「乗馬なんて…組を結成する時の訓練で一度きり、なんだよなぁ…」
戦場は慣れているのか、やけに落ち着いている馬を撫でながら土方は一人呟いた。
天人を迎合するこの段階では、攘夷志士達は車やバイクなどの移動手段は持ち合わせていない。
素早く移動出来、すぐに調達出来ると言えば馬ぐらいしか居ないのだ。
突破口を切り開く為に自らが言い出した作戦とは言え、こうも不慣れな状況で出張るべきではなかったか、と半ば後悔しかけた頃。
「怖じけたかよ、新入り」
馬に触れて溜め息をつく所を見られたのだろう。皮肉を込めた口調で声をかけてきたのは銀時だ。
彼が連れている馬は銀時の白装束と同じく奇妙な程真白で、優雅という言葉を思い浮かべさせられるが、しなやかさが窺える四本の脚は決して脆弱ではない事を思わせる。
新入り、という言葉に土方は少し胸が痛んだ。桂を含めた他の志士達は、警戒心が無くなってきたのか『トシ』と呼んでくれるが銀時と高杉はそうしてくれる気配が無い。(銀時に至っては、必要が無い限り呼ぶ事もなさそうなくらいだ)
恐らく、まだ不審がっている表れであるのだろうが、何としてでも、僅かでも良い。銀時の信頼を土方は欲しかった。
土方を全く知らない過去の人物であるのだから仕方のない事とは言え、それでも愛しい恋人の声と顔で名を呼んで貰えないのは少々抵抗がある。
この作戦に自分が名乗り出たのは、突破口を見つけたのもあるが私情を挟んだかと問われれば、イエスと答えざるをえない。作戦を成功させれば銀時の自分に対する不信を、少しでも減らせるのではないかと考えたのだ。
「怖じけてなんか、ねーよ。戦いの前に深呼吸してただけだ」
「ふーん。ま、俺的には無理に出なくても良いと思ったんだけどさ」
彼の何気ない言葉に一々傷ついている自分がいる事に気付く。
お前はまだ信じてない、背中を預けられないから出るな。
新入りが戦場に出ても邪魔なだけ。
銀時が言いたいのはどちらだろう、と考えつつも土方は口を開く。
「なぁ、頼みがあんだけど」
「なんだよ」
「もし・・・」
「坂田さん!トシさん、時間です!」
と、言いかけた所で仲間が作戦開始の合図を告げに来る。まるで計ったかのようなタイミングに思わず今度こそ本当に土方は溜め息をつくと、ひらりと馬に乗り、『了解』と言葉にする。
同じく馬に乗った銀時が土方の後方につく。
「再度確認にはなりますが、坂田さん達を待てるのは申の下刻までです。それを過ぎれば、我々はもたないモノとお考え下さい…!」
「わーってるって。銀さん居るから大丈夫よ。安心しなって」
背後のやり取りを聞きながら土方は、そうやって銀時はいつも周りを安心させてその反面、無茶をやってきたのだろうと考える。今と同じだ。理解が難しい彼の過去は、それでも未来に通じるものがあるのだと感じる。
ならば尚更傍にいて守らねばと思う。
「なぁ、さっき言いかけた事、なんだよ」
戦場は、先日と違って美しい夕焼けに見守られて照らし出されていた。少しでも血の色を隠そうという慰みなのだろうか。
「あ、ああ。・・・もしこの作戦が成功したらさ。」
ぶっつけ本番の作戦に緊張は隠せないが、それでも銀時が近くにいてくれる事は大きな自信になる。
彼の周りには憎まれ口を叩きつつも様々な人が集まるのは、多分そういう温かさに惹かれてなのだろう。
「俺の事、新入りじゃなくてちゃんとトシ、って呼んでくれねぇか」
他でもない自分が、何度もその優しさに救われ、惹かれたのだから。
銀時は優しさじゃない。テメーのルール守っただけだと、言うのかも知れないのだけれど。
「ハッ、そりゃあこれからのテメーの働き次第だな」
「上等だコラ」
天人の新兵器に、攘夷軍が劣勢だという情報が入ってきたのは数日後の事であった。
数在る小競り合いをこなしてきた銀時達が居る軍に援軍の要請が入り、その編成の為に土方も大広間に呼ばれる。
