(大切だったんだ、本当に。
だから巻き込みたくなかった。
汚したくなかった。

…知られたくなかったんだよ

例えば、運命に流される事。
例えば、運命に立ち向かう事。
どちらが正しいのかなんて知らない。
そもそも運命が本当に存在するのかすら、分からない。

分からないから俺は乞い願う。
君だけは、遠いその場所で微笑んでて欲しいと)



口の中に鉄の味が広がる。今しがた殴られたことで、咥内が切れたのだろう。
だが土方にとってはそんな事はどうでも良かった。
殴られた事も事実よりも、銀時の泣き出しそうな表情の方が気になった。

「もう…俺の事呼ばないでくれよ…」

そう言って彼は土方の胸倉を掴んだまま項垂れた。
苦しげに歪んだ双眸。片方は白銀なのに対し、もう片方はやはり紅になっている。
その事実に驚愕しつつも恐る恐る銀時に声をかける。

「なぁ、どうしたんだよ。お前なんでずっと失踪なんかしてたんだよ」
「・・・」
「お前ン所のガキが探してたし、俺達の所にまで捜索以来に来たくらいだ。それに」

(それに)

「なんで名前呼ぶな、なんて言ったまま居なくなっちまったんだよ…ッ」

白夜叉の事や、天導衆の者に呼ばれた事などは今の土方の頭から消え去っていた。
本当は白夜叉に銀時は関係しているのか、だとか訊かなければならなかったのに。
それなのにただ目の前の銀時に、もう二度と居なくなって欲しくない。
それだけだった。

だが、俯いたまま銀時は沈黙を決め込む。焦れた土方は唯一自由な上半身を起こして叫んだ。

「黙ってねぇでなんとか言え!答えろよ…んんっ」

しかし突如唇を塞がれ、そのまま土方は再び組み敷かれる形になる。
突き飛ばそうと銀時の肩を押し返すもびくともせず、それは叶わない。

「ふ、ぅン」

その間にもチュプリと咥内に相手の舌が侵入し、同時に先程解かれかけたスカーフに手がかけられる。

「あ、いぁッ」

乱暴にベストとシャツの前は肌蹴させられ、露出した乳首を銀時の爪先が悪戯に引っ掻く。
銀時と両思いだと知ってからの土方は、攘夷浪士に開花させられた性欲を抑えて自慰も、ましてやその辺の男と交わるなどはしていなかった。
銀時以外にはもう求めないと心に決めていたからだ。

「いや、め」

そのせいか、久々に触れられる感覚は妙に土方を感じさせた。
ちゅく、ちゅくっと首筋を舐められながら乳首を弄られるだけで狂いそうなくらいの快感を生む。それは恋焦がれた銀時にされているせいもあった。

「は、ぁ、あぁ…」
「…欲情した声出してンじゃねーよ」

今まで黙っていた愛撫していた銀時がその手を止め、低い声で言ってくる。
蕩けそうな意識のまま彼を見上げると叱咤の言葉がかけられた。

「抵抗しろよ土方君、何されるがままになってんだよ!」
「なん、で」
「何でって…良いのかよ、理不尽に殴られてこのまま犯されんのか?あ?」
「・・・良い」
「ハッ、とんだ淫乱だな、お前!壊れるくらいズタズタにヤってやろうか?」

嘲笑うかのように言いながら銀時は、到底恋人には言わないような台詞で罵倒してくる。しかし、それは彼が如何に自分から土方を突き放そうかと模索しているのだというのは直ぐに分かった。

「…だって俺はお前に言った。お前が俺を欲しいなら、何回でも何度でもくれてやるって。だから」

殴られた頬は痛いままだ。銀時がどういうつもりなのかも予想出来ない。
だが相手は全身で土方を拒否し、また居なくなろうとしているのも、分かる。
ゆえにまた振り払われるのを覚悟で銀時の首に腕を回し、乞う。

「好きにして良いから、もう居なくならないでくれ…」

銀時の反応は本当に予測出来なかった。
このままこの腕を引き剥がされるか、もしくは言葉通り乱暴に犯されるのか。
しかし、彼のとった行動はどちらでもなかった。

「ひ、じかた、君…」

きつくではなく、優しく背中に銀時の腕が回り、抱き締められる。
そして震えながら耳元で紡がれる言葉を土方は確かに、聞いた。


「その手で、俺を壊して…」


「何、言ってんだよ。そんな事出来るワケねーだろ…」

相手があまりにも泣きそうな声を出してくるから土方は応じつつもこちらまで泣きそうになってくる。
銀時の意味不明さは理解しているつもりだが、壊せという突然の願いに戸惑わずにはいられない。
だが、そんな土方を知ってかしらずか相手は更に追い討ちをかけてくる。

