値踏みするかのような視線が体を這いずり回る。
言われた言葉の意味と相手の表情を読み、一気に嫌悪感が体を襲った。
要は土方を襲って楽しもうという事だろう。
真選組として攘夷浪士を追い詰める時、下卑た言葉を何度かかけられた事がある為、直感でそういう事を言っているのだろうというのは分かった。

「へへ、お前噂の新人だろ?優しくしてやっからさぁ」

戦い続きの、しかも男だらけの場所だ。
鬱憤ややり場の無い感情を性で晴らそうとする者が居ても可笑しくない。
そうこう考えている間に、土方の着流しの裾を割り、男の手が内股に触れてくる。
ゾワリ、としたものが体の奥から湧いた。
嫌だ嫌だ嫌だと全身が拒否をする。
土方を拘束する男達の息が耳に触れ、それも一層気持ち悪さを掻き立てた。

「良い声で喘いでくれよ・・・?」

何より、相手は銀時ではない。
駄目だ、嫌だ、銀時でなければ嫌だ。
彼以外の誰にもこの身は触れさせない・・・!

「・・・さわるな」
「あぁ?何言って」
「上等だコラ!俺に触ンじゃねぇ!!」
「げふ!」

裾が捲られ、露わにされていた土方の太腿を撫でていた男がもろに蹴りを喰らい、間抜けな叫び声を上げながら吹っ飛ばされる。

「兄貴ィ!てめぇ新人、何しやがごふぅ!」
「何しやがるはこっちの台詞だ!」

更に土方を拘束していた周りの男達も振り払って叫ぶ。
そして立ち上がり、ダン、と畳を強く踏みつけて睨みつけると土方を手篭めにしようとしていた男達は竦み上がってひぃいと恐れる。この時土方自身は気付いて居なかったが、真選組副長として備わった気迫が彼らを圧倒していたのだ。
伊達に鬼の副長と呼ばれる男ではない。
(余談ではあるが隊員の中でも土方に好意を寄せる者は何人か居るものの、彼に中々近づけないのはそのせいもあった)

「てめぇらぁ、そこに正座しやがれ!」
「「「はぃいい」」」
「俺を新人と知っていながら、突然部屋に連れ込んでヤっちまおうたぁ良い度胸じゃねぇか、あぁ!?」
「すっ、すみませんでしたー!」

兄貴、と呼ばれた真ん中に正座している男を睨みつけると瞬時に謝罪の言葉が入る。
しかしそれに構わず土方は続けた。

「俺ぁなぁ、意味も分からず気付けばこんな所に居て、どうしようかと考えても考えても答え出ねぇし煙草もねぇしマヨネーズもねぇし、仕方ねぇからとりあえず厠に行こうと思ってたんだ。なのにそれを邪魔しやがって!おかげで尿意止まっただろうがコラ!切腹にすっぞ、てめぇら!」
「ごっごめんなさぃいい」
「たっ高杉さぁあん話が違うじゃないですかぁああ」

土方の怒りが段々と頂に達しようとした時、説教をされている男の中の一人が助けを求めるように叫んだ。
すると隣の部屋へと続く襖がゆっくりと開き、そこには先程目覚めたばかりの土方に口付けをした高杉がくつくつと笑っていた。

「クク、尿意が止まったから、切腹たぁ…アンタ面白い事言うねぇ」
「全っ然面白くないですよ!恐ぇですよこの新人!」
「新人なのにすげぇ偉そうなんですよ!」

そんな事を口走りながら男達はバタバタと走っていき、隠れるように高杉の背後に回る。

「いや、別に尿意を止められたから切腹しろって言ったワケじゃねぇぞ俺は」

突然の高杉の登場に混乱した土方は、思わず意味の分からない発言をしてしまう。
すると相手は再び口元に笑みを浮かべる。

「まぁそんなコトはどうでも良いさ。
 悪ぃがコイツら使って、アンタの事試させて貰ったよ」
「試す・・・?何を」
「さぁ?何だろうねぇ」

てめぇら、もう行っていいぜ、と高杉は男達を下がらせる。
そんな彼を土方はじっと見つめた。
高杉晋助という男をテロリストとしてでしか知らない。
祭好きと称されている彼の一派は派手な事件を起こす為、指名手配犯の中でも注意を払わなければいけない人間とされていた。
その過去の人物と対面を果たしているわけだが、質問に素直に答えず、更に土方を何か試そうとした辺り、やはり食えない男である。思わず警戒をしてしまうのは仕方のない事であった。

「まぁ今回は俺の差し向けだったがねぇ。アンタみてぇな別嬪は普通に狙われるから気をつけな」
「・・・はぁ?狙われる?何をだよ」

しかしまたしても意味不明な発言をされ聞き返す。だがその質問にも高杉は答えず、そのまま彼は続けた。

「それにしてもアンタ、本当イイ顔して啼いてくれそうだねぇ。
 俺、いつもは面倒くせぇからヤられる方だけど、アンタだったら抱いてやっても良いぜ」
「は、はぁ!?抱くって、テメ、意味わかんねぇぞ!?」

