ふざけるな、山崎。あの人はおれのモンだ。
『総悟。お前…』
『はィ?なんですか土方さん』
『なんつーか…その、
サド行為ってのが上手になんなきゃ、家に帰れねーのか?』
『ええ、まァ』
『そっか。だからお前、一人暮らしだったのか…』
誰にも渡さない。本当は、近藤にさんにだって。
それなのに。
『なんでィ、なんか文句でもありやすか』
『文句なんか挙げたらキリねーけどよ…仕方ねーから協力してやるよ』
誰が、てめえ如きに土方さんを渡すもんか。
「助けただァ?いっつもあの人の視界の入る所でドジ踏んで、怒られるだけしか関われる能がないくせに?」
立ち上がりもせず、真っ向から挑戦を叩きつけるような体勢で総悟はたっぷり皮肉を込めて言ってやった。
今まで余裕そうだった山崎の表情は揺らぎ、そして間に挟まれつつも全く状況が読めない近藤はオロオロするばかりだ。
「弱いくせに思い上がるんじゃねーや。俺に勝てる自信も…」
「ええ、ないですよ。でも、別に沖田君に勝とうなんて思ってません。
俺は、あの人をアンタから守りたいだけです」
「・・・」
睨んだ意思を変えず総悟は山崎を見上げ、逆に意を決したような面持ちで山崎は総悟を見下ろす。
そんな中、やっと納得したように近藤はポンっと手を叩いた。
そうかそうか!もしかしてコイツら、同じ女の子を好きになっちゃってそれで揉めちゃってるのか、うん!
もぉ、お前ら!!
勿論、近藤は自分の幼馴染の土方の事を言っているとは予想もつく筈がない。
「こーらー!お前らぁあ!恋敵同士で睨み合って青春するのも結構!だけどね!」
ズズイと間に入り、一触即発状態の均衡を止めた。
「へ?近藤さん?」
「え、あの、いいんちょ…なに言ってんスか?」
「やっぱりここは決闘だろう!体育館の裏でさ!
大の男がネチネチ試合なんて良くない!
爽やかにサシの決闘が良いと思うんだよね、俺はさァ!!」
突然の介入に呆然とする2人を差し置き、勘違いで突っ走る近藤は力説しながら拳をグッと強く握る。
その瞬間、タイミングを見計らったかのように昼休みが終わるチャイムが鳴る。
教室中が授業の準備に慌しくなった。
「あの…委員長、そんな感じでとりあえず副長の事、伝えましたから」
突然語りだした近藤に少し調子をずらされつつも山崎はそう言って、睨む総悟を前に自分の席に戻ろうとする。
自分の熱意は伝わなかったと感づいた近藤も
”じゃぁね、恋するのもいいけど、お妙さんはだめよ…”
と渋々席に戻っていった。
気が治まらないような気持ちで、
並べていた土方の席と自分の席を総悟が直そうとして立ち上がった時だった。
「そういえば忘れてました」
戻った筈の山崎がそう言って総悟の前に立つ。
そして制服のズボンのポケットから何かを取り出すと、周りからは見えないように隠して総悟にソレを手渡した。
そのモノの思い当たる形状に、総悟の動きが一瞬止まる。
「あんまりイジめてばっかりいると副長に嫌われちゃいますよー?」
からかうようにそれだけ言うと、総悟の横を去る際に耳打ちした。
「好きな人に意地悪しか出来ないなんて、小学生じゃないんですから」
皮肉としか取れなかった。
思わずその事に強い悔しさを覚えつつ、渡されたモノを握り締めてそのまま鞄に突っ込む。
「・・・」
今朝、総悟が土方の体内に仕組んだローターだった。
土方は自分でこの玩具を抜く事など出来ないだろうし、大体山崎の前で裸にでもならなければ彼から
これを返されるワケがないのだ。
土方と山崎は、ヤったのだ。
同意の上からは知らないが総悟と近藤が来る前にトイレから一緒に逃げた所から、きっと土方も承知の上で、だろう。
「はい、授業始めますよー」
未だ騒がしい教室の中、次の授業の教師が入ってくる。
それすら今の総悟には視界に入らない。
無表情の顔の下で、怒りの矛先は山崎ではなく土方に向いていた。
