「明日の3時に…銀ちゃんが、その船に?」

翌日。
懸念していた天導衆とその友人の天人が殺害された事件は、報道はされたもののそこまで大々的には取り上げられなかった。
幕府を動かす天導衆の男が暗殺されたといえど、春雨と繋がり麻薬を横流ししようとしていた男だ。上層部もむしろ彼が居なくなって清々しているくらいだろう。

「ああ。やっぱりヤベー仕事してたみたいだからな。このままじゃ国外に連れ出される」
「ぎっ、銀さんてばそんなヤバイ事してたんですか?」

そして新八と神楽に話をする為、私服で土方は総悟を連れて万事屋へと赴いた。
銀時が兵器にされたりした事は勿論ぼやかして話を進める。

「まあ、ヤバイ事してたのは万事屋に指示してた奴だ。アイツ自身は犯罪に至る事はしてねーよ。でも国内で仕事が出来なくなったらしくてな。国外へ逃亡しようとして…でも仕事は出来るってんで、万事屋も無理矢理連れてかれようとしてる」

昨晩、屯所に帰った後に総悟と相談して考えた話の内容を滞る事無く土方は話す。
内容は新八達には話せないが、筋的には大体合っているから疑われないだろう。
…というのが総悟の案だ。

「もおおどこまで銀ちゃんはチャランポランアル!トッシー、今すぐ連れ戻しに行くヨ!」
「オイ、落ち着きやがれチャイナ。俺らとしては、旦那に指示してたヤツを捕まえたいんでィ。余計な事して逃げ出されちまっても困る」
「え?じゃあ土方さん達はどうしようとしてるんですか?」

新八の疑問には、土方が答えた。

「俺と総悟、それとお前らとで一般客として船に乗り込み、容疑者を抑える。港を離れた海の上で逃げれねーようにしてな。
…そこで、万事屋も救出する」


「それで僕もここへ呼ばれたわけか」

今まで黙って事の成り行きを見守っていた九兵衛が口を開いた。それに総悟が続ける。

「柳生の若様さえ居れば、カモフラージュになりますしねィ」
「何より、君達は今回真選組として来てないから僕に手助けをして欲しい、というんだろう?」
「ええ。セレブの力を貸して頂けやすかねェ」

土方と総悟は近藤やその他隊士達に、この一連についての話をしていない。
山崎に調べさせた所、渡した資料通りの天人の男が明日、江戸湾を出る船に乗るというからこの機会を逃すわけにはいかない。
だからといって近藤達を巻き込むわけにはいかず秘密裏に動くしかないのだが、土方達にも後ろ盾が必要であり…そこで、身近な九兵衛に願い出たのだ。

「ああ、僕も出来る事は協力しよう。あの男には世話になったしな」
「マジアルか!私、九ちゃんに感謝するネ!」
「…土方さん、ちょっと良いですか?」

嬉しそうに九兵衛に抱きつく神楽。それを横目で眺めて土方が安心した所で、彼女の横に座って話を聴いていた妙が言う。

「なんだ?」
「私は、待ってれば良いんですよね。ここで。皆の帰りを」
「…ああ。安心しろ。アンタの弟とあのチャイナ娘は絶対俺が護る」
「そんなの勿論です。私を置いて、新ちゃん達を連れて行くんですから。
 それとあのグータラ男も絶対に連れ帰ってきてくださいね」

性格は全く違うものの、気丈に待ち続けるという妙のその姿勢はどこかミツバを思い出させた。

「ぶん殴ってでも連れ帰るから、手当ての用意でもして待ってな」

そう土方が妙に言うと、『意味ないですよ。私もぶん殴るつもりなので』と彼女は随分と爽やかな笑顔で言ってのけた。

「しっかし、旦那がそんな大変な事になってるたァ、あのチャイナ娘共は想像もしてねーだろうねィ」
「オイ総悟。確認するけどアイツが兵器になった事は口外すんなよ」

万事屋を後にした屯所への帰り道。
夕日を眺めながら呟く総悟に土方は念を押すように答えた。

「分かってまさァ。アンタがそんな、手をボロボロにしてまで護りたい事実ですもんね」
「・・・」

両手の掌にグルグルに巻かれた包帯を指摘され、遅いと思いつつも土方は袖の中に隠す。昨晩、銀時を引きとめようとして負った怪我。火傷に近いそれはすぐには治らなかったのだ。

「土方さん。アンタ、旦那が好きなんですかィ?」
「総悟…俺の優先してるのは真選組だぞ?俺がアイツを好きな訳ねーだろ。気持ち悪い」

総悟の問いに思わずギクリとした。経緯を彼に全てを話したが、銀時と恋仲であった事は話していない。

「知ってまさァ。アンタが真選組に全てを掛けてるって。でも、旦那を好きな気持ちは別次元でしょう?だから、助けに行くんでしょう?」
「ちっ、違ェよ。俺はチャイナ娘達に頼まれたから」
「ほんっっっと変わってねーなァ、土方さん」