「頼むよ、俺が俺で居れる、間に…」
「ぎ、銀時待てよ、落ち着け…!」

動揺しつつも抱き締める腕に力を込めながら土方は言った。
きっとここで手を放したら銀時は居なくなってしまう。
そんな予感がしたのだ。

「説明してくんなきゃ分かんねェよ…」
「・・・」
「聴くから、ちゃんと。ゆっくりで良いから…」
「…土方君。俺、俺ね」

メリ。
銀時がそこまで言いかけて何かが、何かを押し破る、そんな音。
その音が『何』なのかと認識する前に銀時の背中から翼のように生えるソレを、土方は凝視した。

過去に見た事があったからだ。決して遠くない、近い過去。

そう。かぶき町を混乱させた白夜叉は両腕から触手のようなソレを出して、土方や神楽を襲ってきた。

『土方君に壊れる前に会いたかったのは…俺に触れてくれたのが、君だけだったから…』

消える間際、白夜叉は土方にそう言った。砂になる本当に直前。

『ねぇ土方君。もし俺が兵器じゃなかったら、ちゃんと意味があったら…俺は、俺はね』

「もう、お前らの傍に居られねー体になっちまったんだ」

じわりとしたモノが目尻に浮かぶ。それが何故だか分からなかったが、もう戻れない所まできてしまったかのように感じたからだ。
そんな土方の腕を己の首から銀時は優しく解く。
ハッとして再び手を伸ばせばその手をとられ、色の違う両目を細めながら消えそうな微笑みで銀時は首を振った。

「何、だよそれ、意味分からねーんだよ…!」
「ごめんね。言えなくて。でも知られたくなかった。
 知られたく、なかったんだよ…」

そして銀時は土方の手を握り直すと、祈るかのように額に寄せ、呟くように言う。
そんな彼を見ながら土方はイヤイヤと首を振る。

「銀、時…約束したよな?死なないって」
「…突然居なくなったりして、ごめんね。殴ってごめん。
 暴力ふったりして…ごめんな」
「そんな事どうでも良いッ、答えろよ銀時!」
「うん。約束は護るよ。俺は土方君達を護るし、…死なない」

死ねない、って方が近いかなと苦笑しながら銀時は手を放して立ち上がる。
しかしそんな彼の着物の裾を引っ張り、土方はなんとか彼を止めようとした。

「待てよ…行くなよ!」
「放して。俺もう行かなくちゃ」
「行かなくちゃって…また居なくなるつもりか!?
 あのガキ達はどうするつもりだ!」

自分の卑怯さに泣きたくなった。自身の力だけでは銀時を引き止められない。
だから彼が大切にしている新八達を引き合いに出す。
そうすれば、銀時は思いとどまってくれると思ったのだ。

「土方君。俺からのお願い。幕府の上層部に呼ばれても絶対に一人で行っちゃダメだ」


だが、銀時は揺るがない。
着物の裾を縋るように掴む土方の手すら、優しく包み込む。

何故銀時は土方が幕府に呼ばれた事を知っているのか。
それよりも、どうして白夜叉と同じ触手が彼の背中から生えてきてるのか。
浮かんでは消える疑問は、彼に訊いた所で今は役に立たない。

「二回も土方君を、俺は殺したくない…」

銀時を引き止める力には、何一つならない事は分かっているからだ。
言葉が見つからずにいる土方の手を優しく引き剥がすと、彼の体が宙に浮く。
恐らく翼のように生えたソレが、彼の体を浮かせたのだろう。

「銀、時…」

そうして銀時は黙したまま、夜空の闇へと消えていった。
残された土方は、もう二度と掴まれる事のない手を彼の溶けた空へと伸ばす。
しかし、それも暫くした後に止め、地に蹲った。

「殺したくないって…意味分からない事言ってんじゃねェよ…!」

銀時にもう一度会えば、全てが解決すると思っていた。
白夜叉の事も、最近のテロ活動が少ない事も・・・そして彼を連れ帰る事も。

しかしそれは叶わない。
むしろ謎は深まるばかりだ。

「…全ては、幕府の上層部…?」

だが、今までの不確定要素が全て線で繋がり、確信に変わる。

白夜叉や、この間の事件の情報を機密にする事など幕府の上層部にしか出来ない。

『お前らの傍に居られねー体になっちまったんだ』

彼はそう言い、何より銀時は土方に幕府の召集には従うな、と言った。
つまりそれは何かしら銀時が幕府の者と繋がりがあるのではないか…?

