つまり、童話で例えるならば俺は眠りの森の眠り姫。
王子様のキスで目覚める時を夢見て今でも眠り続けてる。

ねぇ気づいて。

俺はこの世の終わりが来ても、お前だけを待ち続けるから。



『君がいない世界』



何度、銀時が思い出になっていったか分からない。
幾度、銀時を思い出に変えようとしたか分からない。
だが土方は諦められなくて、彼に会いたくて、彼に笑って欲しくて。
だから壊れそうになる心を必死で掻き集めて待っていた。

「ぎ…ん、とき…?」

目の前の男の頬にペタペタと触れながら、土方はその名を呼ぶ。
すると応えるように彼は小首を傾げて見せた。

『本当に?』そう問うよりも前に相手の首に腕を回して抱き締める。
途端に感情や涙、色々なモノが溢れ出して、土方はしゃくり上げながら泣きついた。こんなに大声を上げて泣くのは生まれて初めてだった。


「う、うぁ、うあああ」

「土方君。ごめん。ごめんね。心配かけてごめんね」

「ひっ、ひっく、うるせぇ、馬鹿、馬鹿天パ!俺を騙しやがってぇえ!!」

「痛っ!いたた、違うって!マジで記憶なかったんだってば!」


土方が相手の背中を思い切りつねって嗚咽交じりに文句を言うと、情けない声を上げながら銀時は言う。


「うっ、ひっく、どういう事だよ?」

「あの…どこから説明すれば良いんだ。俺、脱出する時に猛烈に眠いって言ってただろ」


これは予測の範囲でしかないけど、と銀時は言う。

兵器として体に施されていたのは武器や身体能力の上昇だけでなく、感情や記憶を失わせていく処置もされていた。

かのカラクリ技師が生み出した、人格データを移しかえる技術を応用し、銀時の感情や記憶…つまり人格を胸に埋め込まれた装置に吸収させていたとの事。

恐らく、白夜叉を憎んだ天人は、少しずつ感覚や記憶を失わせる事で銀時への苦しみを更に増やそうとしたのだろう。



「土方君にも手伝って貰って装置外しただろ。でもいきなり人格が俺の中に戻ってきたもんだから、多分身体がすぐに対処出来なかったんだと思う」

「…つまり、ほっとけばお前の記憶は戻ってたって事か?」


漸く落ち着いてきた土方は、泣き喚いた事に羞恥心を覚えつつも問う。すると銀時は横に首を振った。

「病院で目が覚めた時の事も覚えてるけど…あの時、俺は本当に心の底に閉じ込められてて…多分、時間だけ経っても俺は元の俺に戻れなかったと思う。ずっと何も知らない、子どもみてぇなまんま」

