深層心理や記憶を読み取り、精神攻撃…思い当たる節に思わずギクリとする。

「あのペット自体には害はないらしいんですけどね。ただ、あまりにも行動がノロいから身を護る為についた能力らしいんですけど」
「…ああ、それで素手で触るなって話だったのか…」
「はい。相手の思考を読み取って、精神的に脆い部分を見せて混乱してる間に逃げるっていう…」

土方は納得しながら起き上がる。どうやら、その精神攻撃とやらで今まで気を失っていたのだと気付いた。
未だクラクラする頭を抑えていると心配そうに山崎が話しかけてくる。

「将軍のペットを見つけたってアナウンスが流れたのに副長だけ戻って来なかったから、心配で」
「え、何だ。見つかったのかペット」
「ええ。だからもう局長達も万事屋の奴らも、楽しく遊んでますよ。
その、すみません。俺が勝手に言っちゃった、から」

申し訳なさそうに言ってくる山崎に、ハッとして土方は彼を見た。

「副長、局長達に心配されるの嫌いでしょう?だから戻ってこない副長を皆が心配し出す前に、『副長と連絡取れました』って言っちゃったんです。まさか、本当に倒れてるなんて思わなくて…」
「いや、気にするな。そうしてくれて助かった」

バレる奴にはバレるんだな…と土方は思い、素直に山崎に礼を言う。すると初めは驚いた表情をしたものの、相手は嬉しそうに笑うから釣られて土方も笑った。
そして『お前も今日は一日、羽伸ばしてきな』と山崎に言いって分かれ、土方は銀時を探した。
恐らく彼の事だから、アトラクションに乗って遊ぶよりはその辺でアイスなどを食べている類だろう。

「…オイ、万事屋」

そして予想通り、彼は呑気にソフトクリームを頬張ってベンチに座っていた。いつも一緒に居る子供達は遊びに行っているのか近くには居ない。

「ありゃ、土方君だ」

声は平然としているものの、話しかけた途端に銀時が肩をビクリと揺らしたのを土方は見逃さなかった。

「今暇か」
「へ?暇って言ったら暇だけど」
「じゃあ話がある。来い」
「ちょちょちょっと!?」

焦りまくる銀時の手を引いて、土方は観覧車を選んで連れて行く。出来れば二人きりで話がしたかったし、丁度良い密室空間だ。
『ごゆっくり〜』とスタッフに見送られて、土方と銀時を乗せた観覧車は動き出す。

土方は知りたかった。銀時が本当は自分をどう思っているのかを。
確かめたかった。自分が、銀時を本当はどう想っているのかを。

精神的に脆い部分を見せてくる、と山崎は言っていた。
ミツバや伊東、そして浪士達に輪姦された記憶を見せられたのは理解できる。
だが最後に銀時の言葉を思い出したのだけがどうしても納得できない。
見せ付けられた記憶で心が痛めつけられたのを、彼の言葉によって癒されたのも事実ゆえに。

「おいおい、どういう事ですか?なんで俺がお前と2人きりで観覧車乗らなきゃいけねーんだ。あのスタッフのお姉さんに完璧勘違いされてるぞコノヤロー」
「…単刀直入に訊く」

確かに夕陽が沈み始め、景色を見るには最高の場所だ。確かに文句の一つも言いたくなるだろう。
…銀時が、土方を想っていなければ。

「お前、俺をどう想ってる?」

つまらなさそうに窓の外の景色を見ていた銀時の顔がこちらに向けられる。
そして、普段はだるそうな瞳が見開かれるのを見て、土方は思い知った。
(し、しまった!単刀直入すぎたか!?)
訊き方を失敗したと悟り、焦りつつも訂正為直した。

「え、えっとだな。つまりだな。要約するとだな」
「好きだよ」
「そうそう、好きなの…え」

思いがけない相手の返答に、今度は土方が目を見開く番だった。
だが銀時にふい、と視線を再び視線を逸らされてしまうから、からわれたのかと思い気持ちが沈んだ。
(そうだよな。今まで顔合わせりゃ喧嘩してたもんな。
そんな奴にいきなり『どう想ってる』、なんて訊かれても驚くよな。
ふざけた答え方、するしか)