(銀時は死なないって言った。アイツはああいう時は嘘はつかない。だったら白夜叉と違って、時間はまだある筈だ…!)

殺したくない、という銀時の意図は分からないがそれでも幕府の上層部…つまり天導衆の懐に潜り込めば何かしらの情報は得られるかも知れない。

「上等じゃねェか…!」

はっきり言えば分からない事だらけだ。四方八方塞なのは変わっていない。
だがそれでも、何かの糸口は掴めた気がするのだ。

「悪ィな、総悟…俺、もう少しだけ無茶しちまうけど…」


(俺はアイツを、取り戻したい)

例えばそれを銀時が望んでいない事だとしても。



「それでは、松平殿のお付はここまでとさせて頂きます」
「おう、分かった。そいじゃトシ。粗相のねぇようにな」
「…ああ。とっつぁんの心配には及ばねぇよ」

銀時と邂逅して数日後、天導衆の使いを名乗るサングラスをかけた黒コートの男を迎えをよこされた土方は松平と共に登城した。

見送りの松平も帰されてしまい、後は土方を迎えに来た男と2人きりになる。そのまま地下へと下がるエレベーターに乗らされた。

呼ばれる内容は未だに謎だったがそのまま来いとの命だったため、愛用の刀だけを手にして屯所を後にしてきた。

下に下がっていく度に緊張と共に、恐怖も些か心の底に湧き出るのは否定出来ない。
だがもう後戻りは出来なかった。
真選組の全てを背負い、何より銀時の情報を探る為にここにいるのだ。

(そうだ。怖くない)

「よく来てくれたな、副長殿」

(俺は護るんだ。真選組を。お前の大切なものを)

「…真選組副長、土方十四郎、参上致しました」


(そして俺がお前をその見えない闇から絶対に救い出すから、待ってて)


通されたその場所は、随分と広い座敷だった。
奥には天導衆と思わしき編み笠を被った男が座り、名乗った土方に視線を向ける。
膝をつき、彼にお辞儀をすると『面を上げよ』と命じられた。

「副長殿、そう畏まる事はない。私は今日は、君に話したい事があってね。もっと近寄ってはくれないかね?」
「は、い」

圧倒的な威圧感。
天人か人間かも分からない相手は、嫌な感じがしてならない。
だが、松平に粗相のないようにと念じられたのだ。
それ以前に相手の懐に入り込んで、自分は情報を得ようとしている。

チャンスだ。
そう考えながら土方は腰を上げて言われたとおりに男の傍に寄る。
彼の目の前に到着した直後だった。土方をここまで連れてきた――そして今まで背後にいた黒コートの男が土方の頭を抑えるとそのまま伏せる格好にさせて床に押さえつけてきたのだ。

「痛…ッてめ、何しやがる!?」

思わず男に怒りをぶつける土方の口元に、彼を呼んだ天導衆の男は足袋を脱いで足の先を当てた。嫌な予感がして土方は顔を上げる。

「分かるだろう、舐めなさい」
「な、にを…」

恐らくはこの状況からして、この四つん這いに近い屈辱的な体勢のまま足を舐めろ、という事なのだろう。だが意味が分かっていても、そんなのを行動に移せるわけがない。

「言葉と態度には気をつけた方が良いと言われなかったかね?全ては真選組の評価に繋がるのだよ、土方」

ガツンと鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。
そして奥底に眠らせていた、攘夷浪士達に輪姦された記憶が僅かに甦る。

俄かには信じがたい状況に動けないで居ると、口内に無理矢理爪先を押し込んできた。

「んう…ッ」
「全く、最近の人間は躾がなっていないものだな」

言いながら立ち上がると、彼は四つん這いの状態だった土方を突き倒し、舐めさせた爪先で隊服に覆われた股間を軽く踏みつける。

「ゃ、やめてくだ、さ…!」

ビクンと反応しつつも相手が相手なだけに、普段のような強気な態度で出れずに声が裏返る。
そんな土方を笠の下からニヤニヤとした笑みを見せながら言った。

「従順になる事を少しは覚えた方が良いかも知れないよ、副長殿。
 君の恋人も初めは生意気だったが、餌をチラつかせたら随分と大人しくなってくれた」

恋人。
その言葉に土方は動揺を隠せずにはいられなかった。
何を言っているのか理解出来なかったのだ。

(まさか、銀時の事を…言ってる?)

