最近は、片目だけだった目の色も両目とも赤くなってしまい、もうその色も戻らなくなってしまった。
より兵器として近づき、ヒトから脱している証拠なのに一つも恐ろしくなかった。
(あれ?あの天人…そういや、名前知らねーや。アイツが言うには天導衆のヤツは殺されるから…宇宙に行く必要はない。もうターミナルに居なくて良い、とか言ってたっけ…)
そんな事を呆然と考えながら、フラリと銀時は立ちあがる。
殺されるとはどういう事なのだろう。
それは銀時に指示する者が居なくなる、という事なのだろうか?
そうしたら自分はどうなるのだろう。
体も感情も兵器として施された自分は、どうなるのだろう。
(そもそも俺、なんで兵器になったんだっけ)
どうすれば良いのだろう。
(ああ、でももうどうでも良い。何もかも)
とりあえずあの天人の元へ戻るのが得策だ。意識を集中させて、天人の居場所を割り出す。
(…本当、何もかもどうでも良いや)
銀時がそう思った途端、周りの会話が一斉に意識の中に流れ込んでくる。
聴覚が良すぎる銀時にとって之ほど苦痛なものはない。
ねぇ、お腹空いたーはいはい、船の中で食べましょうね
(うるさい、黙れ)
ちょっと眠いなぁ。いいじゃないか、船の中で寝とけば。だよなぁ
(黙れ)
ねぇ、アタシの事好き?ああ、世界中で一番お前の事愛してるぜ。やだぁ、もぉー
(黙ってくれ、頼むから)
じゃあさ、アタシがピンチの時は護ってくれる?当たりめーじゃん、護ってやるよぉ
(うるせぇんだよ、壊したくなるだろうが!!)
バツン。
銀時がそう思った刹那、そんな音を立てたようにターミナルのロビーの照明も電光掲示板も何もかもが一瞬にして光を失った。
周りの人々がどよめき出して、銀時はそこでそれが自分の仕業だという事に気付く。
銀時の体に施された仕掛けは、全て思念によって動かされる。
その為、強い思念は周りの機械類に影響を及ぼす可能性もあるから注意しろ、と言われたのを思い出した。
黙り込んだのは、人々ではなくターミナルの施設の方だった。
「なっ、何、停電?」
「オイオイ、まさかテロじゃねぇだろうなぁ!?」
突然の混乱に、人々は口々にそう言い始める。予備の電源も復旧できないのか、警備員達が慌しく走り始め、余計にそれは混乱を煽った。
「なー。これ、逃げた方が良いんじゃね?でけぇ爆弾が爆発する前兆かもよ?」
追い討ちをかけるように銀時はそう口にした。勿論これはテロの類などではない。だがその一言に周りの人々は叫び出し、我先にと逃げ出して出口へと向かおうとする。
その群集と別の方向へと歩き出しながら、銀時は薄ら笑いを浮かべた。
くだらない。
くだらなくて、滑稽すぎて笑えてくる。
だが悪ふざけをしすぎて、自分の存在が明るみに出てしまっては仕方ない。
暗い空間を逃げ惑う人々を見遣りながら、そろそろ自分もその場から去ろうと体を消しかけた時だった。
「待てや、このクソ天パ野郎が!」
どこからか、そんな声が聞こえた。
意識より先に体が反応した。
何故だか分からなかった。
感情も感覚も消えた。記憶ももう殆ど残っていない。
だが何故かその声に、銀時の体は止まったのだ。
思わずその方を向く。
すると、黒服に身を包んだ男が息を切らせてこちらを見ていた。
睨みつけている、と言っても良い程の強い視線。
その猫目や声、顔を何処かで見たような気もしたが、思い出せない銀時は首を捻った。
もしかしたら失われた記憶の中の人物かも知れない。
「誰だ、お前」
「…同じ顔に、前も同じ質問されたぞ」
すると、はぁ。と溜め息をついて片手で黒服の男は顔を覆う。
何の事か分からない。が、相手は続けてきた。
「俺は真選組の土方十四郎で。お前を迎えに来た。一緒に戻ろう、万事屋」
「はい?」
迎えに来た?何を言っているのだろう?大体自分は万事屋、なんて名前ではない。
