「クク、どこまでも地球人は浅はかだ。特に侍という者は…」
障子越しに聞こえる隣の部屋での情事の音。それに耳を傾けながら、天導衆の男はくつくつと紙幣を数えて笑う。
「護るものの為なら、魂や体を差し出す…なんともくだらない、滑稽な生き物だ。まぁ、これで私はまた金儲け出来…次は転生郷を輸入して売り捌く。笑いが止まらぬわ」
「…ご主人様。その金は、土方の望み通り坂田銀時の治療に役立てるのでは…?」
傍に控えていたサングラスに黒コートの男が問う。土方をここまで連れてきたお付を名乗っていた者だ。
「はっ、まさか。私が土方との約束を護るとでも?
ヤツにはまだまだ働いて貰う。薬浸けにして体を売らせるさ。
坂田銀時もその内感情が消え、私の思い通りに動く人間兵器になる。
万が一、春雨の連中に横流しがバレたとしても強力な用心棒が私には出来たのだ」
楽しくて堪らない、というように天導衆の男は札束を空に投げた。その隣の男が、サングラスの下でどんな表情をしているかも知らずに。
「かつては白夜叉として攘夷戦争に参加して我らの邪魔をしていた男だ。
土方同様、ボロボロになって使えなくなるまで生かし、飼い殺してやる」
「…つまりは、坂田銀時も土方十四郎も心を壊して利用し、春雨も欺いて転生郷を横流しする。それが貴様のシナリオでござるか」
「おお、さすがは察しが良いな。さすがは私の付き人だけはある…ん?ござる…?」
「この下種が。貴様のような者の奏でる旋律は何とも聴くに堪えない」
得意げに話す天導衆の男に、黙って話を聴いていたサングラスの男は突如、スラリと抜いた刀を突きつける。
「なっ、何…お前、私に何をしているのか分かっているのか!?」
「分かっているでござる。おぬしは拙者の質問にだけ答えていれば良い」
「お前、私の手の内の者ではないな…!いつから入れ替わっていた…!?」
突然の己の危機に焦ったのか、後ずさりしようとする。だがそれを逃さないかのように刀の先は耳を削いだ。
「ぎゃああっ」
「拙者が貴様の手先の者と入れ替わったのは土方を迎えに行く直前でござる。天人の皮を被り、匂いをつけただけで随分と騙されてくれた…」
「おっ、お前…まさか鬼兵隊の人斬り…河上万斉か…!?」
剥ぐように面を脱いだ男の正体に天導衆の男は耳を押さえながら目を見開いた。
その顔は春雨の一員ならば見た事のある、鬼兵隊を統率する高杉晋助の片腕の男…河上万斉であった。
「私は…!天導衆の一員であるぞ…お前のような者がこんな事をして只で済むとでも…」
「そう。只で済まない。貴様から白夜叉の情報を得る前に殺してしまってはな。さて、拙者の訊く事に答えて頂こうか?」
『貴方を壊したい』
「おい、隣の部屋…騒がしくねぇ?」
「うぁ…っ」
猩々星の天人が、隣の部屋の違和感を覚えたのかズルリと土方の体内から自身を引き抜く。土方は思わず声を上げて身震いした。
「ちょっと様子を見てくる。オイ、その間お前がヤってて良いぞ」
「わーい、本当!嬉しいな、十四郎君!」
やって良い、と言われた蛸のような天人は、先程から土方の性器を舐め続けてきた。嬉しそうに吸盤のついた手で土方の脚を広げて持ち上げる。
ペトペトした感覚が気持ち悪かったが、目を瞑る事で耐えた。
「十四郎君、すごいよ…君の大事な所が、ヒクヒクしてる…」
卑猥な言葉を投げかけられたが、何処かで意識は既に麻痺していた。
羞恥よりも銀時の無事だけを願い、時間が過ぎるのを土方が待っていた…そんな時。
「ねぇ、ボク、素敵なお薬持ってるんだ。十四郎君にも呑ませてあげ…」
「うぎゃああ!」
「!?」
様子を見に行く、と言った猩々星の天人の尋常ではない叫び声。
只事ではない、と察したのか友人の天人達は立ち上がり衣服を整えると、隣の部屋へと向かった。
散々体を良いようにされた土方は、事態を飲み込めずにそのままの状態で畳の上で横たわる。
精液塗れの体がとても不快だったがそれでも暫しの休憩時間。
目を閉じて、彼らが戻ってくるのを待った。
(銀時…感情や感覚がなくなってるって…時間がないって言ってたのは…感覚がなくなる事を…知ってたから…?)