チッと舌打ちをされるから土方は言い返そうと口を開くも、総悟の方が早かった。

「アンタ、姉上の時もそうだっただろーが。
 俺じゃ幸せに出来ない。俺は傍に居る資格がない。
そうやって自分の気持ちに嘘ついて言い訳してたんでしょ?」
「そんな事、ない」
「いーえ、ある筈でさァ。もっと素直になったらどうでィ」

そうしたら、旦那も案外素直に帰って来ると思うんですがねェ。
総悟にそう言われてふと思い出す。
ターミナルで頑なに帰らない、と言っていた銀時が、土方が『護りたい』と言った途端に居場所を教えてくれた事を。

『土方君、探して。見つけて、俺の事』

(なぁ、銀時。俺な、お前を無事に連れ帰ったら、言ってやりたい言葉があるよ)

「大人は回りくどくてしょうがねーや」
「上等だ。お前は逆にストレートすぎんだよ」

(おかえり、って言ってやりたい。
きっとそれが俺の精一杯の素直な言葉、なんだ)


*


(ねぇ、土方君。
俺ね。お前に言ってない事、沢山あるんだ。
前に攘夷志士だった事とか。沢山殺した事とか、沢山護れなかった事とか。
ねぇ、土方君。
それでも、お前は受け入れてくれそうな気がするんだ。
ねぇ、その隣で泣いて良いかな。
ねぇ、その後に抱き締めて、笑って良いかな。

そんで好きだ、って。
こんな汚れた手だけど、大好きだって言っても良いかな。

この運命からお前を護りきれたら、そうしよう。

そうしたいな。出来たら良いのに。なんて)


*


「柳生九兵衛様、以下4名様で宜しいですね?」
「ああ。頼む」

そして当日。
土方は九兵衛、総悟、新八、神楽を連れて船へと乗り込んだ。
本当は万事屋の子供達を巻き込まずに済ませたかったが、彼らにも銀時を救う際に立ち会う権利がある筈だと考え、こうして新八達も連れて来たのであった。

「じゃあ、総悟。後は頼んだ」
「はいよ。言っとくけど、無茶はしねーでくだせェよ。指輪の電源をオンにするのもお忘れなく」

本当に表向きは客船を装っているようで、客層は煌びやかな衣装に身を包んだ者ばかりだ。
ざっと見渡した所、天人が数名いるだけで河上に渡された写真のような天人は居ない。
銀時の言う通りならば、船底に位置する場所に居る事になる。

「トッシー…銀ちゃん、ちゃんと連れ帰って来てヨ?」
「分かってる」

土方は警察ゆえ、捜査と称して現場に乗り込む事が出来るが神楽達はあくまでも一般市民。
どちらにしろ銀時が兵器と知らない彼らに、その場を見せるわけにはいかないのだ。
3人を総悟に任せてパーティーに出席して貰い、その間に土方は単独で階下へと向かう。

(この角を曲がった先の、3歩進んだ先の壁…)

山崎から渡された船の設計図。船底へ向かうには、特殊な入り口を使わなければいけない、との事。教えられた通りにパーティ会場から離れた人気のない廊下。該当する壁を押せば、ギギイと音を立てて扉が開く。

「ヘッ…随分と雰囲気あるじゃねぇか、オイ」

土方の持っている武器と言えば、入船する時に警察手帳を見せて特別に許可を得た刀と懐に入っている拳銃のみ。真選組に極秘で来ている身だ。大きな銃火器などは持ち込めない。

(武器を使うような場面にしなきゃ良いんだ…天人の野郎をなんとかして取り押さえて…)

そう考えながら、階下へと続く暗い螺旋階段を下る。なるべく足音を立てぬように土方は心がけた。

(銀時を…救い出す…)

階段が終わり、目の前には扉。その前でゴクリと唾を呑むと意を決し、刀を構えて中へと突入する。

「御用改めである!神妙に…」

言いかけるも室内の光景に土方は絶句した。
目の前に、ガラスケースに並べられた銀時の体が何体も横たわっていたからだ。一瞬動揺しかけたがすぐに持ち直し、慎重に歩を進める。

「なんだよ、コレ…」

そのどれもが、完璧な銀時の体とは言えなかった。コードに繋がれている体もあれば、手や足が欠損している体もある。

「まさか…実験体とか言うんじゃねぇだろうな。全部…」
「おや。聡明ですね。伊達に真選組の頭脳ではないか…」
「!!」

背後からかけられる声。
しまった。そう思った時にはもう遅く、頭に大きな衝撃が走ったと同時に土方の意識は霧散した。

(そういや…かぶき町で暴れた白夜叉。アイツ…最後には砂になっちまった)
(銀時にそっくりの姿してたのに…)
(アイツも…ここで造り出された兵器だった?)


