何の為。
そんな事を訊かれても正直、相手が納得できるような答えを土方は持ち合わせていない。
何故なら自分が刀を手に取ったのは銀時の為だ。
守る為ならば己の危険を顧みない男の為だ。
だが、それをどう説明すれば良いというのだろう。まさか自分はお前の未来の恋人だ、などと明かすわけにはいかないのだ。
「・・・そんな事訊いて、どうするんだよ」
何か良い他の理由はないだろうか。
逃げ道を探すのを考えながら、なんとか話題を逸らせないものかと土方は逆に聞き返す。
すると闇夜の中でも分かる彼の銀色の睫毛が伏せられた。
「だってよー気になるじゃん?ぽっと出の奴がなんでそんな簡単に戦場に出れんのかってさ」
ああ、そうかと土方は思った。確かに単純に疑問ではあるだろう。
近くの村に住んでいるのは覚えているのだが、どうして自分がここに居るのかわからない。
そんな人間が突然、戦いの場で命を賭けれる筈がないと。
普通に考えればいきつく疑問だ。
「そ、れは」
「ヅラにほだされたから?それとも俺に殺されそうになったから、俺へのあてつけ?」
言葉につまっていると銀時が次々に予想をぶつけてくる。
どれもこれも違う。片っ端から否定してやりたいが、どうしたら良いか分からない。
只、銀時を守りたい。銀時が守りたいものを守りたい。それだけの気持ちだったが、向こうからすれば初対面の人間に守りたいといわれた所で余計に意味が分からなくなるだろう。
そこまで考えて、なんだ単純な事だと土方は考えた。
どうして守りたいかを答えれば良いのではないかと。
「それとも・・・」
「お、俺。前にすげぇ惚れた奴が居て、・・・居たんだ」
声が震えた事を自覚したのは言葉にしてから数秒後。
何よりも幸せになって欲しかった彼女は、まだ少しも自分の中で過去になっていないのだというのに気付く。
「でも俺じゃ幸せに出来ないから、遠い場所で良いからせめて幸せに生きて欲しいと思ったんだ。
なのに、だめで。ソイツの事を汚いものから遠ざける事は出来ても死からは、守りきれなくて」
感情に引っ張られて喋りすぎだと思いながらもどうしようも出来ない。
駄目だ。ミツバの事を言葉にするには自分には辛すぎると悟る。
「お、おいお前。別にそこまで話さなくても」
「だっ、だからだな!俺は、もう見捨てらんねぇんだよ!視界に入っちまったらっ」
土方の辛い部分だという事に銀時も察したのか、さすがになだめようとしてくる。しかしそれを遮って土方は続けた。
「何の為でもねぇんだよ、俺が戦ったのは!ただ、目の前に守りたいものの為に守ってる奴がいるなら、一緒に戦っても良いと思っただけだ!」
「そ、そうですか、それはすんませんでした、えっと」
「・・・それに、アンタ一人ででも戦おうとしてたから」
「へ?俺?」
土方をなだめようと必死だった銀時だったが、突然自分の事を出されキョトンとした表情をする。
それを真っ直ぐ見つめ返しながら土方は答えた。
「そうだよコラ。・・・一人じゃ、何も出来ねぇんだよ」
「・・・」
銀時に出会ってから、危険な時はいつも彼に救われた。
蔵馬の所に単身で乗り込んだ時も、妖刀の呪いに人格を沈められて真選組に見捨てられかけてしまった時も、銀時が助けてくれた。
一人では何も出来ない。
一人でのたれ死ぬくらいなら、仲間の傍らで刀振り回して死ねと言ったのは彼だ。
守る為ならば誰よりも一人で突っ走って戦う彼が、教えてくれた事だ。
「お前が仲間を死なせたくねぇってんなら、俺を使え。
何処の奴かも分かんねぇ奴だったら別に構わないだろ。だから一人で戦おうとなんてすんな」
「・・・つまり、お前は銀さんの傍にいたいって事?」
至極真剣に言ったつもりだったが、相手の反応に土方は混乱する。
否、確かに言われて見ればそうな気もするが、銀時の言い方では少し意味合いが変わってしまう。
「はぁあああぁ!?なななななんでそうなるんだよ!!?」
「えーだってそうでしょ?他の誰かを連れていかない時でも、俺だけは連れてけ〜って事でしょ?」
「ちっちっ違う!だから、そうじゃなくてだなぁ!」
「んーまぁ良いや。何となくお前の言いたい事ァ分かったよ」
必死で否定する土方にはお構いなしに、ふぅと銀時は冷静さを伴いながら溜め息をつく。
そんな彼の様子に大慌てした自分が馬鹿のようではないかと思っていると、銀時が呟くように言った。
「お膳立てされて戦ってんじゃねぇなら、良いんだよ」
「え?」
相手の言っている意味が分からず、土方は聞き返すものの、それに答える素振りを見せずに彼は続ける。
「お膳立てされて戦う事程、空しいモンはねぇからさ」
そして土方から視線を外し、再び銀時は空を仰ぐ。
夜空を見ながら何を想うのだろうと想像しながら、ふと頭に浮かんだ言葉を土方は口にした。
「お前は、お膳立てされて戦ってるって言うのかよ」
「・・・そんなんじゃねぇし」
ビク、と銀時の肩が揺れ、それは彼がまともに見せた動揺のように土方は思えた。
しかしそれを隠すように銀時は立ち上がると土方の横を通り過ぎ、『寝る』と言って梯子をつたって屋根からおりていった。
じゃあお前は何の為に戦っているのか、と問い返せば良かったと土方は思う。
彼の言うお膳立てが全く見当もつかないからだ。
白夜叉と呼ばれて率先して戦っている事がそうなのだろうか?
だが、それは銀時が守りたいから戦っているのであり、それはお膳立てとは違うのではないのだろうか?
途方にくれ、土方は頭を掻く。
近いと思っていた銀時の過去は、とても遠い存在であった。
しかし、彼の言う『お膳立て』の意味とそれがもたらした結果は、そう遠くない未来に土方は知る事になる。