そんな事を考えながら白濁液のついた己の掌を見つめる。
こんな事になるなら海に行ったあの時、抱かれてしまえば良かったと思う。
今となっては天人にもまわされたこんな身体など、銀時に触れて欲しくもないが。
「お前なら…笑って、『それでも良いよ』って言ってくれんのかな…」
思い出すのは、哀しそうに笑う銀時の顔。
それだけで土方は胸が締め付けられて視界が滲んだ。
ただ、銀時に会いたかった。
一人で無茶しやがってと殴りたい気持ちもあるが、それよりも前に抱き締めてやりたかった。
『兵器になっちゃった』と言う彼を、『それでも良い』と抱き締めたい。
だって彼は今もきっと、一人ぼっちだろうから。
「銀時…許されるなら…会いてぇよ…」
「おぬしがそう望むなら、会えるでござるよ」
突如降りかかってきた声に土方はハッとし、血の気が引いた。
先程まで土方を犯していた天人達や、天導衆の男の声とは違うものだったからだ。
その声を土方は聴いた事があった。
伊東が反乱を起こした時に、彼の傍らに鬼兵隊の者として居た男の…!
急いで己の体から離す事の出来ない刀を握る土方に、パサリとタオルをかけられる。
何のつもりだ。そう顔を上げると表情の読み取れないサングラスをかけた男がこちらを見下ろしているのが視界に入る。
間違いない。鬼兵隊の河上万斉であった。
(なんでコイツがここに…このタイミングで!?)
驚きを隠せず、絶句する土方を他所に河上は口を開く。
「拙者に訊きたい事は沢山あるだろうが、その状態ではおぬしも辛いでござろう?まずは身を清めて来い。あの奥に風呂場があるそうだ」
「は、ぁ?」
更に、敵対する意思も相手は見せてこない。
しかもこちらを気遣うような言葉に思わず情けない声を出す。
「拙者もおぬしに伝えなければならぬ事がある。だから早く行って来い」
「てっ、敵の言う事に大人しく従えるかよ…!」
己が全裸だった事に気付き、渡されたタオルに身を隠しながらも刀の鞘を握った力は緩めずに相手を上目遣いで睨みつけた。
向こうも刀を持っている。油断は出来ない。が。
「白夜叉に会いたいのでござろう?」
河上のその一言に、土方は揺らいでいた心が折れるのを感じた。
「つまり…コイツは、俺の身体利用して転生郷を密輸入する金を作って、それで儲けるつもりだったのかよ…」
「そうだ。更に言えばおぬしをヤク漬けにし、廃人になるまで利用するつもりだった」
「じゃあ、万事屋を助けてくれるっていうのはハナから嘘だった…?」
「そういう事でござる」
河上の言う通り風呂場に行き、身を清めて隊服に土方は身を包む。
シャツとベストは引き裂かれてしまった為、ジャケットの前を閉めるのはなんだか変な気分だ…。
そう思いながら、河上に気絶させられて倒れている天導衆の男とその友人の天人達を見下ろした。
(この男の言う事は嘘だった。また銀時へ繋がる糸口を失った…でも…)
「彼は春雨を欺いてでも自分の利益に走ろうとしていた。拙者達は背信行為を最も嫌いとする。故に今回、制裁を下すのが拙者の役目。そして白夜叉の運命をおぬしに託しに来た事も」
「うん、めい?」
土方は一瞬、その言葉にドキリとする。
『ね。土方君は運命とか前世とかって信じる?』
あの二人で海の夜明けを見に行った時に銀時に言われた言葉を思い出したのだ。
「この天導衆の男は、指示をしていただけで白夜叉に兵器としてどんな施術がされたのかを知らなかった。実質、全てを掌握していたのは手先の天人でござる」
こういう人探しは、おぬしらの方が得意であろう?とご丁寧に写真付きの資料を渡された。
河上の話によればそのお付であった天人と入れ替わる際に『主人をとるか、自分の命を取るか』と問うと、自分の命を取って逃亡したという。
「恐らく、この手先の天人は白夜叉に施した技術を全て握って逃げている筈でござる。後ろ盾を失くした今、無茶な逃げ方はしないでござろう」
「つまりその天人さえ捕まえて吐かせれば、万事屋の兵器解除も可能って事か…?」
土方の中に僅かだが希望の光が差す。
銀時を助けられる。その事実に頭が一杯だった。
「否。解除の術を知っても、白夜叉自身が手遅れでは意味がない」
「え…っ」
「この男の話によれば、もう相当進行は進んでいるようだ。記憶も感情も殆ど消えてきている、と」
そんな。
そう言おうとしたのに声にならない。
治療法が見つかっても銀時が処置のしようのない程だったら確かに意味がないのだ。
突然、『絶望』という言葉が土方の頭を駆ける。
(時間が…ない?もう、間に合わない?)