「話ってそんだけ?」
「あ、ああ」

普通に話題を終わらせられてしまい、あまりの居心地の悪さにきゅ、と膝の上で拳を握った。

馬鹿みたいだ。
勝手に期待して、自分を避けてるのも意識してるからだと思い込んで…そうだよな。気持ち悪いよな。
男に痴漢されて喜んで、助けて貰っといて発情してるような、俺なんか…

「え、土方君、タンマ。続きないワケ?」
「え、続きって」
「え、だから俺の好きって、いうのに対しての」
「え?」
「あーもうやだ!何この子!」

銀時は突然叫びだすと、顔を両手で覆ってガタガタと暴れるとこちらに完全に背を向けた。
相手の意図が読めずに土方は小首を傾げる。

「ふざっけんなよ!俺だけじゃん、恥ずかしい想いしてんの!」

照れ隠ししているのか、再びギャーギャーと騒いで文句を言う銀時。
まさか、と思いつつも立ち上がると、こちらを見ようとしない銀時の隣に座った。

「…なぁ万事屋」
「ちょっと、土方君!観覧車に乗ってる間は立ち上がっちゃいけないの!揺れるから!」
「こっち見ろよ」
「いーやーだ!もうヤダ!お前ムカつくから!」

彼は知っている。彼は見ている。
ミツバがこの世界に別れを告げた時、土方が一人で泣いていた事も。
近藤に見放されても彼や真選組を護りたい事も。

「万事屋」

彼はもうずっと前から、識ってくれていたのに。

「俺の事、好きなのか」

今頃、この気持ちに気付くなんて。

「なぁ…」
「好きだって言ってんだろ、バカヤロー」

銀時の肩に触れようとすると、やっとこちらを見てくれた。
その顔は柄にもなく僅かに赤く染まっていて、それを見て土方は泣き出しそうになった。

「お、れも、お前がすき。でも」
「…でも、なに」
「俺、沢山攘夷浪士斬ってるし、お前も知ってると思うけど、真選組の為なら何でも斬り捨てる」
「知ってるよ」
「それに、俺、・・・・男に身体、何回も開いてるし」
「だから何。それひっくるめて、銀さんはお前が好きなんだから仕方ないでしょ」


この年になると、上手く人を愛せなくなる。
大人に成る程愛を説く事は難しいと、誰かが言っていたのを土方は思い出す。
それが何故だかは分からないが、多分色々な事がしがらみになって、億劫で、結局どうしたら良いか分からなくて。

「…俺で、いいのか」
「…土方君が、いいの」

どうしたら良いか分からないから、土方はもう一度だけ確かめた。
そうすると先程まで照れていた銀時が、怖じしもせずに顔を近づけて答えるから、やはりどうしたら良いのか分からなくなる。

(だって、愛しい人に愛して貰えるってどれだけの確率なんだ)
(一体、どれだけの)

「銀さんと付き合ってくれる?」

もう叶わなくてもいいと思いながらも、誰かに愛されたいと願う気持ち。
置いていかないで。ここに居て。傍にいて。
真選組になると決意したあの日に、殺した筈の願い。

なのに。

差し出された銀時の掌に己の掌を重ねれば、欲しいものが全て手に入る。

「宜しくお願い、します」

堕天使の誘い。躊躇う事無くその手を取った。

俺は、坂田銀時に恋をした。


『貴方を壊したい』


暴力的で、意地っ張り。
そのくせに淋しがり屋で、一人でメソメソ泣いちゃう子。

お妙を賭けた決闘で近藤さんをぶっ飛ばしたせいで、土方君に喧嘩売られたあの日。
刀を交えつつも初めてまともに会話をして。
ねぇ、お前はあの日を覚えてる?

