初めは、銀時の大切な者達の写真や書類を見せられ、盾にされた。
例えば今まで目を瞑られていた神楽やキャサリンの不法入国を問いただし、厳重な処罰を与えると。特に神楽は夜兎だ。捕らえられればどんな扱いをされるか分からない。
そして土方には、天人達の慰み者になる話が出ているというのだ。
それらを阻止するために、銀時は話を受け入れた。
そして白夜叉になると決めた次は、退行催眠をかけられた。
天人が言うには、銀時の複製にも催眠をかけた結果、自分が前世と同じ運命を辿っているらしいのだ。
前世の銀時は自分と同じように生き、麻薬の実験体にされそうだった土方を護り、その末に愛した。
『…銀時…俺を、ゆるして』
だが、彼は体も心もボロボロになって死んだ。否、正確には銀時が殺したのだ。
そしてその時銀時も息絶える寸前の土方に刺され、前世の自分は終わりを迎えた。
「土方く、ん?」
そんな事は繰り返したくなかった。
だから銀時は感情を捨てた。感覚も失くしていった。
だから命じられるままに体から武器を出し、暴力でターゲットを傷つけていった。
眠くなくなっても、腹が空かなくなっても、痛みを感じなくなっても、人が泣き叫ぶ所を見ても、愛する者達を思い浮かべても次第に何も感じなくなっていく。むしろ、そんなモノは必要ないのかと思い始めた時。
「嘘だろ。いや、やだ、土方君」
行く場所がなくなった銀時を土方は見つけてくれた。
怪我をしようと、天人に犯されようと、彼は諦めなかった。
何度も『帰ろう』と言ってくれた
「いや…」
そしてやっと帰って来れたのに、腕の中の土方はぐったりと銀時に寄りかかってくる。それは、気を失っていた天人が
「ハハッ、傑作だなぁ白夜叉!最後の最期でお前は護れないなんて!!」
「…テメェ…!」
背後から銃で土方を撃ったからだ。
「ぶっ殺してやる!!!」
自分の体から抜け落ちたばかりの刀を握る。
銀時の脳裏には天人を八つ裂きにするイメージが浮かんだ。相手をその通りにしてやろうと殺意を持ったまま駆け出そうとした所で、刀を持ったその手を掴まれる。
「銀時、やめろ!俺は足を撃たれただけだ…!」
止めたのは土方だった。動いている彼を見て安心したが、それよりも目の前の天人への憎しみの方が増していた。
「ホラ、どうした白夜叉!俺が憎いだろ、早く殺せよ!」
「土方君、放せ!アイツ滅茶苦茶にしてやんなきゃ気が済まねぇ!」
「挑発だって分かってんだろ!?あんな奴殺して、お前の手を汚す必要なんざねぇよ!」
土方の言葉にビクリと銀時は体を震わせる。
彼は知った筈なのに。
銀時が攘夷戦争で、何人もの命をこの手で奪ってきた事を。
「俺の手は汚れてもうどうしようもねぇよ。今更一人分の血が増えた所で何の問題もない」
「…ッ!」
直後、土方に殴られてバシンと頬に痛みが走る。久々の痛み。何するんだ、と言うより前に彼が叫んだ。
「お前ソレ、本気で言ってんのかよ!」
何故か土方の表情は怒り出す寸前だ。
それを知っているのは彼をよくおちょくって、怒らせるのはしょっちゅうだったからだ。
だが、それでも怒られる理由が銀時には分からない。
あの天人は土方を酷い目に合わせた。死んでも当然だ。
だから何も躊躇う必要などない筈なのに。
「…本気だったら何?」
「この、ばか…っ」
出血しているというのに頭に血を上らせすぎたせいか、土方は悪態をつきながらフラリと再び銀時にもたれ掛かる。
その様子を見た天人はやれやれと溜め息をついた。
「残念。土方を殺し損ねたようだ」
「…テメェ、覚悟は出来てんだろうな」
どこまでも感に触る天人だ。再び刀を握る手に力をこめると、それを察したのか土方は力なく銀時を止めるように縋り『駄目だ』と首を振る。
しかし、そんな彼を突き飛ばしてでも銀時は天人を八つ裂きにしたかった。
まだ、かすかに白夜叉の力は体に残っている。
相手が拳銃を撃つ前に背後に回りこみ、刺すことなら出来る…
『銀時。お前は殺人兵器みたいに、白夜叉っていう面を被って命を奪えて良いなぁ』
(あれ?今俺、何考えてた?どこまで考えた?)
