を挑発する意図で
高杉が近藤の事を土方に喋ったのかと思っていた。
だが違う。
高杉は銀時の意思を尊重して、話をふっかけたのだ。
「もし、銀時が『愛してくれないなら土方を殺す』とか
ほざきやがったら、俺が土方を刺し殺してただろうなぁ」
話の後、土方をどうするのか考えたい、と言って
銀時は自室へと戻っていったのを良い事に
俺と二人きりになった高杉はくつくつと笑いながら言う。
ちっとも面白くないぞ、と思いながらも
俺は言った。
「高杉」
「あぁ?」
「…土方に、会いに行かないか?」
知りたかった。
頑なな銀時の心を
あれ程に揺さぶった土方という存在を。
「とうとう血迷ったか、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」
俺と銀時と高杉は、松陽先生の下で昔から一緒だった。
そんな俺達の小さな世界にもたらされた
土方、という小さな、それでいて大きな綻び。
「俺達の敵、というのがどういうものか
本当の事を知りたくなっただけさ」
俺達は人間。
敵も人間。
だが銀時は敵を愛した。
敵対する、人間を愛した。
その思想は違うと知っていても。
愛されたいと願った。
そんな土方という人間が、
一体どんな男なのだろうと興味が湧くのは
小さな世界に住む俺の、小さな好奇心。