ねぇ運命ってあるのかな。
(生まれ変わりとかって信じてる?)
神様って本当に居るのかな。
(生まれ変わる時って、前世で縁の強かった人の近くに生まれるんだって)
じゃあ、僕は君に今まで何度も出会ってきたのかな。
(あと何回君の傍で、僕は生まれ変わる事が出来るのかな)
『貴方を壊したい』
土方に指定された通りの水曜日の夜。
相手が屯所から抜け出してくるのを、銀時は待ちながらそんな事を考えていた。
この間、土方と一緒に花火を見ていた時に感じた既視感。
前世と言うのがあったのならば、もしかしたらそこで銀時は土方の隣で花火を見たのかも知れない。
そうしたら、この世界に生まれる前も彼に会っていた事になる。
(運命とか、輪廻転生とか、神様とか…そんなん信じてなかったけど。でも…)
「万事屋!」
思考を途切れさせて呼ばれて振り向いてみれば、肩で息をしている土方の姿。
よっぽど頑張って走って来たのだろう。大分呼吸が荒い。
「わ、悪い。思ったより仕事が多くて…」
「本当だよー銀さん待たせるなんて罪な奴―」
少し怒ったような素振りで応えると、更に縮まって土方は謝る。あの彼が随分としおらしくなったものだ、と苦笑いしつつもポン、とその黒髪に手を置いてやった。
「うっそ。それよりもお前、ちゃんと明日はオフ取ってきた?」
「ああ。だから今夜と明日一日は、お前と一緒に居れる」
なんとも嬉しい台詞をサラリと言ってくれるものだ。
着流しの袖から覗く手を取ると、嬉しいような驚いたような複雑な表情を土方は見せてくる。そんな相手にニコリと微笑んでやった。
「じゃ、行きましょっか。お前が行きたがってた海にさ」
夜明けの水平線が見たい、と彼は言った。
銀時と初めての夜明けを過ごすなら、一緒にそれを見たいと彼は言った。
てっきり、ホテルか何かで熱い夜を過ごす(キスはしたが、何故か土方が身体を許してくれない)かと思っていた銀時は、ある意味驚いた。
「ね。土方君は運命とか前世とかって信じる?」
「何だよ、急に」
「いや、なんとなく」
2人で寄り添いながら砂浜に座り、ポツポツ話をしながら夜明けを待った。
先程まで考えていた事を思い出してなんともなしに訊いてみる。
「前世でも俺達、こうやって仲良くてさ。それで一緒に海見に行ったりしてさ。
その記憶が魂に刻まれてて、土方君が海を見に行きたいって思ったりしたのかも、とか。
もしくは」
「もしくは?」
「文字通り、運命に従ったのかも、みたいな」
「…俺は、運命とかそういうの嫌いだ」
膝を抱え込んで、土方の視線は真っ直ぐと水平線に向いた。
「もしあるんなら、なんで変えられなかったんだろうって思う事が、ある。
だから願望としてはあって、欲しくない。けど」
「けどー?」
「・・・前世や運命のおかげで、こうしてお前の隣に居れるなら、悪くない」
そう言って、こつんと肩に頭を乗せてくるから、例えようのない気持ちが銀時の中に広がった。
(今の俺は幸せ、でも)
前世があるのなら、その自分達はどうだったのだろう?
最期まで傍に居れたのだろうか?幸せになれたのだろうか?
