新八にも神楽にも、勿論お登勢にも秘密の夜の仕事は続いた。
一度たりとも体に施された兵器としての機能を使った事はない。
それでも何処か、自分の感情や色々なモノが崩壊していくのを感じるのは止められなかった。

「くそ…なんだ貴様はァッ!」

銀時が取り締まっているせいか、攘夷浪士達による夜間に行われるテロは少なくなっていた。
桂やその配下の者達に遭遇しないのが唯一の救い(与えられる情報に、桂達のものが意図的に省かれている可能性もあったが)だと思いながら、逃げる浪士を銀時は追い詰める。

「真選組でもなければ、見廻り組の者でもないな…!何者だ…ッ」
「答える義理はねーけど。それより大人しく捕まってくんね?」

息を切らせながら刀を向けてくる相手に対し、自分は少しも呼吸を乱していない。
こういう所から人間離れしていくのかと思いながら浪士に近づくと、銀時の威圧感に負けたのか怯えたような表情をしてくる。
(そんな目で見るんじゃねーよ…)

「…俺だって、あんまり痛めつけたくねーし」
「何を…!侮辱しおって!」

言われた言葉が気に喰わなかったのか、一転して浪士は叫ぶと懐に手を差し入れる。
まさか、と思った時には遅く爆弾が彼の手中に収められており。

「馬鹿、やめろ…!!」
「拙者は貴様ら幕府になど屈しない!桂さん、後は頼みます…」
「…!」

(かつら…?)
その名前が頭に浮かんだ直後、閃光と共に爆発音が響く。
次に銀時が目を開いた時には飛び散った肉片と、服は破れていても無傷な自分の体だけが残されていた。


住宅街じゃなくて良かった。冷静に頭が分析するのと同時に、何故自爆なんか、と感情が込み上げて叫び出しそうになる。だがそれよりももっと大きな激情が銀時を襲う。

「ふざ、けんなよ…っ」

相手の体は自爆して吹き飛んだ。しかし、間近でそれを受けた筈の自分は生きている。
恐らく浪士は銀時を道連れにする算段をしての事だったのだろう。
なのに生きていて、しかも怪我を負うどころか、かすり傷一つない。

「ばっかじゃねーの…?幕府に屈するくらいなら、死ぬとか、ふざけんなよ…!」

ヨロヨロと銀時はもう人間の形を成さないそれに近づくと、力なく地面に膝をついた。
そしてその肉の塊に手を伸ばしかけた所で、ふと自分の掌にべっとりと血がついている事に気付く。
否、掌だけではない。俺の体を見渡せば返り血を全身に浴びていた。

「なんで、死ぬんだよ…!」

(なんで、俺は生きてるんだよ)

「生きてなきゃ、意味ねーだろうが…!」

(なんで、傷一つついてねーんだよ)

(違う。なんで、じゃねーだろ)

(もうそろそろ、諦めないと)

(だって、ヅラの仲間が死んだっていうのに何の感情も湧かない)

(それが恐い。そんな自分が恐い。兵器になっていく自分が恐い)

(恐いよ、土方君――…)


「おや、自爆とは最近の攘夷浪士は更に過激になって来ましたねぇ」

銀時が血塗れの体で蹲っていると、感に触る言い方でいつも通り様子を見てきた天人が背後から声をかけてくる。
相手が地球人に少しも情を持っていない事を銀時は知っていた。
それは遡る事攘夷戦争時代から、この依頼人の現在に至るまで色々な場面で見てきていたのだ。
彼らにとっては特に自分達の邪魔をする浪士の一人や二人、死んだ所で何も感じないのだろう。

(…今の俺みたいに)

「まぁ良いでしょう。報酬はいつもの口座に振り込んでおきます。服もボロボロですね。替えを用意してあるので、着替えていって良いですよ」
「替えはある…か」

自分が壊れた時の替えも、すぐ用意されてるのだろうか。
そんな事を考え、皮肉を含ませて呟きながら銀時が立ち上がると着替えと一緒に薄い封筒を渡される。
それを受け取りつつも封筒の正体に小首を傾げた。

「何、コレ」
「その紙の中に指定された日時にターミナルへ来て下さい。そろそろ、貴方の真価を揮ってもらわねば」
「は?」
「転生郷の原料となる花が、辺境の星にしか咲かないのはご存知ですか?それを再び採取して来いとの命が主人から下りましてね。しかしその星もまだ未知なるもので、凶暴な動植物がいて…」
「待てよ」

