白夜叉



その単語が銀時の鼓動を早くさせた。

目の前の男の意図が分からない。だが確実にこちらを動揺させようとしているのは確かだ。

背中に変な汗が流れるのを感じつつも、冷静さを保つように努める。



「へぇ?そんな幕府のお偉いさんが、一体何の用ですかねぇ」



相手は恐らく表情を見ている筈だ。

ゆえに銀時は、向こうと同じようにうすら笑いを浮かべて再び問う。

(そうだ。いつもみてーにヘラヘラしときゃあ良いんだ。向こうのペースに落ちたら負ける)



「ほう。白夜叉という名を出してもあまり取り乱しませんね。

 やっぱり地球の猿のいう事など当てにならぬ」



ふう。と残念そうにため息をつく。それを見ながらまたも嫌な考えが回る。

白夜叉という異名は、あの攘夷戦争に参加していた者達しか知らない名前だ。

それで動揺するなんて情報、一体誰から吹き込まされたのだろうか…?



「単刀直入に申し上げましょう。

 貴方には我ら幕府の人間兵器になって頂きたい」



短刀直入に言われている筈なのに、男の言っている意味が銀時には分からなかった。

しかし彼は更に続ける。



「こんなに時代は流れ、我々がこの国に来てから随分と時間が経ちました。

 なのにテロリスト達は大人しくなるどころかより勢力は増し…また、信念の違いからぶつかり合う者達もいましてねぇ。

 最近では桂一派と高杉一派でしたか?」



ぐ、と拳を銀時は握り締める。

白夜叉の正体を掴んでいるのならば桂と高杉が幼馴染だというのも調べ上げているのだろう。

それなのに一々確かめてくる相手が癪に障る。



「そしてそのテロリスト達を鎮圧するのも、君達人間だ。

私の主人はそれが不憫とお考えになった。同じ侍同士で潰しあうなど…」

「…つまり、真選組とかそういう奴らの代わりに、俺に攘夷志士達を諌めろって?

 確かに体力あるのは認めますけどね、俺にだって限界ってやつが」



「いいえ。限界はありません。その為の兵器です。

 それに貴方には断るはおろか、選択の余地すらないんですよ」



何だと。

そう言いかけて、テーブルの上に広げられた写真と報告書に銀時は目を見開く。

神楽や高杉、桂…今まで関わってきた者達ばかりだ。



「さて、今からご説明致しましょう。貴方に選択肢がない理由」



そして写真の山の中から一枚を選び、男は銀時に見せつけた。

その写真には見慣れた黒い隊服、強い瞳、そして煙草を銜えた、彼が――…



「聴いて頂けますね?」



大切な土方が、写っていた。

*


「あ、なんだお前ら。ババァの所に居たのかよ」

前世や生まれ変わりがあるとするなら俺は、前の俺は誰だったんだろう。
教師だった?ホストだった?学生だった?こんな貧乏じゃない、金持ちの息子だったりした?
それとも。

「ああ、もう銀時。いくら店が定休日だからってねぇ。子供達をうちに押し付けるのはやめてくれるかい」
「ソウデスヨ。売上金トカ盗ンデ行ッタラ容赦シマセンヨ」
「だから、キャサリン。お前が言うんじゃないよ」

それとも、前世の俺も『俺』だった?

「銀ちゃーん。お仕事のお話、何だったアルか?」
「ん〜?ちょっとオトナの仕事だからなぁ。今回は俺一人でやるから」

こうしてババァと出会った事から始まり、新八や神楽と仕事してた?

「え、大丈夫ですかソレ。危険じゃないですか、銀さん」
「平気だろ。それよりさ、前金で臨時収入が入ったから夕飯は外に食いに行こうぜ」

むしろ、ヅラ達と同じように攘夷活動続けてたかな?

「キャホーイ!やったアル、レストランで卵かけご飯ヨ!」
「神楽ちゃん、レストランに卵かけご飯はないからね!」

前の俺も、俺と同じ選択をしていたかな?

「お前ねぇ。そうやって金が入っても出していくから借金が無くならないんだよ」
「…うっせぇなぁ。今日は皆で飯食いたい気分なの。おら、ババァ達も行くぞ」

一体、これは何度繰り返された、何度目の人生なんだろう?・・・分からないけど。

「じゃ、たま。私達出掛けて来るから、店は頼んだよ」
「はい。了解致しました」

自分の為に生きる事と、誰かの為に死ぬ事だったら、どっちの方が滑稽なのかな

「行ってらっしゃいませ」




土方に、なんとか連絡を取りたかった。
だが屯所に直接電話をかけて良いものなのか分からないし、こうやって急いでいる時に限って道端でバッタリ、という事がないのを悔しく感じる。

「あ、そうだお前ら。俺、明後日は仕事で丸一日いねーから」

最終兵器になれ、と言われてから4日経った月曜日。
何事も変わりはなく、普段通りの生活を銀時は万事屋でしていた。

今日は仕事も入らないので3人で買い物に出かけた先。
(見廻りしている土方に会える可能性を考えて、ゆっくり歩いた)
子供達に銀時はそう告げた。なるべく不自然ではないように切り出す。

「丸一日って…朝からって事ですか?」
「ああ。ったく面倒くせーよなぁ。早起きなんてダルいっつの」

そして、天導衆の使いと名乗った男に呼び出された日が丁度水曜日だった。
土方と会える貴重な時間が潰れるのが残念でならない。

「銀ちゃん、気をつけてヨ?無理しちゃダメアル」
「大丈夫だって。あ、そん時にまた金貰えるからさ、また美味いモン食いに行こうな」
「ホント!?」

嬉しそうに目を輝かせる神楽の頭を撫でてやる。
小さな頭。柔らかい髪。

…兵器になったら、この掌の感覚もなくなる。

「…?銀さん、何か変ですよ。僕達の居ない所で何かありました?」
「え?別に?」

彼らの事も大切な護りたいものだと思えなくなるかも知れない。

「なんもねーよ。いつもの銀さんでぇす」

それでも、俺は。


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