それとも。
ふとよぎった不安に、銀時は気付かないふりをした。
土方の事しか、今だけは考えたくなかった。
「なんか、変な感じだな」
銀時が思いを馳せていると、ポツリと土方が言ってくる。
ざざん、という波が音を立てて引いていった。
「変な感じとは」
「だって変だろ。俺とお前がこんな所で2人きりで、運命とかについて話してるんだぜ」
普段は不敵な笑みしか見せない彼が、穏やかな表情で笑う。
その顔を今までは誰に向けて来たのだろう。と少しだけ嫉妬のようなものが銀時の心に湧いた。
「土方君」
「なに…?ん…」
己の肩に乗せられていた土方の顔を両手で包むと、そのまま唇を重ねる。怯んだように奥に引っ込もうとする舌に近づいて絡んでやった。
舌先を擦りあう感覚が妙に気持ち良い。
瞼を少しだけ開くと、目を閉じて必死にキスに応えようとする土方の姿。
そんな相手を見てしまったら急かされた気持ちのせいで、それ以上を求めたくなるのも必然だった。
(ねぇ。その先の貌も、俺は見たいんだけど)
「ま、待て、ここ、外…というか、砂…!」
口付けながら砂浜に押し倒して、土方の脚を割る。すると口を離した途端に非難の声が上がった。
「良いじゃん。まだ夜明けまで時間あるし…そろそろ銀さん、お前とエッチしてぇ」
「で、も」
小首を傾げながら躊躇いなく宣告すると、戸惑いながら土方が見上げていた視線を逸らす。
何に戸惑っているのだろう。と銀時は思った。
何回も男に体を開いていると自分から告げてきたから既に後ろは処女ではないだろうし、男とセックスする事に抵抗はない筈だ。
と考えると、屋外での行為が嫌なのかと予測した。
「あ、外が嫌、だったりする?」
プライドが高い土方の事だ。誰かに見られたらマズイ、という観念があるのかも知れない。
それはそれで燃えるんだけどな―…などと考えていると首を振ってくる。
「ちが、う」
「へ?じゃあ何。
…まさか銀さんとヤりたくないって?なんちゃって…」
「…ああ」
ふざけて言った事が真っ向から肯定されてしまい、眩暈かと錯覚するくらい銀時の視界がぐらついた。
(え?今なんて言った?ヤりたくないっていう事に対して、ああって言った?え?マジでか?)
混乱していると、両手で貌を隠しながら土方が続ける。
「わる、い」
「え、いや。そんな事ねーよ…って言えないんだけど。なんかショックなんだけど」
「そうじゃなくて。万事屋まで、汚したくない。だから出来ない」
「はい?」
相手の紡ぐ言動の意味が相変わらず分からず、とりあえず銀時は土方を諭すように頭を撫でた。
「どういう事?土方君が汚れてるから、って事?でも俺から見ればお前は綺麗…」
「違、う。
俺は本当はお前が考えてるような人間じゃない。
皆が望んでるような綺麗で真っ直ぐで、純粋な人間じゃない。
淫乱で性欲が激しくて、男に嬲られたい変態なんだ!」
土方はそう叫ぶと、銀時に組み敷かれた体勢から逃げ出そうとし始める。
先程までの穏やかな態度とは一変し、突然の彼の発言と行動に驚きつつも、逃がすまいと土方の体をうつ伏せに砂浜に押さえつけた。
「土方君、落ち着いて。
自分が淫乱だから俺とのセックス拒否してたの?汚れてると思ってたから?
でも、そういうの関係ないって、俺言ったよね?」
「…言った」
「じゃあ、そういう事言うのやめてくれる。結構傷つくから」
「・・・でも、やだ」
抵抗をする気はないようだが、涙声で土方は言ってくる。頑なな性格なのは分かっていたがどうしたものか―…何が嫌なの。と再び訊こうとする前に嗚咽交じりで土方が先に言葉を発した。
「だって、俺の身体、攘夷浪士達にマワされ、て。
散々ヤられて…だから、嫌なんだ…!」
銀時が息を呑むのを、土方は静かに聴いていた。
本当は言いたくなかった。だがそうでなければ、相手はきっと納得してくれないだろうから。
「まわされたって、いつ」
「…つい一ヶ月前だ。俺、油断して、アイツらに捕まって」
背中越しに緊張した声色で銀時が問う。砂を握りながら震える声で土方も答えた。
一ヶ月前。
攘夷浪士達が潜伏しているという拠点を割り出し、土方はそこに単独潜入を試みた。
