(さすがにいきなり擬似家族ごっこをしてみよう、みてぇな誘いはマズかったか…)

そんな事を考えながら、土方は自室の隅に置いてある金魚鉢へと向かう。
銀時が言うようにすぐ死んでしまうと思われていたが、そんな素振りは見せずに金魚は泳いでいる。

「餌だぞ。本当はマヨネーズかけた方が美味いと思うんだがな」

初めに餌とマヨネーズを一緒に与えようとした所で、山崎に『副長、死にますソレぇええ』と突っ込まれてから土方は渋々餌のみを与えていた。
腹でも減っていたのか、すいと水面まで浮上した金魚は小さな口を開けて食す。

「お前をすくってくれた、あのクルクルパーはどうしてんだろうな…」

水族館で銀時に先に帰られてしまってから、一度も会っていないし連絡も取っていない。
本当はあの時、銀時も頷いてくれたら部屋を借りてこの金魚も連れて行く予定だった。
お互い、お互いの生活があるからずっとその部屋で住むワケではない。
だが気の向いた時に、落ち着ける場所があったら…そう考えての、提案だった。

『・・・土方君。その名前で呼ばないで』

なのに、呼ぶなとまで言われてしまう程の拒絶だ。何か理由があるにしろ銀時が過去以外の何かを抱えていたのは明白だ。花火大会の時も思った事だが、時々様子が可笑しかったのは否めない。
今夜辺りに、落ち着けたら万事屋に行ってみるか…そう土方が決めた瞬間だった。

「副長、万事屋の所のチャイナ娘が…」

そんな報告が副長室に入ってきたのだ。

「だーから、お前らじゃ話になんないアル!」
「あのな。だから捜索願とかは真選組じゃ受け付けないんだって何度も」
「だからだからうっさいネ!良いからゴリかトッシーを…あ、トッシー!」

門前払いしようとする隊士達を押しのけて敷地内に入ろうとする少女は、土方を見つけた途端にこちらへと叫ぶ。

「トッシー、銀ちゃんを探してヨ!」
「はぁ?何だ、突然」

銀時の名前を出され内心土方は動揺する。だがそれを悟られまいと、とりあえず彼女と一緒に居た新八を副長室に通して話に応じると神楽は続けた。

「銀ちゃんが帰って来ないの、だから探してヨこの税金泥棒!」
「帰ってこないって…あいつ、いつもフラフラしてるだろーが。その内戻ってくるだろ」
「そんな事ないアル!何も言わずに居なくなったりなんかしないヨ!」
「大体、戻ってこないっていつからだよ」
「3日前…」

ドキリと心臓が正直に鳴る。3日前といえば水族館に一緒に行った日だ。あの後銀時は万事屋に戻らなかった事になる。

「銀さん…最近夜に、僕達には秘密の仕事をしてたんです。だからもしかしたらそれに巻き込まれたのかも」
「秘密の仕事?それはいつ頃からし始めたんだ」
「銀ちゃんにそっくりな人が、かぶき町で暴れた事件があったデショ。あれより少し前くらいアル」

白夜叉と名乗る男がかぶき町で錯乱に近い暴れ方をし、仕舞いには砂になってしまったあの事件。
が、その事実を知るのは極少数で、メディアには不気味なくらい殆ど取り上げられなかったのが、土方の中でどうも引っ掛かっていたのを何となく思い出す。

そして最近は攘夷浪士のテロも頻繁に起こらなくなったし、検挙数も出動数も極端に減った事。

だからといって、真選組の管轄外で大量に捕縛されたとのニュースも流れない事。その事にも疑問を抱いていたのを頭に浮かべた。しかもその現象も、白夜叉の事件が起こった直後辺りからだ。

(まさか銀時…繋がってるのか?全部…)


「その仕事の依頼主だとか、内容は少しもお前達は知らないんだな?」
「はい。訊いても、『大人になったら教えてあげまーす』とか茶化されちゃって、結局…」
「…そうか」

しかし、例えば事件に巻き込まれているとしても、こうも手がかりが少ないと八方塞がりだ。
だが裏で大きな何かが動いていてこの一連の出来事は繋がっているように、土方には思える。

「トッシー…銀ちゃん、見つかるよネ?」

今まで普段通り振舞っていた神楽が、ポツリとそんな事を呟く。思わず少女の方に目を向ければその青い瞳には、零さぬようにと堪えているのだろう。涙が目尻に浮かんでいて。

「万事屋に帰ってきて、くれるよネ?」
「神楽ちゃん…」

泣き出しそうになる神楽を心配そうに新八は肩を支える。
そんな様子を眺めながら、いつもは強がっていてもまだ彼らは10代の子供だというのを思い知らされる。

『今まで寂しい思いをして生きてきたのかも知れんな…』
神楽の父親である星海坊主とえいりあんが戦った跡を眺めながら、近藤はそんな事を言っていたのが記憶にある。
新八もそうなのだろうが、特に神楽は銀時に懐いていたのが土方からも見て取れて。

(銀時…お前の大切なガキが泣きそうになってるぞ…なのに何処行ったんだよ…?)