「なんで…」

「土方君を助けた後、沈む船の合間に落ちて…目を閉じる寸前に少しでも考えちまったから」


銀時の考えた事。
土方は一つだけ心当たりがあった。
何もなかった銀歳の中に、一つだけ巣食っていた白夜叉という存在。


「白夜叉とか呼ばれて人殺しになる前に…土方君や皆に会ったらどうなってたんだろうって」


馬鹿だよなぁ、と銀時は己の髪をくしゃくしゃと掻く。そんな彼を土方は抱き締め返す事しか出来なかった。


「銀時…」

「まだ少しだけ残ってた兵器の力も借りて俺は無傷で…そんで何もなかったように土方君達と暮らして…この数日間は幸せだった。だからこのまま眠り続けようかと思った」


そうして、潮騒に紛れて銀時の声がか細くなっていくのを聞き逃さない。


「大好きな土方君が傍に居て、護ってくれて、抱き締めてくれる。俺は何も考えずに只、享受してれば良い。もう恐い夢を見なくて済む。でも

いつもストイックな副長様が泣き出して、俺に会いたい、とか言うから…ッ」


頬に温い雫を感じて銀時の顔を見れば、その目からはボタボタと涙を零していた。それを見たら土方ももらい泣きしてしまう。


「銀さんはやっぱり、ひっく、帰らなきゃーって思うでしょうがコノヤローがぁああ!」

「うっ、ひぐ、耳元で騒ぐなコラ!」

「うるへぇ、お、俺だってなぁ、ひっく、土方君に会いたかった、よ!」

「んだと、ぐすっ、上等だ!俺の会いてぇの方がお前の会いてぇよりでかい!」

「何をぉ!俺の方がでかいモンね!ていうか大好きだよ土方ァアア!」

「なっ、俺だって、俺だって銀時が、大好きだ…!」


張り合う性格が災いしてか、散々恥ずかしい事を叫び終わった後に二人は我に返って笑う。


「はー…何言ってんだよ俺達…」

「本当だよね。ここは恋人の感動の再会だって言うのにね」

「…銀時」

「ん?」


何事かと顔を上げる銀時の唇に、軽く己の唇を土方は重ねた。
そして頬を真っ赤に染めながらもずっと言いたかった言葉を、やっと声にする。



「おかえり」



泣き出すように笑う土方を、同じく涙ぐみながら銀時は言った。


「うん。ただいま、土方君」



ただいま。


そうして彼の手を取り俺は、日常に帰った。

とりあえず真選組の奴らに『スンマセン、記憶喪失でした』と謝罪。
まぁ以前に局長が記憶喪失になった事もあってそんな驚かれなかったけど、事情を知ってたっぽい沖田君はなんか冷やかすような目で見てきてた。

アレ。バレてる?俺と土方君の関係。


そんな感じで屯所を出、志村邸に居る新八達に会いに行く。
とりあえず神楽に殴られ、新八にも殴られ、仕舞いには何故かお妙にまで殴り飛ばされたが結局、ガキ共はグズグズと泣きついてくる始末。

ンだよ。それなら初めから素直に再会を喜べっての。

でも結局、兵器として攘夷浪士を半殺しにしてました。なんて言える筈も無いし、とりあえずヤバイ薬を運ばされそうになった、とだけ俺のがしていた事は濁しておいた。

で、スナックお登勢に寄ってみればババァに罵倒され、キャサリンには片言で罵倒され、アレ、俺って戻ってきた意味あった?なんて考えつつも。

「土方様もお登勢様達も、銀時様の帰りを待ってました」なんて、たまから聞かされたから、やっぱり素直じゃない奴が多すぎる、と実感。


…世間は俺が白夜叉として夜に紛れ込み始めた時と変わってなかった。

土方君が言うには俺を恨んでた天人が騙してた天導衆の野郎は、鬼兵隊の河上万斉によって葬らたというけど、それも大して大きな事件になっておらず。

そして終には、呪いの言葉を吐いて自殺した天人の死体も、俺の複製の奴らも海の底に沈んでいったのだと。

そう。俺が関わったものは全て、死によって消え去った。


『亡霊は、在るべき場所へ帰れ』


それでも時々、河上万斉に言われた言葉を思い出す。

目の色も片方だけ元の銀色に戻らないし、何よりアイツ等が死んだからって俺が白夜叉だという事実は変わらない。

俺があの天人の父親を殺したせいで、一人の人生が狂った事も、変わらない。

そう考えると…俺と言う過去からはぐれた亡霊がとり付いているせいで、愛する人々が無惨な死を迎えてしまうのではないかと時々、不安に思う。

けど、俺がここに居るのは俺が選んだ未来で…攘夷戦争の時のようにお膳立てされてこの運命を選んだワケじゃない。

護りたくて、傍に居たくて、笑いたくてその掌を重ねた。


『お前はお前で良い』と、土方君が言ってくれたから。
俺は深い闇から目を覚まして生きる事を、選んだんだ。



「ちょ、銀時。本当にここでヤんのかよ?」

「うん。だって銀さん、今日まで我慢しましたよ」

「いや、だからって何もこんな所でしなくたって…ひうっ」

「あーもーそろそろ黙って」


ベンチに俺は座り、そこに向かい合うように俺の膝を跨いでる土方君。
やだやだ言うその唇をペロリと舐めると、ビクリと体を跳ねさせた。
まぁ、確かに皆との花見を見抜け出してアオカン、なぁんて真面目な土方君は嫌がるだろうけど、でもそれが逆に興奮するっていうか…