そこまで言われてようやく相手の言っている意味が分かり、土方の体が一気に火照る。同時に自分の顔が赤くなっていくのも感じた。

「お、俺は別にそんな、」
「それとも何だい?さっきの様子からして操立ててる奴でも居ンのかい」
「・・・!」

懸命に言い返そうとした矢先にそう指摘され、思わず言葉を失う。
嫌だと思ったのは確かだ。
それは男に触れられているからではなく、銀時でないから嫌だと言う気持ちからだった。

「ハッ、この国が天人に奪われちまうかも知れねぇって時に良いご身分な事だ」

だが、そんな気持ちも高杉の台詞に心臓が跳ね、掻き消される。
数時間前まで自分が戦場に居た事を思い出してゾッとした。
今回は死者が出ずに済んだが、次はどうなるか分からないのだ。

(・・・戦場に出て、いつ死ぬか分からない奴は大切な人間が出来ても辛いだけ、か)

その後すぐに桂に呼ばれ、夕食の際に土方は志士達の前で新人として紹介をされた。
本名を名乗るべきか迷ったが、後の事を考えて土方十四郎ではなくトシ、と名乗った。
この辺の村に住んでいるのは違いないのだが、どうしてここに居るのか思い出せない。
思い出せるまでここに居させて欲しい。この国を守るのを手助けしたいという事を伝えた。
実際、土方はいつまでこの過去に存在出来るのか分からないのだ。ならば、自分の存在はどこまでもあやふやな方が良いのだろう。

申請したばかりでまだ上からの許可は下りず、正式に志士の仲間入りを果たしたわけではなかったが初の戦で、しかもほぼ飛び入り参加の状態で負傷した仲間を守りながら戦った土方を、酒が入った男達は何の疑いもせずに迎え入れてくれる。(先程、高杉の差し金で土方を襲った3人組は機嫌を取るかのように酌をしてくれた)
恐らく桂の紹介という後ろ盾が大きいのだろうが、それでも散っていく命が多い戦場で、一つでも多く守り抜いた行動を彼らは賞賛したのだろう。

「お、トシ。どこに行くんだ」
「ん。ちょっと外で涼んでくる」

宴会の席を外れて土方はふぅ、と溜め息をついて夜空を仰いだ。
酒が入った男だらけの馬鹿騒ぎは真選組と同じだ。
今頃、近藤達はどうしているだろうと想いを馳せ、いつものくせで懐に手を入れて煙草を探ろうとした時に気付いた事がある。

「アイツ・・・居なかった」

銀時がいつの間に居なくなっていた。
途中まで桂や高杉や他の志士達と呑んでいたのは確認したが、そういえば今出て来る時は居なかったと認識する。
あの目立つ銀の髪を見落とす筈がないのだ。

「厠か・・・?それとも」

何処かに一人で、居るんじゃないか。
なんとなく土方はそう思った。彼が少し一服、と席を外す様を想像出来ないからかも知れないのだが。
しかし慣れぬ屋敷を、しかも夜に歩けば迷うのではないかと思いつつも、ふと屋根へと続く古めかしい梯子があるのが視界に入る。何故か分からないが土方は、その先に銀時が居るのではないかと考えた。

屋根の上と言えば、銀時と初めて決闘をした時の事を思い出す。
近藤に恥をかかせた男を探し、斬る為に真剣で戦った。
まさかあの時は、その決闘相手の銀髪男が自分の大切な人間になる事など知る由もなかった。

(分かってる。分かってるさ。
 俺じゃ、俺の大切な人間を幸せにする事なんざ出来ない。
 だから俺は・・・ミツバには俺から出来るだけ遠く離れた場所で幸せになって欲しいと願った。
 ・・・じゃあ、アイツは?
 銀時の事は・・・どうするつもりなんだ・・・?)

今にでも星屑が降り注いできそうな満点の夜空の下、土方の予想通り銀時は屋根の上に寝転んでいた。
そっと梯子を上ってきた筈だったが気配で近づいたのがばれたのか、銀時が気だるそうにこちらを見る。

「なんだ、お前かよ」

そして相変わらずの気だるい調子で声をかけられた。

「・・・よく気付いたな」
「そりゃな。あの梯子、随分使い古されてっから軋む音がすんだよ」

そう言って彼は再び空へ視線を戻す。
来てみたのは良いものの、相手からすれば土方は只の新人なのだ。
どうしたら良いか分からずそこに立ち尽くす。

「何、してんだ。こんな所で」
「別にぃ。空見てた」
「あ、そう」

なんとか会話をしようと試みたが、それ以上続けられず口ごもる。
すると今度は相手が口を開いた。

「お前さぁ、初陣なのに仲間助けながら戦ったらしいじゃん」
「え?あ、ああ」

どう答えるべきか分からない。故になんの面白みもない返答をすると、むくりと銀時が起き上がった。

「じゃあさ、訊きたいんだけどお前が戦ったのは、何の為?」

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