話の趣旨は理解出来た。恐らく、その花を採取する際の護衛としろという事なのだろう。
それは分かったのだが。

「お前、俺にヤク作りの手伝いをしろって言いてーのか?」
「ええ、簡単に言えばそうですが」
「ふざけてんじゃねー。分かってて、誰がそんなのに加担するかよ」
「そうですか。仕方ありません」

ふうと溜め息をつくと、銀時から封筒を奪って指で摘まみ、ぶら下げてみせる。

「貴方、どうやら土方十四郎が輪姦されてヤク浸けにされるのをお望みのようですね」
「!」
「実は、私の主人のご友人たちが真選組の副長さんに目をつけているらしく、手を出したいそうで。
 ですがいつも我々の依頼を引き受けて下さる貴方様の大切な方ですし、そこはお断りしてるんですが」

ニコリと笑んで、彼は言った。


「…だって、それはお前…」

銀時は思わず声を張り上げる。初めに、兵器になれと持ち掛けてきたのはそちらだ。
選択肢は一切なく、弱みを沢山握られて、その末の決断だったというのに。

「言ったじゃねェか、俺が兵器になったら土方には一切手ェ出さねぇって…!」
「ええ、言いました。貴方様が私達との約束を護って下されば」

平然と言葉を相手は突きつけてくる。今すぐ八つ裂きにして、誰とも判別の出来ない顔にしてやりたかった。
だがその思いを懸命に銀時は抑える。これ以上感情が高まれば体内にしまわれている武器が表に出てくる可能性があるからだ。

「貴方様が約束を護って下されば、私達も貴方の大切なモノを護りましょう」

(俺…)

「一緒について来て下さいますね?」

(俺は、何を護りたかったんだっけ?)

「…ああ。行ってやるよ」

(ヅラの仲間を自爆させたり、ヤク作りの手伝いをする為に兵器になったワケじゃねーのに)

(こんな何も感じなくなる体になったワケじゃ、ねーのに)


「銀時?どうした?」
「あ、ごめん。何?」

目の前で、ガラス張りの水槽の中の魚が泳いでいる。土方に声をかけられてハッとして気付けば、そんな光景が広がっていて。急いで相手の方を見ると顔を覗き込まれるから驚いた。

「何って…お前なぁ、そろそろ出ようかって言ってるのにそれはねーだろ」
「あ、うん。そうね。そうだったな」

花火の日に、次は水族館に行こうと言っていたのを約束通りに銀時は土方と一緒に来た。
土方の仕事の時間の関係で閉館間際に来たのだが、新しく出来たのもあってまだ他にも客は沢山いるのだ。
なるべく忍んで行動していたが、それでも長身の男が二人並ぶのは何かと目立つ。

「土産とか…ガキ共に買ってかなくて良いのか?」
「いやー内緒で水族館行ったのバレちゃうだろ。土方君こそいいの?」
「…そうだな、俺もいい」

折角土方とのデートだというのに何故か気が散って仕方ない。しかしなんとか合わせようとすると、機嫌を損なわせてしまったのかプイッとかわされてしまった。

「海でも行くか。近ぇし」

集中出来ていなかった事に銀時が反省していると、煙草に火をつけながら土方は言う。彼の言う通りこの水族館は海がとても近い。現に今も風に乗って潮の香りがする。

「ま、何があったかは訊かねぇ事にするけど」

さら。そんな音を立てて砂浜に土方が足を踏み入れる。周りでは何組かカップルがそれぞれの時間を楽しんでいたが、気にせずに話し続けた。

「俺から提案がある」

そう言って紫煙を吐き、こちらに背を向けて彼は言う。こちらを見ようとしないので小首を傾げていると、信じられない言葉を土方は言った。

どうしようもなかった。
どうしたら良いか分からなかった。

「…部屋でも借りねぇか?」

ざん。波が鳴る。鼓膜を刺激した。
銀時が何も言えずに居ると相手の話す調子に照れが混じり始める。

「俺達、こんなんだから
 一緒に暮らすのは一生無理だろうけど。
でも一緒の部屋に住んで…少しくらいなら、そういう気分を味わえるんじゃねぇか?とか考えたんだが」
「なん、で?いきなり、そんな事」
「はぁ!?だって、それはだな、お前が」
「え?俺?なに、なんで?」

