トイレの個室の狭さゆえ、自然と土方は便器に座る形になる。
真剣な面持ちで見下ろされるから、思わず視線を外した。

「何してんのって…てめぇが見て聞いたそのままだよ」
「…じゃあ、この間のもそうなんだな?」

この間?
意味が分からず、問いかけるように顔を上げると銀時は続ける。

「俺、カマかけたんだよ。
『ヤられただろ?』って訊いたの、アレは土方君を引っ掛ける為の質問」
「なんだと…?」
「お前が負ってた怪我、どう考えてもレイプされたような傷じゃなかったし。
 でもだからって『その怪我どうしたの?』って訊いたって素直に答えてくんねーだろ。
 だから、引っ掛けようとして、そう訊いた」

例えようのない気持ちが、土方の中に広がった。
なんと表現したら良いか分からないくらいの感情が込み上げる。

「なぁ、土方君。お前…いつもこんな事して…」
「はっ。そういう事かよ」

銀時の言葉を土方は鼻で笑って遮ると、惜しげもなく着流しの裾を開いて片足を便器の上に乗せる。
そして挑発するように曝け出した己の秘部を下着の上から指でなぞった。

「いいぜ?ヤらせてやるよ。
 中途半端に痴漢に刺激されて、体が疼いてたトコだったんだ」

弄られて少しだけ染み出た先走りの液のせいで、僅かに下着のその部分は湿っていた。
その形を露出させるように土方は捏ね繰り回す。
それを信じられないような表情で銀時が止めもしないで見つめてくる。

「痴漢って…?さっき、体調悪そうにしてた時…?」
「そうだよ。お前と喋ってる間にも、俺は中年親父に尻揉まれてたんだ。
 テメーが心配してる隣で、鬼の副長様は男にちんぽ弄られて、腰動かされて…っ、ぁ」

ビクッと体を震わつつも土方は、ぬちぬちと音を立て始めた自分の性器を扱き続ける。
しかし一向に銀時は手を出してこない。
それを疑問に思い、荒い息を吐きながら言った。

「どーした?怖気づいたかよ?」
「…違ェ」
「ああ、しゃぶれって?面倒な奴だな」

己の雄を刺激しながら、土方は目の前の銀時のズボンに手を伸ばす。
が、そこで呆けていた銀時が我に返ったかのようにその手を払いのけ、グイッと土方の胸元の着流しを掴んだ。
かと思えば、ヒュッと音を立てて右手が上がり、振り下ろされる。
(殴られる―…!!)
そう感じた土方は痛みに備えて目を閉じる。だが、次の瞬間にはぺちっという間抜けな音を立てて、軽く頬をはたかれただけだった。

「…っ馬鹿野郎…ッ!」

そう、何かを押し殺したかのように呟く銀時の表情が瞼を開けた途端に飛び込んで来て、土方は驚いた。
だがその後には彼はもう何も言わずに土方を置いて、個室から出て行く。

「な・・・んで」

残された土方は銀時の残した顔が忘れられず、只うろたえた。
どうして。
何故。

「なんでアイツが、あんな泣きそうな顔、すんだよ…?」

土方は分からなかった。
銀時は、簡単に男に身体を開く自分を軽蔑したのかと思っていたのに。
(なのに、何故か泣きそうな顔で、『馬鹿野郎』と叱った。どうして)

あれではまるで、銀時が土方を心配しているようではないか。
否、銀時はそういう男だったと思い知らされる。
ミツバの為に単身蔵場の所に乗込んだ時も、彼は総悟を連れて助けに来た。
妖刀の呪いにかかった時もそうだ。
(大切なガキ2人引き連れて、俺の望みを本当に叶えて、くれて)

土方は分からなかった。
銀時の気持ちが。そしてそれに戸惑っている自分の気持ちが。


「というわけで、トシはお留守番でっす!」
「はい?」

銀時によく似た『彼』につけられた傷も治りかけた頃。
以前の瑠璃丸捜索の依頼同様、またもや将軍からのお忍び捜索願いが出された。
真選組から十数名の人手を貸して欲しいとの事。

