「…祭り?」
へらりと言われて一瞬、何に誘われたのか分からず思わず小土方は首を傾げてしまった。
「今度土方君の所に来る日にさ、お祭りあるんだよ。で、神楽は『今年はよっちゃん達と行くアル〜』とか言うしさ、新八は『お通ちゃんのライブがありますんで』とか言うから一緒に誰も行ってくんないワケよ」
「いや、そうじゃなくて」
「俺はわたあめとか杏飴とか甘味取れるし、多串君の好きな金魚も取りに行けるし」
「いやいや金魚もどうでもいい!そうじゃなくて、なんで祭りに…」
「それに、土方君にも良い羽伸ばしになるでしょ?」
カードキーも俺が持ってるし、時間帯さえ守れば外出出来るし、と銀時は簡単に言う。
だが、果たしてそんな物事がスムーズに進むわけない、と反論しようとするのを遮られた。
「こんな所にずっと居たら可笑しくなっちゃうだろ。ゴリ達にチクらない代わりに銀さんに付き合いなさい」
いいね、とニッコリ念を押されてしまったら、嫌とは言えない。先程セックスしたとは思えないような振る舞いに、チクリと土方は心が痛んだ。
――…なんで俺、あんな事しちまったんだろう…。
そして翌日からやはり抱かれる前に薬を服用させられた。摂取し始めたより時より段々と体がだるくなるも、後半月という終了の期限へと近づいているのが土方を奮い立たせた。
銀時との約束の前日。今日は戌威星の友人を呼んだ、と言われて犯される。どんなに毎日抱かれても、星で違う天人の性器の形に慣れる事はなかった。特に戌威星の天人の射精は長い。今日はどうしても明日の為に精神を保っておきたくて、土方は薬を呑むフリをして枕の下に呑まずに忍ばせた。
故に、何分間も直腸に精液を出されるのは狂いそうな不快感を与えてくる。
「ほぉぉ、副長のお尻から俺の種が零れ落ちてるぞ」
卑猥な言葉を浴びせられても、土方は耐えた。明日の事を考えれば耐えることが出来たのはとても不思議な気持ちだった。
「ど?立てそう?土方君」
「なん、とか」
そして、約束の当日。
連日の行為のせいで足腰に相当な負担が来ていたが、歩くだけならなんとかなりそうだ。変装道具として銀時が持ってきた長髪のウイッグをつけながら、土方は銀時の髪を見やる。
「なんか…お前、黒髪が似合うんだが似合わないんだか分かんねェな」
「ひっど!銀髪は目立つと思ってムースで黒く染めて来たのによォ!」
文句を言う銀時の傍ら、土方は髪を結い上げ、銀時が持ってきた着流しを羽織り、祭りに来た人々に溶け込む準備は出来た。
後は知り合いに会わずにここへ戻ってくればいい。
「多串君!ほら、金魚!!」
「いや、すみません。だからいらないんですけど」
左手には杏飴、林檎飴、ワタアメ、チョコバナナを持った銀時は嬉々として土方にすくった金魚を差し出す。
マヨたっぷりのお好み焼きを食べながらうげ、という表情で答える土方に、んだよノリ悪ィなーと言いつつ銀時は金魚を押し付けた。
「つーか俺は多串君じゃねぇっつってるだろーが」
「あ、すごい、ベッコウ飴も売ってるよ」
「聞いてねぇだろ!むしろそれ以上飴を食う気か!?」
ボロボロの筈の土方のツッコミは健在なようで、僅かながらにだが銀時は安心した。
横目で黒髪の彼を伺えば、苛々しつつもなんだかんだで楽しそうだ。
去年の祭りは高杉が事件起こして、俺も土方も楽しんでる場合じゃなかったもんなー…と銀時が考えていると、パアッと空が明るくなる。
どうやら花火が上げられたようだ。
「花火…」
見上げて、土方が呟く。
