そう言って再び銀時は俯く。土方は何か声をかけようと口を開くも、言葉が継いで出てきてくれない。だが、それでは意味がない。きっとこうしている間にも銀時の中で感情は死んでいってるのだ。

「銀時。帰ろう。な?お前が待ってるって言うから、迎えに来たんだぞ」
「…無理だ。もう嫌だ。帰りたくない」

銀の髪を振り、銀時は土方の言葉を否定する。そして肩を掴む手から逃れようと体を揺すった。

「もう、いいよ。もう疲れた。ずっとこんなだ。ずっと俺、こうなんだ」
「つ、疲れたとか言うな。それにずっとこんなだとか限らないだろ」
「ううん、一緒なんだよ!乗り越えたって、次の壁にどうせまたぶち当たるんだよ!
 その度に俺はまた誰か傷つけて、護れなくて、憎まれて、後悔して」

そうしてついには土方の手を振り払い、頭を抱えて床に伏せる。
そこでその背中を見、息を呑む。銀時の背中から着物を破り、突起物が隆起し始めたのだ。
ソレは、失踪した彼を見つけた時に翼のように生えていたものと酷似している。
駄目だ。これ以上いったら、戻れなくなる。
土方はそう、直感的に感じた。

「一緒なんだ。ずっと繰り返すんだ。ずっとずっと、死んで生まれ変わっても同じ事を繰り返すんだ。松陽先生が奪われて、俺は戦争に参加して殺しまくって、高杉が世界を憎んで、ヅラが攘夷活動して、俺は新八や神楽に出会って、それで」
「一緒じゃない、銀時。確かに天人の言う通りの前世なら、その通り俺はあいつ等にヤられた。けど、でも俺は」

「最期に俺はまた、土方君を壊すんだよ…」

そう呟く銀時の手が形を崩し始めた。その様子を見た途端に土方の中でフラッシュバックが起きる。
砂になって、崩れてしまったもう一人の白夜叉の最期を。
確かに数秒前までヒトであったそれが、もうヒトであったかすら分からなくなってしまった末路。
その時に土方は思った筈だった。『銀時の最期の姿など見たくなかった』、と。

「…銀時、俺、壊れてねぇよ。まだここに居る」

伏せる銀時を庇うように土方は己の上半身を重ねる。そして宥めるようにその背中を撫でた。

「お前が人殺しだろうが、護れないだとか、前世で俺に何をしたか、なんて知ったこっちゃねーよ。でも、お前は生きる為に護ろうとしたんだろ?」

ビク、と銀時の肩が揺れる。

「なぁ、お前さ。付き合う前に俺に言った事、覚えてるか?『誰かに頼れば良いじゃねぇか』って。一人で抱え込むなって」
「…覚えてる」
「あれは、自分の身にも覚えがあったから俺に言ったんだろ」
「・・・」
「お前の方こそ護るだけ護って、そのクセ自分は一歩引いて、そいつらの幸せ見守ってんだろ。
 『俺はどうでも良いから、お前らは幸せに生きてくれ』だとか思ってんだろ」

銀時は反論をしてこない。気のせいかも知れないが、背中の隆起の進行も止まったかのように感じる。それに安心しつつ土方は続けた。

「あのな。この船に、お前らン所のガキ共と総悟と、柳生の若も来てる」
「え…」
「お前が兵器だって事は言ってねェ。だが、迎えは俺が行くが心配なら付いて来いって言って、来させた。アイツ等がなんで来たか、分かるか」
「・・・」
「一緒に、お前と笑いたいからだよ。手引っ張って、一緒に生きたいからだ。…俺も」

ぐ、と土方は手に力を込める。包帯を巻いた掌が痛んだがどうでも良かった。

「もう一度お前と笑いたくて、ここに来た…」

そうして縋るように相手を抱き締め直す。もうこうする事しか術が見つからなかったのだ。
すると、ポツリと銀時が小さく呟いた。

「土方君、俺が屋台ですくった金魚、まだ生きてる?」
「え?ああ。元気だ。毎日餌やってるし」
「そ、か。死んでねーんだ…」

予想外の質問に驚きつつも答えると、ふ。と銀時が耳元で笑ったのが分かる。

「なぁ。俺の体に埋まってる装置のプログラムを解除するの、手伝ってくれる?」


思わず土方は『今、なんて言った?』と相手に問い返しそうになる。
望んでいた台詞だった筈なのに、本当なのかと疑ってしまったのだ。だが。

「…当たり前だ」

そう小さく呟く。すると、『ありがとな』と言いながら銀時は土方を支えながら立ち上がる。
そして近くにあったパソコンの電源を入れた。

「お前、分かるのか?解除の仕方」
「うん。まぁ、一生使わねーモンかと思ってたけどよ」
「…良かった」
「え?」

ブン、と音がして画面が起動する。それを眺めながら土方はごちた。

「いや。あの天人気絶させたのは良いけど、よく考えたら解除の方法喋らせてねーや、って思ったから」
「あはは。本当、俺が知らなかったらどうするつもりだったんだよ。無鉄砲な奴だコノヤロー」
「うっ、うるせーな」