「さてここまでくると私の亡命も難しいですし、残念ですね」
銀時が思考に意識を集中させていると、ポツリと天人が呟く。
そして懐から取り出した何かのスイッチを押した直後、大きな爆発音が響いた。
「な…テメェ、何をした!?」
「私の生み出した全てを深海に沈めるんですよ。誰にもこの兵器開発の技術は知られたくないですし。貴男方も上に居る客達も道連れです」
また近くで爆発する音。激しい揺れに立っているのがやっとだ。
「ハッ、それでお前だけは逃げるって?俺がそんな事をさせるとでも…」
「まさか。私は貴方に呪いの言葉をかけていきますよ」
そう言って、ガチャリと天人は己のこめかみに銃口をあてる。
「ごきげんよう、白夜叉。ここで二人仲良く無様に死んでいけ」
「…!」
そう言葉を吐き捨てると、引き金を引く。刹那、銃声と弾が床に落ちる音が反響してやがて静かになった。
銀時は頭から血を流して倒れた天人を暫く眺めていたが、嫌な音を立てて船が傾き始めた事に危険を感じる。
「…土方君、立てる?」
「ああ」
「待って、止血した方が良いかも」
まだ怒っているのか、土方はぶっきら棒に答えてくる。が、そんな彼を座らせると己の着流しの裾を破り、足の付け根の辺りを縛る。
「撃たれたの、太腿じゃねぇか…歩けるのかそれで」
「大丈夫だ、こんなの」
そう言いつつもやはり痛むのか、顔を歪ませながら土方は立ち上がる。
だが上に出る手段は、銀時が知る限り階段しかない。そんな足であの長い上り階段を上れるのだろうか
「銀時…ここって電話とかあるか?総悟と一度連絡取りてぇ…」
「あ、多分これがそう」
受話器を渡すと、土方は番号を押し始める。恐らく一緒に来たという総悟の携帯にでも電話をするのだろう。
「総悟か?俺だ」
『土方さん!?何してんですかィ?船が突然傾き始めて上は大混乱でさァ』
繋がった途端、スピーカーに直結してるのか室内に総悟の声が響く。
「総悟、今から俺も戻るからとりあえず客の避難に専念しろ。銀…じゃねーや。万事屋は見つけた」
『マジですかィ。おーいガキ共。土方さんが旦那を見つけたらしいぜ』
『え?銀ちゃん!?』
船底が爆発して傾き始めてるというのに、土方は受話器を渡してくる。それを受け取ると『手短にしろよ』と言われた。
「…よーう、神楽」
『銀ちゃん、本当に銀ちゃんアルか!?』
「銀さんだよー。何か色々悪かったな。今からそっち行くから沖田君のお手伝いしてなさい」
『銀ちゃあん…』
愛しい少女が電話越しに泣き出しそうな声を出す。何か声をかけようとした途端、またもや船が大きく揺れた。
そこでよろめきかけて銀時は己の体の異変に気付く。全身にまともに力が入らないのと、襲ってくる強烈な眠気。
「銀時?どうした?」
「土方君、どうしよう…すげぇ眠ぃ…」
銀時の異変に気付いたのか土方が声をかけてくる。
本当は『大丈夫』と言いたかったのだが、抗い切れない眠気に思わず訴えてしまう。
その様子を見かねたのか、土方は銀時から受話器をもぎ取った。
「オイもう切るぞ。船底であちこち爆発が起きてるんだ。お前達も危なくなったら、ちゃんと避難を…」
『待ってくれ!少し相談があるんだ』
「なんだ?早く言え」
今度は神楽ではなく、相手は九兵衛のようだ。しかしその声を聴いている間にも次第に銀時の眠気は強くなっていく。己の複製がガラスケースに横たわって並んでるのを映している視界も段々とぼやけていった。