彼に、どうやって『アンタは俺のだ』と思い知らせてやろうかと、
只それだけに思考を廻らせた。
秘部から何かトロリとしたものが零れる感覚に、
土方は眠りについていた瞼を持ち上げる。
「ん…?」
体中がだるく、出した声は擦れている。
状況が把握できない土方は朧気な意識のまま辺りを見渡した。
風に吹かれるカーテンと清潔感を感じさせる白いシーツとベッド。
そして独特のアルコールのにおい。
「ほけん…しつ?」
それだけ呟いてから、山崎にここへ連れて来られたのを思い出した。
抱かれすぎて体がいかれ、いう事を利かず立てなくなってしまった事も。
すると何処からか視線を向けられている事に気づく。
「あ、多串君。やっと気づいた。」
視線の正体は、ベッドの周りに張られたカーテンの間から
顔だけ出した銀八だった。
心底驚いたものの使い物にならない土方の体は、そこまで大きな反応を示せず。
「…先生。何してんですか」
「様子見に来たの。
なんか先生、新八に怒られちゃったんだもーん」
「志村に…なんで」
イイ年こいた教師が語尾に”だもーん”はねェだろ、と思いつつも土方は訊いた。
相変わらず擦れてしまう声。
「お前、俺が桂を探しに行った時、体調悪かったんだって?
知ったこっちゃねーやとか思ったけど、保健室行ったとか言われるから。
今授業ねぇし、様子見に来たワケ。」
カーテンの間から覗くのに飽きたのか、そのまま開いている隣のベッドにボスッと銀八は座った。
さがった眼鏡をずりあげながら。
「で、土方はどうしたんだ。倒れたって聞いたぜ?」
「別に…最近、疲れが溜まってたんだと、思います」
「あー、お前は変な所でクソ真面目だもんなァ。
少しは肩の力抜いた方がいーんじゃねぇの?」
『いや、アンタは肩の力を抜きすぎだ』と心の中で突っ込みをいれつつ、考えなければいけない総悟の事も山崎の事も、今は何も思い出したくない気持ちに駆られた。
「もうすぐ6時間目終わるし、今日はこのまま寝かせて貰え。
保健の幾松センセには俺から言っとくし、鞄も近藤とかに持ってきてもら…」
「待ってください、俺、一時間以上も寝てたんですか」
銀八の話だと、自分は昼休みの終わりに山崎にここへ連れてこられてから今までずっと眠っていた事になる。夢を見た記憶すらない。
「そーよ、いくら起こしても起きる気配ないって幾松先生心配してたんだから。
もしマジで体調悪かったんなら、病院とか行った方がいいんじゃねー?」
「いえ…平気、です」
信じられない事だ。今までどんなに酷い仕打ちを総悟にされても、
それでも体調を崩したり授業を休んだり、という事を絶対にしなかったのに。
軽くどん底にひたる土方を心配したのかポン、と銀八は頭に手を置いてやる。
「だーから気にすんなって。
ほら、ペロペロキャンディやるから元気出せ」
白衣のポケットから出されたキャンディを、いつもなら『いりません』と言うのに思わず受け取ってしまう。
もう何もかもに、疲れきってしまっていた。
『だって俺、副長が…土方さんが、好きなんです』
それでも、思い出す山崎の言葉は冷えた心を何処か温かくさせる。
近藤とは違うなにかを、山崎は持っていたのだろうか。
「とぉおおしぃいいい!!!」
「ちょっと!保健室では静かにする!」
「幾松先生、すみません!でもやっぱりトシぃいい!!!」
6時間目が終わって少し経った頃、鞄を2つ持って保健室へ現れた近藤が大声で泣きそうになりながら土方に抱きついた。
「トシ、倒れたとか大丈夫か!?お腹がやっぱりピーゴロリだったのか!?」
「いや、近藤さん。とりあえず少し静かにしてくれ」
『しかもヒゲがいてぇ』と頬をすり寄せてくる近藤を土方は押しのける。
しかしそれでもめげずに声を張り上げて喋る。
「まったくもー!ザキから保健室に行ったって聞いた時は驚いたぞっ!
