援軍として高杉達がやってきたのは、敵の軍隊を退けてからすぐだった。
怪我人は増えたが致命傷を負ったり、死亡した者は一人もおらず戦いが終わった瞬間は大歓声であった。
その中で、返り血で紅に染まる白装束を翻しながら銀時は周りの人間にばれないように安堵の息を吐く。
良かった。護りきれた。誰も死ななかった。
疲労で体の節々が痛んだが、その痛みよりも全身を包む安心感の方が勝ったのだ。
黒髪の新入りが倒れた、というのは本拠地である館に戻ってからだった。
身を清めた後、昼寝をしようか甘味を摂取しようかと迷っている時にそんな話を聞いた。
聞こえてきた会話によるとどうやら足を負傷し、戦えない仲間を守りながら天人に立ち向かったとか。
そして相手が退却した直後、意識を失って倒れたとか。
桂が連れてきた胡散臭い青年は、それでも痛いほどまっすぐな瞳をしていた。
それを銀時は信じた。守る、という言葉を口にした名も知らない男を信じた。
そして彼は見事に仲間を守りきり、倒れた。
だからと言って、完全にあの男を信用したわけではない。
桂によれば記憶を失っているという事だが、彼は自分を『銀時』と呼んだ。
この攘夷軍の…否、自分の今までの人生の中で銀時と呼ぶのは数える程の人間しかいない。
幼馴染である桂と高杉、それに宇宙へ行ってしまった坂本と、僅か数人。
後は苗字で坂田か、大抵は恐れや皮肉を込めて『白夜叉』と呼んでくる。
『ったく、お前も飛ばされてたのかよ』
それに彼は、妙な事を言っていた。
初めは自分を誰かと勘違いしているのかと思ったが、先に銀時と呼んでいる辺り、その可能性は消える。
考えれば考える程不思議で、かつ不審な男だ。
何か可笑しな行動をしていないにしても、用心するに越したのは無いのだろうが・・・
「あ、銀時こんな所に居たのかい」
色々考えていると段々と睡魔が銀時を眠りへと誘い始めた。
布団を出して暫く仮眠をとろうかと考えた所で、ひょこりと現れたのは高杉であった。
げ、と銀時は内心思う。いつも眠い時に限って高杉はやって来るからだ。
「あーそうですよ。ここにいましたよ。でも今銀さん眠いからほっといてくんね」
「あぁ?なんでてめぇ俺が来る時に限って眠いんだ」
む、と長い前髪の下から高杉の双眸が銀時を睨む。どうやらタイミングが悪い事を向こうも勘付いていたようだ。
「つーか高杉。お前前髪長すぎんだよ。目ぇ悪くすんぞ」
「うっせーな天パ。くるくる毛で髪伸ばせねぇからって僻むな」
「んだとコラぁ天パなめんじゃねぇぞ!もう良い、おめぇなんて今日から高杉じゃねぇ、長杉って呼んでやるよ!
