相手の表情と声に、下半身からゾクリとしたものが込み上げる。

誘われるように銀時は顔を近づけて再び土方の唇に己の唇を重ねた。

そうして、片手は彼の頭を撫ぜながらもう片方の手は再び胸を弄る。

「は、ぁ…」

花火はいつの間にか終わっていた。夜空で輝く月と星明りだけが世界を照らしていて。
土方の鼻のぬけるような声だけが夜に響き、銀時はそれだけで満足しそうになる。

「あ、っ、ソレ、嫌だ…ッ」

耳をレロレロと舐めながら硬くなり始めた土方の乳首を指で転がすと、ぶるっと震えながら声を上げてくるから思わず口から笑いが零れた。

「…嫌って事は、気持ちいって事かなー土方くーん」

「ふ…あぁ…!」

「なぁ、素直に言ってみろよ…」

愛しい人が頑固なクセ者だという事は知っていた。だから余計にいやらしい言葉を投げかけて、辱めてやりたくなるのだ。

耳から口を離し、顔を胸まで下げると空いている方の乳首を甘噛みしてやると、途端にビクッと土方の痙攣して反応する。

「気持ちい所いっぱいで良いねー」
「…もうお前、やだ。上手くてムカつく」
「あら。褒め言葉をありがとう」
「んう!」

ニヤニヤしながら銀時が言えば、顔を真っ赤にして土方は返して来る。
そんな彼がまた愛しくて、指と舌先で乳首を攻め立てていく。
するとビクビクと反応を相手が示してくるから夢中になって愛撫していった。

「土方君…」

キスした所で、いつの間にか、2人とも汗だらけになっている事に気付いた。

それだけお互いがお互いに夢中だった。

金魚の入った袋は近くに置き、帯を締めているだけでかろうじて纏っている乱れた着流し姿の土方は、どうにも卑猥な姿に銀時の目に映って仕方ない。

(でも…良いのかな)

そこで途端に銀時の中で躊躇いが生じた。
本当に土方を抱いていいのか分からなくなる。

美しくて強くて、優しい彼を…自分の手で護ってあげたい彼を、本当に犯してよいのか分からなくなったのだ。

『万事屋まで、汚したくない。だから出来ない』

(土方君はそう言った。攘夷志士の奴らに犯された体で交わって、俺まで汚したくないって言った。
じゃあ、俺は?俺も今から、土方君を穢した奴らと、同じ事をしようと、してる)

戸惑っているのが相手にバレないように、土方の下半身に目を向けて…余計にに血の気が引いた。
曝け出された土方の両脚には包帯が巻かれている。恐らくこの間、自分の分身が暴れた事件で負ったであろう怪我を治す為のものだろう。

『土方君が江戸を…俺の大切なモン護ってくれるなら、その分俺がお前を護るから』


(護るって言ったのに、怪我させて)


『銀時、お前は変わってくれるなよ』


(変わらないって、ヅラと約束したのに兵器になって)

(松陽先生が奪われる事になった、元凶の天人に改造されたこの汚らわしい体で土方君を犯して、土方君の中で俺の汚い精液をぶち撒ける?)


「…万事屋?どうした?」

(出来ない)

『殺人兵器みたいに、白夜叉っていう面を被って命を奪えて良いなぁ』

(出来ないよ)

「よろずや…」
「あ、あのさ土方君。盛り上がってる所にアレなんだけどここ暑いし、俺ン家行かね?」

(こんなみにくいからだで、きれいなきみをよごせない)


苦し紛れな誘導の仕方だとは勿論銀時は分かっていた。

それを知ってか知らずか、一瞬キョトンとした顔をした後、『そんなに暑いのかよ』と土方は笑ってそう言ってくれた。
その表情に、銀時は胸が締め付けられる。

罪悪感と、こみ上げる愛しさの両方に。

「え、ええええと、じゃあ銀さんも入ってくるんで。布団はもう敷いてあるけど…テレビとか見てて待ってて良いから。好きにしてて良いから」
「おう」

万事屋に戻ってきて、銀時はとりあえず先に土方を風呂に入れさせた。
その間に急いで布団を敷きつつも、どうやって交わらない方向に向かわせるかを考えていた。

(というか、普通に『今日はちょっと無理』とか言っちゃっても良くね?女の子だったら傷付くかもだけど、相手は男だし…土方君だし…あーだけど、折角あの子が良いって言ってくれたのに…)

