目が見えなくなっても
耳が聴こえなくなっても
触れて感じなくなっても
声が枯れてしまっても
君が居てくれれば、そこが僕の居場所だったよ
「そうですか…やはり鴨太郎は」
真選組の屯所に、伊東の双子の兄と名乗る男が尋ねてきたのは晩に銀時と会える水曜日だった。伊東より少し痩せているものの、双子という事もあって顔はそっくりだった。
心なしか声も似ていて嫌みたらしく『土方君』と呼んでいた彼が、本当にもうこの世に居ない事をなんとなく思い知らされる。
「双子とはいえ、長男である僕は病弱で…そのせいで元気なあの子が昔から母に冷たくあしらわれていた事は、子供心ながらに薄々感づいてはいました。
でもまさか…こんな行動に出るなんて」
伊東がよく、土方に『理解者』と言っていた事を思い出す。
恐らく、彼はずっと一人きりだったから理解される事に固執してしまっていたのだろう。
今は違うけれど、土方とて昔は居場所を求めて喧嘩に明け暮れる毎日だった。
あの日、近藤に拾われて総悟やミツバに会っていなければ今頃どうなっていたか分からない。
『運命に従ったのかも』
銀時の言葉を思い出す。土方がここに居るのも、伊東の事もやはり運命なのだろうか?
…だが。
「鷹久さん…といいましたか。俺が言えた義理じゃないですが…最期に伊東先生は笑ってらっしゃいました」
静かに話を聞いていた近藤が、そっと口を開いて告げる。
そう。微笑んでいた。血塗れになりつつも最期に微笑んで。
ありがとう、と。
「私が弟で、鴨太郎が兄であったらまたきっと世界は違うものになっていたでしょう。
それを実際僕達はこうした生き方を辿っている。
…でも一人ぼっちで生きていく筈だったかもしれないあの子が、最期には笑えたのは貴方達のお陰です」
そう言うと、鷹久は深々と近藤と土方に頭を下げた。
彼とて両親に護られていたとはいえ、病弱な兄は兄なりに色々な悩みを抱えて生きてきて
此処に居るのだろう。それは彼ら自身にしか知りえない過程。
「…貴方が頭を下げても俺は、真選組を壊そうとしたアイツを許す気はありません」
「トシ」
小声で心配そうに近藤が呼び、驚いたように鷹久も顔を上げる。だが土方は続けた。
「でも伊東の魂も俺は背負って生きていく。…だから、忘れない。それは覚えておいてください」
それがお前だろうが。妖刀の呪いに侵された時に銀時に言われた事。
この身体が消えるまで全てを刻み込んで生きる。全てが滅ぶ時まで―…
「失礼します、緊急事態発生!かぶき町周辺で刀を振り回す男が居るとの事!」
突然、緊張した面持ちで山崎が局長室に入ってくる。土方は近藤に目配せをして鷹久の事を任せると刀を腰に差し、部屋から出た。
「一番隊は?」
「今、ターミナル方面を見回り中です。なので屯所から出動した方が早いかと…」
「ちっ、じゃあ俺と3番隊で現場に向かう。その刀振り回してる奴の特徴は?」
「あの、それが…くせっ毛の銀髪男らしいんです」
「え?」
一番隊は斬り込み隊長である総悟が率いている為、隊の中でも腕の立つ隊士達で結成されている。
ゆえに一番隊に向かわせようとしていた土方の考えは使えない事が判明し、自ら出向こうとしたその矢先。
山崎の情報に思わず廊下で足を止める。
「通報時に言われた特徴があまりにも旦那と一致してるんで…副長に直接伝えようと思ったんです。
…どうしますか」
刀を振り回して暴れている?銀時が?
そんな筈はない。彼がそんな事をする筈がないと、動揺しかけた心を土方は持ち直す。
「どうするも何も、今は状況確認だ。直ちに副長土方、以下三番隊が現場に向かうと通達。
近藤さんは客人と一緒だから…とりあえず山崎。一応一番隊にも現場に向かうように言ってくれるか」
「はいよっ」
武装警察であるがゆえ、帯刀の他に真選組は銃火器の類も装備する事を許されている。
対テロリスト用なのだが…情報から察するに、暴れているのは恐らく『白夜叉』と名乗った銀時そっくりの彼。
なんとなくそんな気がして、土方はパトカーに乗り込みながら舌打ちをした。
脇差を体内にしまい込める彼に、刀やバズーカなどが通じるのだろうか?