『お前は何を護ったっていうんだよ』

あの時、少しだけ揺らいだ。

俺は沢山護れなくて、沢山裏切ってきたから。
護りたいものを護る為に、どんな奴でもぶった斬るって云うお前に、揺るがされた。
俺の護りたいものは、あの戦で全部滑り落ちてしまったから。

もう二度と、あんな重い荷物なんざ背負い込まないと思っていたから。

ねぇ、そんな俺をもう一度奮い立たせてくれたのは、君。

君の真っ直ぐな全てに瞬きする暇もなく、俺も俺が護りたいものを再認識させられたんだよ。
だから今も変わらず、新八や神楽や定春やババァが傍に居てくれてるよ。

ねぇ。だから、お前が護りたいもんがあるなら俺も護ってやりたいと、思ったんだよ。
一人でなんでも背負って、汚いモンも全部請け負うとする、お前だから。

護りたい対象に頼りたくないんなら、せめて俺には甘えて良いんだよって、云いたくて。
そんな事を考えていたら、いつの間にか俺は土方十四郎に恋をしていたんだ。


「よ、万事屋。俺、月に4日間しかオフ取れねーんだ」
「え、なに、突然」
「でも、水曜は、早めに仕事、終わる、ぞ」

突然始まった銀時の告白は無事に受理されたようで、土方の『お願いします』発言で晴れて…かは分からないが、交際がスタートしたようだ。
実感が湧かない内に観覧車を降りると、銀時の後に続いて歩いていた土方がそんな事を言ってくる。

「…つまり、毎週水曜に銀さんに夜這いに来いとのお誘いですか、突然発情期ですかコノヤロー」
「よば、夜這い…!?ちっちっげぇええよ!!」
「違うの?じゃあ何」
「だっ、だから、水曜なら会えるって、言いたかった、のに」


真っ向から銀時の発言を否定し、意思の疎通が出来ていない事が残念なのか、土方が項垂れ始める。
夜這いでもなく、会いたいっていうんななら…ああ。と思いつき、銀時は言った。

「あ、お忍びデートしようって事―?」
「でっデート!?あ、いや。そうとも言う」

カーッと顔を真っ赤にして、バツが悪そうにそっぽを向く土方。コイツ、何がしたいんだと頭の隅で考えつつも、つまりは自分達が会える日を確認したいのか。と気付いて苦笑した。
本当にどこまでも意地っ張りだ。

「あはは、土方君可愛い」
「は、何処が。というか可愛いとか言うな」
「だって可愛い。素直に銀さんに会いたいんだって言やぁ良いじゃーん?」

先を歩いていた足を止めて銀時は振り向き、今しがた恋人になったばかりの男を見る。
『何回も男に体を開いてる』と彼は自分で言った。
それは土方がホモなのか(しかしミツバを好いていた時点で、バイなのかも知れない)、それとも男に犯されるのが好きな只の淫乱なのかは定かではない。

だが関係ない。銀時にとって、土方が手に入ればいい。
他の男に目もくれないぐらい『自分』を土方に刻み込めば良い。

(…だーからダメだって。大切にしなきゃ。どうも自分のモノにしたいと想うと独占欲が暴走する)
(もういっそ、土方君を坂田家の嫁として迎え入れちゃダメかなーダメだよね。新八達びっくりするからね)

「…というかさ、初めにはっきりさせときたいんだけど」
「何をだよ」
「ベッドではさぁ。土方君が下で、俺が上で良いよねぇ?」

立ち止った銀時の近くにトコトコと辿り着いた土方に大真面目な顔で訊く。
すると、直後に思いっきり顔にパンチが入った。

「いたーい!何すんの、早速DV!?家族気取りかコノヤロー!」
「言ってる意味分かんねーんだよ!
つか、こんな所で上とか下とか言うんじゃねーよ!誰かに聞かれてたらどうすんだコラ!」
「いや、そうやって大声で言っちゃってるの、土方君の方だからね!
…というか、何?お前、俺を抱きたいワケ?」

土方に抱かれるなんて真っ平ごめんな銀時であったが(むしろ、土方が何を言おうが自分が主導権を握る気満々だ)、一応訊いてみる。
すると土方は戸惑いがちにじっとこちらを見た後、またもや頬を赤くして片手でその顔を覆った。

