銀時に会えた事をとても喜んでいる自分が居るのを土方は無視出来ない。
それは彼が生きている事実に喜んでいて…そして兵器を名乗る『彼』が砂になったのを見て。
気付かされた事がある。
銀時の姿が壊れる瞬間なんて、見たくなかったという事。
「2、3質問がある」
狭い路地裏に銀時を押し込み、周りに誰も居ない事を確認してから口を開いた。
目の前に居る彼はいつも通り気だるい様子。それにとても安心を覚えた事を銀時は知る由もないだろう。
「なになに。会った途端にこんな所連れてきやがって。ジミー君に疑われても知らないよ」
「うるせーな。いいから答えろ。お前、兄弟とか…もしくはそっくりな従兄弟とかいるか」
「いねーよ」
ポリポリと頭を掻きながら、迷う事無く銀時は即答した。
「俺、家族とか、そんなんいねーもん」
「…そう、か」
簡潔でいて、後はその事については質問を許さない言い方。銀時の場合、余地をくれるならその後に『なんでそんな事訊くの?』と逆に訊いてくる筈だ。だがそれがないという事はきっと、触れられたくない事なのだろう。
(家族いねーって…孤児とかそういうのって事か?とりあえず万事屋の血縁者かはともかく、あの白夜叉って奴はコイツの知り合いじゃないっていう事で…あ、そうだ。犯人が白夜叉って名乗ってたって言うのを総悟に言い忘れた…)
『ほら、家族とか友達とか…誰か傍に居るだろ。ソイツらにはなんて呼ばれてたんだよ』
そこで、ゾクリとした。
思い出したのだ。『彼』に初めに殺されかけた時の事を。その時に、訊いた事を。
彼も今の銀時と同じように『そんなのはいない』と答えて。
『かぞくも、ともだちも傍に居たひとなんか、いない』
「なに。質問ってそんだけ?あ、もしかして銀さんの家族にご挨拶したい〜みたいな感じだった?」
土方の考えも知らず、ヘラヘラしながらそんなふざけた事を言ってくる。
銀時の言葉を上の空で聞きながら、またもや言いようのない大きな不安に襲われた。
(違う。大丈夫だ。万事屋にはあのガキ共が傍に居るし、大丈夫だ。でも)
(だけど、あまりに万事屋と白夜叉の同じ所が多すぎて)
「もーそんなにお嫁に来たいなら、今度ゆっくりご相談…って、あれ?土方君?」
腕を広げて、喋り続ける銀時の体を抱き締める。背丈が同じくらいだから自然と肩口に顔を埋める体勢になった。
土方の思いがけない行動に驚いたのか、銀時の声が上擦っているのが分かる。
「えええええ何、どうしたの!?ちょ、何、本当!何したいのお前!」
「…うるせー、こうしてたいんだよ…!」
頭の中が分からない事だらけでグチャグチャになりそうだ。
だがこうして相手の体や体温を確かめたかった。
動揺して暫く銀時は騒いでいたがやがて静かになり、ぎゅう、と土方の背中に腕が回す。
傷だらけの身体が抱き締められた拍子に痛んだが、その痛みすらも心地よさに変わる。
「なーに、どした。俺の事恋しくなったの」
「…ああ」
「あららら土方君にしては素直な事。じゃあ抱かせてくれる気にもなった?」
「それは…」
銀時に問われて顔が熱くなった。抱き締めたいのと、抱き合うのは別だ。
思わず返答の言葉を濁すと、突如抱き締める腕の力が強められて土方は焦る。
「万事屋、痛い…」
「ねぇ抱かせてよ。良いでしょ。俺、早く土方に触りたいんだよ」
「さ、触りたいって、今もこうやって」
「違う。知りたいの。お前の声とか、温度とか、そういうの。沢山」
鼓膜に注がれる声には哀しみの色が混じっていた。
「銀さん…時間が、ないから」
「え…?」
情けない声を上げながら目を見開く。
しかしそれにお構いなく、銀時が土方のスカーフを緩めながら首筋に唇を這わせてくるのだ。
「ん…っ、ぁ」
心地よい感覚に、思わず声を上げて相手に体を…全てを委ねたくなる。
快感に貪欲な我が身は、本当は愛しい人に触れて欲しくて仕方ないようだ。
しかしそれを理性で必死に押さえながら考える。
(時間がないって、どういう事だ)
『…ったく、俺には時間がねぇのによ…邪魔しないでくれる?』
『…ダメだ、時間がねぇ』
『ムカつくなぁ。時間ねーって言ってんだろコノヤロー』
(アイツも…白夜叉も言ってた、ずっと。ずっと時間がないって)
「土方…」
(時間がないって…じゃあその時が来たら、お前はどうなる?)
