どく、どく、どく
鼓膜に響く俺の命が脈打つ音。後は息切れする音に、草を掻き分けて走る音。
感じるのは頬に当たる夜の風と、繋いでるお前の掌の温かさ。

「はぁっ、はぁっ、なぁ銀時、本当に良いのかよ」

痛みが治まらないのか、トシは空いている方の頭を押さえながら訊いて来る。俺は振り返りもせずにただ頷いた。
だがトシは分からなかったのか質問を変えてくる。

「桂も高杉も…他の奴等も皆、お前の仲間だろ。何も言わずに居なくなって良いのかよ」
「…俺はもうお膳立てされた戦いはしたくしねぇんだ」

トシに理解されないままは嫌で、俺は今度はちゃんと言葉で答えた。
速度を緩やかに落とし、やがて俺は走っていた足を止める。トシもそれに続きながらやはり俺と同じように肩で息をしながらまたも訊いて来る。

「どういう事、だ?」
「俺があそこに居る限り、あいつ等は天人と戦う事をやめないよ。もう幕府は負けちまって侍が淘汰されるのも時間の問題」

そう。俺が戦場にいる限り何も終わらない。敵も味方も恐れる、武神・白夜叉という俺がいる限り。

「なぁトシ。異質な事がどれだけ哀しい事か分かる?知ってる?」

白夜叉は戦いの象徴だから。

「そんな普通と違った俺に居場所をくれたあいつ等をこれ以上、死なせたくない」

白夜叉は戦いの意味だから。

「…白夜叉だから、銀時は皆と離れて居なくなるのかよ」

白夜叉は、戦いの中での皆の希望だから。

「白夜叉だとか、そういう前にお前は坂田銀時っていう一人の人間だろ!?
 一人の人間が皆と一緒に幸せになりたいって思って何が悪いんだよ!」

トシが喉から声を振り絞るように怒鳴る。その身体は辛そうだった。ねぇトシ。お前が消えちゃうのはそろそろなのか?せめてもう一度だけ一緒におまんじゅう食べたかったのに。

「…トシ。確かに俺がこれから選ぶ未来は一人だよ。でも俺はこれでも幸せなんだ。
 ヅラや高杉や辰馬や皆…先生に、会えて。お前にも…」

あれ?お前?誰だっけ?この目の前で泣きそうになってる男の事。あー…あれ?
誰だっけ、コイツ。そうだ。トシだ。トシ。トシ。

とし

なんて愛しい響きなんだろう。

「銀時、だけど…」

トシが言葉を紡ごうと、髪を揺らしながら俺に一歩近づいてくる。そんな彼に触れたくて手を伸ばしたその時だった。
夜の闇に紛れて距離を縮めてくる殺気にようやく俺は気付く。トシも分かったようで身構えるのが視界に入った。

「ほらぁ。気付かれちゃったじゃんか」
「うるせぇな。意外にあいつ等地球人のくせに気付くのが早ぇんだよ」

様子を伺っていると天人がゾロゾロと出てくる。俺は思わずトシを庇うように前に立った。未来に時間を引っ張られている今のトシじゃまともに戦えない。

「お、やっぱり片方女じゃねぇのか」
「馬鹿かお前。髪が長けりゃ女ってわけじゃねぇぞ。二人とも野郎だ」
「はは、そりゃあ良い。この星の男共はプライド高いらしいからな。ズタズタにして頭から食ってやろうぜ」

天人達はゲラゲラと笑いながら勝手な会話を始める。逃げるとのこいつ等を始末するの、どちらが早いかを考える。
早くしないとトシが消えてしまう。俺の記憶からも…!
そんな事を考えていると、グイとトシに袖を引っ張られる。

「オイ、あいつ等ムカつくからぶっ倒してやろうぜ」

不機嫌そうに仏頂面したトシがそんな事を言って刀を抜く。俺は一瞬考えてしまったが、すぐにふきだして笑ってしまった。うん、トシらしい。

「じょーとー」

同じく刀を抜きながら俺は答える。
トシ。ねぇ、トシ。
先生が世界に奪われて、高杉も片目の光を失って、大切な仲間が沢山死んだ。
俺は沢山の大切なモノを失った。
もう何度も護るものなんざいらないと諦めかけたけど、生きたその先の未来にまだ俺にも残されているのなら。
お前に、会えるなら。

このまま生きてみるのも悪くないって思えるんだよ。

「ちゃっちゃと終わらせて、愛しあいましょ」
「…馬鹿かコラ」

ねぇトシ。お前の優しさに会ったあの時に、白夜叉は死にました。


『もう一度だけ』

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