そう問うと突然こちらを振り返り、予想外だったのか土方が焦りながら弁明してくる。

「こないだ、お前、一緒に暮らしてしまいたいくらい、好き、だとか言ってたから」

そういう願望があるのかと…と語尾がどんどん小さくなっていく。
その申し訳なさそうに俯いてしまう土方を見ながら、銀時はどうしようもない気持ちで溢れた。

「土方君…」

俺のいる場所はいつも借りの場所だと思ってたから
なのにふざけて言った俺の言葉を、真剣に君は考えてくれて。

そんな君の申し出が嬉しくて
どうしようもなくて
気付けば

ねぇ、気付いたら
泣きそうになってる自分がいて

「マジでか」

そうやっておどけるのが
精一杯だったんだよ


だが、異変は突発的に、『ソレ』は容赦なく来た。

「ああ、だから銀時が良ければ、今度一緒に部屋を探しに…」

心の中が満たされて、嬉しくて――…そこまで考えて、銀時は激しい耳鳴りに襲われる。土方の言葉が遮られ、その声が殆ど聞こえなくなった。

(何、コレ)

「?銀時?どうした?」

視界も砂嵐に塗り潰され、意識すら朦朧となってくる。しかし強い感情が銀時の心の底から湧き上がり、その事しか考えられなくなっていく。

(ダメ、ダメだってば)

「おい、どうしたんだよ…体調でも悪いのか?」

(そんな事考えちゃ、ダメなんだってば)

「しっかりしろ」

(土方君の事、壊したいだなんて…!)

「オイ、銀と…」
「俺に触るなッ!!」

かろうじて搾り出した声。そこで銀時は初めて自分がうずくまり、汗だくになっている事に気付く。
息を切らせながら土方を見れば、相手は伸ばしかけた手を引っ込めようとしている時だった。

「ご、め…」

そう謝りつつも銀時は身を退き、そして心の何処かで安心していた。あのまま心配した土方に触られていたら衝動のまま彼を壊してしまっていたかも知れない。

「どうしたんだよ…お前、花火大会の時にはぐれた時も、そうなってた」

だが土方は勿論納得がいかない様子だ。当たり前だろう。今まで普通に話していたのに、突然蹲り、どうしたかと思って手を伸ばせば『触るな』と言われる始末だ。

「銀時…お前が悩んでるの、本当に昔の事だけか…?」
「…」

問われ、二の句が継げずにいると土方は更に続ける。

「答えなくて良いって前に言っておいてって思われるかも知れねぇが…。なぁ、本当は今も…不安な事や溜め込んでる事、あるんじゃねぇのか?」

(不安な事?そんなの昔から沢山ある)
(いつか新八や神楽は居なくなって、俺はまた一人になるんだろうな、とか)
(ババァは絶対に俺より先に死んじまうから、俺はいつかまた護るものを失うんだろうな、とか)
(いつか、本当に高杉をぶった斬る日が来るんだろうか、とか)

(いつか、君と別れる日が来るんだろうな、とか)
(でも口にはしない。口にしたら、全部崩れていっちまいそうで)
(むしろ俺なんかに構わないで、皆には幸せになって欲しくて)

(そうやって考えている事が全部何も感じなくなる日がいつか、来る)

「全部背負ってやれるワケじゃねぇけど、でも傍には居てやれるから」

(こんな俺が君と幸せに暮らす、なんて許されない)
(だって)

「だから銀時…」
「・・・土方君。その名前で呼ばないで」

(俺は、白夜叉だから)

「え…?」
「もう、俺の事、呼ばないで」

それだけ告げると、銀時は呆然としている土方を置いて走り去る。
(壊したい。ダメ。ダメだってば。だけど)

このまま一緒にいれば彼を壊したいという欲求が爆発してどうなるか分からない。高まる衝動を抑える為に無我夢中で走っていると誰かとぶつかる。だがそのまま通り過ぎようとするとその肩をつかまれた。