長杉さーん!!」
「・・・目なんて、どうなったって良い」
目が見えなくなろうが何だろうが、戦える体が在れば良い。
銀時から目を逸らして高杉は言う。
昔からのパターンでは、ここで高杉が反論できずに機嫌を悪くして口喧嘩は終わるのだが、銀時の予想通りにはならなかった。逆に言葉を紡げずにいると、思い出したように再び高杉が口を開く。
「そういや、無事に目ぇ覚ましたみたいだぜ」
「はぁ?誰が」
高杉が憂う表情から、普段のまだ抜け切れない少年の表情に戻った事に内心安心しながら銀時は訊いた。
「アイツだよ、なんかヅラが連れてきたっていう記憶喪失の奴。大活躍だったんだってなァ」
「あーらしいねぇ」
「で、何者なんだいあいつ」
「しーらね。だからヅラが連れて来たんだってば」
「まぁ敵の間者って事ぁなさそうだぜ」
「なんで分かんの」
「口ン中調べた。特に薬だとか暗器だとかは入ってなさそ・・・」
「オイちょっと待て。調べたってどうやって」
「あ?接吻かまして舌で咥内確認した」
「はぁああああぁ!?」
相手のとんでもない調べ方に銀時は素っ頓狂な声をあげる。おかげで眠気も吹っ飛んでしまった。
高杉が調べる為とは言え、あの青年の口の中に舌を入れて嘗め回したのかと思うと妙な気持ちが込み上げる。
「高杉、おまえなぁ、普通に調べろよ!なんだよソレ!」
「別に良いだろ。野郎でもイけるぜぇ、俺」
「んな事聞いてねぇんだよ!いやイけんのは勝手だけどね!」
「だって、はい調べますっつーよりは不意を突いた方が良いだろうが。
まぁ俺の経験からしてアイツの反応はまぁ・・・アレだな」
含んだ言い方をしながら高杉が笑うので、銀時は小首を傾げる。
そんな銀時に彼は爆弾発言を投下した。
「童貞だ。良かったなぁ銀時」
*
土方が守った男が無事だと知り、一気に脱力感が体を支配した。
夕食まで暫く休んでいると良いと言われ、その言葉に甘えて暫く横になる事にする。
同時にこれからの事を考えた。
先程目覚めた途端に唇を重ねてきた男は、桂から『高杉晋助』だという事を知らされた。
高杉の特徴である隻眼ではなかったが確かにあの顔は高杉のものである。
「俺達が捕まえらんねぇ指名手配犯が、二人も揃ってるとはなぁ…」
土方が知る銀時が『今』も桂や高杉と繋がっているかは分からない。
しかし、彼が白夜叉と呼ばれて二人と共に戦争に参加していた事は紛れもない事実だ。
絶対に共有する事のない銀時との過去と言う空間や時間が、とても不思議な気持ちにさせた。
同時に不安は尽きない。
この過去の己の体は今はここにあるのだ。
つまりその間、この時は一緒に過ごしている筈の近藤や総悟、ミツバのもとに土方は居ない事になる。
更に精神がここにあるのならば、今の未来に当たる現在の自分はどうなっているのだろう。
今頃、隣で眠っていた土方が意識を戻さない事に銀時は焦っているのだろうか。
それとも、過去の自分と精神が入れ替わってしまっているのだろうか。
だとするととてもややこしい事になる。
何よりもこの状態が何処まで続くのかが分からない。
ずっとこのままなのだとしたら、ここを抜け出して武州に戻るのが賢明であるのは確かだ。
だが、僅かの間でも銀時の為とはいえ攘夷軍に自分は『存在』してしまっている。
この事は後々の未来に影響が出るのではないか。
考え出すときりが無くなり、同時に答えの見えない問いの繰り返しだ。
「厠・・・」
混乱する意識とは別で、体は生理現象に従順だ。煙草は吸いたいがないから仕方ない。
尿意を催した土方はとりあえず用を済まそうと起き上がり、部屋を出る。
「あー…桂に厠の場所、聞いときゃ良かったな…」
恐らく、まだ顔を合わせていない攘夷軍の者達と鉢合わさないようにと桂が気を使って少し離れた部屋を用意してくれたのだろう。ゆえに厠がすぐに見つからず、土方が廊下をウロウロしている時であった。
「なぁアンタ、何を探してんだぃ?」
突如、襖を少しだけ開いた所から男に問われ、驚きながらもこれで場所を聞けると安心しながら、土方は答えた。
「あ、悪ィ。厠の場所を・・・んぅ!?」
気を許した途端、襖が勢いよく開けられ複数の手が土方に伸びる。
そのまま腕や腰を掴まれて部屋の中に無理矢理入れられた。
意味が分からず文句を言おうとすると部屋の中に居た男達に口を押さえられ、両手をつかまれ、抵抗出来ないようにさせられてしまう。
もがく土方を見下ろしながら、初めに話しかけてきた男が興奮したように息を荒げる。そして土方を指差して言った。
「厠?いるじゃねぇか、ここに」