何より、彼の存在を今まで野放しにしていた自分の責任だ。
(…『彼』は本当に、万事屋と別人だよ、な。攻撃しても大丈夫だよな?)
「今の所、死亡者は出ていないようですが、市民に怪我人が出ているようです。
あと、容疑者が行方をくらましたとの情報も」
「クソ、厄介な人間兵器だなァ、オイ…!」
部下から次々と寄せられてくる報告に、パトカーの助手席に座りながら土方は頭を抱えた。
しかしまずは市民の安全確保が優先だ。応援を要請して、まずはかぶき町周辺を封鎖しねぇと…
そこまで考えた時、銀時が引き連れている子供達2人が歩いているのを見つける。
「あ、オイ車止めろ」
「え?あ、はい」
「眼鏡小僧!チャイナ娘、止まれ!」
こんな繁華街に何故2人が歩いているかはともかく、ここは危険なのだ。
子供達を誘導するのと一緒に銀時の潔白も晴らすべく土方は、新八達を呼び止める。
「土方さんだ。こんにちは」
「テメーら、あの銀髪パーマはどうした。一緒じゃねーのか」
「今日は銀ちゃんは一人でお仕事で、朝からお出かけしたアル」
サア、と悪寒が土方の背中を走った。何故こういう時に限って居ないんだと思いつつ、2人の手を引っ張った。
「とりあえず、お前らここを離れるぞ。ついて来い」
「えぇ?何でですか」
「危ねーんだよ。いいから早く…」
銀時と一緒にいる新八達を危険な目に晒すわけにもいかないと連れていこうとした瞬間、ギャアアとけたたましい悲鳴が響いた。驚いてそちらに視線を向けると『彼』が、いた。
銀髪をなびかせて脇差を片手に、もう片方の手は血塗れの男性の髪の毛を掴んでズルズルと引き摺って歩いている。
一気に場が混乱し、そこに居た人々が我先にと逃げ出し始める。
「出やがったな…三番隊、市民の安全を優先しつつ、容疑者確保に…っておい!」
「神楽ちゃん!」
指示を出している間に、神楽が彼に向かって走り始めたのだ。
おそらく銀時と勘違いをしているのだろう。だが、違うと土方だけが知っている。
確かに姿形も確かに着ているものも一緒だが、あの深紅の瞳だけが…
「銀ちゃん、何してるアルか!こんなにボコボコにしたら死んじゃうでしょ!?」
「チャイナ退け!ソイツは万事屋じゃねぇ!」
遅かった。
土方達の目の前で少女の腹に思い切り蹴りが入り、そのまま繁華街に並ぶ店に悲鳴を上げる間もなく吹っ飛ばされる。
呆然とそれを眺めていた土方だったが、隣には新八が居た事を思い出し、急いで叫んだ。
「小僧、下がれ!三番隊、周りを固めて逃がすな!奴を人間だと思わずにかかれ!」
鞘から刀を抜いて土方は神楽が吹っ飛ばされた方へ駆け寄る。
煙が立ち込め、崩れた建物には額から血を流した少女がぐったりと倒れていた。
彼女の身体が丈夫なのは知っているが、死んだのではないかとヒヤリとしたものが体を駆ける。
「うぅ…痛いアル…」
「チャイナ…!大丈夫か!?」
「へ、へっちゃらヨ。それよりトッシー…銀ちゃんを、止めなきゃ。何か可笑しいアル」
「違うんだ。アイツは万事屋にそっくりだが、本当は…」
痛い、と言いつつも何とか神楽は立ち上がる。それに安心しつつも答えた。
否、答えようとした時だった。
「あれ?なんで動いて喋ってんの?」
背後から声をかけられ、土方は反射的に神楽を庇うように刀を構えると、そこには意外だ、とでも言いたげな表情をした『彼』が立っていた。
片手で髪の毛を掴んで引き摺ってきた男性をドシャリと地面に落とす。
「うう」、と声を上げた所からして、まだ生きている事を確認した。
「可笑しくね?コイツみてーに骨折れまくりの筈なんですけど」
深紅の瞳を歪ませて『もう少し力が強い方が良かったかな?』と返り血を浴びている彼は微笑む。
マズイ、と土方は意識の向こう側で感じた。直感的なものだった。
(このままの状態だと、チャイナが殺される…!)
