呼ばれて振り向いた、白銀の瞳と視線がぶつかる。やはりそうだ。銀時だ。
このわけのわからない攘夷戦争時代の夢に飛ばされたのは自分だけではなかった。安堵の溜め息をつきながら土方は相手の元へと歩み寄る。
「ったく、お前も飛ばされてたのかよ」
しかし、そこまで悪態をつきかけて自分で驚いてしまった。やはりこれは夢ではないというのを自覚する事になる。
(夢じゃなかったら、何だってんだ?若い桂に会って助けて貰っちまって…やっぱり過去に来ちまったって?)
そうして銀時に出会えた事への安心と、思考に頭を動かす事が土方に隙を作らせた。
途端、先程まで水浴びをしていた筈の銀時が姿を消したのだ。
「は?」
しかし銀時が脱いだと思われる胸当てやらは置きっ放しだ。確実に彼は先程までここに…そう考えた所で突如首ねっこを掴まれたと思えばそのまま砂利の上に突き倒される。強く背中を打って呻いた土方に何者かが馬乗りになり、次の瞬間には首に太刀の刃が当てられた。
状況が理解出来ず、土方が口をパクパクしていると先に相手が言葉を発した。
「俺の名前呼ぶとか、何なのお前?」
「何って、え、お前が何言ってんだ?」
トーンの低い声が土方の正体を見極めるかのように訊いてくる。その問いの意味が分からず、思わず聞き返してしまう。すると水に濡れた銀色の睫毛が怪訝そうに伏せられた。
「てめー、人の質問に質問で返してんじゃねぇぞ、コノヤロー」
「は?冗談もいい加減に…って、お前、銀時じゃねぇ、とか?」
「…だからなんでお前が、俺の名前知ってるって言ってんだよ」
「っ!?」
土方の首にあてていた刃を、脅すように今度は顔の横に突き刺す。
己の顔の真横に立てられた刀身を見ながら土方は必死に考えた。
声も同じだ。顔も同じだ。相手の言い分からして彼が『銀時』だという事も合っている。
だが、違う所がある。顔の作りは同じでも土方が知る銀時より若い。それに髪も長い。
そしてこの銀時は土方を知らない。相手が冗談ではなく、本気で正体を訊いてきているのは嫌でも分かる。
(じゃあ、じゃあやっぱり)
若い、というのは桂にも感じた事。実際に土方自身の体も武州に居た頃のものだ。
そしてこの銀時も桂も土方を知らない。
つまり、これはやはり過去の世界だという事しか考えられない。
「さっ、さっき、桂さんが、この川にいるのが銀時っていう名前の男だって、言っていて」
ここで可笑しな事を言えば銀時に殺される。
それは常に攘夷浪士との戦いに身を置く土方の直感であった。桂をさん付けするのは真選組として癪ではあるが、銀時の警戒心をまず解くにはそれが一番有効だと考えたのだ。
「へぇ、でもお前、俺達の隊の奴じゃないよなぁ?知らねぇもん。なんでここにいんの?」
「桂さんが連れて来てくれたんだ。俺、気付いたら全然知らねぇ所で倒れてて」
「ふーん。で?」
「それで…アンタらの仲間が天人に拉致られそうなってるのを助けて」
あながち自分が話している事は嘘ではない。本当に気付けば倒れていて、目覚めた所に天人達が通りかかり、連中に連れ去られていた男を救出し、桂に勧誘されてここへ来たのだ。正直土方も自分の立ち位置が分からずまだ混乱している状態だ。
「へーお前、面白い事言うね。それで?俺が信じるとでも思ってんの?」
「うっ」
突如銀時の左手が土方に伸び、そのまま顔を掴まれる。何事かと思っている間に、彼の右手は砂利に突き刺していた太刀を抜くと切っ先を土方へと向ける。土方は目を見開いた。まさか彼は、自分を殺すつもりなのか。
「お前運が悪かったなぁ。
俺の名前を呼んで良いのは…いてぇ!!」
「銀時、貴様!志を同じくする新たな同志に対して何をしているか!!」
間一髪であった。
土方の顔面に刀が振り下ろされる瞬間に、どうやらいつの間にやって来た桂の拳が銀時の後頭部にめり込んだようだ。
「よく考えれば、銀時が警戒しないワケがないと思ってな。すぐに様子を見に来て正解だった」
「いってぇんだよヅラ!テメッ俺の脳みそ的なモノが出てきたらどうしてくれんだ!」
「ヅラじゃない、桂だ。安心しろ、貴様の頭蓋骨はそんなやわなものではない」
「お前に俺の頭蓋骨の何が分かるんだよ!俺の頭蓋骨はなぁ、すんげぇデリケートなんだよ」
先程までの銀時は何処へいった、というくらい土方がよく目にする調子で銀時は桂と口論を始める。それを呆然と眺めながら、土方は重要な事に気付く。
もしこれが本当に過去の坂田銀時や桂小太郎だとする。そう考えるなら、こうして二人が普通に話しているとなると、それはつまり。
(銀時も、攘夷戦争に参加していた…攘夷志士、だった…?)
