「くそ…!」
分かってはいた事だが武器になりそうなものなどある筈がなかった。土方は一人ごちると襲ってくる天人の一人が腰に太刀を携えているのに目をつけた。相手は戦に不慣れなのか人数や体格差を使った攻撃をしてこない。
土方目掛けて二又の矛を力任せに振り下ろしてくるのを見計らい、小回りが利くのを生かして懐に入り込み、天人の太刀を上手く奪い取ってみせる。
「なに!?」
あまりの土方のフットワークの軽さに天人達は驚きを隠せないようだ。そんな二人に鞘を抜いた刀を向けながら、天人に拉致られてきたであろう男に声をかけながら揺さぶる。
「おい、アンタ起きろ!生きてるのか!?」
「う、うぅ…」
そこで土方は初めて男が猿轡をさせられてまともに喋れない事に気付いた。恐らく自害防止の為だ。しかし大きな外傷もなく手足も縛られているわけではない。気絶させられてきっとここまで連れてこられたのだろう。
(何の為にこんな事を…?天人達は拷問をコイツの代わりに俺にすると言っていた。天人が直接人間に拷問だなんて聞いた事がない…)
「身軽だからって、ソイツ護りながら俺らを倒せるとでも思ってんのかい?お兄さん」
「さぁ、どうだかなァ。まぁ俺はコイツを逃がしてからてめぇらを倒す事も出来るけどよ?」
しかし思考に意識を巡らせる暇は与えてくれないようだ。初めは土方の素早さに驚いていた天人達もやがて冷静を取り戻したのかジリジリと近寄ってくる。大人数を相手に戦うのは武州時代から慣れてきた状況だ。勿論勝利を確信して不敵な笑みを浮かべながら土方が答えると、天人も同じように笑みを見せてくる。
「ざぁんねん。ソイツは神経を麻痺させる薬を打ったばっかりだ。暫くは指を動かす事すらままならねぇぜ!」
「はっ、卑怯なこった…!」
逃がせないのなら、攻めるしかない。そう判断した土方は刀を構えると天人達に突進する。そして天人達の鎧の隙間を狙った。まずは一人の腕を潰して、すぐにもう一人の足に刀を突き刺す。夢の中であるというのに、戦い方を考えているのは可笑しいと思いつつも土方はすぐに行動に移していた。
「ぎゃあっ」
狙い通りに一人目の攻撃をかわし、その無防備になった腕に切っ先を突き入れる。刺し方が甘いような気がしたがもう一人いるからにはそんな事を考えている場合ではなかった。そのままもう一人の方に太刀を振り下ろそうとすると、相手が矛の柄で防ごうとするのが視界に入る。なんとか力で押し込めばいける、と土方はふみ、力を込めた。
だが、ギインッという音に土方は面食らう。
「え…!?」
なんと太刀をあろうことか弾き返されてしまったのだ。その衝撃に手首が耐え切れず、思わず手から柄が零れ落ちる。
「なんで…うっ!」
弾き返される筈がない。そうならない為にも、土方は常に稽古を怠らなかった。筋肉が普段よりも確実にない。
そう、武州時代での本格的に刀の鍛錬を行う以前の駆け出しの、喧嘩しか能がなかった非力なあの頃のような…。
そんな事を考えている間に足を払われ、土方は地に倒れる。咄嗟に落としてしまった刀に手を伸ばすも乱暴にその手を踏まれた。
「うあっ」
「やってくれるじゃねぇか。あぁ?」
そして髪を引っ張られ、無理矢理顔を上げさせられる。
「俺達にこんな真似するたぁ、覚悟は出来て…ぐあ!」
「オイ、アンタ逃げろ!少しぐらいなら足動かせるだろ!?」
「こいつ…!」
顔を寄せてきた天人の鼻に土方は思い切り裏拳をくらわせ、動く事すらままならない男に向かって叫ぶ。しかしすぐに後頭部を掴まれ、再び地面にうつ伏せに押さえつけられた。
「あーもうコイツムカつくわ!今ここで服ひん剥いて犯してやろうぜ」
「ッ!!」
両手首は押さえられ、着流しを乱暴に脱がされ、土方の背中が露わになれば肩甲骨が姿を見せる。
そこに天人の蹄のような指先が這わされ思わず嫌悪感にゾクリと震えた。しかしその様子が天人達には感じたように見えたようだ。
「はは、お兄さんのケツの穴おっ広げてるの、そこのお仲間に見せてやるよ」
「やっやめろ…!うぁ…!」
今度は着流しの裾がめくられ、下着の上から臀部を撫でられた。気持ち悪さに全身を支配され、土方は首を左右に振る。
何故こんな夢を見なければいけないのだろう。先程まで確かに銀時と愛し合い、眠りについた筈なのに。
(…夢?本当に?)
もしこれが夢でないとしたら?
「青年、そのまま伏せていろ」
凛とした、声が聞こえた。直後土方を抑えていた力がなくなり体が軽くなる。更にその後、ドサドサと何かが地に落ちる音。天人達の倒れる音だと分かるのに時間は要らなかった。
「もう少し早く助けに入りたかったんだがな。何せ相手は天人二人だ。確実に仕留められる瞬間を窺っていたのさ」
そしてその声に土方は聞き覚えがあった。
たった数回聞いただけの声。しかしいつも真選組を嘲笑うかのように追っ手から逃げてみせる狂乱の貴公子。
「桂、小太郎…?」
長い黒髪を束ねたその声の主は、土方に手を伸ばす。
まさに予想したとおり、桂小太郎であった。