グルグルと銀時が迷っている所で、シャワーを浴び終わった土方が出てくる。
タオルで髪を拭きながら、貸した着流しを着てきたものだから気が動転した。
が、なんとか平静を装って銀時は風呂場へと向かう。

「どーしよ。どーすんの俺」

よくよく考えれば、神楽も定春も居ない今夜は、土方が泊まりに来てると考えても良い状況だ。しかもあんなに無防備に風呂から出てくる始末。
相手ももう心の準備は出来ている筈だ。

「…土方君とヤりてーよ…」

身体を洗いながらふと、ポツリと本音が口から零れる。
だがどうしても抱きたくない気持ちは揺るがない。

「仕方ねー。ゴムがないから、って理由にしよう」

半ば無茶苦茶な理由な気がしたが、それでもないよりはマシだと思い、銀時は意を決して風呂を出た。

「土方くーん、あのね…って、あり?」

ソファーでテレビを見ていると思いきや、彼はそこには居なかった。
まさかもう臨戦態勢なのかと緊張しながら布団の方に視線を向ければ。

「嘘。寝ちゃってら」

銀時の悩みを知らない彼は、スヤスヤと布団の上で熟睡していた。
近づいて顔を覗き込んでみるものの起きずに眠り続けている。
そんな土方の黒髪を撫でながら、銀時はクスリと笑った。

「疲れてたのかな」

ここ連日、恐らく土方は大変だったに違いない。
事件の後始末や報告書、彼の仕事はそれだけに止まらず、組の仕事や江戸市外の警備など色々あり、更に銀時の事についても真剣に悩んでくれていたのだろう。

疲れていない筈がない。
なのに折角与えられた貴重なオフの日を、休まずに銀時と過ごす方を選んでくれた。

「ごめんね、土方君」

そう呟きながら、銀時は土方に寄り添うように横たわる。
目を瞑るその瞬間に彼が居る。
そして恐らく、次に目を開ける時に居てくれるのも、彼だ。

(ねぇ、それってどれだけの幸せ)

静かに土方の唇に口付けると、同じように銀時も目を閉じた。


幸福な気持ちのまま眠りについたのに、とても哀しい夢を見た。

何もない世界で大切な人達が死んでしまう夢だった。

どんなに手を伸ばしても彼らには届かず、護りたいと願ってもそれは叶わない。

護る為に兵器になったのに、護れない。汚れて、穢れて、醜くなって。そして。


『お前は何を護ったっていうんだよ』


だが、何もない筈の世界でその声だけが響く。

(ねぇ、土方君)

(俺は、俺はね。君を護りたい)

(俺に居場所をくれる君達を、護りたい。
それは昔も今も、変わってないんだ)

だから傍にいさせて欲しい。

ずっとなんて言わない。
ずっとなんて誓わない。
そんな我侭言わない。

だから。

(今だけで良いから君の傍に、居させて)


「…ふ」

最近は、殆ど睡眠を取らなくて済む。そう言えてしまえばいいのだが、実際は目が覚めてしまうのだ。
体が休息を求めない。ゆえに、目を閉じても眠れないのだ。
そして、いつものように銀時は目を開ける。
なんだか不思議な夢を見たような気がしたけれど、よく覚えていない。

「まだ寝てる…」

間近で顔を寄せて眠る土方は、形の良い唇から寝息を立てていた。
こんなに近くで長い間、彼の顔を見るのは初めてかも知れない。
(長い睫毛だなコノヤロー)
そこで、銀時は違和感に気付く。初めは何かと思ったがそれはすぐに判明した。

「土方君のバカ」

土方は枕に頭を乗せて寝ていて…その代わり、銀時の頭の下には彼の腕枕がされていたのだ。
恐らく土方も途中で目を覚まし、枕なしで寝ている銀時に腕枕をしてくれたのだろう。
あまりの男前さに思わず笑みが洩れたが同時に涙も込み上げそうになった。

目を覚まして、彼が居てくれる事が純粋に嬉しかった。

「ありがとな…」

嗚咽混じりになりそうになるのを堪えて呟き、そっと土方の頬に触れる。
そして縋るように相手の体に更に己の体を近づけた。

(もう少し)

そしてもう一度瞼を閉じる。もう今日は眠りに入れないから――…一つの決意をした。
全てを、真実を教える事は出来ないけれど今の気持ちを伝える事ぐらいは出来る。

(あともう少し)


