なあ、人って簡単に護りたいものや
生きている場所を変えていけるモンなのか?
銀時がヘラヘラと今も生きているように
ヅラが江戸に護りたいものが出来てしまったように
土方の生きる理由があの人形に変わったように
簡単に代わりを見つけて、それで。
それが普通なのか?
過去にすがり、全てを過去に求めている俺が変なのか?
なァ、土方。
<君は誰.Last>
「う、わあ。雪!雪でござるよ高杉氏!」
普段見せるクールさは微塵も感じられない。
土方は駅に降り立った途端、
子供がはしゃぐようにキャッキャッと跳ね回る。
20代の長身の男が
雪を見てはしゃぐ姿はなんとも滑稽な光景だ。
寒さに少し身を縮ませながら
雪が混じった冷たい風に俺は眉根を寄せた。
包帯の下の左目がしみる。
「土方ァ。俺をここまで連れてきたからには、
ちゃんと目的地は分かってんだろーなァ」
「えっと…とりあえずこっち!」
「・・・」
頼りなさげに彼は歩き出す。
江戸と違ってまだここらは天人の技術が渡ってきておらず、
この国独自の町並みが広がっている。
もう夜のとばりはやって来ているようで
藍色の世界に降る雪は消えていく。
「ここだ…」
はあ、と白い息を吐きながら
土方は嬉しそうに声を弾ませる。
駅から少し離れた場所に位置する
彼が求めていたものは雪に囲まれた湖。
「で、ここに何があるんだい」
覗いた所で何かあるワケもなさそうだ。
湖を見つめる土方の隣に俺は立つと
ポツリと呟かれる。
「修学旅行のしおりの日程の、一番初めに書いてあったんだ。
僕、皆と一緒に行きたかった、ところ…」
きゅ、と縋るように
土方が俺の着物の端を掴む。
「本当は、僕だって学校に行きたかった。
皆と普通に笑って、勉強に悩んで、
修学旅行、楽しみにしたりとか」
隣の彼を盗み見ると
まるでとりつかれたかのように
土方がうつろな目で話し続ける。
…本当に、土方なのか?
誰なんだコイツは。
「でも、仕方ないんだよ。
僕はアニメの女の子が好きなんだ。
そうすると気持ち悪がるんだ、皆。
教室の皆も、先生も、お母さんも、皆!!」
「土方…?」
先程までの陽気さと様子が違う。
思わず俺は彼の名前を確かめるように呼んでいた。
だが、土方はお構いなしに主張し続ける。
「だから引きこもったのに!
外の世界に僕の居場所はないから、
だからトモエちゃん達とだけ居れる場所に居ただけなのに!
でも、修学旅行には行きたくて、だから!
なのにお母さんは怒って…じゃあ僕はどうすれば良かったんだよ!」
「…土方。
もう過ぎ去った事うだうだ言っても仕方ねーだろ」
イライラする。
土方の言ってる事が俺に重なってイライラする。
『江戸には大事なものができすぎた』
『全力で、てめーをぶった斬る!』
そうだよ。
てめーらは見つけたかもしれねぇな。
大事なものができたかもしれねぇな。
でも、俺はできねーんだよ。
どんなに時間が過ぎても
どんなに何かを得ても
忘れられない。
何処にも行けない。
じゃあ、どうしたら良いのかなんて分からないから
俺はこの腐った世界を壊せば良いと思ったんだよ。
「高杉氏、なんでさっきから僕の言う事、否定するでござるか」
「うざってーんだよ。
そんなにこの現実が嫌なら、一緒にぶっ壊そうぜ」
右目で彼を映すと、
土方はその漆黒の瞳を僅かに涙で潤ませて
こちらを見ていた。
「てめーを馬鹿にした奴らが許せねーんだろ。
てめーを受け入れてくれなかった奴らが許せねーんだろ。
だったら、こんな世界壊しちまえば良いじゃねぇか」
俺の言葉の意味を暫し考えた後、
土方はふるふると首を横に振って
「だ、め。高杉氏。だって僕は」
やけに澄んだ瞳で言った。
「俺は、護らなきゃいけない真選組がある」
ああ、やっぱり土方十四郎だ。
何故か俺はそう思った。
「…そうかい」
懐から俺は帰りの列車の切符を
取り出して土方に押し付ける。
「本当はてめーを置き去りにしてやろうかとも考えたが
帰りの手段くらいは残しといてやるよ」
土方と確信したのに
殺さず、しかも帰りの切符をくれてやるとは馬鹿げてる。
自分でもそれは分かっている。
だが、彼が護りたいものを譲れぬのなら
それを何処まで護れるのかが見物だ。
なにせ今頃真選組を解体させるべく
万斉が仕掛けようとしている最中なのだから。
みっともなく這いずり回って
汚れてでも護ってみせろよ。
俺が松陽先生に出来なかった事を
てめーが出来るって言うんなら。
「高杉氏」
立ち去ろうとすると土方に呼び止められる。
「君は、誰。
こんなに僕の話を聞いてくれたのは、高杉氏だけでござる。
せめて本当の名前を」
どんなに壊したい現実でも
護りたいなら最後までやってみろや
「高杉晋助」
俺はそう彼の耳元で囁くと
その唇に己の唇を押し当てた。
凍える世界でそれは、確かに温かな熱だった。
EnD.