「ああ、確かに俺は桂だが…」
「おっ俺は良いから先にアイツを介抱してやれ」

天敵である筈の自分に対して手を伸ばしてくる意味が土方には分からなかった。
とにかく彼らを捕らえる真選組として、攘夷浪士の手を借りるわけにはいかないから桂の注意を天人にさらわれかけていた男に向かせる。

「天人達に神経を麻痺させる薬を打ったらしいんだ」
「麻痺…?大丈夫か?」

乱された着流しを直しながら土方は上体を起こす。それを見た桂は土方が身体を動かせる状態であるのを確認し、言われた男の方へと駆け寄る。そして手首の脈や眼球、咥内を確認した桂は『これなら戻って暫く休めば平気だ』と呟く。そして男を背負いながら土方の方をもう一度見た。

「貴様は何者だ?その装備からして攘夷戦争に参加している者ではないだろう?」

何者?
それは愚問だろうと土方は思う。先程までは気付いていないだけだと思っていたが、どうやらそうではないようだ。
確かにこの夢の中での土方は髪は長く、あの天人に攻撃を弾かれてしまうくらい筋力がまだ出来上がっていない過去の姿なのだと予測できる。しかしあの頃と真選組である今の自分はそこまで顔は変化していない筈。
それなのに何故桂は、何者なのかと訊いてくる?真選組の土方十四郎だと分からない?
夢の中だから?それとも。
(違う。俺だけじゃない。桂の見た目も若いんだ)

「だが身のこなしは十分とは言えないが見事だった。鍛錬していなければ成し得ない動きだ。この近くの村の青年か?」
「・・・ああ」

とりあえず相手が自分を戦う相手だと分かっていないのならば無駄な争いは避けたい。ゆえに土方は一番妥当であろう返答をする。すると警戒心が溶けたのか桂の表情が少し柔らかくなる。

「おお、そうか。俺とそんなに年は変わらないだろうがその若さにそぐわない上等な刀の扱い方と天人に一人で向かっていく勇気は評価に値する。どうだ、君も攘夷志士にならないか?俺達と一緒に天人をこの国から追い出そう。そうだ、そうしよう。攘夷志士になっちゃいなよも〜」
「(なんで途中から勧誘になってるんだ)」
「あっ桂さーん!」

すると今度は桂の仲間らしき男が二人やって来る。
思わず身構えたがこちらに敵意を微塵も見せない。彼らも真選組の副長だと気付いていないのだろうか。
それとも、その存在自体を分かっていない?

「もう先に行かないで下さいよ!桂さんまでやられたらどうするつもりですか!」
「仲間がさらわれたとなれば駆けつけて救出するしかあるまい。何より天人二人如きに俺は負けん」
「で、コイツは誰ですか?」

じろり、と見られてばれたかと土方は心の中で舌打ちをする。しかし桂はとんでもない事を口にした。

「天人に身を差し出してでも俺の仲間を助けてくれた近くの村の青年だ。まだ名は聞いていないが、さっき攘夷志士になったばかりだから仲良くしてやるんだぞ」
「いやいや、なってねぇから!なんで俺が!?」
「照れなくても良いんだぞ。さあ、歓迎会と勇気を褒め称える特別賞を彼に与える為に皆の所へ戻ろう」
「なぁんだ、そういう事でしたか。助けてくれてありがとうございます」
「・・・」

桂の強引さと後からやって来た仲間の一人に背中を押され、やむを得ずついていくしかないと土方は悟る。その後ろでもう一人の男は桂が気絶させた天人二人に刀を突き刺し、止めをさしていた。
連れ帰って人質にするだとか、むしろ見逃すという思考回路はなく、問答無用で殺す事に、天人に対する攘夷浪士達の憎しみを垣間見たような気がした。

「そこを少し行くと川がある。天人に触れられて気持ちが悪いだろう?体を洗ってくると良い。俺は彼の手当てをしなければいけないから、歓迎会はその後にしよう」

桂に案内された所は野営地であった。恐らく攘夷浪士と思われる男達が何十人もそこには居た。ここで捕縛したらどれだけの数になるんだと土方は考えたが、先程から疑問が浮かんでは消える。
これは過去なのではないのではないか?と。
どう考えても、ここに居るのはテロリストというよりは、過酷な戦を戦い抜いた者達にしか見えない。

今が過去…具体的に言うならば攘夷戦争時代、だとするならば何故近藤達の傍に居るかは分からないが、自分が過去の体である事に納得がいく。そして桂も若く、その仲間も土方が真選組の副長だという事に気付かない事にも。
そもそも彼らの中に真選組など存在していないのだから、気付く筈がないのだ。
(だからって、この夢…リアリティがありすぎじゃねぇか?)

川があるという方向へ土方は考えながらとぼとぼと歩く。
痛みも不快感も感じる。こんな夢をかつて見た事がなかった。いつも悪夢を見た時は大抵嫌なシーンになれば目が覚める。しかしそれがない。目が覚めるどころか次の夢にもうつらない。

(夢じゃねぇなら何だってか?俺、過去に飛んで来ちまったってか?)

そんな馬鹿なと土方は苦笑する。さすがにその考えはいき過ぎだ。

(銀時…俺、どうすりゃお前の隣に戻れるんだ…)

ちゃぷん。
川の流れるせせらぎと混じって聞こえた音。誰か先客が居たかと思いかけた所で、手ぬぐいを渡されながら桂の仲間に言われた言葉を思い出す。

『多分、白髪の気難しい人が居ると思いますけど、あまり気にしないで下さいね』

「え…」

白髪の気難しい奴、というから土方は漠然と年寄りを思い描いていた。しかし先に川にいた男の体は引き締まって若い。そして白髪と言われたそれは、見事な銀髪である。加えてふわふわの天然パーマ。土方が愛しいその姿を見間違える筈がなかった。

「銀時…!?」

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