「土方君、そういえば長髪似合ってたなぁ」

朝7時。
夏の季節だというのに涼しい朝だった。
静かな朝の江戸の街を銀時は土方と歩いていた。屯所へと戻る彼を送る、僅かな距離を。

「伸ばせばーって言いたい所だけど、隊服には合わないか」

変装用に土方に貸した長髪のウィッグ。短髪も彼らしくて良いが、長い髪も中々似合っていたと銀時は感じたのだ。

「あー…というか俺、昔は長かったぞ。江戸に出る前だがな」
「マジでか!え、見たい!写真とかないの!」
「ねーよ。武州は田舎だったし、天人の技術もまだそんなに入ってきてねェ頃だったし」
「んだよー。若い土方君、見たかった」

そういえば、土方の昔の話も聞いた事がない事に気付いた。
しかし武州の頃といえば、ミツバとの思い出が沢山ある時期だろう。
それを思い出させるのは土方にとっては酷かも知れない。

「…あんまり変わんねーよ。あン時は近藤さん達に出会うまで喧嘩ばっかりの毎日だったけどな。お前こそどうだったんだよ」
「俺?俺はそうだなぁ…人様に胸張って言えるような人生じゃねーけど、それなりに楽しかったよ」

今でも思い出せる。
松陽先生や桂、高杉と過ごした幼い頃の日々。
それがいつの間にか散り散りになって、離れ離れになって、傷痕のように消えない残像になって…
意識に焦げ付いて、忘れられない。

忘れてしまえれば、いっそ楽かもしれないのに。

(でも、それでも)

「土方君。それについてちょっと話があって」
「ん?」
「俺、土方君や…新八達と出会う前に、傍に居た奴らがいてさ」

銀時が歩みを止めて話を始めると、土方も同じように足を止めてくれる。
そんな彼の顔を何故か見る事が出来ない。話す事を決意した筈なのに何処かで小さな自分が怯えいてた。

「俺はそん時は、そいつ等を護りたかった」
「…そうか」
「でも色々あって、今は傍に居らんない状況になっちまって…そいつ等の事、もう忘れたいとさえ思った時もあったのに」
「・・・」
「どうしても、忘れられねぇ」

(もう背負い込まないって決めたのに、俺はまた色々背負い込んで)

「だから、俺が時々何か考えてても、それを思い出してる時かもしれないから気にしねーで欲しいっていうか、でも俺を信じるって言ってくれたお前を、俺は」

(今までの事を全部忘れて、俺はお前だけを愛するから)
(そう言えたらどんなに良いだろう)

「俺は…」
「…そんな無理に忘れようとしなくても良いぜ?」


「は」

恐ろしく簡単に難しい事を土方は言ってのける。銀時が呆けていると呆れたように笑いながら土方は続けた。その手には昨夜、すくってやった金魚を持って。

「どーせテメェの事だから、誇張表現して『俺はこれからはお前だけ愛してあげるから、安心してね』とか言おうとしたんだろ」

考えていた事を寸分違わず当てられ、思考を土方に読み取られたのかと思ってしまう程だ。銀時が絶句していると、『やっぱりな』と土方は言う。

「忘れなくても、良いんだ」

愛しい人の唇から発される言葉に銀時は耳をただひたすらに傾けた。
今までそんな事を言ってくれた人は、誰一人居なかったから。

「過去を忘れろ、なんて言わない」

『過去から目ェそらして、のうのうと生きてるてめーに』
『時代が変わると共にふわふわと変節しおって』

昔、護りたくて一緒に居た人達は…再会した時にはまるで銀時が裏切り者のような言い方をした。
確かに、何も言わずに高杉や桂の元を去ったのだ。自業自得、そんな言い様をされるのは重々承知していた。

「ソイツらとしか過ごせなかった時間を忘れて、俺と一緒に居ろなんて言わねーよ」

だが、それでも時々自分の立ち位置が泣きたいくらい分からなくなるのも事実だ。
後悔はしていない。護りたいものは何一つ昔も今も変わっていない筈なのに。

(鬼兵隊の…あのヘッドホン兄ちゃんに『亡霊』だとか言われちまって…一瞬揺らいだ。でも)

『お前は何を護ったっていうんだよ』

(君の言葉が、心の中にあったから。俺は)

「だからそのままの…万事屋のままでいい」

(俺はね)