「い、今の俺には恋人なんて、いません」
「おや、とぼける必要はないのだよ?私は全部知っている。
 坂田銀時にとって、君は大切な宝物であり…
 同時に彼に想いを寄せる君も、失踪した坂田銀時を捜索している事」


さかた ぎんとき。

ひやりと冷たいものが土方の背中を走った。
どこまで相手は把握しているのだろう。そして、その事実をもって自分に何をさせようとしているのだろう。

(銀時…)

その名を聞いただけで揺らぎそうになるが、自分を何とか持ち直した。

…知らないふりを、通した方が賢明だろうか?
だが、土方が算段した通り彼は銀時について何かを知っていそうだ。
それだけは引っ張り出したかった。

「確かに、俺は万事屋の従業員に依頼されて、坂田銀時を捜索していました。
 ですが別に彼と恋愛関係にあったと、そういうわけでは…」

「ほう…噂に違わず随分と頑固な男だ。実に結構。ゆえに可愛がり甲斐がある」


彼は楽しそうにそう言ったと思えば、己の体を重ねるように土方に圧し掛かってくる。
反射的に手を出して肩を押しかけ掛けたが、そんな事をしたらいけない、と判断が土方の体の動きを止めた。

「…っ!」
「否、犯し甲斐があると言った方が良いのかな?」

する、と指が土方の輪郭をなぞり、ゾクッとしたものが全身を襲った。
体の奥で先程からずっと警告音が鳴っている気がする。
危険だ、と。
だからといって、引き下がるわけにもいかなかった。

「あ、なたは…っ坂田銀時の行方を、知っているんですか」
「ああ、勿論知っているとも。彼は我等の為に良く働いてくれているよ」
「・・・!
 どうし、て。働いてる、って、どういう事…」

『銀さん…最近夜に、僕達には秘密の仕事をしてたんです。だからもしかしたらそれに巻き込まれたのかも』

そこまで言いかけて、銀時の捜索依頼に来た時に新八がそう言っていたのを思い出す。
銀時が引き受けた仕事というのは、幕府から任された仕事…?

「おや、勘の良い君なら気付いていると思ったんだがね?
 最近の攘夷浪士の活動が乏しい事。君は部下を使ってそれを調べさせていたではないか」

『その仕事の依頼主だとか、内容は少しもお前達は知らないんだな?』
『はい。訊いても、『大人になったら教えてあげまーす』とか茶化されちゃって、結局…』

それは、つまりどういう事だ?

「まあ、全て情報はロックされてしまっていたから、確信は持てなかっただろうが…」

『秘密の仕事?それはいつ頃からし始めたんだ』
『銀ちゃんにそっくりな人が、かぶき町で暴れた事件があったデショ。あれより少し前くらいアル』

思い出せ。土方は与えられた情報の中で必死に推理する。
あの、白夜叉が暴れた直後、銀時はわざわざ土方に会いに来た。
そして抱き締めあって…彼はなんて呟いていた?

『知りたいの。お前の声とか、温度とか、そういうの。沢山』

「もう私が言いたい事は分かっているだろう?副長殿」
「あ、イツが…俺達の代わりに、攘夷浪士を捕縛していた…?」
「そう、賢い。良い子だ」

ニタリと口元を緩ませると、天導衆の男は土方に馬乗りになったまま乱暴に胸元のスカーフを掴み、同時に脱がせにかかってくる。
それを抵抗する間も与えず、彼は話を続けた。

「私はね、常日頃から思っていたのだよ。
天人がこの国に来てから随分と時は流れた。
しかし、テロリスト達は大人しくなるどころかより勢力は増し…そしてそのテロリスト達を鎮圧するのも、君達人間だ。
同じ侍同士で潰しあう事ほど…不憫なものはないとね」

脱がせるのが煩わしくなったのか、今度は力任せに引き裂き始める。
それを黙って土方は見守り、聞く事しか出来ない。

「だから私は考えた。侍であって、侍ではない者。
 攘夷戦争を体験し、尚且つ今はテロを起こす事無く暮らし、対立すべくでもなく、加担すべくでもない者にこの国を護ってもらおうと」
「そ、れが、銀時…?」
「そう。彼はとても良く仕事をこなしてくれているよ。
 戦えば戦う程、感覚も感情も失われていくのに素晴らしい働きだ」

頭が痛かった。
相手がまるで当たり前かのように話す内容が、一つ一つ理解していくのが精一杯なのだ。

やはり銀時は攘夷浪士で、白夜叉だった?
違う。そんな事はどうでも良い。
そんな事よりもあの時、では、あの時。
日が経つ毎に感覚や感情が失われていくというのならば、土方を抱き締めたあの時。

『銀さん…時間が、ないから』

あの時、どんな気持ちで銀時はそう言ったのだろう?

「常人では耐えられない事だ。しかし、彼は君の為に自分を捨ててまで人間兵器になる事を選んだんだ。それを君は知っておかなきゃいけないね」

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