「帰って、くるだろ」

子供達を励ますつもりが自分の願望も交じっている事を自覚していた。
だが励まし方など土方は知らないから、そう言ってやる事しか出来ない。

「お前らに何も言わずに居なくなるような奴じゃねーんだろ?だったら信じて待ってろ」

性格上、ぶっきらぼうな言い方になってしまうのは仕方のない事だった。だがそれでも『ウン』、と神楽は頷いたからきっとそれで良いのだろうと、知った。


「土方さん。恐らく上から圧力がかかってまさァ。この間のかぶき町の事件といい、白夜叉って呼ばれる人物の事といい、全部情報がロックされてますぜィ」
「なんだと?」

とりあえず捜索依頼として受理することを約束し、新八達を帰らせた後に総悟が今度は副長室にやって来た。
しかし期待していたような報告だと知り、更に八方塞がりな状況に陥る。

「どういう事だ」
「山崎や他の監察方に情報収集を頼んだりもしたんですがねェ、幕府の機密事項に区分されていてお手上げなんでさァ」
「・・・」
「ただ、白夜叉っていうのは何処かで聴いた名だと思いやしてね」

言いながら総悟は土方の前に座り、あぐらを掻く。
そうだ、と彼に同調した。白夜叉という名は何処かで聞いたのに思い出せずにいたのだ。

「詳しい事は分かりやせんが、確かその名前は攘夷志士の異名だった筈です。
攘夷戦争時に敵味方、双方に恐れられた伝説の男」

「攘夷…志士…」

白夜叉は攘夷志士。そこまで聴いて土方はある事を思い出した。『彼』と会った二度目の夜。
土方に止めを刺そうとしていた白夜叉が土方を見て言った事。

『黒髪で、着物…たか・・・すぎ?』

たかすぎ。その名前で気付くべきだった。たかすぎ、というのはテロリストの高杉晋助の事ではないのか?
そして彼同様に、今では指名手配犯ではあるが攘夷戦争での英雄・桂小太郎。銀時が桂と繋がりがあるのではないかと一度は踏んだ事もあった。

(まさか銀時…本当に…)

「土方さん。この件にはこれ以上、関わるのはやめましょう」


しかしそこまで考えて、白夜叉と名乗る男は砂になって消えたのだ。銀時は関係ない。と自分に言い聞かせる。
そんな最中、総悟の口から搾り出すような声で言葉が紡がれるから土方は思わず顔を上げた。

「幕府の管轄に首突っ込んで、俺達真選組に良い事なんざ何一つありやせん」
「でも総悟。お前だって変に思ってんだろ?あの事件からテロが減ってる。何かあるとしか…」
「アンタ…また真選組を危険に晒させたいんでィ!?」

普段は声を張り上げない彼の怒声に、無意識に体がビクッと震える。しかしそんな土方に構わず総悟は続けた。

「この間、俺ァ言いやしたよね?少しでも遅れをとったら、俺がアンタを殺すって」

ぐ、と総悟が傍らに置いた刀の横で拳を握るのが視界に入る。

「もう俺は近藤さんを二度と泣かせたくねェ。近藤さんに遺言言わせたりだとか、真選組がまた瓦解する所なんか見させたくねェ…!」

そうして、彼もまた小さく肩を震わせている事に気付く。
そう。伊東の反乱の際に妖刀の呪いに土方がかかっていた間、近藤の傍らに居たのは総悟だけだった。
土方達が到着するまで伊東派の隊士を敵に回して彼一人で近藤を護っていたのだ。

「アンタが最近、万事屋の旦那と仲が良いのは知ってまさァ。だからあの事件の真相や旦那にそっくりな犯人の正体を知りたいのも分かりやす。俺だって旦那が好きです。その気持ちは分かります。でも」

(…総悟、ごめん)

「土方さんの居る場所は、真選組でしょう…?」

(そんなに心配させてたんだな…)

「だったら…!」
「…そうだな、総悟」

心配するな、と言ったのは自分。そしてもう二度とそんな心配をさせまいと誓ったのも、自分。
切羽詰ったような総悟の頭を軽く撫で、そして彼もまた新八達同様、居場所を意地でも護る10代の少年だったのを改めて感じさせる。