『壊れる前に会いたかったのは…』
(お前も、壊れるのか?アイツみたいに、砂になって)
「嫌…だ…」
「え?土方君?」
(ミツバや伊東や、俺の前で死んで行った奴らみたいに、お前も)
「嫌だ…ッ」
(お前も消えるのか。俺を置いて、俺の前で)
「どういう、意味だよ…!」
(灰になって、跡形も残らない塵になって)
土方の体をさすっていた銀時の手を振り払い、脱がされかけた隊服のジャケットを着直しながら悲痛な叫びを上げる。
すると、銀時も我に返ったかのようにハッとした表情をした。
「時間がねぇってどういう意味だ…!」
熱に浮かされた体は呼吸を乱れさせる。その息を整えつつ土方は相手を睨んで問う。
すると一瞬動揺を見せた後、銀時は普段のように感情を読み取れない表情をこちらへ見せてきた。
「え、あ、ごめんな。そんなに嫌だった?」
「違ぇ、そうじゃねぇ。時間がないってどういう意味だって訊いてんだよ」
「・・・えー?だからぁ。これ以上待たされると銀さんの股間があまりの欲求に爆発してしまうので、時間がないって言うね」
「…嘘つくんじゃねーよ」
低い声で牽制する。土方は退く気は更々なかった。
だが向こうもそのつもりなのか、無言でこちらを見つめてくる。
「お前、俺には頼って良いって言っといて、自分はそういう態度か、あぁ?」
「…何ソレ。土方君、何か勘違いしてない?別に俺はなんともないよ?」
あくまでこちらが踏み込むのを許さない態度。それが気に喰わない土方は更に食いかかる。
「なんともなくないだろ、何もないのに、『時間がねーから知りたい』なんて普通は言わない」
「あっそ。土方君がそう思うなら、そう思えば良いんじゃない?
とりあえず俺は、神楽の看病しなきゃだから今夜は会えないよって言いに来ただけだし」
そうして離れ、去ろうとする銀時の言葉が土方の感情に火をつけた。
相手がそんなつもりで言った言葉ではない事を勿論知っていた。なのに思わず口にしてしまう。
「ハッ…そうだよなぁ。俺はお前との約束を護れないで、お前ン所のチャイナ娘を怪我させちまったもんなぁ…?
約束も護れねぇ恋人に、本当の事なんか言いたくねェ…そういう事か?」
「土方君…ちょっと待てよ。なんでそうなんの?俺はお前が約束破っただなんて思ってないですけど」
皮肉めいた笑みを見せながら土方が言うと、今まで感情を伴わなかった銀時の銀色の瞳が揺れた。
「神楽は、『トッシーが護ってくれたヨ』って言ったんだぜ。だから俺は、お前が言うような事は思ってねぇし…」
「…っ、だったらなんでだ!なんで本当の事教えてくんねーんだよ!」
土方は引き下がりたくなかった。『彼』の最期の壊れる瞬間が今でも脳裏に甦る。
銀時のあんな所は見たくない。
銀時が滅びる瞬間を、二度も見たくはないのだ。
護りたいものを護る土方を護る、と言ってくれた彼を、護ってやりたいのだ。
「…なぁ、土方君。俺、大丈夫だよ」
土方の感情は痛いくらい、恐らくは銀時に伝わっている筈だ。
だがそれでも彼は頑として態度を変えようとしない。
それが土方には、何かある種の絶望のようなものを感じさせた。
(万事屋は、これ以上を俺に…許さない)
「だからね」
「…もう良い。帰れや。知りたい事も教えてくれねぇてめェに用はねぇよ」
銀時が繋ごうとした手から逃れるように土方は一歩下がり、そう口を開く。
「チャイナが待ってんだろ。それに、今夜も会えねー事は分かったし。だからもういい」
誰にでも触れられたくない事の一つや二つある事くらいは分かっている。
それに対して、自分が大人気ない言い方をしている事も。
「そ。じゃあ今日は銀さん、もう帰ります。・・・お疲れ様」
繋がれる事のない伸ばした手をきゅっと握り、銀時はそう言って背中を向ける。
その後姿を見送りながら、土方は言いようのない感情に襲われた。
「くそ、なんなん…だよ…ッ」
その感情の名前も、意味も全く分からない。
屯所に戻ってからもその気持ちが治まることはなかった。
「トシ、お帰り!なんか凄い事件だったらしいな…でもお前が活躍して街を護ったって聴いたぞ」