「や、待て、だって、誰か人が来たらどーすんだよ」

「だぁいじょうぶだって。知らん振りすりゃ良いじゃん」

「あっあっ、ん、でも、ぉ」

「ごめん。今、他の事考えられる余裕ねーから」

簡単に肌蹴る土方君の着流しの胸元を開き、じゅるじゅる音を立てながらその胸の突起を吸っては舐め、もう片方の乳首を指で弾く。

「ふ、ぁ!」

「お前の身体を前にして、銀さんのアームストロング砲が黙ってられるわけねーだろ」

「ん…」

責任とって、鎮めて頂戴?なんて耳元で囁くとぴくん、と肩を震わす。可愛いなぁなんて考えてると、突如土方君がキスをしてきた。
あら積極的!と声をかけようとすると、随分と濡れた声で土方君は言う。

「へぇ?俺の事しか、今は考えらんねぇって…?」

あー…もう本当、敵わないよコイツには…

「あーそうですよ。今は土方君の事しか考えらんねぇ、よ?」

「は、ぅ、俺だって、そうだよ…銀時の事しか今は考えらんない…」


そう熱っぽく言えば、少し笑って銀時は口付けてくる。
そしてまるで、失っていたものを埋め合うかのように俺は銀時と抱き合った。
皆と花見に来てるのも忘れて。ここが屋外で、公園だというのも忘れて。

ローションも何もないから、自分達で出し合った体液で互いを高め合う。
桜の花びらが舞い、揺れる視界にそれを映しながら俺は恍惚に浸った。
銀時が居る。俺の奥底を揺さぶってる。
もう二度と会えないと…触れられないと覚悟した彼が、俺の身体の中で存在を主張してる。

「あ、っぁ、土方、ぁ」

涙声で俺を、呼ぶ。
あまりの歓喜に思わず涙が零れた。
俺の胸に顔を埋めて突き上げる銀時の銀髪を撫でながら、俺は感じるままに声を出す。

なぁ。前世の俺達も、こうして愛し合ってたのか?


「ふ、ふ。このままガキが土方君の腹ン中出来ちまえばいいの、に」

「んく、ぅ、そしたら名前は、あっ、あぁっ、どうすん、だよ」

「えー勿論?銀歳?」

「オイオイ、女だったらどうする…あっ、んあ!」


叶わない夢物語を口にしつつ腰の動きを早めた。
こんな非現実な妄想を掻き立てさせられる行為の後は、また現実が待ってる。
でも一緒に未来の話でもすれば良い。

だってこの先もお前がまだ、居てくれる。


「あ、銀ちゃん、トッシー!何処に行ってたアルか!」

「いや、ホラね。銀さん達、飲み比べ対決してたでしょ?で、気持ち悪くなってトイレ探してたらこの公園広いからさぁ〜迷っちゃって。ねー土方君」

「へーえ?随分と長い連れションですねィお二人さん」

「…総悟、余計な事言うんじゃねーぞコラ」


…感情は元に戻ったのに、銀時の片目だけが紅に染まったまま戻らない。
いつか彼が近い将来、過去と決着をつける日が来ることを示しているようにも思えた。

それはかつての攘夷志士の仲間か、それとも銀時自身なのかは分からない。
だけど。


「土方くーん!呑み直そうぜ!」

例えばその日が来ても許される限り傍に居て、笑っていよう。彼を護ろう。
絶望の淵に何度も立たされた彼の護りたいものを、護ろう。
もう悲しい思いをさせないように。

「上等だ。今度こそ決着つけてやる」

お前の居ない世界なんて、もう今は考えられないから

EnD.




こっそりあとがき