「俺達は、そうだったよな…」

そう。本当は、そうだった筈だ。
全ての始まりは真選組だった。何もかもその為なら切り捨てて、そして真選組で終わる筈だった。
それなのにいつからだろう。
あの万事屋のぐうたら亭主、坂田銀時がこんなにも自分の心の中に居座り始めたのは。

彼の為生きたいと、僅かにでも願ってしまったのは。


「じゃあ、アンタが最後に万事屋の野郎と会ったんだな?」
「はい。銀時様は夜中に帰ってきたのですがそのまま万事屋には戻らず、何処かへ向かわれようとしたので声をかけたんです」

銀時の捜索は勝手に自分が引き受けた事だ。なるべく他の隊士には迷惑をかけないようにと、土方は自ら万事屋の大家へと赴いて聞き込みを開始する。すると、そこで働く女性店員が最後に彼と会った、という情報を得る。

「それで、何処かへ行っちまって行方不明か…で、アイツは他に何か言ってたか?」
「それは…。言っても宜しいのでしょうか、お登勢様」

そう言って、彼女はチラリと大家の女性の方へと視線を向ける。するとやり取りを黙って聴いていたお登勢と呼ばれた人物が、煙草の紫煙を吐きながら答えた。

「…銀時は、『ちゃんと護るから。約束は破らねーから』そう伝えろって言って、何処に行くとも言わずに居なくなっちまったらしいよ」
「約束って、何の事だか分かりますか」
「さぁねェ」

護る。約束は破らない。その羅列に土方は一瞬ドキリとする。

「アイツが私の旦那と勝手にした約束だから、よく分からないけど。でもそれはアイツが生きてなきゃ出来ない事さ」


しかしお登勢の言葉を聴いて今度は目を見開いた。当たり前なのに、逆に確かめるのが恐ろしかった事。

「…万事屋の野郎は生きてる、と?」
「ああ、そうだよ。銀時はメチャクチャな奴だが、約束は護る男さ。お巡りさん。アンタはどう思うんだい?」

少し寂しそうにしつつも彼女は笑ってそう言った。
銀時の裏の仕事の情報や行方は何一つ掴めなかったと言うのに彼が今、この世界の何処かで生きているという確信は尊い希望のように思えた。
土方は、また何かあったら連絡をして欲しいと頼むとスナックお登勢を後にした。

(銀時…結局、お前は白夜叉なのか?それとも関係があるのか?もしくは、全く関係ないのか…
それにお前の事心配してくれる奴、沢山居るんじゃねーか。なのに何処に行っちまったんだよ…?)

それから結局銀時の情報は得られず、日にちだけが過ぎていく。
白夜叉やそれに関わる事件に関しても八方塞りなこの状況は、焦燥感だけを募らせていく。
そんなある日の出来事だった。
普段はあまり真選組に顔を出さない松平が、屯所に赴いたのだ。

「トシ。お前に幕府からお声がかかった」
「はぁ?何冗談言ってるんだ、とっつぁん」

今日も、テロが起こったという報告は入ってきていない。連日と同様にデスクワークをしていると、土方は近藤に呼ばれ、松平と部屋に二人きりにされたと思った途端にそんな宣告をされた。

「冗談じゃねぇよ。それと正確に言うと幕府のその上…天導衆の存在は知っているな?」
「…ああ」

彼らの主催する地下闘技場・煉獄関を総悟と結託して万事屋と共に滅茶苦茶にして表沙汰にし、近藤や上司の松平に散々迷惑をかけたのは記憶にある。

「その天導衆の中の一人がよぉ、えらくトシを気に入ったらしくてなぁ」
「俺を?」
「そうだ。今度お前を城に招きたい、と言っているらしくてな。オジサンがこう言うのもなんだが、真選組の名に恥ねぇ行動をするんだぞ」

てっきり、白夜叉について秘密裏に調べている事に対してのお咎めと思いきや、全く予想していなかった誘いだ。
安心するのと同時に、天導衆に呼ばれるという事に何故か猛烈な不安が土方に押し寄せる。
漠然とした恐怖が『行ってはいけない』と警告しているようにも感じた。

(でも…きっと行かなければそれこそ真選組のマイナスになっちまう…)

「分かったよ。で、いつ行けば良いんだ?」
「それはまた連絡する。が、近い内に来るだろうから作法だけは心得て置けよ」
「…了解」

気が乗らない誘いだが、断ればどうなるか分からない。
銀時が見つからない事実と一緒に、それは土方に重く圧し掛かる。

(…銀時…)

そして来る日も土方は銀時を探し続けた。
初めて二人で夜を明かした海を探した。二人きりで花火を見た境内の付近も捜した。
だが彼は一向に見つかる気配はなく、目撃情報もゼロに近い。

(こんなんで、どうしろって言うんだよ…諦めろって事なのか…?)