勿論、いつもと同じメンバーで出動すると思っていた土方は、近藤に『お留守番』を言い渡されて思わず情けない声を出してしまった。

「な、なんで俺は留守番なんだよ」
「総悟から聞いたぞ。お前、なんでいつも怪我しただとか体調悪いだとかそういうの、俺に言わないんだ」
「(総悟、あの野郎・・・!)」

こちらに言及しない代わりに、近藤に言ったか…と土方が心の中で舌打ちをしていると、ぽんぽんと頭を撫でられた。

「トシ。確かに伊東先生や妖刀の件で…俺に頼れないと感じさせてしまったのは謝る。でも前にも言った通り、俺にとってトシも総悟も皆、部下じゃないんだ。
俺が居て、お前らが居て真選組なんだ。頼むから無理はしないでくれ」
「・・・無理、してねぇよ。
 もう無茶もしねぇ。だから、留守番とか言わないでくれよ」

お前は、無茶をするから屯所に置いていく。そう言われているようで土方は嫌だった。
置いていかれない為に努力していたのにそれでは意味を成さない。

「本当に?」
「本当」
「約束出来るか?」
「ん」

彼の笑顔は永久に手に入らない。だから自分はそれを護るだけだ。

貴方への想い、一つ誓って。


「あ、ゴリラとトッシーとドS野郎共アルよ、姉御」
「あらあらぁ。今日は楽しい遊園地日和になる筈だったのに」
「おおお妙さん!?なんでここに居るんですか!?」

将軍の今度の探し物は天人に貰った宇宙生物だそうだ。
大江戸遊園地で目撃されたとの通報があり、一日貸し切っての探索に当たる筈が、真選組しか居ない所に何故か神楽と志村妙の姿があった。

「オイオイ。姉御とチャイナが居るって事ァ、旦那と眼鏡少年も居るんじゃねェですかィ?」
「(ちょっと待て。なんで居るんだよ!?出来れば万事屋の野郎には会いたくねぇってのに…!)」


驚いている近藤を尻目に、総悟はあっけらかんと言う。
その傍ら、土方は総悟に勝手に近藤に告げ口した事に対して文句を言う気満々だったのだが、万事屋メンバーが居るとするならばそうはしてられない。

総悟の身体を盾にして身を隠し、ここに居る可能性が非常に高い銀時となんとか会わないように努めた。

(なんで本当、アイツらが居るんだ!?絶対に万事屋の野郎とは会いたくねぇ…!)

そう思いつつも無意識に銀時を土方は探していた。またこの間の駅のホームで会った時のように出くわすのではないかと思ったのだ。
しかし彼はおらず、代わりに新八が声をかけてくる。

「あ、土方さんと沖田さんも来てたんですね。こんにちは」
「こんちは。『も』って事ァ、新八君もここへは何かの依頼で?」
「はい。将軍様のペット捜索、ですよね?真選組と協力して見つけて欲しいって依頼で」
「そうなんですかィ。でも俺達と一緒の仕事なんてよく旦那達が引き受けたもんでさァ」

総悟と新八の会話を聞き、どうやら彼らも将軍に頼まれてここに居る身なのだと知る。
更に新八は話を続けた。

「沖田さん達と一緒に仕事なんて嫌だ〜って銀さんも神楽ちゃんも初めは言ってたんですけどね。まぁ将軍様のご依頼だし断れない…っていうのと、報酬を聞いたら俄然やる気になったらしくて」
「報酬?なんでィそりゃあ」
「え、見つけ次第、その後は大江戸遊園地を貸切で全てタダで遊んで良いって」

それってつまり、園内の遊園地乗り放題、レストランで食事食べ放題って事じゃねぇか!という銀時の安易な発想で、万事屋はこの依頼を受ける事にしたのだという。
新八の姉の妙がここに居るのは人手が少しでも多い方が良いから、という理由だそうだ。