本来ならば監察方の山崎らに頼むものなのだが、伊東の件があった直後であったので真選組の士気を上げる為にも周りの反対を押し切って、副長である土方が名乗り出た。
気持ちが焦っていたのも、潜入が不慣れだったのもあったのかも知れない。
攘夷浪士に見つかって捕らえられ、目覚めれば廃墟のような場所に縛られて寝かされていた。
「初めは、幕府への見せしめとして八つ裂きにされると思ってたんだ」
だが現実は違った。
待っていたのは惨酷な処刑ではなく、浪士達による屈辱的な輪姦。
『まずは犯して男のプライドをズタズタに引き裂いて、壊せ』
主格の男の命令が下った途端、男達は土方の服を裂き、触れてきたのだ。
やめろと叫んでも意味はなく酷い時には一度に5人以上の男の牡を扱かされた。
彼らは口やアナルは勿論髪や両手、両足、乳首や性器などありとあらゆる場所の土方の体にペニスを擦りつけては精液をかけていった。
暴力は一度たりとも振るわれなかった。ただ、性だけを弄ばれた。
それが余計に土方のプライドを壊し、恥辱を感じさせたのだ。
「俺、嫌だった。本当に嫌だったんだ。それなのに」
犯され続けて3日目だった。
弄られすぎてもう殆ど何も感じなくなり、只されるがままに体を揺さぶられていた時だった。
もう何十人目か分からないが、一人の男が土方の体に挿入しようとした時に変化に気付く。
『あれ?副長サン、イれられて嬉しいわけ?』
『そんなわけ…ねーだろ…!』
『嘘つけよ。あーあ、野郎に犯される快感に目覚めちゃいましたか』
『な、何言ってんだてめぇ、意味が分からねぇ』
『自覚がないなら相当な淫乱ですねぇ、鬼の副長様』
アンタ今、俺が入れようとした瞬間に超嬉しそうに笑ってたぜ?
笑うつもりなんてなかった。殆ど残っていない力を振り絞り、睨みつけた筈だった。
だが相手は言ったのだ。『嬉しそうに』と。
「それを指摘されてから可笑しいんだ、俺の身体。
嫌で気持ち悪いだけだったアイツらのセックスが、気持ちよく、なっていって」
銀時にこの事を聞かれていると思うだけで、心臓が潰されそうな気持ちになる。
何故身体がこんな風になってしまったのか自分でも分からないから余計だ。
「その後、総悟達が助けに来て…攘夷浪士達は拿捕されて俺は解放された。
俺が奴らにされた事が内容が内容なだけに、総悟と、その時俺の救出に居合わせた隊士の何人かしかその事は知らねぇ」
「…つまり、近藤さんは知らねーって事か」
コクリと土方は頷く。近藤や他の何も知らない隊士達には、監禁されていたとだけ発表した。
「知られたくなくて、早く忘れたくて…なのに、それでも俺の身体はそれ以来、男に抱かれる事を望んでて」
屯所を抜け出しては夜な夜な男を求めた。
消せない不安や置いていかれるような感覚を、抱かれる事で掻き消してきた。
だが、そんなあの夜に銀時そっくりの兵器を名乗る男に出会った。
そして終には、銀時の手を選べば欲しい未来が手に入る事を知った。
知ったゆえに、銀時を汚せないと、悟った。
「なんで?俺の事もやっぱり、その他大勢の男としてしか見れないから?」
「…違う、逆だ。交わってきた男なんざ、本当にどうでも良い。でもお前は特別で」
特別だと自覚したから、一緒にはなれないと悟った。
大切だと思えば思うほど、傍になんて居れない。
頼りたくない。甘えられない。こんな弱い所を知られたくない。
ましてやこんな、自分が淫乱な身体だという事など。
「お前と一緒に居ると、駄目になるんだ。どんどん知っていくんだ。
俺は、皆に期待されるほど、強くねぇって事…!」
「んーと…つまり、自分のそういう所を、これ以上銀さんに暴かれたくないと」
うつ伏せにしていた身体を起こされ、対面する形で座らされた。銀色の瞳に見つめられ、肯定を示すように縦に首を振る。
「あっそ。じゃあそうやって生きてけば?護りたいモン護って、これからずっと誰にも頼らないでさ」
呆れたようにため息をつき、突き放す調子で銀時が言ってくる。
当たり前か。ある意味これは自分のエゴなのだ―…土方がそう思っていると、よしよしと頭を撫でられた。