「そんな事、ねぇよ。…とりあえず今は休んでも、いいかな」
「おお、そうしろ。後は俺が何とかするから」
「すまねェ、近藤さん…」
いつもなら、何でも癒してくれる近藤の笑顔。
なのに今はそれを見るのがとても辛い。逃げるように土方は副長室に戻る。
「…っは、ぁ、」
明かりもつけず、畳の上に膝をつくと急いで性器を取り出してしごき始める。
嫌な事も苛立ちも、全てこうして性処理する事で発散していた。
…今までは。
「ぁ、あぁ、く」
だが消えてくれない。
普段通りにしている筈なのにちっとも気持ち良くない。
本当は銀時が欲しくて仕方ない身体は、馬鹿正直なようだ。
「・・・う、んぁあ」
半ば無理やりイかせたせいか妙な虚脱感を覚えさせる。
肩で息をし、手に吐き出された精液をぼうっとした意識で眺めながら土方は思う。
(ダメだ、これじゃ。このままじゃ。白夜叉の事を調べなきゃ)
拒否されても…銀時に少しでも、あと少しで良いから近づきたいのだ。
(傍にいて。とか強請ったり、傍にいる。とか誓えたりも出来ねーけど)
それでも、銀時を護りたいのだ。
「…なんて直感が良いんだよ、あの子」
そんな独り言を呟きながら銀時は万事屋への家路を辿る。
兵器として生きると決めた筈なのに、土方を会った途端に意識は綻び、思わず口にしてしまった弱い言葉。
只でさえ、自分と同じ姿の者が消えた直後なのだ。土方が敏感になっているのは分かっていたのに。
だがそういった感情が、まだ心の中に残っていた事を銀時は何処かで安心していた。
「感覚が無くなるって、どうなるんだろ…」
掌を見つめながら銀時は思う。
とりあえず、除々に食欲などが減り睡眠も取らなくてよくなるそうだ。
後は感情の面にも影響が出る、とも言われた。
それが記憶などにも作用する可能性もあるとの事。
何も感じなくなる。
それを想像するとゾッとした。
何も感じないフリをするのと、実際に感じないのとではワケが違う。
『時間がねぇってどういう意味だ…!』
土方の切羽詰った叫びを思い出す。
出来るのならばあのまま無理やり、何も知らない彼を組み敷いて身体を奪ってしまいたかった。
何も感じなくなる前に、土方の温度を感じておきたかった。
「ごめん、土方…」
だがそれは出来なかった。
「ごめんな…」
攘夷浪士達に輪姦されて傷ついた身体を、彼の承諾も得ずに抱く事など出来ない。
「って、そうだ。忘れる所だった」
でもキスぐらいしておけば良かった、と後悔しかけた所で早速肩慣らしに、と仕事が入っていたのを銀時は思い出す。
『ここで今夜、浪士達の会合があるとの情報を得ました。真選組は殆ど出払っている筈なので安心して向かって良いですよ』
「ご苦労な事だぜ、本当…」
指定された場所へと移動を開始しながら銀時は夜空を見上げる。
黒い世界に月が輝き…それを美しい、だとか誰かに見せたいな、だとかいつまで思う事が出来るのだろうとぼんやりと頭の隅で考えた。
「オイ、なんでこの場所がバレた!?少数にしか知らされていなかった筈なのに…」
「いいからずらかれ!幸いにも相手は一人だ!」
兵器用に身体に改造を施されたからか、聴覚が随分と良くなっていた。
会合場所を襲撃され、逃げ惑う浪士達の会話、息遣いが暗闇の中だというのにリアルに聴こえて位置を把握出来る。
銀時は愛用の木刀を握った。出来るだけ、体内にしまわれている武器は使いたくない。
身体に処置された機能を使えば使う程、余計に人間から遠ざかる気がしたのだ。
「…一人だからって、油断しねー方が良いかもよん?」
「く…っ」
集まった浪士達は5人。普段の銀時でも相手に出来る数だ。
木刀を振り下ろすと、一人の浪士がそれを刀で受け止める。
『少人数でもこうした地道な捕縛が必要なんです。平和の為に』
ニコリと笑んだ、あの天人の胡散臭さと言ったら無かった。
そもそも、テロリスト共がどうして存在するのかを考えた事があるのかと問いたくなる。
「一気に畳み掛けろ!援軍が来るかも知れぬ、その前にコイツだけでも…!」
「おっとぉ。だから油断しねー方が良いって言っただろーが」