俺と総悟、トシが心配で心配であの幽霊トイレにまで探しに行っちゃったんだからな!恐かったのに!」
「…わりぃ、近藤さん…」
「なーんてな、気にするな。体調悪い時は仕方ないだろ。トシ、頑張り屋だし」
明るい声でそう言われると、やはりどうにもこうにも近藤に癒されてしまう自分がいる事に、なんとなく土方は安心した。
そこで、後から入ってくると思われた総悟が来ない事に怯えつつも問う。
「近藤さん。・・・総悟は?」
「ああ、総悟とお前、今日日直だったろ?」
「あ…」
思い出したように声を出す土方に、近藤は続けた。
「んでよぉ、一人じゃ大変だし日直の仕事、手伝おうか?って言ったんだけどさ。
『近藤さんは今日は自宅の剣道がある日だから早く帰らにゃならんでしょう?こんなのへっちゃらですし、土方さんに鞄持ってってやって、帰りなせェ』
って言われちまってよ」
初めて会った時は塞ぎがちだったけど、総悟も人に気が利かせられるようになるくらい成長したよなぁ、と独自の解釈の上で納得し、満足そうに近藤は頷く。
しかし逆に土方はまさか、という思いだった。
絶対に総悟が自分を素直に帰らせる筈がない。
むしろ放課後呼び出しな勢いの言伝を預かってくるものだと予想していたのに。
「んでさァ、ここはトシを送って帰りたい所なんだけど…
俺、ホント猛ダッシュで帰らなきゃヤバイんだわ。
でもお前を走らせるわけにもいかん!というわけでザキに助太刀を依頼した!」
「え。」
「じゃあお大事にな。ザキ、トシをお願いね!」
ばっちんとウインクをして(だからうるさい!と幾松に叱られつつ)
近藤は早々に保健室から出て行った。
その後、オズオズとカーテンの向こう側から現れる山崎。
なんとなく顔を見る事が出来ずに土方は俯いてしまう。
「具合、平気ですか副長…」
「あ、ああ」
何を照れる必要があるんだ、と自分を叱咤しつつ答えた。
「あの、送り、ます」
近藤が持ってきた土方の鞄を山崎は持つと、そう言ってくる。
確かにこのまま保健室にいるわけにもいかず、
『世話になりました』と礼を言ってその場所を後にした。
「あふ…ん…ッ」
そのままゲタ箱のある昇降口へ向かうのかとおもいきや、誰も居ないのを良い事に山崎は廊下の壁に土方を押し付けてキスをする。
職員室などが目と鼻の先にあるというのに。
「ん、んん、ぁ」
…それでも抵抗しきれずに受け入れてしまう俺は知る筈もなかった。
これが近藤さんや山崎に会える最後の刻だったという事を。
「やま、ざきよせって…!」
一息つく為に唇が離れたタイミングを見計らって、俺は山崎を押し返す。
ふらつく身体は思った以上に力が出ない。
「あ、すみません」
さっきの今なんで、思わずサカッちゃいました。と申し訳なさそうに俯く。
なんだか大胆なのか小心者なのか山崎がよく分からない。
「お前…一応学校で、保健室前で、職員室が近くなんだからな」
「…すみません」
「総悟になんかされなかったか?」
アイツは時々キレると何をするか分からない。
前に近藤さんを馬鹿にした同級生を、後日顔をかろうじて識別できるくらいに半殺しにした事があった。
弱みを握られたのか知らないが、総悟にボコられた奴らは
大人たちに『誰にやられたのか』と問われても『知らない』の一点張り。
地球にやってきて初めて出来た友達が近藤さん。
だからアイツはあの人が傷つけられるのを何もよりも…
『俺、こんなドSな性分だからねェ。
家は独り暮らしだし、学校でも友達は出来ねェ。
つるむのも嫌いだったから今まで一人だったんでさァ』
何よりも、自分のモノが奪われるのを嫌う筈。
「大丈夫ですよ。何もされてないです。
…副長?どうしたんですか?」
「あ、いや、なんでも…」
可笑しい。
近藤さんが言うには、俺に帰れと言ったという事。
しかも、俺を家に送らせると山崎に頼むとしたら教室で、きっとしかも総悟の前でだろう。