「じゃ、そういう感じなんでお互い頑張りましょう」
「そうですねィ。というか、その当の旦那は何処に行ったんで?」
「あ〜。あの人、もう捜索始めましたよ。真選組が来た途端、慌てたように」

そう言って、神楽達の元へ向かう新八を見ながら土方は銀時の行動の意味を考えた。
(俺達が来た途端、慌てたように捜索を始めた?だがら万事屋の姿が見当たらなかった?)
まるでそれは、こちらを避けているかのような――…

「土方さん。まさか俺達への報酬も遊園地貸切で遊んで良いよ、って感じなんですかねェ」
「…さぁな。とりあえず俺達も捜索始めて、早めに切り上げるぞ」
「へーい。
 …ねぇ土方さん。俺を叱らないんですかィ?」
「何言ってるんだ?お前を叱る理由が思い当たらねぇし」

総悟は土方が真っ先に怒るであろうと予測していたのだろう。
確かめるような言い方をしてくる彼に普通に接すると、土方は連れてきた隊士達に捜索の指示を出し始める。

「とりあえず2人一組で動け。目標は犬と同じくらいの大きさらしいから見つけやすい筈だ」

(…何で、俺はショックを受けてる?)
(この間のように、何事もなかったかのように銀時が話しかけてくるのを期待してた?)
(なのに、アイツが俺達を避けるような行動をとったと聞いたから?)
(期待?)

(俺はアイツに、期待する事なんか)

(一つもない)


(一つもない筈なのに)


「総悟、お前は近藤さんと行動しな。あの人お妙さんについて回ってボコボコにされるのがオチだからな」
「・・・アンタはどうするんですかィ?」
「俺?俺はその辺で回りながら、指示して歩くさ」

気持ちが沈んでいる今、誰かと一緒に仕事をする気にはなれなかった。
近藤のお守りを任せて捜索に向かおうとすると、声のトーンを低めた総悟に問われる。

「一人で平気ですかィ?」
「ああ」

今は一人になりたい。自分の感情を整理したい。
総悟の質問が一人で回る事を心配しているのではなく、土方が『一人になる事』を心配している事は分かっていた。
だからこそ、一人で行動したかった。

「あ、そうだ。目標を見つけても、素手で触っちゃいけねーからな」
「なんででさァ」
「よく分からねーけど、とりあえず網か何かで捕らえろって話だ」
「へーい」


大江戸遊園地には土方は過去に一度だけ来た事があった。
あれは上司の松平の娘、栗子をチャラ男―もとい彼氏から護るという名目で、あの時も近藤達と一緒にやってきた。
(結局、真実の愛なんてねーって…いう結末だったような…)
そんな事を思い出しながら、いつもは賑わっているであろう園内を見渡しながら歩く。

「…ん?なんだありゃ」

いつもは煌びやかに回転しているメリーゴーラウンドだが、今は点灯されておらずに止まっている。その近くのベンチにスライム状の大きな塊がある。
中型犬と同じくらいの大きさ、宇宙生物…まさか、と思いつつも土方は近寄る。

すると、ベンチの上のそれは気配に気付いたのか薄く伸びてヨタヨタと逃げ出そうとした。

「くそ、肝心の俺が網持ってなくてどうする…!」

周りを見渡しても誰もいない。
しかしここで逃しても後々面倒だ。少しくらいなら触っても平気だろう、と土方は手を伸ばす。

ぴり。
塊に触れた途端、電気のようなものが全身に駆け抜ける。

「痛っ…あぁ!?」

痛みにたじろいている間に、いつの間にかスライム状のそれは触手のようなものを何本も精製して土方の身体にまとわりついていた。
それらが隊服の袖口やズボンの裾から侵入してくる。気持ち悪さに声を上げた。

「ちくしょ…なんだよコレ!」

引き千切って身体から引き剥がしたかったが、将軍のペットかもしれないそれに無茶な乱暴は出来ない。

「っあぁ、う…」

服の下に入り込んだ触手に全身をまさぐられ、為す術なく土方は地面に膝をつく。
やはり一人で行動するべきじゃなかったのか…!?そう後悔し始めた頃、ありえない声が脳髄に響く。