(ここまで、来て?)
「だが…心を失った殺戮人形も、おぬしの歌声になら目を覚ますかも知れぬ」
言葉を失った土方に、すかさずかけられた河上の台詞。
銀時が目を覚ますという期待が湧くのと同時に何故、とも思った。
何故伊東を使って真選組を壊そうとしたのに、今土方に河上は力を貸そうとしているのか。
「ターミナルへ急げ、土方。そこに白夜叉が…」
「解せねェ…!なんでお前達は俺に加担しようとする…!?おめーらにとっては俺をその天導衆の野郎共と一緒に消した方が真選組の機能も低下して、攘夷もしやすくなるんじゃねーのかよ…!?」
「勘違いするな、幕府の狗が」
あっさりと否定され、土方は唖然とするしかない。しかし河上は続ける。
「こんな所で貴様や白夜叉に朽ちて貰っては、拙者達が困るでござる。まだぬしらの唄を最期まで聴いていない。それに土方。ぬしは白夜叉に会いたいと願った。それはヤツを救いたいからであろう?」
「…だったら、なんだよ」
「我らが攘夷は『国を救いたい』という意志の下。国を壊す事で国を救う。そして、貴様が彼を救いたいならば、拙者はそれを止める術はない」
「それは、アイツがテメーらと同じ攘夷浪士だからか」
一番訊きたくて、聴きたくない言葉を土方は投げかけた。
もしそうだ、と言われれば銀時は今も攘夷活動をしている事になる。
そうならば彼を救うどころか、むしろ斬り捨てなければならない。この手で…
「拙者は白夜叉という亡霊しか知らぬゆえ。貴様が聞きたい返答は返せない」
「・・・」
安心したような、またもや振り出しに戻らされたような…そう思いつつも、やはり自分で確かめるしかないと悟った。
その為には、銀時としっかり向き合って話さなければならない。
『土方、最後に一つだけ』
『あぁ?なんだ』
地上に上がるエレベーターに乗りながら、これからすべき事に柄にもなく心臓が跳ねた。
天導衆の男とその友人の天人を襲ったのは攘夷浪士。しかし、春雨の一員として転生郷を横流ししていた事実もある為、幕府の上層部は面立った捜査はせず、土方と銀時が関わったのも闇に葬られる筋道になるだろう、と河上に告げられ。
『どうしても逃れられない辛い運命があるとする。それを知った時、貴様はそのまま流されるか?それとも立ち向かうのか?』
その場を去る寸前に、そう問われた。
『…それは、その二択からしか選べねェのか?』
『ほう?他にも選択肢があると?』
『ああ。運命なんか変えてやる』
隊服を着ているから城の入り口付近ならばうろついていても不審がられない。土方は堂々と外に出ると、その足で銀時が居るというターミナルへと向かった。
まだ彼の時間に、間に合う事を願いながら。
*
銀時はターミナルのロビーに並ぶイスの一つに腰掛けていた。
隣では今から宇宙旅行にでも行くのか、親子が楽しそうに話をしている。
カタン。
物音にとても敏感になった。
きゃはは。ドクン、ドクン。
その笑い声の向こう側にある、心臓の鼓動の音もはっきりと聞き取れた。
眠くならないから、夜という時間がどれだけ長いかも知った。
空腹感も殆どなくなったから、食べるという行為に興味がなくなった。
性欲もなくなった。触れる感覚も無いから、熱さに指をひっこめる事もなくなった。
兵器として繰り返す暴力と、浴びる返り血と、助けを乞おうと伸ばされる手。
つい最近までそれがとても恐ろしかったのに、それすら感じなくなった。
慣れた、のではなく、本当に何も感じなくなっていた。
「お母さん、宇宙ってどんな所?」
「そうねぇ。今から行くから楽しみにしてようね」
「はーい。ねぇ、銀髪のお兄ちゃんも宇宙に行くの?」
突然、隣に座っていた少女に問われて銀時はハッとしてそちらの方へと向いた。
すると、その少女の隣で母親らしき女性が『どうもすみません』と謝ってくる。
が、そんな母親の配慮も知らず、好奇心旺盛な娘は続けた。
「わあ、お兄ちゃんの目の色、綺麗ね。ルビーみたいに赤くてキラキラしてる」
「…本当?ありがとう。ちなみにね、お兄ちゃんも行くよ、宇宙」
(君達みたいな若い子を侵す、薬を取りに)