「…う」

土方は気だるさを感じて目を覚ました。足がだるく、瞼も重い。
まず初めに感じたのは土のにおい。その後に草のにおい。
おおよそ嗅ぐ筈の無いにおいに土方は一瞬だけ困惑の感情を覚えた。
何故なら、先程愛しい恋人とベッドの中で眠りについたばかりの筈なのだ。
だからこんな土や草のようなにおいがするワケがない。

「銀時…なんか土くさい…」

隣で寝ている男を起こそうと、擦れた声を出しながら手を伸ばす。
しかし受け止められない掌はそのまま空を切って落ちる。
そして土方はそこで、漸く覚醒した。
彼の体に触れられなかったにしろ、手が落ちる場所はシーツの上。
だが今の感覚は確実に違う。そう。におったとおりの、土…地面の、感触。

「銀時…?」

上半身を起こして見渡す。が、そこには銀時が居ないだけでなく、二人で入ったホテルの部屋も広がって居なかった。
木が生え、草が生え、空は鈍い灰色。土方は愕然とする以前に意味が分からず口をパクパクと動かした。

「は?え?何…?」

ベッドが無い。ホテルではない。完璧に屋外だ。銀時もいない
何故自分はここにいる?何故、銀時が隣にいない?
ふと、辺りを見渡して顔を動かすのと同時に後頭部にパサパサとしたものを感じる。
なにかついているのだろうかと思い手をやると髪の毛の触り心地。

「俺…?髪、長い?」

江戸で真選組に所属し、隊服を与えられた時に切った筈の己の黒髪。
それがつむじの辺りで結われているのだから尚更理解が出来ない。
視線を下げてみると裸の筈の体は武州に居た頃、よく羽織っていた藍色の着流しを纏っていた。
更に、呪いで土方の体から離れない筈の妖刀も手元に無い。煙草もない。
先程の行為の最中に銀時に噛まれた歯の痕も腕についていない。

「ああ、昔の俺の夢か?」

とりあえず土方はそう一人呟いた。こんなに記憶や意識がはっきりしている夢を今まで見た事がなかったが、それ以外何なのだと問われたら土方は答えられない。
それでも違和感はぬぐえない。もしこえが昔の自分になっている夢だとしたら、この風景は見慣れないものだ。
武州でないならここは何処なのだろう。

「あーめんどくせぇ夢。早く覚めねぇかな」

独り言で愚痴りながら立ち上がって土を払う。
どうせ昔の夢を見るのだったら、昔の銀時も出てくれば良いのにと思う。過去を語らない恋人の若い頃の姿など勿論見た事がなかった。
が、所詮は土方の夢の中。自分の想像上の彼でしかないか、と密かに溜め息をつく。
とにかく目が覚めるか次の夢にうつるまでブラブラしようと考え、歩みを進めようとした時だった。

がさり。
草むらの向こう側から音がする。思わず土方は警戒して体を強張らせた。何故だか分からないが本能が逃げろと告げているように感じる。
直後、姿を現したのは豚の姿をした天人二人。一人は人間の男を脇下に抱えており、両方とも武器を持っている。

「あ?人間?」

向こうも土方を見つけたようで、そう口にしたのが耳に入った。

「なんでこんな所にいるんだ?あいつ等、さっき退避したばっかりじゃねぇのか?」
「さぁ。大方、コイツを取り戻そうとして俺達の先回りしたんじゃねぇの?」
「馬鹿だなー。単身乗り込んでくるかよ、普通」

天人達はそんな会話をし始める。だがそれは土方を更に混乱させた。
(あいつ等?退避?取り戻す?どういう事だ?
まぁ良い。どうせ夢の中だし、考えるだけ無駄…)

「なぁ、コイツはここに捨てて、アイツ捕まえて連れていかねぇ?
 拷問した後に『色々』遊べそうじゃねぇ?」
「ああ…確かに『色々』楽しませてくれそうだねぇ」

だが、嘗め回すような天人達の視線に土方は戦慄を覚える。
明らかにこの感覚は夢ではなく現実のモノ。否、自分はかなり現実味を帯びた夢を見ているだけかも知れない。

「服全部脱がせてー躍らせてーで、奉仕させてやろうぜ」
「いや、その前に俺は自慰させてぇな。悔しがる表情しながら弄る姿とか最高だってよ」
「へーえ。ソイツは楽しみだ」

脇に抱えていた男がドサリと地に落とされる。そして下卑た笑みを浮かべながら天人達がこちらを向いて近づいてくるのを見て、彼らがしていた会話の内容は自分に向けられていたものだと土方は気付いた。
(冗談じゃねぇぞ…!)
相手は武器を持ち、鎧すらつけている。対格差でも武装でもこのままでは確実に負ける。
逃げる手もあるが夢の中とはいえど、それは土方のプライドが許さなかった。
何か応戦出来るものはないかと、チラリと土方が視線を外す。その隙をついて天人達は飛び掛ってきた。

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