そうだ。
こいつらが仕える幕府が奪ったんだ。

松陽先生も。
俺の全ても。




<君は誰.3>





「高杉氏ぃいい!
 そんなに引っ張ったら禿げる!
 僕の毛根が天に召される!」

「うるせーんだよ。
 犬は犬らしく躾けてやろうかい?
 それとも初めの目的通り嬲り殺してやろうか」

「いーやーでござるー!
 僕は、僕は修学旅行行くまで死ねないでござ…
 え?あれ?」


今までバタバタと暴れていた土方だが、
ふと思い出したように大人しくなった。


「僕…母さんに、修学旅行に行きたいって言って…
 それで、斬られ…て…
 でも、なんで僕はここに、居て」

かと思いきや、意味不明な事を口走っている。
そしてブツブツ呟いた後、土方は俺の胸に擦り寄ってきた。


「高杉氏!僕はなんでここに居るでござるか!
 よく分からなくなってきたよ!恐いよ!」

混乱極めているのか土方の目が血走っている。
その様子の方がよっぽど恐ろしいと
俺は感じた。

「・・・いや、俺の方が分からねーってか恐ェんだけど」

「トモエちゃぁああん、僕はどうすれば良いでござる!」

驚きで力の抜けた俺から離れると
彼は再び人形をガサゴソと取り出して
必死に問いかける。

…なんだかやっぱり会話が全く出来ないし、
こんなヘタれた男を殺した所で
俺の中の黒い獣が鳴き止みそうにない。


大体、なんでこんな奴に
生きる理由だとかそんな事を
思い出させられて振り回されなきゃなんねぇんだ…


「高杉氏!僕を北の国に連れて行ってくだされ!」

「はぁ?」

「そこに行けば、僕の不安も解消される気がするでござる!」


ふん、と鼻息荒く土方がそう叫ぶ。
解決する気は全く起こらなかったが
このうるさい男を極寒の地に置いて帰るのも
また一興かと思い、
暇だったのも手伝って彼の要望に応じる事にした。


新幹線内での土方はご機嫌だった。
(そのせいで彼はずっと歌い続け、眠れなかったのだが)

鬼兵隊の連中には誰にも出掛ける事を伝えて来なかったので
今頃隠れ家では『高杉さんが居ない!』と
大騒ぎになっているだろうな。

唄を口ずさむ土方の隣で
それを想像して俺はクック、と笑う。

江戸を遠く離れた新幹線の窓から見える景色は
やがて白く染める白銀の世界へと変えて行く。


『ぎんときの髪の色、雪に似てる』


降り続く白い雪。
乳白色の息を吐きながら、俺はそう言ったのを思い出す。
雪が降ったから今日は外で遊びましょうと
松陽先生が提案したのだ。

はしゃぐ子供たちを眺めながら
まるで自分はそこに居ないかのように振舞う銀時。
それが子供心にムカついて。

ムカついたのにそう言った。
すると、彼は微笑みを浮かべて。

『そーね。春になったら俺、溶けてなくなっちゃうのかもね』


…ダメだ。
雪も思い出が多すぎる。

「…あ!高杉氏!雪でござる…高杉氏、むぐっ」

「…声がでけぇ」


大きな声で俺の名前を呼ぶ土方の口を塞ぐ。
俺が指名手配犯なのを忘れてねぇか…
ってそうだ。コイツ、俺をコスプレ野郎だと思ってるんだった。


「高杉氏、どうしたでござるか?
 乗り物酔い?」

「うるせぇな。ンなワケねーだろ」

「そんな時はこれ、等身大トモエちゃん抱き枕!
 これさえあれば快適安眠、乗り物酔いも治るよ!」

「てめぇ、そんな恥ずかしいモン何処に隠してやがった!?
 というか安眠妨害してたのはテメーなんだよ!」


もうコイツうぜぇ。
雪国に置き去り決定だ。

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