夜中に煙草のストックが切れ、イラつきながら屯所を出て自販機へ向かう途中。
ふと、思い出す。白夜叉と初めて出会った時の事を。
自然と足は早まり、あの川へと向かっていた。

(そんなまさか…まさかな)

あれは男と交わった後の出来事だった。白銀の髪と、深紅の瞳を持つ彼は月光に照らされて…

(魅せられるほど、綺麗で)

「・・・とき」

息を切らせて向かった先。あの時のように月の光を水面で照らす川は静かに流れ。
彼はそのほとりに立っていた。
まるで必然のように…捜し求めていた銀時は確かにそこに存在していた。

存在している筈なのにまるで壊れてしまいそうな程、久々に見るその姿は脆く見えた。
だがら土方は呼んだ。
確かめるように。

「銀時…!」


自分でも笑えてしまう程、銀時を呼んだ己の声は感極まっていた。
すると今まで夜空を仰いでいた相手は驚いてこちらを向く。
銀時が声を出さずに『なんで』と言っているのは口の動きを見れば分かる事だった。

「銀時。お前何処に行ってたんだ、今まで…。まぁいい、それよりも」

一緒に戻ろう。そう言いかけて土方は愕然とした。
振り向いた銀時の瞳の色が血を塗ったような深紅を宿していたからだ。
呆然としている間に、銀時は何も言わずにそのまま走り出して逃げようとする。

「お、おいッ!待てよ!」

逃げる背中を、声を張り上げながら土方は追いかけた。
彼に再び会えた喜びと、その瞳の色が違う事に僅かな不安を覚えながら。

「クソ、なんで逃げるんだ…!」

決して自分は走るのが遅いわけでもないのに一向に縮まらない距離。
むしろどんどん離れているようにさえ思える。
チッと舌打ちをしつつも、暗い森の中に入っていく銀時を追いかける。月明かりを反射する銀髪を頼りに走った。

この辺りはかぶき町などの歓楽街を離れると一気に街灯はなくなり、暗くなる。見失ったらまた厄介な事になるのだ。

『お願い。
 銀ちゃんを見つけたら絶対に連れ帰ってきてヨ』

あの娘の寂しそうな声が脳裏をかける。
別に要望を叶えてやる義理を土方は彼女に持っていなかったが、それでも頼まれたからには引き受けてしまうのが性分で。

(だって、あのチャイナ娘も眼鏡小僧も俺の大切なモノを護ってくれた。護ってくれたんだ)

「待てつってんだよ!白髪!天然パーマ!」

脇見もせずに走っているから、飛び出た枝やらで頬や手の甲を切ってしまい鈍い痛みをもたらされる。

「オメーんトコのガキがテメーを探せってうるせーんだよ!なんとかしやがれってんだ!」

そう叫んだ瞬間、今まで見せなかった隙を銀時が作った。
しかも事も在ろうに彼は派手に転んだのだ。
チャンス、と確信して疲れきった脚を加速させると起き上がろうとした銀時を仰向けにし、勢い良く覆いかぶさる。

「・・・いったいよ、土方君。何すんだコノヤロー」

観念したのか、気だるそうに言う銀時。
こちらは息を切らせ、肩で呼吸をしているといのに銀時は一つも疲れた様子を見せていない。

「はぁっ、はぁっ、なら逃げんじゃねぇよッ! 」

腹を立たせながら土方が相手の胸倉を掴もうとすると胸元が開いた服の間から、何か赤い石のようなものが見えた。
しかもそれは、銀時の肌に根を張って食い込み、そう。まるで埋め込まれているかのような。

「!!」

土方の視線を感じたのか、急いで銀時は手で胸元を押さえ、手で隠す。

「お前…それ・・・?」
「なんでもないよ。だから何も言わないで」

明らかな動揺を見せながら銀時が土方の手を振り払った。

「ふざけんな。じゃあなんで隠す」
「うるせーよ、隠してない!俺は、俺は何も・・・」
「…?オイ、銀時…」
「うるせぇつってんだよ!!!」

突然叫び始めた銀時に逆に胸倉を掴まれ、土方は首に巻かれているスカーフを解かれてしまう。

「オイ、何してんだテメー!うっ」

油断している所で体勢は逆転され、今度は土方の体に銀時が馬乗りになる。

「ふざけんなよ、何追いかけて来てんだよ…何で俺の事探してんだよ!馬鹿じゃねーの!?」
「銀時、俺は…っ」
「その名前で呼ぶなって言っただろうが…!」

ガッ。
そんな音と共に、頬に鈍い痛みが走る。数秒後に土方は、銀時に殴られたのだとやっと理解した。


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