銀時の中で自分が坂田銀時、という名前だった事も万事屋を営んで居た事も記憶からは無くなっていて、自身は『白夜叉』だという認識しか残されていなかった。
「すみません、お兄さん。多分人違いです。俺、万事屋なんて名前じゃねーもん」
「うっせーな。名前とかもう今はどうでも良い。俺は、『お前』と一緒に帰るんだよ」
「帰る?俺に帰る所なんかない」
だって、兵器だから。
言葉にしたかったのに、何故かその先が声にならない。
体がそれを言うのを無意識に拒否しているようにさえ思えた。
「帰る所はあるよ。お前の事、待ってる奴らが居るんだ。俺もお前と帰りたい」
「い、意味が分からない。それに俺、もう無理だよ。体の転送、始めちゃったし」
光を失ったターミナルの暗い空間にホラ、と銀時は己の腕を差し出す。
キラキラ光る粒子となり、その光は美しいがその腕は枯れたように消えていっている。
それを土方と名乗る男はギョッとして凝視して来たが、それでも持ち堪えたようにこちらを再び見つめてくる。
「お兄さん、俺の失われた記憶に居た人?だから俺の事知ってんのかな?」
「…テメ、勝手に忘れてんじゃねーぞコラ。トッシーが出てきた時は散々俺に説教垂れてたのはどこのどいつだ。護りたいモンの近くで死ねって言ってたのはテメーだろうが!」
他の人々が逃げ去った静かなロビーに、叫んだ男の声が響き渡る。
何を。そこまで言いかけて、少しだけ感覚が戻ってくる。
思い出した。そうだ。それは彼に己が投げかけた、言葉。
(ああ、もう。なんで。何しに来たんだよ。何を怒ってんだよ。
壊してって頼んだのに、壊してくんなかったお前のせいじゃん)
「土方君のバカ」
「万事屋…?」
今まで白々しい態度をしていた銀時だが、ふと柔らかく笑いかけてきた。
思わず土方にも安堵の笑みが零れる。
思い出してくれたのか?そう問おうとした。
だが、それもつかの間。銀時は無慈悲とも言える宣告をしてきた。
「俺が、今思い出せてる内に言うね。俺はもう帰れないよ。土方君」
「何、を言ってる」
銀時の言葉を肯定するように、粒子が彼の体を消していく。
動揺しまいと思っていたが声が必然的に震えた。
「お前を改造した天人を今、山崎に追わせてる。ソイツから解除方法を聞きだしてお前を元に戻してやる。だから…」
「あらら。もしかして俺の秘密知っちゃった?誰から聞いた?天導衆の奴?」
もう、幕府に関わるなって言ったじゃん、コノヤローと銀時は呟く。
「でももう、間に合わないから。ちょっと遅かったかな」
そうして苦笑する。
そんな彼を土方は只、呆然と眺めた。
間に合わない?遅かっ…た…?
「なんかさー。
もう眠くもならないし、足の小指ぶつけて痛みもないしさ。
あんなに大好きだった甘いものも、喉通らないし。」
そうして、普段通り彼はヘニャリと微笑んだ。
今から消える人間とは思えない表情。
「何より、あんなに守りたかった神楽と新八とか…
ババァを見ても何も感じないんだよ」
キラキラ。
銀時の身体が輝く。
「全部の感情とか感覚とか消えちまって…
完全に兵器になる前に、いなくなりてぇんだ」
きっと、ここに居たいと思う彼の意志に反して。
「じゃ、そろそろ時間だからさ。バイバイ。お前に最後に話せて良かったよ。…新八達の事、宜しくね」
「万事屋…なん、で」
「ん?」
「なんで、俺なんだ」
なぁ、なんで俺なんだよ。
土方は何度も心の中で問いかける。
こんな俺は、お前になにか与えて上げられたっていうのか?
運命なんか変えてやるって言ったのに、結局変えられない。
またお前に哀しい想いをさせる。
「最後にお前と話すのがなんであのガキ達じゃなくて、俺なんだよ…!」
…なぁ。俺がもっと早くに気付いてたら、お前の未来を変えてあげられた?
ミツバや伊東の運命を変えてやれなかった、俺が変えてやれた?
