「…行くぞ」
緊張がす、と自分の中から抜け落ちた感覚を覚える。励ます銀時に答えるように土方は呟くとそのままの速度で馬を駆り、油断をしている敵陣へとそのまま突っ込んだ。決して落とさぬように、刀の柄を強く握り締めながら。
「何だ!?」
「敵襲だ!一体何処から…!」
遠回りして接近していた土方と銀時の存在に天人は気付いていなかったようだ。
躊躇いない速さで駆け抜けたのをすぐに把握出来なかったらしく、しかし敵だと認識するや否や、バズーカの護衛と思われる天人達は一斉に馬に乗っている土方の背後から攻撃を仕掛けようとする。
「させるかってーの」
しかし、後に続いていた銀時がその天人を叩きのめす。後ろを振り向く事は出来ない故に確認は出来なかったが、土方に攻撃が届いていないという事は銀時が食い止めてくれているのだろう。
呼吸する音が耳元でこだまする。馬の走る音だとか、遠くからは合戦での男達の咆哮が響いている筈だ。
それが今の土方には聞こえなかった。己の息遣いと心臓の音だけが恐ろしいぐらい世界を支配している。
目の前にはバズーカを撃っている天人と、それを補助しているであろう天人の二人がいる。戦場に砲を放った瞬間、仲間達の異変に気付いた天人達がこちらを振り向く。突然現れた土方の存在に驚愕の表情を示す天人達。咄嗟に彼らが応戦の為に近くに置いてあった武器に手を伸ばすのが視界に入った。
(六、五、四…)
心の中でカウントダウンをしながら土方は両手で刀を握り直し、速度を緩めない馬から飛び降り、
「うおおおおお!!!」
そのまま無防備になっているバズーカの節目に刀を垂直に突き下ろす。
ガスッと何かが壊れた音を聞き、本体の火花が散った事を確認した土方はそのまま動力源と繋がっているコードを瞬時に切り裂いた。すると爆発音を立ててバズーカはその形を崩す。
「バズーカは仕留めた。後は…」
「てめぇ、なんて事しやがる!!」
トン、と地面に降り、バズーカを破壊した事を確認した土方に奇襲で混乱している豚のような容貌をした天人が斧で襲い掛かってくる。得物の重さにものを言わせた攻撃をなんとかかわし、そのままその体を刀で斬りつけた。
「うっ」
「ハハハッ、貰ったァ!!」
その返り血をもろに受けてしまい、血液が目に入ってしまう。その一瞬に土方が行動を止めた所にもう一人の天人が頭上から剣を振り下ろしてくるのだ。
「くそ!」
寸での所でなんとか刀で受け止めるも、硬いバズーカに攻撃をした直後の両手には中々力が入らない。
(このままでは負ける…でもどうしたら!)
押し返す事はおろか押されている状況に焦りを感じたのを相手は読み取ったのか、土方を攻めながら天人は言った。
「オイオイ、ちょっと刀振っただけで力が入らなくなるたァ、随分と地球人は弱っちいなぁオイ!」
「黙れ…ッ」
弱い、という言葉に土方は動揺を隠せない。天人を制止するも相手は口を開くのをやめない。
「諦めろよ、認めちまえよ!てめぇらは弱いってな!抵抗しようが何だろうが、どうせテメェらは負けるんだよ、この戦争は!」
「上等だコラ…黙れって言ってんだろうが…!」
「面倒くせぇよなぁ地球人は。どうせお前もアレだろ?守りたい奴のために〜とか守りたい国のために〜とかそんな理由で戦ってんだろ?弱いくせによぉ!!」
(ああ、そうだ。俺は…)
そう言われるのが嫌で、守れないのが嫌で、土方は強くなった筈だった。
人知れず何度も竹刀を振り、日が暮れるまで修行に明け暮れた。
強く在ろうと思った。心も体も。守りたいものを守れるように。もう誰も悲しませないように。
(なのに、どうしてこの掌はこんなにも弱いんだ)
「近いうちにこの国は終わるんだよ。俺らにてめぇらは蹂躙されて、支配されて、信念なんざ持てないようになる」
「…黙れ」
「守れねぇんだよ、お前らは何一つ!誇りも大切な人間も何もかも」
「黙れ…!」
土方の脳裏に、幸せになって欲しいと望んだミツバの顔が浮かぶ。
攘夷浪士達に殺された隊士達の顔が浮かぶ。
死ぬ間際にならなければ声が届かなかった伊東の顔が浮かぶ。
心が張り裂けそうだった。
彼らは最後の瞬間に何を思ったのだろう。何を考えたのだろう。
(俺の力が及ばなかったばかりの結果に彼らは、俺をどう思っただろう)
「黙らねぇよ、言ってやるよ!
お前らは弱いんだよ、誰一人守れねぇんだよ!!!」
「黙れぇええええ!!!」
刹那、相手の押してくる力が弱まった。そして直後にその体からは血が散り、倒れた。
「はーい、ご苦労さん」
「銀、時…」
土方に猛攻をふるった天人を倒したのは銀時であった。どうやら他の天人は叩きのめし終えたようで加勢に来てくれたようだ。力の篭らない両手で刀を握り締めながら、土方はハァハァと肩で息をしながら銀時を無言で見つめる。
バズーカも破壊し、それを操っていた天人も倒した今、奇襲作戦は成功したのだ。にも関わらずその実感が湧かない。
天人の言葉で生まれた、今にも心を潰しそうな気持ちだけが頭をグルグルと回っていた。
ゆえにどうしたら良いか分からず、無意識に銀時の反応を窺っていると、刀を握る手をそっと下ろされた。
「もうだいじょーぶ。成功したよ。後はこの戦いに勝つだけだ。ま、勝つと思いますけど」
銀時の言ったとおり、バズーカに攻撃を頼っていた天人の軍は撤退せざるを得なかったようでこの戦いは終わった。
幸いにも今回も死傷者は少なくその結果に貢献した奇襲作戦を思いつき、成功させた銀時と土方を周りは賞賛した。
しかし、土方の気持ちは沈んだままでいた。
この時代にいる間は銀時の傍にいて彼を守れればそれで良いと思っていたのだが、果たしてそれで良いのかと考える。彼の守りたいものを守る。今はそれが順調にいけているから良いもののこの先どうなるか分からない。
銀時の仲間が沢山死ぬかも知れない。…自分の力が弱いばかりに。
守りきれないかも知れないという不安を覚え始めた頃、「おい新入り」と銀時に呼び止められた。
「お前、この後暇?」
「え…?あ、ああ」
「そ。じゃあ後で屋根ン所来て。ちょっと話があるから」