土方がそう言った途端に場がざわめく。むしろ彼の存在を知らない者達は誰だアイツと、視線が一気にこちらへ注がれる。中でも一番驚いていたのが銀時であった。あんぐりと口を情けなく開いた、見事なまでのアホ面である。彼を含めた周囲の反応に思わず舌打ちしそうになる。

「は、ぁ?ふざけんなよ、オメーが出るとかちゃんちゃら可笑しいんだよ。寝言は寝て言え」

確実に銀時は土方を信じていない。
それを表すかのような台詞を吐き、土方から銀時は視線を外す。それにイラつきながらも無視し、土方は近くに居た、二人のやり取りに半ば混乱している志士に話しかけた。

「俺に装備貸してくれ。予備ぐらい余ってんだろ?」
「え?あ、ああ、ちょっと待っててくれ。つかアンタ誰…」
「貸すこたァねぇよ、俺はソイツ認めてねぇから」

土方の要望に仲間が応じようとするのを遮るように銀時がそう言うとシン、と静まり返る。そして皆が土方から視線を逸らす。どうやら予想通りこの戦では銀時が決め手を握っているようだ。彼の言葉には逆らえない何かが含まれているのだろう。
だったらなんだというのだろう。自分も連戦で疲弊しているのに、出ると言った。
戦える者が少ないから。もうこれ以上仲間を失いたくないから、戦える自分が、戦う。
坂田銀時は、何処の時代でも自分を犠牲にする馬鹿な男だと何となく土方は思った。

「テメーに認められるとか、そんなの知ったこっちゃねーんだよ」
「あぁ?」
「時間も人も足りねーんだろ?だから出るって言ってるんだ。
 ・・・護る為なんだろ?この戦」

土方の護る、という言葉に銀時が小さく反応する。少なくとも土方にはそう見えた。

「俺に構うのは後回しなんだろ…だったら、少しでも生き残る為の戦力を集めるのが妥当じゃねーのかよ」

時間がないというのは事実の筈だ。と相手がなんとか納得してくれるのを土方は待った。
すると銀時が土方を試すかのように鋭い眼光を向けてくる。こちらを見つめる白銀の瞳の視線を逸らすわけにはいかなかった。恐らく彼は、この場で信じるに足る人間かどうかを判断しているだろう。

「・・・わーったよ。勝手にしろよ、

 ハゲ」
「いやハゲてねーし!」

ふざけた事を言われたが、どうやら彼のお眼鏡にかなったようだ。
土方に武器と防具を貸す指示すると、銀時は動ける者を集めにその場から去る。その後ろ姿を見ながら彼が背負うものの大きさとはどれくらいなのだろう、と心の隅でなんとなく考えた。

「しっかし、アンタすげーな!あの坂田さんに食って掛かるなんて。すげぇドキドキしたよ」
「はぁ、どうも」
「この戦終わったら、名前教えてくれよな。だから死んじゃダメだぞ」

戦の準備を手伝ってくれた男はそう笑い、土方の背中を軽く叩く。
屈託のない笑顔。しかしその先には生きて帰れるか分からない戦場が待っている。
死んじゃダメだと言った彼も、数時間後には帰らぬ人になっているかも知れない。
しかしそれでも恐れずに戦うのだろう。この国を護る為に。

そこで考えてはいけない考えを持ってしまった事に気付く。

突如、宇宙からやって来た天人を日本を護る為に立ち上がったのが、攘夷志士だ。
それが今の時代では幕府が降伏し、迎合したせいで彼らは刀を奪われ、追われる身となった。
この国を護ろうと命を賭けた彼らを捕縛するのは自分だ。
もしかすれば、今土方の背中を叩いてくれた彼も攘夷戦争後もは生き残り、攘夷浪士やテロリストと呼ばれつつも攘夷活動を続けているかも知れない。そんな彼を真選組として自分は捕縛したかも知れない。
拷問したかも知れない。斬り捨てたかも知れない。

「…違う、考えるな」

考えてはいけない。
近藤と共に生き、近藤を護って死ぬ。
真選組として生きると決めてから、疑問は持ってはいけないと自分の中で誓った。
真選組の邪魔をする者は何者であっても排除する。
屋根の上の決闘で、銀時に土方はそう告げた。
そこで『そうだ』、と思い出す。そんな自分に銀時は言った。『護る為のケンカなんだろ?』と。