「おい兄ちゃん。肩がぶつかったんですけどぉ」
「…すみません」
「すみません、じゃねーよ。超痛いんですけどコレ」

ケラケラ笑いながら頭の悪そうな少年達が群がってくる。

「俺達さぁ、クスリ買う金欲しいんだよねぇ。ボコられたくなかったら、大人しく金出せや」

クスリ、という言葉にピクリと銀時は体を震わせた。しかしそれに気付かずに少年の一人が、脅すつもりだったのだろう。ナイフを取り出す。

「…そう。お前らクスリやってんの。クスリなんざやったら、どうなるか分かってるよなぁ?」

が、低い声で言う銀時の形相を見た途端、怯えたように彼らは息を呑んだ。

「な、なんだよテメェ、その赤い目…!」
「丁度いいや。そんなに壊れてぇなら、俺が壊してやるよ」


人を斬る事に抵抗はない。人を殴る事にも抵抗はない。
護るものの為なら自分がどんなに傷つこうが、血塗れになろうが一向に構わなかった。
人殺しと罵られようがなんだろうが、護れない事の方がよっぽど辛いからだ。

「やめ、も、許し…て」
「はぁ?壊れてーんだろ?ふざけた事ぬかしてんじゃねーよ」
「い、ぁ!」

だが、今は相手を壊したいという衝動のままに自分は暴力をふるっている。
泣き叫ぼうが許しを乞おうが関係なかった。
先程まで少年達の浮かべていた薄ら笑いは表情から消え、涙と鼻水と血でグチャグチャになった顔をこちらに向けて懇願してくるのだ。

「や、め、やめて下さい、二度とクスリなんか、しません、からぁ…!」
「お、俺も約束する、します。だからもう…これ以上は…死んじまう…」
「…」

銀時の足首を一人の少年が掴み、それに縋るように気力を振り絞って叫んでくる。
だが、銀時はそれを見ても慈悲の想いは少しも浮かんで来なかった。
むしろその辺に転がってる石程度にしか思えず、冷たい目でそれらを見下ろす。

「知らねーよ。お前らの屑みてーな命なんか。俺に必要なのは…」

そこまで言いかけて、銀時は愕然とした。己の言った言葉に驚愕すらして目を見開く。
(俺、今なんて言った?…今まで、何してた?)

「あ…」

気付けば、自分の足元で少年達が血反吐を吐きながら転がっていた。信じられず、よろけながら一歩下がる。
そして自分の手を見て眩暈を起こしそうになった。
兵器になってから今まで一度も出した事のない刀がしっかりと握られていた。木刀ではなく、人を切り刻めるソレが。
護る為ではなく、自分の欲求に任せてそれを振るったのだ。

思わず刀を投げ捨て、銀時はその場から逃げ出す。先程土方に背を向けたのと同じように走り出した。
全速力で走っている筈なのにちっとも息を上げない体。
それが余計に恐ろしく感じた。

(あいつ等、俺の目が赤いって言ってた。感情も可笑しくなってきてる。白夜叉になりかけてるんだ)

「神楽…」

とりあえず万事屋の前まで帰ってきたものの、神楽や定春の待つ家にはもう戻れない。
いつまた衝動に侵されて、大切な彼女達に牙を向けてしまうか分からないのだ。
そうして帰るべき場所に背を向けて、ふと気付く。

(俺…何処に行けば良いんだろう)

こんな体ではお登勢の所に行くのは無理だし、だからといって桂を頼るワケにはいかない。
…そして真選組…土方にも。

(俺、何処に帰れば良いんだろう)

「銀時様?」

当てもなく歩き始めようとした背中に声がかけられる。振り向けば、スナックお登勢で働くたまの姿だ。ゴミ袋を持っている所からしてゴミを捨てに来たのだろう。

「どうしたんですか?こんな夜更けに。夜逃げですか?」
「ちげーよ!俺は…」

そこまで突っ込みかけて、そうだ。と銀時は思いつく。

「俺、さ。ちゃんと護るから。約束は破らねーからってババァに伝えておいてくれる?」

カラクリの彼女にだから言える事だ。たまなら無表情で聴いていてくれる。

「了解しました。ですが、その用件はご自分で伝えた方が宜しいのでは?」
「あーそうだろうね。でも俺もう、帰れないから。だから頼むな」

そうだ、恐くない。銀時は自分に言い聞かせた。
また一人に戻るだけで、しかし以前とは違う。護る為に一人になるのだ。だからちっとも恐れる事ではない。

「分かりました、銀時様。行ってらっしゃいませ」

(なぁ土方君。金魚、元気?死んでない?それだけ聞きそびれちゃった)

そうして銀時が姿を消して3日後。神楽が真選組に捜索以来で乗り込んで来た事で、土方は初めて彼が失踪した事実を知らされる事になる。


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