どうやら話によると見たことのない小型の重火器に苦戦を強いられているのだという。
「ま、白夜叉さんが呼ばれるのは当然だろうな」
群衆のどこからか湧いた声を土方は聞こえないふりをした。
出来れば銀時には参加して欲しくない気持ちが勝っていたからだ。
しかしそんな願いも空しく、彼が参加する事は決定事項であった。なにより銀時が望んでいたのもある。
未知なる兵器に対抗出来る戦力に越した事はないが、何分情報が少なく、解決策も見当たらない。故に上層部は全ての戦力を出した所で全滅をされる事を恐れた。
そこで土方は思い出すのである。その天人の新兵器というのは、真選組にも支給されているバズーカに酷似しているという事を。確かに寄せられている情報と比べると大きさや火力も違うものの、防衛と戦争で使うものとでは威力が違うのは当然であるし、土方達の手に渡るまで改良が重ねられたに違いない。
しかし何年も後の時代でも変わらないのは、次の砲を撃つまでチャージの時間が必要である事。
数秒ではあるがその間は全くの無防備である。そこに奇襲をかけられればバズーカによる脅威を減らせる可能性はあるのだ。
しかしそれは可能性の話だ。もしかするとまったく別物の武器かも知れない。タイムラグなど生じないかも知れない。何分、その新兵器を間近で見た者は、皆消されてしまい、誰も居ないのだ。
それでも土方は名乗り出た。その武器へ奇襲をかけ、破壊を出来るかも知れないと。(偶然、その武器を村に居た時に見た事があると多少の嘘はついてしまったが)
上層部は、その土方の作戦を良しとした。銀時をつける事を条件として。恐らく、例えば名乗り出た新入りが死んだと
しても銀時がなんとか解決してくれると思っているのだろう。
無論土方自身は死んでやるつもりは更々ないのだが。
「おい、あれじゃねぇのか」
土方と銀時に与えられた時間は四十分。しかし戦場を突っ切らず、敵に見つからないように相当な回り道をして目標地点へと向かう為、実質十分の間に作戦を終わらせなければならない。天人の新兵器を潰せなければ攘夷軍はもたないと予想されているからだ。
二人の双肩に軍の全てがかかっている所で、銀時が目標を見つける。あまり馬に乗る機会のない土方は乗る事に必死で辺りを見渡す余裕がなかったが、彼に言われて視線を上げれば、小高い丘の上にソレは居る事を確認した。
やっぱり、と口の中で呟いた。自分達が使っているものより僅かにだがサイズが大きく、それにはコードが何本が繋がれており簡単には持ち運びが出来ない事を予想させる。
「6、7…7秒か。お前の言ってた通り、種溜めンのに時間が必要らしいぜ」
「種って、てめぇどんだけ下ネタ!?」
ふざけた事を言えるとは銀時の心に余裕があるという事なのだろう。それに安心しながらも、バズーカをまさか一人で撃たせているわけではないだろうと考える。目標の場所に到達する前に何人かの天人と戦闘になる筈だ。
「オイ、お前そのまま馬で駆け抜けて、あの無限にイっちまう野郎叩いて来い」
「え!?でも、護衛の天人がその辺に沢山…」
「だーかーら。ソイツ等は全部、銀さんが相手するって言ってんの」
馬の脚は早い。話している間にも目標への距離は縮まっていく。
「相手ったって、そんな何人も…!」
「バーカ。おめぇ馬に乗ってんのが精一杯なんだろ?だったらとっとと、本丸潰そうや」
土方が馬に不慣れな事はとっくに見透かされていたらしい。だから彼は、行けと言ってくれるのだ。
「…分かった」
失敗したらどうすれば良い?
そんな言葉が頭に一瞬、浮かんだ。だがそんな事を口に出す前に、やるしかないのだ。
銀時の仲間の命はこの作戦に掛かっているのだから。
いつでも攻撃出来るように、スラリと土方は震える手で太刀を抜く。
それを見抜いたのか銀時が最後に声をかけた。
「気張るなよ。後ろには俺がいっから」
それは今の土方にとってはどんな希望よりも、尊い言葉であった。