「柳生のヘリを出してくれるたァ…さすがはセレブは違うな。分かった。上はお前らに任せた。俺らもすぐ向かう」
『ああ。必ずだ。隣の銀髪にも言っておけ』
「分かってる」
そこまでの会話が聞こえて、ふっと体から力が抜ける。倒れる、と思う前に床に伏せていた。頭を打つ痛みよりも眠気が勝った。
「銀時、ここのパソコンのデータ持ち出せるか?証拠として持ち帰りたい…ってオイ、何してんだよ!?」
「あ、ごめ…」
土方に揺さぶられ、夢の世界から意識を現実へと戻す。頭を振ってなんとか持ち堪えようとして立ち上がった。
「多分、このメモリにアイツが開発した兵器のデータが入ってるから…これがあれば少しは役に立つかも…」
言いながらパソコンからメモリースティックを取り出して土方に渡す。それを受け取りながら彼は表情を暗くした。
「大丈夫なのか?眠いって…まさか何かの副作用じゃ」
「平気、それより早く階段上ろう?お前怪我してんだから急がねぇと」
そう話している間にも照明がバチバチと音を鳴らし、点いたり消えたりし始める。
何か言いたげな土方の手をひいて肩を組ませ、ヨタヨタと出口へ向かって歩んだ。
「ごめんなぁ。銀さんにもう少し余裕があればお姫様抱っことかしてカッコ良く脱出出来るんあけど」
「いい。そんな事しなくて良い」
「ンだよ。即答かよコノヤロー」
「はは」
少し拗ねて見せると土方は笑う。それに少し安心したが、それでも眠気は一向に治まらなかった。
「なぁ銀時。ガラスケースに入ってるの、あの天人は実験体って言ってたが…お前の複製とも言ってた」
「あー…なんかそうらしいよ。体の造り的には俺と全く一緒なんだって。気持ち悪いよな。俺じゃねーのに」
「そう。お前じゃない。でもそうしたらあいつ等は今、あのケースの中で生きてるのか?」
「うん。眠らされてるけど、生きてる」
かぶき町で暴れ、土方や神楽達を傷つけた白夜叉。彼も銀時から造られたものだ。
「目ぇ覚まさずに、そのままこの爆発で死ねると良いけど」
「…そうだな」
扉を抜けてようやく階段を上り始める。その間も轟音が鳴り続け、揺れているせいで足元は不安定だ。そして銀時は己の眠気と戦う事に必死で気付かなかったが、撃たれた土方の足からは血が流れ続けていた。
「土方君。ごめんね。帰ったら色々俺、お前に話さなきゃね」
「…本当だよ。おかげで混乱しっぱなしだった」
「ごめん」
「お前が前に言ってた『忘れられない奴がいる』って言うのは、桂や高杉の事か?」
「…うん。あれ、もしかして戻ったらしょっぴかれる?俺」
「何でだよ。お前は今、白夜叉じゃなくて万事屋なんだろ」
土方の声が遠くなっていく。が、懸命に銀時はそれを聴こうとした。そうでなければ眠ってしまう。
「お前の過去とか俺は知らない。今のお前しか知らないんだよ。だからそんな白夜叉だとか前世だとか、俺は…」
階段を半分まで上りかけた頃、再び大きな揺れが2人を襲う。土方を支えきれずそのまま手すりにぶつかり倒れこんだ。
「いって…ごめんな。支えきれなかった」
「俺こそ、悪ィ。なんか体に力が入らな、い」
「土方君…嘘だろ」
顔面蒼白の土方を見、更に今まで歩いてきた軌跡を一瞥して銀時はギョッとした。
階段に土方の血の痕がずっと続いていたのだ。