言いながらも、土方は感極まって泣き出しそうになった。普通にこうして銀時と話せている。
いつものようにからかうような言い方の彼に、応える事が出来る。
たったそれだけの事が嬉しくて仕方がなかった。

「あのね、土方君。今の俺はすごく不安定なんだ」

だが、キーボードをカタカタ弄りながら話す銀時の言葉に、一瞬にして高揚した気持ちが引いていく。

「…不安定ってどういう事だ?」
「俺の感情とか記憶とか、もう殆ど消えかけてたんだ。
だから実質今の俺の体にはターミナルでお前に会った時に残留した、無理矢理起こした不安定な感情と記憶しか残ってない」
「残ってないって…じゃあ、後は?」

感情が少しでも残っていれば、間に合うものだと思っていた。しかし予想していたより事態は複雑なようだ。

「後は死んだかこの装置に閉じ込められてるか、どっちか」

恐ろしい事を銀時は平然と口にするから土方は、少しでも先程喜んでしまった自分を恥じた。その傍らで銀時は淡々とコードをパソコンに繋げ、胸に埋め込まれている石にも接続する。

「だから覚悟して。もしこの武装を解除したとしても、俺は元に戻れるかも限らない。
 感情や感覚が壊れた、今と変わらない只の廃人かも知れねぇ。でも」

確かめるように深紅の視線がこちらへと向けられる。心臓が握られる想いだった。

「それでも、良い?」

問われて刹那、色々な思考が土方の頭を駆けたが迷う事無く、無意識に頷いていた。するとそれを見た銀時はパソコンの前を空ける。

「これ一人じゃ出来ないんだ。俺と俺以外の奴が居て初めて解除できる。感情とかこれ以上壊れねぇように集中するから、キーボード叩くのお前に任せて良い?」
「でも俺、こういうカラクリはさっぱりだぞ」
「大丈夫。音声に従ってエンターキー押してくれれば良いから」

そうは言われても最近のものに土方はあまり詳しくない。が、やるしかなかった。
画面には『白夜叉のアンインストールを開始しますか?』という文が点滅している。土方は震える指をキーボードに伸ばし、エンターキーを押す。
途端、隣の銀時の体からバシンと音がするから驚いてそちらを見た。

「平気だよ。プログラムが始まったから、俺の体にもそれが伝わっただけ」
「い、痛いのか?」
「ちっとも。神経伝達は全部遮断されてるから食欲とか、眠気とかもなくなってて…って後で話そう。続けて」

言われた通り、土方は出てくる画面に従いながらエンターキーを押していく。こんな簡単な解除の仕方で良いのだろうかと不安になりつつも続けていった。

『ここからは音声認識が行わる為、実行パスワードをお願いします』
「銀時、パスワードって…」

進めて行った所でパスワードを求められる。勿論そんなモノは知らないから銀時に伺うと嫌そうな顔をされた。

「いや。このパスって俺が決めたんだけどね。嘘、言うの。言うのかよ、コレ」
『あと30秒以内に実行パスワードを音声入力をして下さい』
「オイ、早くしろよ!お前がどんなパスワードにしてようが何も思わねーよ!」
「…」

銀時は意を決したようにインカムをつけると、パソコンに向かって短い日本語を口にした。土方の手を握り締めながら。

「君の事しか、今だけは」

そんな言葉、普段だったら笑い飛ばしてしまいそうなもの。
だが搾り出すように銀時が呟いた言葉は、今の土方には誰にも許されないかのような祈りの言葉にも聞こえて。
だから彼の祈りを許すように握られた手を、そっと握り返す。その掌は妙に冷たかった。