「こっの野郎が…!」
刀を叩き込むように、躊躇なく相手に振り下ろした。しかし勿論それは脇差によって妨げられる。
「テメェ、何が目的だ!?何の為にこんな、人を傷つけてる…!」
「・・・時間がないんだ、邪魔しないで」
牽制しようとするも、突如電気コードのようなものが相手の腕から生え始める。
あの川のほとりで脇差を体内にしまった時のと同じもの。
やっぱりコイツは、万事屋じゃなくて白夜叉…!
そこまで考えた所で触手のように自在に動くそれに襲われ、地に叩きつけられた。
「うぁ…ッ!」
「トッシー!…あ、何するアル、放すネ!」
『彼』の腕から生えた触手に土方は地に縫いとめられ、更に神楽まで捕らえられる。
自分はともかく彼女だけは助けなければ…!そう思っても、押さえられた身体は動かす事が出来ないのだ。
「ねぇ、何でお前、そんなにピンピンしてんの?内臓破裂してたって可笑しくねーのに」
「銀ちゃん、どうしたの!?なんでこんな事する…あ、ぐっ」
「あーさすがに首締めたら苦しいのかな?」
ニタニタと笑いながら神楽の首に触手を巻きつけて締め始める。反撃しようと拳を握るが、銀時だと信じている彼女は殴れずにいるようだ。
その様子を見てギリ、と土方は唇を噛み締めるも、三番隊がバズーカを放てる準備が出来たサインを送ってきているのが視界に入った。
「・・・構え!」
相手の意識は神楽と土方にしか向いていない。バズーカが通じるかは分からないが、今しかない。
声を張り上げて土方は命じた。
「撃て!!」
ドガン
命令を下したと同時にバズーカは放たれ、目標に見事に命中する。
「銀ちゃ…!」
神楽の悲痛な叫びが響く。
当たり前だ。彼女は『彼』と親しい銀時だと思っているのだ。
もう一度説明し直そうと土方は起き上がり、体を押さえつけて来た触手をどかそうとした。
しかし、依然として体を動かせない。
まさか…そう思っている合間に、消え始めた煙の間からその声は聞こえた。
「あーいってぇなぁ…何すんだよ突然」
「嘘…だろ…」
バズーカの弾はまともに当たった筈だ。
だが彼へのダメージは、顔が少し煤で汚れ、服が破けた程度である。確実にとまではいかないが、少しは機能を止められると考えていた土方は驚愕に開いた口が塞がらなかった。
「ムカつくなぁ。時間ねーって言ってんだろコノヤロー」
そう言って、赤の瞳がバズーカを放った隊員の方へと向けられる。
空いている方の手をそちらへと徐にかざすと、その掌からはズブズブと拳銃が現れる。
「銀ちゃん、やめてぇ!」
そして躊躇いなく『彼』は、神楽の叫びも無視して体内から出現したその銃で発砲した。
パァンと音を立てたソレは三番隊の仲間を襲う。
悲鳴をあげ、血を出しながら倒れる隊員の一人。土方はその光景が信じられず、男を見やった。
銀時と同じ顔を持つ彼は、楽しそうにうすら笑いを浮かべている。
「もうやめてヨ…!」
「あぁ?」
堪り兼ねたのか、首に纏わりついた触手を外しながら神楽が叫ぶ。
「銀ちゃん、今日はお仕事だったんでしょ?それで美味しいご飯食べさせてくれるって言ってたヨ!