「大体なぁ、いくら仲間を助けてくれたとは言え、間者の類だったらどうする…ってオイ、ちょっと待て」
そこまで言いかけて、ふと銀時が何かに気付いたのか土方の方を見るから思わずビクッと肩を震わせてしまった。
「お前、さっき…天人に連れ去られそうになった奴を助けたって言ってたか?」
「あ、ああ」
「…やべーな。ヅラ、ソイツは何処に居る?」
「ヅラじゃない桂だ。神経麻痺の薬を打たれたようだから、向こうで医療班に見て貰っているが」
「ちっ、戻るぞ。お前の件は後回しだ」
銀時は舌打ちをして土方を一瞥すると、急いで籠手を付け始める。彼の言葉の意味が桂も分からなかったようだ。
「銀時、どういう事だ」
「俺らに仲間を奪還された時の事も考えて、ソイツに発信器でも付けてる可能性があるって事だよ。辰馬が言うには、天人さん達の技術は俺らより何倍も進んでるみてぇだからよ」
その場に戦慄が走る。恐らく、天人達に現在の野営地の情報が洩れている可能性があると言う事なのだろう。
土方が先程見た限りでは、志士達は戦を終えて休んでいる最中だ。今奇襲をかけられては確実に全滅する。
全滅まではいかなくとも相当な痛手を負う事になるだろう。
拳を強く握りながら銀時が何か口を動かしたように土方は見え。
『これ以上、失ってたまるかよ』と呟いたように思えた。
「ちっ、思った通りか」
野営地に戻り、連れ去られかけた男の服を調べてみると見慣れぬ小さなカラクリが付着しており、絶えず光を放っていた。それを引き剥がして銀時は踏み潰す。しかし今破壊してももう相手には場所を捕捉されているだろうと土方は思った。
「相手も上手だな。そう簡単には撤退させてくれぬか」
「どうしますか?応援を呼ぶにも今からでは間に合わない可能性が」
「だからと言って皆疲弊している。負傷者も多い。もし万が一また戦闘になっても、戦える者は…」
「伝令!撤退したと思われた敵の軍隊が再びこちらに接近中です…!」
話し合っている最中、最も聞きたくなかった報告が入る。刹那、沈黙が走ったがやり取りを聞いていた銀時が口を開いた。
「俺が出る。動かせそうな奴、適当に選んでつかせてくれや」
「坂田さんが!?でも貴方だってこの連戦に駆り出されて相当疲れてる筈じゃ」
「疲れてねーよ。銀さん最強だから」
手をヒラヒラと振って銀時は戦闘の準備を始める。しかし最初の一人が止めただけで後の者は静止しようとはしなかった。そこで土方は悟る。銀時はこの戦いの要なのだと。なんとなくそう思った。
「…俺も出る」
そして次の瞬間には、そう口走っていた。
next