だがそれに気を取られている場合ではない。
敵が倒れるのと同時に刀を抜き、ついた血を払うと男の傍にひざをつく。

「おい、平気か」
「あ、ああ…」

殺されると覚悟を決めていたのだろう。土方の救援に驚きを隠せないようだ。そんな男の足にチラと視線をやると、刀を突き立てられたばかりの所からはドクドクと血が流れ、汚れた地面に広がっていく。

「一人では…立つのは難しそうだな」
「あ、アンタ俺に構ってる場合じゃないだろ、早く刀握って戦え!」

どうやって助けようか考える土方の肩を、男は押して叫ぶ。

「戦えって、でもこのままじゃお前は敵に良いように嬲り殺されるぞ」
「・・・そんなの、覚悟の上さ」

ギ、と奥歯を噛むと土を握り、早くここから去れと言わんばかりに土方に投げ、それを繰り返した。
彼は自分を見捨てろというのだ。構っている暇があるのなら、もっと多くの敵を倒せと。土方が何も言えずにいると痺れを切らしたのか再び男が声を張り上げる。

「良いから早く行けって言ってんだよ!俺を守りながら戦うなんてそんな甘くないぞ、戦場は!」

男をここへ置いていくか土方は迷った。
ここら一帯の敵はなぎ払ったが、すぐにまた新手がやって来るだろう。そんな時に立てない人間とそれを守りながら戦おうとする人間が居たのなら恰好の餌食だ。
だったら彼の言う通り、今すぐ立ち上がって戦いに行くべきだ。己の体だけ守れば良い戦と誰かを守りながらの戦いでは戦い方も、注意力の加減も違ってくる。

「俺の事、おとりにでも何でも使って良いから、頼むから…」

彼を生かし、この攘夷戦争を生き残れば桂達と共に攘夷浪士となり、江戸の平和を脅かし、真選組の敵となる。
だとしたらこのまま彼の言う通り、見捨てるのが賢明だ。
だが、と土方は息を吸い、吐いた。
この戦に出る時に決意した事を思い出す。

今の自分が、守りたいものを守る。
守りたいものの為に戦う。

「ハッ、わりぃな。俺は聞き分けの悪ィ新人でね」

それは銀時が教えてくれた事だ。

「俺ぁこの戦でアンタを守り抜く」
「何を言って…!無理だ、やめろ!」

制止をかけようとする男の傍らに立ち、刀を構え直す。
目の前には予想通り現れ、土方達に向かってくる新手の天人だ。
桂が言うには相手の軍隊はかなりの小規模。相手も阿呆でなければ、後もう少しだけ応戦し、耐え切れば向こうも退く筈だ。
だったら耐え切ってやる、と土方は思う。
この過去の体でどこまで持つか分からない。正直体力は限界であった。
肉を切り裂くのには力を使うため、何体も斬り捨てたこの体は刀を握ろうにも震えが出始める状態だったが、それでもやるしかなかった。
浴びた返り血が頬を滴る。

「無理かどうかなんざ、やってみなきゃ分からねぇだろうが。それにアンタ、戦う前に死ぬなって、俺に言っただろ」
「言った、確かに言った。だが…」
「それ、に」

肺が痛い。息をし過ぎたからだ。酸素不足のせいかこちらへ向かってくる天人達の姿がぶれて見える。

『…護る為の戦だって、言ったから』

戦へ出る前に、白夜叉と呼ばれる銀時はそう言った。
あの時の彼がどんな気持ちで『それ』を言ったのかは分からない。しかしそれが紛れもない真実なのを土方は分かっていた。
だからこそ、と思う。

「俺が食って掛かった坂田銀時も、守る為に戦ってるよ」

アンタもそうだろ?と訊くと男は目を見開き、そしてその目尻が滲んだように見えた。
そんな彼を一瞥すると土方は天人を睨みつける。

「おぉおおおおおぉおお!!!」

今にも泣き出しそうな曇り空。
血と、汗と、涙と、生と、死が交じり合って溶けた地面を踏んでは蹴り、
土方は握り締めた刀とその身一つで初めての戦争を駆け抜けた。



『もう一度だけ』



土方って、死ぬの恐くないの

一度だけ銀時にそう訊かれた事があった。
あれは確か、伊東が反乱を起こした一件が解決し、怪我も治りかけた頃だった。
鬼兵隊から真選組を護ったから、という名目で一杯おごらされ、そのままホテルの一室になだれ込んだ時だった。。

折角ふさがりかけた傷を再び開かせるわけにもいかず、抱き合う事も無く二人は裸にだけなり、ベッドに潜り込んで横になる。土方がウトウトし掛けた時に、銀時が訊いてきたのだ。

自分はあの時、どう答えたのだろうか。
分からないとでも言ったような気がする。呑んでいたのと眠りにはいる直前だったせいかよく思い出せない。

土方の中で死は曖昧なものだった。
昔は近藤の為なら死ぬのも良いと考えていた。
自分に生きる場所を与えてくれた彼と、そして真選組の為ならばそれでも良い、と。

しかし、愛したミツバを失い、伊東を斬り、更に伊東と共に謀反を起こし隊士達も処罰され、身近な命が次々と無くなってから余計に死、というものが曖昧になった。
真選組を護りたいというという己のエゴで沢山の命を奪った自分が、果たしてどのような死を迎えるのか想像もつかないからだ。罰や咎を受けるのだろうか。だが、護りたいものを護ったのだからそれは恐くない。
ならば死ぬ事は恐くないのかも知れない。

考えてみたが答えは出なかった。

『お前はどうなんだよ』

土方は銀時にそう聞き返したのを思い出した。
また茶化されるか、ふざけた答えを返してくるだろうと予測したのも覚えている。
しかし、薄暗い部屋の中で僅かな沈黙の後、銀時は答えたのだ。
土方が考えていたよりも、至極、真面目に。

『うーん、そうだね。俺は…』


「お」
「・・・んぁ?」

目を開くと、前髪の長い男が自分の顔を覗き込んでいた。向こうが声を上げたのでつられて声を出すと、開いた唇に男の唇が重ねられた。

「んんん!!?」
「クク、ごちそーさん。おーいヅラァ。起きたぞー」
「ヅラじゃない、桂だ。
・・・というか貴様、また接吻したのか」

目覚めたばかりの土方に口付けをした男は顔を上げ、満足そうに唇をペロリと舌で舐めるとヅラ、と呼ぶ。
まどろみから覚醒したばかりの土方が、今しがた自分がされた事を理解出来ずに動きを止めていると桂が溜め息をつく。

「驚かせてすまない。今のはあまり気にせずに…」
「じゃ、コイツも起きたし、俺もう行くぜぇ」
「あ、おい!せめて自己紹介をしてから…まったく、我が道を行く奴だ」
「か、つら…?俺、一体」

ようやく意識がひらけてきた土方は、自分が布団に寝かされていた事に気付いた。
先程まで自分は刀を握って戦場にいた筈だったが、何故か今は和室に居る。

「ああ、君は倒れたんだ。天人が退いた直後にな」
「倒れた?俺が?」
「初めての戦いで…緊張もあって疲れたのだろうな。大きな外傷もなくて何よりだ。
 やっぱり君は優秀な人材だ。やはり俺達と一緒に攘夷を…」
「あっ、アイツは!?」

体の全ての力を使い果たした気分だった。
桂の話を聞きながら、そこで土方は大事な事を思い出す。

「アイツ?」
「俺の戦の準備を手伝ってくれて、戦いの最中に足を怪我した…」
「・・・君が護りながら戦っていた彼か。
 安心しろ。暫くは戦に出れないが、無事だよ」

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