なのに、なんでこんな事…どうしちゃったアル!?」
「チャイナ、ソイツはてめぇの知ってる万事屋じゃねぇんだ!だからそんな事言っても無駄なんだ!」
「え?何言ってるのトッシー…意味分からないヨ。銀ちゃんは銀ちゃん…」
ゴツン。
土方の言葉に混乱する神楽の後頭部に、銃口が突きつけられる。
ドクリと土方の心臓が大きく鳴った。
初めて銀時と夜明けを迎えたあの海での約束が脳裏をよぎる。
『土方君が江戸を…俺の大切なモン護ってくれるならその分俺がお前を護るから』
「キャンキャンとうるせーんだよ小娘。死んでくんね?」
動け。
刀を握り締めながら土方は何度も念じた。
俺が護るんだ。
この街も、傷つけられた三番隊の奴らも、あの眼鏡小僧も、チャイナ娘も
誓ったんだ。約束したんだ。
だから動け、俺の身体。
今動かないで、いつ動くんだ…!
「銀ちゃん、なんで…なんで?」
「最期に良い事教えてやるよ。俺はお前がさっきから呼んでる銀ちゃんじゃねーの」
神楽の青い瞳が困惑を宿しながら見開かれる。それをほくそ笑んで見下ろしながら、彼はその引き金を躊躇いなく引こうとした瞬間だった。
動け!
まるでその土方の念に応じたかのように、妖刀村麻紗を握る手が軽くなる。
そして導かれるように体を押さえつけていた触手を叩き斬り、立ち上がった。
「てめぇ、その娘から離れるでござる!」
「なに!?」
触手を体に絡ませつつも土方の振り下ろした鞘は、突然の奇襲に驚いた相手の肩に思い切り食い込む。
そして『彼』がそれに気を取られている間に土方は神楽を小脇に抱え、態勢を整える為に隊士達が居る方まで後退した。
「神楽氏、それにヤマトの諸君、大丈夫でござるか〜」
「土方さん!出てます!トッシーが出てます!」
「はっ!いかんいかん」
どうやら、またもや妖刀に宿っていた魂が力を貸してくれたようだ。それによってオタク人格が出てしまったのは不本意だが、ツッコミを入れてきた新八に神楽を預けながら辺りを見渡す。
「随分派手にやってくれたモンだ…おい、さっき撃たれた奴らは平気か」
「はい。さすがにすぐには戦闘には出れませんが、命に危険がありそうな隊士はいません」
「…そうか」
隊士の中に死亡者が出て居ない事に安心しつつ、市民は逃げ終えたのかここら一帯は自分達と『彼』だけが残されたようだ。鞘を思い切り叩き込んだ肩をさすりながらこちらを睨む深紅の瞳と視線が合う。
「トッシー…あれは、銀ちゃんじゃないなら、誰?」
戸惑いを隠しきれないのか、神楽の声が震えている。それをささえる新八や、銀時を知っている周りの隊士達も土方の方へと注目する。
困惑するのは当たり前だろう。よく知る彼が街を壊し、人を傷つけ、容赦なく殺そうとしてくるのだ。
「誰アルか?」
「わからねぇ。でも、アイツは万事屋じゃないんだ。そして自分の事を白夜叉と名乗ってた」
「!」
『白夜叉』という名前に新八と神楽の表情が変わるのを、『彼』の様子を伺っていた土方は気付かない。
2人は続けて、周りに聞こえないように小声で話し始めた。
「新八、白夜叉ってヅラが前に言ってた…銀ちゃんが戦争時代に呼ばれてた名前ヨ。
どうなってるアル…?」
「分からない…でも多分、今は土方さん達には言わない方がいい。幕府の敵と思われたら嫌だし。
それより神楽ちゃん。あの銀さんの腕から生えてるコードみたいな触手、何処かで見覚えない?」
「見覚えありすぎアル。似てるというより、一緒ヨ。
…紅桜と」
新八と神楽がそんな会話をしている事を知らない土方は、応援要請をするようにと隊士に命じる。
この中で『彼』を知っているのは自分だけだ。なら、相手を止められる糸口を知っているのも自分だけ。
それを念頭に置き、なんとか彼の真意を探ろうと目論んだ。
「もう一度訊く。お前の目的はなんだ?」
「…それを知ってどうするの」