「ほら、十四郎さん…だから私も連れて行ってって言ったでしょう…?」

驚いて顔を上げると若いミツバがそこに立って微笑んでいた。
ありえない。
頭ではそう理解しているのに、土方は視線を外せない。

「そうしたら私、当馬さんにも騙されず…今もそーちゃんや近藤さんと一緒に笑えてたかも知れないのに…」


「ど、うして」
「あら?私の顔を忘れてしまったの?十四郎さん」

違う。忘れる筈がなかった。
惚れて、幸せになって欲しくて、でも自分では幸せに出来ないから―…総悟に憎まれてでも突き放したミツバを忘れる筈がない。その声も、姿も、未だに焼きついて離れないのに。

「どんなに忘れないと誓っても、結局いつかは忘れていくんだろう?
 彼女の事も、僕の事も君は忘れていくんだろう?土方君…」
「・・・!」

すう、と姿を現したのは伊東だった。驚きを隠せず土方は声に出せない悲鳴を上げる。
何故、何故、何故2人がここにいるんだ。
意識がそれだけにしか向かず、その他の事は考えられなかった。

「ズルイなぁ、土方君は…僕は片腕を失くしてしまったから、もう君を抱き締められないし」
「私は肺を侵されたから、もう息をする事すら出来ないわ」

そう言った直後ミツバと伊東の体が血塗れになり、その形を崩していく。思わず土方は手を伸ばしたがそれは間に合わずに彼らは消えてしまった。
後には呆然とする土方だけが残される。

「な、んだよコレ…!何なんだよ!?」
「お。副長サンの目が覚めたみたいだぜ」
「な…!?」

下卑た声が聞こえた途端に場面が変わった。廃墟のような場所に自分は横たわっていて、その周りを男達が取り囲んでいる。
隊服の上から縄で縛られているこの感覚を土方は知っていた。否、覚えていた。

「リーダーぁ、どうしますぅ?コイツには俺らの仲間が沢山やられたし、とりあえずリンチでも…」
「犯せ」
「はい?え、でも土方は男ですよ?」
「だからこそうだよ。まずは犯して男のプライドをズタズタに引き裂いて、壊せ」

主格の男が命じた刹那、一斉に飢えた男達の手が土方に伸びる。

「やめ…」

土方は覚えいてた。当たり前だ。これはつい最近の事。
攘夷浪士達の拠点をおさえたものの、逆に油断して捕らえられ、そして――…

「くそ、放せ、やめろ…!」

つまり自分の記憶を見せられている、という事になる。
しかもどんなにもがいても現実に戻れない。どんどん場面だけが進んでいく。

『…土方君。一人でそんな乗り越えようとしなくて良いんだよ。もっと周りに頼りゃあ良いじゃん』

(誰か…!)
銀時に言われた言葉を思い出し、助けを呼ぼうと考える。しかし頼りに出来る者が誰一人いない事に気付いた。
(近藤さんも総悟も、真選組の奴らも、護りたい人達…だから、呼べない)
(呼んだら、頼ったらダメだ。俺が護りたい人達なのに)

「お前が真選組を護ろうとしたようによ」

(ああ、どうしてこんな時に)

「それが、土方十四郎だろーが」

(万事屋に言われた事を…思い出すんだろう…)



「副長ぉおおお、起きて、起きてください!はっ、これは山崎退、目覚めのキスをするしか」
「何してんだテメェ」
「ギャアアア!」

土方が目を覚ますと、そこには何故か顔を近づけてくる山崎。反射的に顔面パンチを喰らわせた。

「副長!目覚めたんですね、良かった!」
「あー…なんでそんなに鼻血だらけなんだ山崎」
「アンタが今殴ったからでしょうが!
 ってそんな事より!もしかして副長、あの将軍のペットに素手で触りました!?
 あの宇宙生物、どうやら危険を感じると相手の深層心理や記憶を読み取って精神攻撃してくるらしいんですよ!」

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