「土方ァアアア!!」
「うぉ!?」

一つひとつ、嬉しい言葉をくれる土方を銀時は飛びついて抱き締めた。
すると驚いたように彼は声を上げてくる。

「ちょ、万事屋離れろ、何処で誰が見てるか分かんねぇのに…」
「土方君、俺ね、俺、お前が大好き。一緒に暮らしてしまいたいくらい、好き」
「な…っ」

見えなくても土方が顔を真っ赤にしているのは容易に想像できる。だが銀時はすかさず喋り続けた。

「大好きだけど、いつでも傍に居れるワケじゃない。俺、新八や神楽達がいるから」
「…知ってるよ。俺にだって真選組があるしな。お前の事を最優先出来るワケじゃねぇ」
「うん、知ってる。知ってるから、言うんだよ」

知っているからこそ確かめる。
(君と俺は、そういう変な所が似てるから)
過去も今の受け入れてくれる土方に、確かめるのだ。

「こんな俺だけど今はお前の、傍に居させて」
「…ああ」

背中に回される土方の腕。
いっその事この両腕をへし折って、自分のものにしてしまいたいというよく分からない願望が芽生える。
その感情を、必死で銀時は黒で塗り潰した。
(だからダメなんだってば。そういう事考えたら)

「言わなくとも、居させてやるよ…」

お互い知っている。いつまでも続く関係ではないことを。
嘘だらけの自分を、それでも土方は受け入れてくれたから。
この身が滅ぼうが、醜くなろうが護りたい。


「そういや、コレありがとな」

総悟辺りに何か言われそうだけど。と言いつつも別れ際に土方が言う。
相手の素直な言葉に…ポリポリと頭を掻いて照れ隠しながら銀時は隣に黙って立った。
もう朝日が昇り始めている。朝が2人を、映す。
(大丈夫。俺は、アイツと違って日の光も浴びれる)

「…でも死んじゃうよ?すぐに。…屋台の金魚は、弱いから」

そんな事を言う筈ではなかったのに、何故か口は勝手にそんな言葉を紡いでくる。
驚いたように土方がこちらを見たがそれでも彼は言った。

「で、も。万事屋はすくってくれたよ。その金魚も、俺も」

その時、銀時は自分がどんな表情を出したかをよく自覚出来ていなかった。
けれどとても相手が悲しそうな顔をするから、思わずおどけて言ってみせる。

「ねぇ銀時って呼んでよ、土方君」

そう言って身体を抱き寄せ、誤魔化すように唇を寄せる。

「銀時…お前は」

すると土方は睫毛を震わせて、訊いてきた。

「お前は、死なないよな?」


どくり。
心臓が自然と跳ね上がり、体まで動いて土方に伝わってしまったのではないかと銀時は焦る。
其れほどまでに相手の言葉はこちらを動揺させた。

「し、死ぬワケねーだろーが。銀さんの最強さは知ってるでしょー」
「…そうだよな」

急いで取り繕うように言うと、確かめるような様子をしていた土方の声の調子に安堵が混じるのを感じる。
それに銀時も安心した。
(…なんでそんな事、訊くんだよ土方君)

「じゃあ、また連絡するから」
「おお。近藤さんと沖田君に宜しく」
「何を宜しくするんだ」
「えー?だからぁ、お宅の十四郎君を坂田家のお嫁に」
「・・・あばよ」

ふざけた事をふざけたように言うと、呆れたのか土方はそう言い残して背中を向けてしまう。
『怒るなよ、ごめん』、と声をかける前に、彼はまた後ろをこちらへ振り返り。

「銀時。次は、今度出来た水族館にでも行くか」

朝の太陽が放つ白い光を浴びながら土方が、微笑んで言ってくれた。
その手には、鬼の副長と恐れられる彼にはそぐわない金魚とアニメキャラのお面。

「うん。行きたい」

一夜過ごしただけじゃ足りない。銀時はそう思う。
恐らく土方はどうして銀時が抱こうとしなかったのかも、『忘れられない人が居る』という話から察して、何も触れずに居てくれたのだろう。

『だからそのままの…万事屋のままでいい』

そのままの自分で在る事を、傍に居させてくれることを許してくれるのだろう。
(傍に居たいよ。護りたいよ。なぁ)

「行こう、土方君」

銀時も笑って頷くと、それに笑み返して土方は『じゃあな』と言うように手を上げて去って行く。
その後ろ姿に手を振りながら銀時は、眩しさに目を細めた。

(この醜い体でも、それくらいは許されるだろ?)


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