その姿を見た銀時は、そういえば少し離れた境内に良い場所があったというのを思い出す。
「おい万事屋、何処行くんだよ」
「こっち、ついて来て」
祭りで賑う人々を掻き分け、人気が極端に減る場所へと土方を連れて行く。
屋台からは確かに離れてしまうが、とびきり花火が綺麗に見える場所だった。
「すげぇ…」
「でっしょー、銀さんが見つけた素敵な場所」
雲ひとつない空に、色とりどりの花火が打ち上げられていく。
誰もいない静かな境内の前の階段に座り、暫くの間二人は黙って暗闇に咲く花を楽しんだ。
「…万事屋。
今日は連れ出してくれて、ありがとな」
突然沈黙を破ってきた土方の方を、驚いて銀時は見つめ返す。
「へ?」
「今、ここにお前が居てくれて良かった」
そう言って滅多に見せない笑顔を向けてくる土方に、何故か銀時は切なさを覚えた。
俺が傍に居たって、一人で頑張ろうとするくせに―…。
「だから、俺は…――ッ」
「え?土方君?」
話しかけた所で胸元を押さえ、土方が苦しそうに髪を垂らして息を詰まらせる。
そのままつんのめって階段から転げ落ちそうな彼の体を急いで銀時は抱きとめた。
「悪…ィ…なんか、また体が…変だ…」
苦笑しながら呟くように訴える土方。その震える体を支える銀時は彼が目は虚ろで、そして熱い何かに侵されているのに気付く。
この症状を何処かで見た記憶があるが、何だったかが思い出せない。
「土方君、ホテルに戻ろう。おぶってやるから乗って」
「い、いい。平気だ」
「平気じゃねーだろ、意地張ってねーで…あーもう!」
フラフラしつつも拒む土方に焦れた銀時は彼を背負うと、なるべく人混みを避けて部屋へと急いだ。戻る道のり、首に土方の吐息がかかる度に早く休ませてやらねば、と気持ちが急く。
「はい、降ろすよ」
「ん…金、魚」
「はいはい、ここに置いとくから」
いらないと言っておいて金魚の心配をする土方。見える位置に、とベッドサイドのテーブルに銀時が金魚の入った袋を置き、枕を整えてやろうとした時だった。
枕の下から現れた、小さな袋に入った粉末状のモノに目を見開く。
『転生郷と呼ばれる麻薬だ』
そう言った桂の言葉を思い出す。
「…土方君、俺ちょっと出掛けてくるわ」
「よろづ、や?」
「安心して。すぐに戻ってくるから」
バレないように銀時は袋を懐に入れる。そして不安そうに声を上げる土方に笑いかけ、部屋を出てエントランスホールへと向かう。確かあそこには公衆電話があった筈だ。
『なにかあった時にだけ連絡をくれ』と渡された依頼主の名刺に書いてある番号へかける。
「…万事屋だけど。ちょっとお時間宜しい?」
『良いだろう。だが、そこでは…』
「安心しろよ。俺、今黒染めしてるから監視カメラとかに映ってても平気」
まるで銀時に不測の事態が起きるのを分かっていたかのように、電話の相手は余裕があるように感じた。
「単刀直入に訊くケド、おめーら、『コレ』使ってあの子をどーするつもり?」
『説明する前に問いたい。おぬしは彼を救いたいか、否か』
思わず受話器を握る銀時の力が強くなる。
はっきり言えば、銀時は土方をあまり好いていない。
会えばケンカをふっかけてくるし、張り合ってくるし、ニコチン野郎だしマヨラーだし…今までだったら、きっと彼がどうなろうと構わないだろう。
…それでも優しく、脆いゆえの強さを持っているのを知ってしまったから。
『今日は連れ出してくれて、ありがとな』
意地っ張りな彼のあの言葉と微笑みが、どれだけ切ないものだか分かってしまったから。
「…俺は、アイツを救いたい」