「お前が、世界中を敵にしてでも、誰も頼りにしたくないんならそれで良い。
でも俺にだけは甘えてよ」
「だ、駄目だ。だからそれじゃ俺が」
「土方君が江戸を…俺の大切なモン護ってくれるなら、その分俺がお前を護るから」
そう言って銀時は微笑むと、不安に震える身体を抱きしめてくれた。
温かい気持ちが広がって行く事を止める術は土方にはなく、そのまま身を委ねた。
「だから弱い土方君は、自分じゃない、みたいな否定する言い方はよしてよ。
俺は全部ひっくるめてお前が好きなんだから、悲しくなる。
一緒に護っていこ?な?こんなに傍にいんだから」
「万事屋、ぁ…」
泣き出しそうになるのを土方は懸命に堪えた。
砂だらけの手を銀時の背中に回して、肩に顔を埋める。
こんなに自分を受け入れて貰って満ち足りた気持ちになったのは、生まれて初めてだった。
*
そう。日常が壊れるのは一瞬の事で。
幸せなんて長く続かないことを経験上知っていた筈だった。
「あ、銀さんお帰りなさい!」
「銀ちゃん、お客さんアルよー」
だが、終わりはまだ先だと銀時は信じていた。
「新八、神楽。ちょっとお客さんと2人きりで話したいから、暫く出掛けてきてくれるか?」
新八達が『客だ』と言っている男は上手く隠しているが、明らかに人間ではない。
恐らくは天人。
あの人間を見下した目を戦争中に何度も見てきたから、銀時はすぐに察した。
はっきり言うと、一晩土方と過ごして銀時は上機嫌で帰ってきたのだ。
土方が誰が好きだろうと、誰と寝ていようと、ちゃんと自分への気持ちが確かめられれば何をしようと構わない気構えでいたので、泣きそうになりながら『お前は汚したくない』なんて言われたら嫌でも喜びを覚えずにはいられない。
結局、彼を抱かずに夜明けを見て他愛ない話をしただけだったが、それで銀時は充分だった。帰ったら子供達を外食にでも連れてってやるかな。
屯所に戻る土方を見送った後、そんな事を考えながらウキウキと我が家に帰れば招かれざる客。
明らかに良い話ではない雰囲気を察し、何も分かっていない新八と神楽を定春と共に外へと追いやった。
「おや、良いんですか?彼らも従業員でしょう?」
「いやね。ガキには分からねーような話ぽかったんで」
凝視しているのをばれないように、銀時はソファに座る男を見やる。
短髪にサングラスをかけスーツを着用した男。
何故天人が人間を装ってまで此処に・・・?
宇宙海賊・春雨の線も頭に浮かんだが人間に化ける意図が不明だ。
色々な考えを頭に巡らせてながら、向かいのソファに腰掛けた。
「で、依頼は…」
「ふふ、そうですね。私は彼らではなく、貴方に用があったので」
何かを含んだ言い方をする相手に密かに眉をひそめた。
そんな銀時に構わず、彼は新八に出されたであろう茶を呑む。
「あ、そうですか。でもそうでしたらちゃんと事前に家に連絡とかくれませんかね。
俺割りとフラフラしてるんで、来られても居合わせない時が」
「いいえ?ちゃんと貴方にお会い出来るようにお伺いしたつもりでしたが?」
「…どういう、意味ですか」
「そのままですよ。貴方、昨夜から今まで真選組の副長・土方十四郎と会っていたでしょう。
だから貴方が帰ってくるであろう時間の10分前にはここにいました」
口元に笑みを浮かべつつさらりと言ってのける相手に、銀時は目を見開く。
(今、なんて言った?俺が帰る時間を把握してた?いや、違うそれよりも。
なんで土方君と会ってたって知っている?)
「ええ?何言ってるんですか。確かに真選組の連中とは腐れ縁ですけど、そんなプライベートで会うような関係じゃ。あの、それよりもご依頼の方を」
「良いんですよ、私の前では隠さなくても。意味のない事なので」
飲み終えたのかコト、と湯呑みをテーブルの上に置くと相手は深く腰掛けなおすと足を組んだ。
「…アンタ何者?俺に何の用?」
分かっていた事だが、明らかに普通の依頼をしに来る人間とは違う。
ゆえに警戒しつつも銀時は訊く。
「私は、この国を掌握する天導衆――その一人に仕える者。
本日は主人がここへ来れぬ為に私が使わされた。
そして用があるのは貴方ではなく…正確に言えば、白夜叉にあります」