『音声入力を認識、パスワードの一致を確認しました。続いて最後に解除者の音声入力を60秒以内に行ってください』

無機質な機械の声が土方の鼓膜を刺激する。思わず隣の銀時の顔を見た。すると相手もこちらを見つめてくる。

「土方君が俺と同じパスワードを言えばコレが最後。この後どうなるかは銀さんも分からない」
「…大丈夫、か?」

そんな事を訊いても仕方ないのに思わずそんな事を聞いてしまう。
すると彼は顔をくしゃっとさせて応えた。

「だいじょーぶ。
…って言えたらいいのに。今、すごく怖い」

ぎゅ、と銀時は手を握る力を強めてくる。

「感情なんざ殆ど残ってねぇ筈なのに、なぁ土方君。すげぇ怖いよ。」
「銀時…」
「土方君。もし全部終わって俺が壊れても、今の俺の事覚えてて。
 俺がこうして怖がってた事とか、お前を大好きだった事とか全部」
「…忘れ、ねぇよ」

銀時との始まりは池田屋ホテルで刀を交えた時。
それから沢山の事があった。
顔を合わせれば意地の張り合い、それでも護り、時には力を合わせたりもした。
銀時は土方の大切なものを護ってくれた。

例えば彼を人殺しだと罵る者が居ても。例えば、彼が生きる事を罪だという者が居たとしても。
きっと己だけは、彼を許すだろう。

『土方君、探して。見つけて、俺の事』
ターミナルで消える間際、まるで縋る子供のように銀時は言ったから。

「忘れねェから、安心してこっちに戻って来い」

そう告げると、土方はインカムを装着する。

『あと30秒以内に音声入力を実行して下さい』

気付けば先程まで冷たかった掌は、握り続けたせいか温かくなっていた。

「きみのことしか、いまだけは」

自分でも分かるほど声がガタガタに震えた。直後、ディスプレイに新しい画面が起ち上がる。

『解除者の音声入力を確認しました。白夜叉のアンインストールを許可します』

その文章を意識が確認するより前に、握っていた銀時の手の力が抜けてガクンとその体が膝をつく。土方はそんな相手を絶句して見つめたが次の瞬間には倒れた彼の体を抱き起こしていた。

「銀時…!」

瞼を閉じて眠っているかのような表情。その間にも銀時の体からは次々に刀や武器が零れ落ちていく。羽のように生えていたものも砂のようになって背中から崩れ落ちた。
そして、装置の役割をしていたであろう胸に埋め込まれていた石も、音を立てて砕ける。

あとは。と土方は銀時の目覚めを待つ。
やがてうっすらと開けられる瞼。思わずその顔を覗き込んだ。
その両目は変わらず深紅に染まったまま。
『誰だ、お前』
またその質問をされるのかと思うと、心臓が痛いくらい耳の近くで鳴った。

「…しけた顔してンじゃねーぞ、土方コノヤロー」

だが、可笑しなくらい聴き慣れていた筈なのに、久しく聴いた口調で声をかけられる。
言葉が口から出てこない。そんな土方を見てニタリと銀時が笑うから、悔しくてその憎たらしい体ごと力強く抱きしめてやった。


『貴方を壊したい』


目が覚めると、随分と間抜けな顔をした土方が居た。
とても長い夢を見ていたような気がしたけれど、抜け落ちていた感覚が少しずつ戻って来た事を感じる。
とりあえず、彼に皮肉めいた笑みを向けてやると一瞬泣き出しそうに顔を歪めた後に抱きついてきた。

「コノヤローはてめぇだ、上等だコラ!」
「はいはいごめんねぇ。でも銀さん、なんとか戻って来れましたよ」
「…ッ」

返す言葉を失ったのか、土方は顔を肩口に埋めてくる。
まだ完全とは云わないが彼が触れてくる感触を感じれる事は、至福極まりない。
上手く動かせない手で土方の髪に指をとおす。

「な。土方君。顔よく見せて」
「やだ」
「見せろってば」
「いやだ…」

イヤイヤと首を振る土方の顔を両手で挟み、無理やり上げさせた。彼の頬には天人に殴られた痛々しい痕が残っている。

「ごめんな。掌とか頬とか…痛ぇ思いさせたな」
「…なんともねーよ、こんなん」
「何ともあります。嫁の顔に傷つけさせたなんて俺、本当に旦那失格だ」
「ったく、相変わらず口の減ら、な」

パァン。
直後、響き渡った銃声に土方の声が遮られ、そのまま彼の体は力を失くして銀時の体に倒れこんでくる。

「え…?」

そして銀時は彼の肩越しにその光景を見て驚愕した。気絶していた筈の天人が、銃口から煙を出している銃をこちらに向けていたのだ。勝ち誇ったような笑みを浮かべて。

next