「…山崎、近藤さんに何処で、俺を送る事を頼まれた?」
「え?帰ろうとして廊下出ようとした時ですけど。
でも委員長が言うには『総悟がザキに頼んだら』って提案したって…」
変だ。
総悟がそんなに俺を簡単に帰す筈がない。
アイツは知ってる筈なんだ。
俺と山崎が…
「悪い。俺、教室戻るわ」
「…何言ってるんスか。教室には沖田君が居るんですよ」
「だから戻るんだよ」
嫌な予感がする。
俺と近藤さんと山崎を帰させるなんて、きっとアイツは何か良からぬ事を企んでる。
「じ、じゃあ俺も一緒に」
「ダメだ。お前は帰れ。…これは俺と総悟の問題だ」
「副長、でも俺」
「いいな、帰れよ。後で絶対に携帯に電話入れる」
まだ何か言いたげな山崎に背を向け、歩くのも難しい脚で俺は階段を駆け上がった。
山崎が一緒に居たら総悟の余計な逆鱗に触れるかも分からない。
俺一人で行くのが得策だ。
三年生のクラスが並ぶ廊下は、受験前の為に皆早々に帰ったのかシンとしていて何だか恐怖すら感じた。
「あれ?帰ったんじゃなかったんですかィ?土方さん」
Z組に足を踏み入れると、一番後ろの席に座っていた総悟がそう言って顔を上げた。
息を切らしながら俺は近づいてアイツの目の前に立つ。
「どういうつもりだ、総悟」
総悟以外に誰も居ない教室。
窓から差し込む日差しは締め切られたカーテンで遮られている。
なんだかここだけ世界から切り取られたような感覚に陥った。
「どういうつもりって、どういう意味でさァ?」
日誌を書き終えたのか持っていたペンをコトンと置いて言う。
いつもは何も感じない総悟のポーカーフェイスが今では脅威に思える。
それでも俺は、使い果たしてしまった気力を持って言った。
「とぼけるんじゃねぇよ。じゃあ訊き方を変えてやる。何考えてるんだ」
声が震える。
決してどれは、走った疲れからではなく
恐怖が原因なのは勿論自覚している。
そんな俺を知ってか知らずか、総悟はカタンと席を立ち上がるから、思わずビクリと身体が強張る。
彼は窓の方へ歩いていき、カーテンを後ろ手に掴んで俺の方を向いた。
「心外でさァ。俺ァなにも」
「嘘つけ!じゃあどうして俺を山崎に送らせようとした!」
叫んだ途端、総悟の目の色が変わる。それでも俺は続けた。
「俺や山崎を帰らせて、日直を手伝おうとした近藤さんも帰して…
俺には、お前が何か企んでるとしか思えない」
「的を得ませんね。どうして俺が山崎にアンタを送らせようとすると、何か企む事になるんですかィ」
「…お前が俺を探しに来た事を、近藤さんから聞いたから…!」
そこまで言いかけて、俺はハタと気づいて血の気が引いた。
そうだ、コイツは俺と山崎がヤッたという事実を知らないかもしれないんだ。
山崎は俺が倒れて保健室に行った事を近藤さんや総悟に報告しただけで、俺と山崎が一緒に居た所を直接コイツが見たわけじゃなかった…
「ははっ、自ら墓穴掘っちまいましたねェ土方さん」
焦って顔を上げると、カーテンにくるまった総悟が怪しく笑う。
「やめて欲しいなァ。土方さんは掘るんじゃなくて、掘られる方でしょう?」
勝ち誇ったように首を傾げて、ねぇ?と訊いてくるから足元から何かが崩れていくような気持ちに襲われて、立っているのが精一杯だ。
「でもそんな、しまった!ってカオしなくても平気ですぜィ?
俺、全部知ってますから」
「なに…?」
追い詰められたような感覚が一瞬薄れた。知ってるってどういう事だ。
「昼休み、トイレに行ったアンタの所へ山崎を向かわせたのは俺なんでさァ。」
「え」
『心配だったんです』
俺にそう言った山崎の言葉が脳裏によみがえる。
総悟が行かせた?
違う、だってアイツ、俺の事が心配で、調子が悪いのも気づいてくれて、
それは俺の事が好き、だから、のはず。
「本当は山崎をけしかけてアンタを焦らすだけの作戦だったんですが…」
「…嘘つくんじゃねぇよ」