「抱きたいか、って訊かれたら、そりゃ俺だって男だし、抱きたい気持ちはあるけど、でも」
「でもー?」
「お前に、抱かれたい…ッ」

そう言った後に、もう嫌だ…と小さく呟く土方。
それを見ながら銀時は理性で感情を止めるのに必死だった。
この激情を彼に向けたら。きっと壊してしまうから。

(ああ、今すぐ髪の毛引っ掴んで抱き寄せて、キスして舌絡めて何も考えられないくらいグチャグチャにしてやりたい)
(あの羞恥に震える頬を舐めて、俺を求めさせてやりたい)
(あーもう。こんな据え膳されて、一体銀さんにどうしろと)

「いいよ?抱いてあげる」

銀時は本能と戦いつつも顔を隠す相手の手を剥がしながら、吐息を耳に注ぎ込んでやる。するとビクリ、と土方の体が震えた。


「土方君…ちょっと想像しちゃった?俺に抱かれるの」

土方の手を両手で包みながら問いかけると、赤らめていた頬が余計に紅潮していく。

「し、してねぇよ…」

耳元で話しかけるだけで感じるのか、それに耐えようとしてプルプルと応えつつも震える身体。それが愛しく感じて仕方なかった。
更に追い討ちをかけようと、今自分達が遊園地にいる事も忘れて唇を重ねてやろうとした時だった。

「あ!銀さん、こんな所に居たんですか!」
「「!!」」
「あれ?トッシーも一緒ヨ」

突如現れた新八と神楽。思わず2人は密着させ始めていた身体を離した。

「銀さんと土方さん一緒で…珍しいですね。何してたんですか?」
「えっ?えーホラ、アレだよ、アレ。いつも通り喧嘩だよ、なぁ土方君?」
「…観覧車の前でアルか?」
「なっなんだチャイナ娘。何か文句あんのか」

疑いの眼差しで子供達2人が訊いて来るものだから、焦りつつも大人2人は対応する。
確かに会えば喧嘩していた自分達が、一緒に穏やかな時間を共有するのは珍しい。

(あれ?そういや、結果的に俺達って両思いだったんだよな?
って事はぁいっつも俺と土方君がしてたのは痴話喧嘩になんの?うっは、甘酸っぱい響き!)

「ってこんな話をしに探しに来たんじゃないんですってば。もうすぐ花火が始まるんですって!」
「花火ぃ?なんでまた。今日は一般客いないで俺達だけなんだろ?」
「将ちゃんが、探してくれたお礼にって打ち上げてくれるらしいのヨ!
 姉御が良い席取ってるから、早く見に行こ!」

銀時が勝手に過去を脚色していると、新八が始まっちゃいますよと背中を押してくる。
土方君も、一緒に…そう言うより早く、神楽が既に土方の手を引っ張っていた。

「トッシーも早く早く」

無邪気な神楽に手を繋がれ、初めは戸惑いつつも苦笑いした土方と目が合う。
なんだかんだで子供達も土方に懐き始めてるのが、銀時にとって何となく嬉しく感じた。


「…そういや、なんでテメーらが将軍に要請を請われたんだ?」
「え、内緒。秘密のパー子ちゃん」

お妙が待っている所まで着いた10分後には花火が始まった。
真選組のメンバーも集まっていて、結局いつもの状態と変わらない。
夜空に咲く花火を眺めながら土方に訊かれて、ギクリとしつつも銀時は誤魔化す。

(まさか、あのスナックすまいるに将軍が来た時に、女装してキャバ嬢として接待してちょっと顔見知りだったから、なーんて言えるワケねーだろ!)

ぱぁと空を彩る花火。それを眺めながら、ふと前にもこんな事があったな、という既視感に陥った。そう、あの時も土方が隣に居たような…。

そうだ。彼を苦しめたくなくて、外に連れ出して一緒に花火を見た。
でも、これは一体、何の記憶――…?

「へ?」

ふと、手にチョンっとした感触を感じて目を向ける。すると土方が指を絡めようとしていた。彼にしては大胆な行動に銀時はハッとして相手の方を見る。
すると、照れたような表情をした土方の視線とぶつかる。
それがとても幸せに感じて、周りにバレないように優しく指を握り返した。

土方が居てくれれば、運命なんか恐くない。
その時の銀時はそう堅く信じていた。

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