(あまり長引かせない方が良い。家では神楽と定春が待ってんだ)
斬りかかって来る浪士達を銀時は一瞥すると地を蹴り、目にも留まらぬ速さで彼らに一撃ずつ喰らわせた。
「そんな…馬鹿な…」
銀時が木刀を腰に収めた時には、浪士たちがバタバタと倒れていく。
ふぅ、と溜め息をつきながら、この後幕府に捕まるであろう気絶した男達を見つめた。
平和の為に、と天人は言った。
だが攘夷志士とて、彼らの平和の為に活動していたのだ。
そして、他ならぬかつての自分も。
「…しゅーりょー」
護りたい人達の、未来の為に。
浮かない気持ちで銀時が家に帰ると、ソファーの上で定春と一緒に神楽は眠っている。
夜兎族の血筋のおかげか、昼間に受けた傷は殆ど消えて治っていた。
「そういや土方君も…すげぇ怪我だらけだったな…」
彼女や新八の話によれば土方はずっと神楽を庇って戦ってくれていたのだという。
そんな彼を、誰が責められるだろう。銀時はそう思いながら眠りこける坂田家の一員達に近づく。
そしてスヤスヤと寝息を立てる神楽の頭を軽く叩いた。
(アイツは…周りじゃなく、自分を責めるタイプだから…困っちゃうよなぁ)
「おじょーさん。こんな所で寝てたら風邪ひきますよ」
「うー。まだ食べれるアルー」
「オイオイ、夢の中でも何か食べてるよこの娘」
半ば独り言に近い感想を呟きながら、起きない神楽を抱き上げて普段彼女が寝ている押入れに連れて行こうとする。
すると、きゅっと突如、小さな手が銀時の袖を掴んだ。驚いて神楽の方を見る。
「銀ちゃん…銀ちゃんは銀ちゃん、よネ…?」
確かめるように紡がれる言葉。小さな同居人の寝言に思わず愛しさが溢れて銀時は神楽を抱き締めた。
「うん。銀さんは…どんなに変わっても、銀さんだよ」
お前が俺を覚えてくれてれば、そこがお前の中での俺の居場所。
「はい、確かに。報酬金はいつもの万事屋の口座で?」
「あー。そう。いつも通りで」
浪士粛清という天人からの依頼は連日続いた。
新八や神楽には内密にしてある為、必然的に仕事は夜になる。
しかしどんなに睡眠時間を削って暴れても、少し寝れば翌日にはすっかり回復する身体。
疲れ知らずの我が身は、さすがは兵器と言った所か…と自分に銀時は密かに苦笑する。
「しかし、貴方が働いて下さるおかげで、真選組や見廻り組の出動数が減り始めたようですよ。良い傾向です」
「そいつはどーも」
確かに、表立ったテロの事件は最近聞いていないが、もしかしたら情報操作している可能性も否めない。
最終兵器の存在を伏せる為か先日、白夜叉がかぶき町の一部を破壊、負傷者を出した事件も新聞やニュースなどで大きく報じられなかった。
勿論、犯人の特徴や身柄、消息なども全て謎のまま。
(本当に上の奴らが絡んでんだな…でもあれだけの事件、真選組の奴らが黙ってねぇと思うけど…)
(そういえば土方君、あの事件以来会ってねーな。怪我治ったかな。無茶してねーかな)
(元気、かな。まだ俺の事、好きでいてくれてるかな)
「ではまた。この調子ですと、幕府のお偉い方の護衛にもすぐについて貰うかも知れません」
「・・・」
そう言って、依頼人の天人が去り。銀時も万事屋に帰る頃には既に朝日が昇っていた。
眩しさに目を細めると、ふと壁に貼ってある花火大会のポスターが目に入る。
「そういや…今夜は花火大会だったか…」
新八は寺門通のライブから行けず、神楽は街の友達と一緒に見に行くと言っていた事を思い出した。
そこで、もし土方の都合が良ければ誘って花火を見に行こう…なんて計画を立てていた事も思い出す。
「イヤイヤイヤ。無理だからねまず。アイツどうせ仕事だろうし。大体この間の微妙な喧嘩から会ってねーし、気まずいし…」
そんな言い訳をしながら玄関の扉を開けた途端、早朝なのにも関わらず電話が鳴り始める。
誰だこんな早朝に。新聞の勧誘とかだったらぶっ殺すぞ、コノヤロー。
また土方に会えない小さなイライラがつのりつつ、銀時はぶっきら棒に電話に出た。
「はいはい。万事屋銀ちゃんですけどー?」
「朝早くに悪ィ。…土方、だが」
「は、ひ?」