あんな泣きそうになってたチャイナとの約束も護れないで。
「いいよ。お前が居てくれて嬉しい」
「…ッ!いいのかよ…眼鏡小僧はともかく、あのチャイナ娘は探し回るぞ!?」
「そうだね。
でも、一度力を利用された神楽には…俺が兵器だなんて事は教えたくないんだ」
もう、殆ど銀時はヒトの身体の形を留めていなかった。
そこで土方は片目だけ赤かった彼の瞳が、もう両の目が赤に染まっている事に気付く。
(本当に、間に合わない?だってきっとここで諦めたら、もう二度と、本当に会えない)
漠然とした不安と予感が土方の中で込み上げる。
いかせたくない。そう思った。
銀時を、行かせたくない。
(だってアイツが、泣き出す寸前の子どものような顔をするから)土方は思わず駆け寄ってしまった。
「ばっ馬鹿土方君!それ以上近づくなよ?触れたら傷つくよ」
だが、近寄る土方に銀時は拒絶の意を示す。
「でも」
「それ以上何も言わないでくれる。…恐くなるから」
何が、と言いかけた言葉を飲み込んだ。そんなのは問わなくても分かる事。
それ故に触れるな、と制されたのに伸ばしてしまう手。
「痛…ッ」
「土方…!」
銀時に触れた途端、バシンと電気に殴られたような激痛が襲う。
悲鳴を上げた土方に銀時は腕を伸ばそうとして、気づいたように躊躇って下ろした。
「もー…だから言ったのに」
「万事屋!俺が絶対に治してやる。だからもう少しだけ耐えてくれ!」
「無理だよ。お前じゃ」
「…無理じゃ、ない…ッ」
土方はそう言うと、銀時を引きとめるようにその体に今度は抱きついた。すると、先程とは比べ物にならないくらいの電流が全身を襲う。
「うぁ…!」
「ちょっ、ちょっと土方君、マジでヤバイから!感電死するよ?離れろ!」
「あ、ぁ、嫌…だ、ぁ」
痛みに堪えながらも首を横に振り、離すまいと抱き締める腕に力を込める。
そんな土方を引き剥がそうと銀時は切羽詰った声を出した。
「土方!言う事聞けよ!!俺はお前を殺したくないって言っただろ!?」
「うるせぇ、嫌だ!!お前が諦めないって約束してくれるまで離れない…!」
服が焦げる匂い。銀時に触れる掌の皮が焼ける感覚。
あまりに痛さに土方は意識が飛びそうだったが、放す訳にはいかなかった。
「よろず、屋、俺だって、俺だってなぁ」
『ここで立ち止まったら魂が折れちまうんだよ』
『安心しな。せんべえ買いに来ただけさ』
『くたばるなら大事なもんの傍らで剣振り回してくたばりやがれ!』
いつもくれた言葉。いつだって、颯爽と助けては言ってくれた言葉。
知っているのだろうか。それがどれだけ土方を支えてくれたのかを。
「お前を…銀時を、護りてぇんだよ…!」
そこまで叫んで意識が霞みかけた頃、銀時の声が頭上から響いた。
「…明後日の、午後3時。江戸湾から、海外に出る船が出る」
「え…?」
「客船装ってるけど、その地下に俺達居るから」
気付けば土方の腕の中から完全に銀時の体は居なくなっており、輝く粒子と彼の声だけが残されていた。
「土方君、探して。見つけて、俺の事。俺はアイツに逆らえないようにされてるから難しいかも知れねーけど出来る限り、頑張ってみるから。…多分それが、本当に最後のチャンス」
そうして声と光が散って、銀時は完全に消えた。
あとは誰も居ない薄暗いターミナルのロビーが広がるだけだ。
コツン。
出した右脚の足音が響く。
静寂だけが恐ろしい程、響く。
「銀時?」
響く。土方の声だけが。
「ぎんとき…」
これが、本当に最後だという銀時の言葉がより一層真実味を増した。
そして彼の粒子が完全に消えた途端にターミナルの照明や電子設備が回復してロビーが明るくなる。
その事に舌打ちをしながら土方は、ターミナルの外へと出た。
「爆薬の類はなかったし、設備も回復したみてーだ。だが一応検査しろ」
「かしこまりました!」
外へ出てテロ処理班に中の様子を伝えた後、辺りを見渡せばテロだと勘違いして避難した客やターミナルのスタッフ達が『安全確認をしに行く。無事が確認されるまで待機していろ』と言って単身ターミナルへと入っていった土方を待ち構えていた。
が、テロではないと知った人々は嬉しそうに歓喜する。(中には、ターミナルの設備はどうなってるんだ、と豪語する者も居たが)
銀時の事は隠蔽出来た事に安心したが、その土方の心境は複雑であった。
河上にターミナルへ向かえ。白夜叉はそこに居る。
そう言われて急いで向かった先には、確かに銀時が居た。彼の言った事は正しかった。
しかし、二人が天導衆の男達が殺害された一連について関わっていた事が、本当に河上の言う通り公表されないとも限らない。
(官僚の奴が殺されて、それに俺が何かしら関わっていた事がバレたら真選組も只じゃ済まされない。銀時を救いたくて河上を信じたが…本当に良かったのか?)
「土方さん、アンタ何でここに居るんでィ。幕府のお偉いさんに呼ばれたんじゃ?」
「ああ、お前には全部経緯を話す。そんでついでに総悟。俺から一世一代の頼みがある」
(でも、実際に銀時に会えた。俺はこの運命を選んだんだ。だったら)
通報で真選組も召集されたらしく、群集の中には総悟の姿もあった。問いながらこちらへやって来る彼に土方は言う。
「…聴いてくれるか?」
(だったらもう進むしか、ないよな?)
「あらら、アンタが俺に頼み事なんざ、気持ち悪ィや」