「はは。ここまで嗅ぎつけて来るとは驚きだったな。お前が何か言い残したか?」
「…言うわけねーだろ。大体俺、コイツに会ってねーもん」

ぼやけた思考の向こう側から会話が聞こえた。
その片方の声は聞き覚えがあった。むしろ、捜し求めていた声。

「ぎん、とき…?」
「おや。お目覚めですかな副長殿」

まぶたを開いて、そこで土方は一気に覚醒した。
目の前には先程と変わらない光景が広がっていたが、そこには銀時と資料通りの顔をした天人がこちらを見下ろしているのだ。

「銀時…!」

手を伸ばそうとした途端、ガチャリと拘束の音。そこで己の手首が細いポールを通して後ろ手に手錠で繋がれている事に気付く。

「なんだよ、コレ…オイ銀時、俺はお前を助けに来たんだ!二人でソイツ倒すぞ!」
「ごめん、無理なんだ。俺…逆らえないんだよ」
「何、言って…う!?」

無表情に土方に答える銀時。それが信じられず、問いかけようとした顎を天人の手が掴む。

「残念だったなぁ、お前にコイツは救えないよ」


「白夜叉は私に逆らえないようになってるのさ。お気の毒です」

相手の言葉に思わず視線だけを銀時に投げかければ、肯定するかのように彼は無表情のまま立ち尽くしている。思い出せば、確かに銀時は消える間際に『アイツには逆らえない』と言っていた。

「クク。しかしまぁ、よくも単身で乗り込んで来てくれたものだ。白夜叉。これはお前が一番選びたくなかった未来じゃないのか?」
「・・・」

土方はなんとか指輪の電源を入れるタイミングを見計らう。録音機器として使える小型のそれにこの会話を録音し、証拠物件として残す為だ。そこでふと、懐に入れていた銃が奪われている気付き、心の中で舌打ちする。
刀は呪いのせいで引き剥がせなかったのか腰に下げられたままだったが、すぐに抜けないように鎖でがんじ絡めにされてあった。

「お、まえ。一体、何が目的なんだ。自分の上司も裏切って…!」
「おや、私が主人を切り捨てた事をご存知なのですか?まさか貴方、あの方の友人共に体を開きました?」

ニヤリとして言われ、思わずカアッと体が熱くなる。天人達にまわされた忌々しい記憶が甦った。

「ふ、くく。おやおや、まさに同じ道筋を辿ってますね。そして副長殿。何か妖しげな薬も呑まされかけたでしょう」
「なんで」

なんで、知っている?
そう出かけた台詞を必死で飲み込んだ。確かに、あの蛸のような天人に妙な薬を呑まされそうになった。が、あの場に相手は居らず、知る由もない筈だ。

「不思議そうな顔をしてますね。でも私は知ってるんですよ。貴方、今の所運命の筋書き通りに生きてるんですから。本当はそれを変える為に彼は、白夜叉になったんですけれどね」
「え…?」
「テメ、それ以上言うな!やめろ!」

くつくつ笑いながら喋り出す天人を、切羽詰ったように銀時は身を乗り出して止めようとする。

「白夜叉。お前は黙っていろ」
「…っ!」

が、有無を言わさない台詞を天人が吐くと、本当に逆らえないようで銀時は黙り込んだ。
だが土方は再び混乱に陥る。天導衆が言っていた事と話が違うのだ。

「だってお前、江戸の平和を護る為に…俺達に無茶な事をさせない為に、兵器になったって、あの天導衆の奴が」
「はは、まぁ確かにソレもありますけどね。でも本当は違うんですよ?彼は貴方を運命の渦に突き落とさないようにする為に、兵器になった」

話しながら天人は、土方の膝に手を添える。嫌な予感がして思わず脚に力を込めたがそれも空しく無理矢理開かされる。

「少しずつずれたものの、結局は同じ道を辿ってるんですよ、副長殿。
 前世での貴方は真選組を人質にとられて天導衆の男の友人に体を弄ばれ、更に改良種である麻薬の実験台にされる」

「やっ、やめろ!何しやがる!」
「そしてその間、世話役として抜擢されたのは坂田銀時。連日の輪姦と麻薬摂取に壊れていく副長殿を見兼ねて彼は、抜け出して貴方を祭へと誘い出した」

抵抗も意味はなかった。着流しを着ている為、足を開けばすぐに秘部が丸見えになる状態。勢い良く下着を脱がされて非難の声を上げたが天人は構わずに話し続ける。

「思い出しなさい副長殿。貴方、白夜叉と花火大会に行った時に何をしました?」
「はぁ?何を、って」
「金魚をとって貰いました?見えやすいからと、二人で誰も居ない境内に行って花火を見ませんでした?」
「…それは」

ペラペラと喋る相手の言葉に目を見開かずには居られなかった。まさにその通りであったからだ。

「そして鬼兵隊、河上の手助けもあって前世の坂田銀時は貴方を救い出します。だがそれももう遅く、貴方は薬によって心身共にボロボロの状態。自分の事も誰の事も分からないくらい脳をやられ、心は完全に壊れてしまっていた」
「あっ!ぃ、や、」

天人は露出した土方の自身を握り、先端を親指で捏ねてくる。自然と体は声を出して跳ねた。
しかしその後に信じられない言葉を土方は耳にする。

「だから殺したんですよ。坂田銀時は、貴方を」

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