「オイ、俺はオメーを完全に信じたワケでも認めたワケでもねーから」
「そーか。じゃあ俺を戦に出しても良いと思った基準は何だよ」

なんとか動かせる者達は全体の3分の2であった。応援も間に合うかは分からない故に、あまり当てにしてはいけない。この人員でなんとか天人達を迎え撃つしかないのだ。
正直、土方は戦争というものに参加した事がなかった。バズーカなどの銃火器が存在しないから刀で応戦するしかない。
そもそも、過去のこの体でどこまで太刀打ち出来るかも見当がつかない。更にまるで追い討ちをかけるかのように空に灰色の雲が立ち込め始める。誰かが『雨が降り始めたら厄介だな』と呟いたのがやけに印象に残った。額が密着する所に針金がついた鉢巻を土方が結び直しているとその隣に銀時がいつの間にか立っていた。そして『認めてない』と言ってくるから、土方は『じゃあ何故』と訊き返す。

「ヅラはああ見えて、人を見る目はあるからな。アイツが連れて来たって事は少なくともオメーが間者だっていう可能性はねーから。あとは」
「あとは?」

「…護る為の戦だって、言ったから」

銀時は桂を『ヅラ』と呼んでいた。あだ名か何かなのだろうが、攘夷戦争に参加し、桂とも親しいとなれば今も彼が繋がっているのでは、という可能性は否めない。本当は銀時も捕縛の対象なのかも知れない。だが今は心底、どうでも良かった。現在の自分は真選組結成の前の存在。

「大層な理由だなぁ、オイ」

ならば今置かれたこの状況を、自分の立ち位置を護る為に戦う。
何より愛しい過去の銀時を護る為にも。


「うぉぉおおおお!!」

仕留めた天人の首から刀を引き抜くと欠損した血管から吹き出た血を顔に浴びる。だがそれに驚いている暇はない。背後を狙った別の天人が斧のような武器を振り下ろしてくるのを寸での所で避けると、血がついたままの太刀で土方の何倍も大きな体に斬りつける。しかし休む暇も与えず、更に天人は襲いかかってくる。

「はぁっ、はぁっ、上等だこらァ!」

血と汗で滑り落ちそうになる刀を握りなおし果敢に土方は立ち向かった。

天人の軍隊は予測されたものよりも規模は小さかった。恐らく疲弊している地球人達を奇襲して全滅させるのにそこまで人員を裂く必要はないと相手は悟ったのだろう。甘くみられたものだがならばそれを逆手にとるしかなかった。体力があまり残っていない今、戦いを長引かせるのは得策とは言えない、と桂はふんだのだ。

「くそ…!」

土方は思考を殺して目の前の敵を倒す事だけを考えた。心臓の早鐘が間近で聞こえるのがとても恐ろしかった。
遠くの方で刀が交わる音や男達の雄叫びが聞こえて自分が本当にここで戦ってるのかさえ分からなくなった。
短時間で、こんなに多くの生きている体を斬ったのは初めてであった。
返り血を何度も浴びる内に感覚が麻痺してくる錯覚に陥る。可笑しくなりそうだった。
攘夷志士達は何日も何日も、こんな事を繰り返しているのか。

そんな黒い黒い戦場の中で、銀時の白い装束だけが何か異質な、違うものに思えた。
その姿は戦っているというよりは、羽織りを翻す姿はまるで舞っているかのようにも見える。彼の戦い方に魅了されている間に敵は倒されているのかも知れない、と土方は思った。
しかしそれは味方も同様のようだ。近くで戦っていた志士が「やっぱり白夜叉だ」と羨望と少しの畏怖も込めて呟いたのが聞こえたからだ。

「ぐあっ」

何処からか叫び声が聞こえ、土方はそちらへ目を向ける。すると一人の男が肩をやられたのか、押さえながら地面に倒れこんだ瞬間だった。先程、『死ぬな』と土方の背中を叩いてくれた男であった。
そんな彼を嬲るかのように天人は、今度は男から刀を奪い取り足に突き刺す。男はぎゃっと短い悲鳴を上げた。

「こ、のぉ!」

斬りかかって来る天人を土方は斬り返すと、倒れている男の方へと駆け寄る。そして止めをさそうとしている天人を背後から刀で突いた。肉に刀がのめり込む感覚に一瞬だけ土方は眩暈がした。

(銀時…お前、ずっとこんな事繰り返してたのか…?)

next